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15:出来損ないのアインシュタイン
しおりを挟む「おい、その首どうした」
「ちょっといろいろあって」
「ちょっとじゃないだろ」
マグナさんが遊びに来て、私の首の歯型に気付いてしまった。
「コレはお前だな。アーサンを傷付けたら許さないぞ」
「不可抗力だ」
「首を噛む不可抗力とはなんだ!」
そして、彼とマグナさんの相性は悪い。
会って数秒で睨み合いだ。
「全く。アーサン、いくら大事だからと言って甘やかすなよ」
「いやいや、コレマジで不可抗力だから。注射で、その」
「あ、ああー……そうか。注射の痛みに耐える為に噛まれたのか」
「流石お医者様。お察しの通り」
ふふんと胸を張るマグナさんにジトっとした視線を向ける彼。
「なんだ。何か言いたい事があるなら言え」
「いや、別に。なんでも手に入るご身分が羨ましく思えただけだ。お医者様」
『グイ』
「そうだな存分に羨むといい」
「今お湯使ってて危ないから、肩組まないで」
洗濯桶の水を沸かし、熱伝導率の高いコップに注いで、洗濯物にアイロンをかけている最中だ。
子どもだから布面積そんな無いからいいけど、コレから背が伸びるだろうし……アイロンが欲しい。それか皺のつかない柔軟剤が欲しい。
私がそんな事を考えているうちに、彼が私にひっついてるマグナさんに対抗して腕を掴んで来た。
「だから危ないって」
「…………」
「……何?」
「ふふん」
何をそんな自慢気にしているのかわからない。
反対側のマグナさんは何故か悔しそうにしてる。いやマジでわかんない。
「アーサン……何故そいつにだけそんな甘い顔をするんだ」
「甘い顔?」
「知ってるか? 男の嫉妬は見苦しいって」
「お前は黙ってろ」
「私そんな露骨に出てた?」
二人が仲良く頷く。恥ずかしい反面、ひやっとする。接し方に差が出たら軋轢の元だ。
「ごめん。けど、それで二人のどちらかを蔑ろにしてるわけじゃないからね? 二人とも、私にとって大事な人だからね?」
「ぉ、おう」
「……なんだ急に」
「嫌われたくないから弁明してる」
二人は私の露骨な表情をあんまり気にしてないっぽい。
「(男女の差か?)」
女友達に同じ事したら嫌な感じって思われる可能性が高い。私は周りの目や反応を気にして、オタ活以外で自分の素の感情を前に出す事は少なかった。
無意識に漏れるぐらい、私は彼の事が好きなのか。
萌えじゃなくて……恋愛、感情ってやつか?
「アーサン、腹減った」
「態度デカ過ぎだろ」
「洗濯物畳んだら夕飯にしよっか。マグナさんも食べてく?」
「勿論だ」
「客のくせにあんたも無遠慮だろ」
友達だから遠慮はいらない、とか。言い辛いだけで迷惑かもしれないだろ、とか。それはお前の態度にも言える事だ、とか。
もうああ言えばこう言う。
険悪ムードでは無いので、とりあえず二人を放っておいて料理に取り掛かる。
新しい商品の試作品を食べてもらおう。
炭酸を作るのに使った酒の処理。味を度外視して炭酸の為だけに発酵させた酒は、酒としては売り物にならない。そもそも教会で酒を売るのはいかがなものか。
そこで酒のアルコール成分を利用した酒蒸し料理を作っている。
使用する酒の分量を割り出しているところだ。
「……いい匂い」
「コレはなんだ?」
「酒蒸しって料理です。キノコや魚、貝を酒で蒸したシンプルな料理。けど、調整がまだ難しくて、商品化はまだ」
酒蒸し三種を食卓に並べて各々つつく。
マグナさんはキノコの酒蒸しを気に入ったようだ。パクパク食べてる。
彼は魚が好きなようで慣れないフォーク捌きでチビチビ食べている。
私的には貝の酒蒸しが上手く出来たと思う。
「これは……美味いが、教会の出店で売るには難しいな。飲食店などの屋内で食べるものだろう」
「そうなんだよねー」
「……他の店で売ってくれないのか?」
「うーん、これじゃ、まだ難しいかも。バターがあれば利益見込めるぐらいもっと美味くなるけど……バターって時間や手間掛かるから高いじゃん。自作するにも時間が」
「俺が作る」
驚いた事に彼がバター作りに名乗り出てくれた。
「え、できるの?」
「詳しいレシピは知らないが、お前は知ってるだろ」
「……うん」
「道具は必要だろ。それも作るのか?」
「専門器具は高価すぎて私じゃ買えないから……作るか。瓶もあるし」
バター向きの牛乳を買って、シェイクシェイクして塩混ぜて整形して……大量生産は難しいけど、必要量のバターは出来る。
「手で振るのか?」
「いや、小さい車輪作ってから、瓶をくくりつけてひたすら回す。手で振るより多少楽になる」
「お前のそのアイデアは何処からくるんだ」
◯ーチューバーが車でやってた。
安い桶を買って、他は材木でDIY。水車みたいな見た目になった手回し木造車輪。
見た目悪いけど、三本の瓶をセッティングしてグルグル回せばいいだけ。
『カララララララララララ』
「どれぐらい回せばいい」
「わからないから、手探り」
とにかくシェイクシェイクシェイク!
私が別の事している間もずっと回してくれていた。
一時間経過、一瓶だけボールに開けてみた。コロコロと丸っこいバターが出て来た。
「量はそんな無いけど、出来てはいるな」
「コレを掬って、塩振って捏ねて……整形か」
「水切りも大事だから、布でギュッと絞るのも忘れずに」
「はいはい」
二時間経過したものは、結構ちゃんと大きな塊で幾つか出来ていた。
三時間経過したものは、ほぼ全てバター。残りは水分だ。
全力で回せば一時間半でデカいバターが三瓶出来るだろう。
とりあえず、全部合わせてグラムを測ってから塩を適量入れて捏ねて整形した。
それを酒蒸しに使用したところ……
「ばかうめぇ……なんだコレ……アルコールの癖が旨味に変わってやがる」
「(市販品よりちょっと味薄いかも。塩もう少し増やしてみるか)」
「アーサン」
「ん?」
「……自分で作るって、楽しいな」
無邪気に笑う彼に、私は撃ち抜かれたように心臓が痛んだ。トキメキって、こんな殺傷力高かったっけ?
「君が作ってくれた物だから、世界で一番美味しくなるね」
「大袈裟過ぎるだろ」
その後、バターで試行錯誤した甲斐あって、出店に出す新たな商品が出来上がった。
残念ながら酒蒸しは出店では提供出来ず、教会に寄付してくれている飲食店への御礼という形でレシピと酒とバターが贈られた。
噂を聞く限り、ちゃんとメニューとして品出しされているようだ。
「ジャガ蒸しバターは、好評だよ」
「香りで人がいっぱい来てくれる」
売店で売っているのは蒸したジャガイモ。ホクホクな身を十字に切って、その中心にバターを置いて塩を振ったシンプル過ぎる商品だが、予想よりも売れている。
バター単品販売もしようかと話も上がったが、素人の作った物だ。今までの物より消費期限が怖いので、その日出来た分だけのジャガ蒸しバターの販売となり、数量限定だと特別感出て、買ってもらえる。
売れ残ったら、孤児院や教会で働く人達のオヤツや夜食になる。
孤児院の子ども達も勉強や遊びやチャリティーで忙しいから、これ以上仕事は増やせなかった。
ココルデさん達が請け負うジャガイモ畑の土づくりが終わって本格栽培が始まった。
ジャガイモは年に二回、春と秋に収穫出来る優秀な野菜で、初心者にも育てやすい。
「エルサの風魔法と俺の土魔法で、畑仕事楽になってきた」
「……すごいですね」
エルサさんとココルデさんは魔力量が多く、魔法の持続力もあった。広域の畑を半日で手入れ出来る程に。
農家の方から時折手伝いをお願いされる事もしばしば。独自に横の繋がりが出来始めていた。
「紙芝居出来るようになった!」
「文字読める!」
「アオイもヒューもどんどん出来る事増えてくな」
「私も増えてるー! 魔法も新しいの使える!」
「トーリもよく頑張ってるよ。三人とも偉い偉い」
子どもの吸収力は恐ろしい。すごい速さで学習していく。マジで変な言葉教えないようにしないと。
「……君はもう少し人と関わったらどうだい? ココに居てくれるのは嬉しいけど」
「俺の勝手だろ」
彼は人の輪の中に入ろうとしない。皆が孤児院に入ってからは、ずっと私の隣に居る。
今まで仲良く助け合ってきた仲間達の輪にさえ自分から加わる事はない。彼らの為、いろいろ覚えて頑張っているあたり、大切に思ってはいるんだろうけど。
「(まぁ、この子は連れションするタイプじゃないし……仲が良いからってずっと一緒にいる必要もない。離れてても関係性が変わる事もないだろうから……いや、でも)」
「邪魔か?」
「いや、全く。でも、なんで私の側に居てくれるの? 逆に私が邪魔じゃない?」
「確かに、一人の方が楽だ。でも、飯はお前と食う方が美味い」
「嬉しぃ~頑張って今夜も作るね!」
私の作るご飯が美味しいから一緒に居る……なんだろうな。なんか、すっごい嬉しい。胃袋を掴めたんだ。
「……っ」
私は再会の時からずっと浮かれて、彼の異変に気付かなかった。腕や足の関節を摩る頻度が高くなっている事を見落としてしまっていた。
「いっぱい食べて、大きくなれ」
「お前も食えよ」
「うん」
どんな想いで私の側に居てくれていたのかも、馬鹿な私は何も知ろうとはしなかった。
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