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10:終生のリミックス

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 奴隷禁止法が発令されて、コーラの量産体制に入ったところ……再び懇願された。

「聖女候補の、フェン様の治療、ですか?」
「もう君は奴隷ではない。彼女に触れてもなんの問題にもならない」
「……もし、魔法が失敗して彼女の耳が再び聞こえなくなった場合、どう責任を負えば」
「それは我々の判断ミス。責任は私が取るので、治す事だけに集中してくれたらいい」

 マジかぁ。コレはもう断れない。
 国内に彼女を治せる医者はいないからって、最後の頼りがこんな子どもだなんて。

「精一杯頑張ります」
「ありがとう」

 私は聖女候補のフェンさんの元へ神父様と共に向かった。
 教会の医務室に入るとフェンさんとそのお父さんの神父様がいらっしゃった。

「お待ちしておりました。この時をずっと」
「……あー、さん」
「お待たせしました」
「どうか、よろしくお願いします」
「…………はい」

 魔法の訓練は教会に来てからずっとしている。
 
「始めます」
「はい」

 フェンさんが目を瞑ってこちらに顔を差し出してくれる。あどけなくて可愛い。
 彼女の顔に触れて魔法を発動させる。傷の溝を辿り、埋めるように満たす。的確に。
 魔法を学ぶ上で知った事。魔力はまるで水溶性。水晶にも人体にも自然に対しても滲むように浸透する。私のように線を引ける程の密度とコントロールは、プロの魔法士といえど、そういないらしい。
 
『キィン……』
「……どうでしょうか」
「あ……あっ、あーーああーー。あは! すごい、すごーい! 聞こえる、全部聞こえる!」
「フェン!」
「パパ!」

 ハキハキと喋るフェンさんが私から離れ、父親に抱きつく。
 こんなに喜んでくれるなら治した甲斐もある。

「フェンさん、耳鳴りや目眩などの症状は出てませんか? 三半規管に干渉したので気分が悪くなるかもしれません」
「えっと……今のところ大丈夫そう。本当にありがとう! アーサン君」
「お役に立てて嬉しい限りです」
「何かお礼がしたいのですが」
「お礼、ですか?」

 お礼を貰えるのなら万々歳な展開だけど、なにせこの子は今この瞬間、未来の聖女確定の候補者となった。

「なんでも言ってください。娘を治してくれた君に報いたい」
「……えーっと、ならお願いがあります」
「なんなりとどうぞ!」
「人を……探してて、その子が無事に生活しているならそれでいいんですが、危うい状態なら教会で保護していただきたいんです」
「わかりました。では、その子の名前は?」

 協力者が増えたが、闇雲に探すしか方法がない。

「名は……わかりません」
「わからないんですか?」
「……すみません。私が売られていた奴隷商で、共いた男の子なんです。その頃はお互いに名前が無くて、檻の中で寄り添っていた間柄でした」

 私の話に皆静かに耳を傾けてくれていた。

「ドルフィン家に置いてもらっていた時に奴隷商の元へ行ったら、あの子はもう居ませんでした。買われたのかと思ったら、売れないから捨てたと言われました。何処かで一人、死んでるかもしれません。それでも、諦めたくなくて……」

 死んでるかもしれない……それ口にすると、目の前が滲む。いまだに、私の手には、あの子の温もりと手の感触が残っている。
 
「今でも、辛い思いをしてるなら、温かい布団で寝かせてあげたい……美味しい物食べさせてあげたい……本を読んであげたい……ぅ、うう、幸せに、してあげたい」

 感極まって泣いてしまった私の手を取ってくれたのは、フェンさんだった。

「大丈夫、その子は生きてます。きっと、その子も、あなたを想って日々を生きています」
「ずび、根拠はあります?」
「無いです! 聖女の勘です。信じてください」
「……ふふ、はい。あなたを信じます。聖女様」

 誰かの肯定だけで、こんなにも心が励まされるなんて思いもしなかった。

「我々も時間を作ります。その子の特徴や場所を教えてください」
「もしかしたら、奴隷解放で彷徨ってるかもしれない。教会の仕事斡旋業務を強化する必要があるかもしれませんね。噂を聞いて教会に来てくれるかも」

 教会は失業者の仕事斡旋までしてるのか。役所があるから、適性判断でもして書類作成でもするんだろう。

「ありがとうございます」
「必ず見つけましょう」
「はい!」

 それから時間が出来た時に、見習いさん達や神父様まで私の書き出した特徴を頼りに捜索にあたってくれた。
 それでも、その子は見つからなかった。
 私は教会で勉強をしながら、常時販売に構えられた店に出す商品開発も行っていた。

「アーサン、果実系の炭酸水も好評だ」
「夏も本格的になってきたから、飛ぶように売れてる」
「他の店で類似品出てるけど、全然美味くないって」
「……この夏のトレンドはいただきだな」
「「トレンド?」」
「流行ってヤツだ」

 類似品が出るって事は、あやかろうとしてる輩がいる程、影響が出ているって事だ。
 まぁ、トレンドになったところでココはチャリティーの店だ。利益は孤児院と怪我人や病人の為に使われる。

「冬になったら売れなくなっちゃうかも」
「喉乾かないもんね。寒いから、ホットコーラとか?」
「コーラは高温だと炭酸の抜けが早い。低温じゃないとコーラの旨味は活かせない」
「うーーん。またみんなで商品会議しないと」

 孤児院の子ども達は、新しい玩具で遊ぶのも程々に自分達で新しい物を作る楽しさに目覚め始めている。
 奴隷制度が無くなったから、教会を頼って孤児院に入った元奴隷の子達も一緒になって楽しく考えている。
 現役奴隷の私と接していたから、特に誰も元奴隷だからって見下したり意地悪する子はいなかった。私が来た初日はヤバかったけど、基本的に素直でいい子達だ。

「アーサン君、私にも一杯ちょうだい」
「フェンさ、様。こんなところに一人で来てはいけないと言ってるでしょ。一杯五十ギルです」
「私からもお金取る気?」
「勿論。特別扱いはしませんよ。聖女様」
「まだ聖女じゃない」

 フェン様が店の方に遊びに来るようになった。お付きが一人は付いてないといけないのに、撒いてココに来る。お付きの人、可哀想。

「シュワシュワの音が聞こえる。楽しい」
「……仕方ないですね」
「フェン様もアーサンのお話聞く?」
「時間があったら聞きたいんだけどねー」
「…………」

 幸せそうな顔を見ていたら、追い出すのは忍びない気がしてくる。
 
「アーサン君は教会に来ない間何してるの?」
「人探ししたり、仕事したり」
「どんな仕事?」
「顔見知りの店で雑用させてもらってます」
「……生活出来てる?」

 まぁ、ワンルームの安い部屋だし、雑用の給料でも充分。それに教会にいる日は飯代が浮く。

「大丈夫ですよ。洗濯も自分で出来ますし、買い物だって出来ます」
「すごいしっかりしてる」

 生活の仕方は大分、雑だけどね。

「フェン様見つけましたよ!」
「ゲッ」
「もう、音が聞こえるのが楽しいのはわかりますけど、少しは落ち着いてください」
「あはは、ごめんなさい」

 お付きの人に見つかって連れ戻されるフェン様を見送って店番を続ける。

「フェン様元気になってよかった。もう貴族の子達に意地悪されても殴り返せるよ」
「まぁ~極端だけど、殴っても許される立場だからな~」

 聖女は国の光。翳らせるような嫌がらせは許されない。
 今までの仕打ちもフェン様が覚えていたならば、ただでは済まない。

「そろそろ店仕舞いだ。片付けをしよう」
「「は~い」」

 教会でのやる事を終えて、家に帰宅してすぐ。

『ガチャ』
「アーサン」
「ほぼ毎日来なくてもいいんですよ」
「敬語を辞めろと言ってるだろ」
「はいはい……マグナさん」
「呼び捨てでいい」

 マグナさんが頻繁にウチに来るようになり、随分と砕けた関係になった。

「食べてく?」
「ああ。食材持ってきた」
「ありがとう」

 袋に入っている食材を簡易キッチンで調理する。
 使用人さん達に選別で頂いた物と市場で買い漁った香辛料や調味料をふんだんに使う。
 スパイシーチキンをコーンガーリックライスの上に乗せる。

「相変わらず、良い匂いだ」
「味覚がぶっ壊れても責任取らないから」
「もう大分おかしい。お前の料理で舌が肥えた」
「あら~ご愁傷様です。いただきま~す」

 一人暮らしでこんな賑やかに食卓につけるなんて思いもしなかった。

「寂しくないか?」
「こう頻繁に遊びに来られたら寂しいと思う隙がない」
「……そうか」
「マグナさんは寂しそう」
「そんな事ないさ。勉強勉強で忙しい。息抜きにここへ来てるだけだ」

 何はともあれ、ありがたい事だ。ドルフィン家の人達も私を気にかけてくれているようで、マグナさんにいろいろ持たせている。

「……美味い」
「そんな褒めても何も出ないよ」
「毎日食いたい」
「やめとけ。体壊すぞ」
「そういう意味じゃねえ」

 友達との会話。
 懐かしさを覚えて、記憶にある日本の友達が一瞬恋しくなった。でも、何年も会っていないから、恋しさを覚えても忘れられるレベルだ。薄情で申し訳ないけど、仲良くしてもらったSNSのフォロワーも出会いと別れを繰り返してきた所為で、そんなショックでもない。
 一番ショックなのは、漫画やゲームなどの娯楽が無い事かな。
 どれだけ薄く浅い人生を歩んできたかわかる。

「(この世界では、ちゃんと生きたいな)」

 今でもだいぶ濃い人生だけど、濃いだけじゃなく味のあるものにしていかないと。
 気合いを入れて、明日も生きていくぞ。
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