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9:親友のデモンストレーション
しおりを挟むコーラを子ども達と作って、氷結魔法で冷やしながら徒歩で運んだ。今回は私もチャリティーに参加させてもらった
「あっつぃ」
「先生ぇ、コーラ飲んでいい?」
「売り物だからダメだよ。はいお水」
「美味しいけどコレ売れるのかな?」
「アーサンと作るまでヘドロ溶かした水にしか見えなかったし……どうだろうなー」
日本晴れの快晴も快晴。陽の日差しが容赦無く肌と地面を灼く。
道行く労働者や主婦の方も汗ダラダラで、非常に暑そうだ。カランとレモネードの氷の音に魅了されているが、家でも作れて飲み慣れているレモネードに金を払ってまで今をどうにかしようとは思っていない様子だ。
そして、危惧していた通り黒い飲み物へ向けられる異様な物を見る忌避の目線。
「新発売のコーラです! 如何ですかー!」
「新感覚の爽快感を一度体験してみてくださぁい」
声かけをするが、常連の方がクッキーを買っていっただけで変わらない。
陽が高くなって、ますます気温が高まっていく。
私も子ども達も引率の見習いさんも声に覇気が無くなってきた。暑い。汗が止まらない。
「はぁ……はぁ……」
金を稼ぐのは、甘くないって知っていた。みんなでワイワイ調節して理科の勉強しながら作ったコーラ。
そもそもマーケティングが足りない。絵がかけるんだから視覚的に訴えるポスターを描けば良かった。無いよりマシだ。
もっと何か出来たはずなのに、見切り発車を今後悔しても遅い。今、どうするか考えないと。
しかし……暑い。
「一杯くれ」
「……?」
「おい、コーラを一杯くれと言ってるんだ」
「!」
暑さでへばる私に声をかけてくれたのは、白い髪を日に透かした美しい少年だった。火照る頬と肌を伝う汗に妙な色気を纏っている。
「マグナ様……どうして」
「ふん。ただの散歩だ。それより、コーラを一杯くれと言ってるだろ」
「ぁ、ああ、はい」
金銭を受け取り、ウォーターピッチャーを傾けて、コップにコーラを注げばシュワシュワピチピチパチパチと炭酸の弾ける瑞々しい音が聞こえる。そして、弾き出された爽やかな香りが鼻腔を擽る。
「良い香りだ。ライムか?」
「?」
「はい! ライムとパクチーです!」
内容を知ってる筈なのにわざわざ聞かれた。隣の子が答えるとなるほどと言って、コップに口をつけて一気に呷る。
喉が渇いていたのか、豪快に飲み干していく。見てるこちらまで喉が鳴ってしまいそうな程美味そうに。
『ゴキュ、ゴキュ……ゴキュ』
「ッぷはぁ! すごく美味いなコレ! 乾き切った身体に染み渡って、生き返った心地だ! うっ」
口を押さえたマグナさんに耳打ちをする。
「マグナ様、コーラの一気飲みはガスが逆流してゲップが出ます」
「ケフッ……そうか。コレは小さい子が真似したら嘔吐するな」
よくわかってらっしゃる。私も一気飲みして吐いた経験がある。
「「…………」」
「……仕方ないな。俺の奢りだ。子どもらにコーラを飲ませてやれ」
「そ、そんな、いいんですか!?」
「皆フラフラだしな。こんなに美味い水分補給は早々ない」
顔が良い上に白髪のマグナさんは目立つし、あんな美味そうに飲んでたら興味が向けられて当然。
子ども達人数分の金銭を払ってくれた。
ピッチャーでコップにコーラを注ぐ音は、喉が乾き切っている者達にとって福音。
そして何より──
『コキュ、コキュ』
「一気に飲むなよー」
「ぷはー! 美味い!」
「生き返る~」
「ゲプ」
子ども達がそれはそれは美味しそうに飲むから、もう堪らない。
「あの、私にも一杯いただける?」
「俺も」
「俺も頼む」
「はい! ありがとうございます!」
隣の芝生は青いし、隣の花は赤いってヤツか。人が美味しそうに夢中で飲んでるのって魅力的に映る。
「……マグナ様、ありがとうございます」
「ふふん。お前は実演を知らないみたいだったから手本を見せてやったんだ」
「!」
「何で出来ているかわからないとビビる人間は多い。薬とか特にな。マジで成分どうのでぐだぐだぐだぐだとごねる輩に父さんが苛ついてるのを何度も見た」
だから、内容知ってるのに材料を聞いてきたのか。知ってる材料だとわかれば、警戒心は解れる。
「うまっ! なんだコレ!」
「う~~ん、シビシビするぅ」
「生き返るぅ~」
「「ゲフ」」
マグナさんと子ども達の実演で、コーラ含めて商品はいつも以上に売れた。目標金額も大幅に超えて、過去最高収益のチャリティーは無事に終わった。
次に教会へ訪れた日、神官様に呼び出された。
「例の炭酸飲料なのだが前回のチャリティーから噂になっている。遠方から教会にはるばる足を運んでまでお買い求めに来られる方々がいた」
「好評なのですね。良かったです。それで、どうされましたか?」
「ストックが無い故にお渡し出来なかった。コレでは熱中症患者が増えてしまう」
「あー」
この暑い中、遠方から徒歩で教会まで……求めた物を手に入れられず、落胆と共に猛暑の中帰る……考えただけでゾッとする。
限定グッズの為に自転車で炎天下の中コンビニをハシゴして、結局全部売り切れで……うっ頭が。
あんな絶望感を……コーラで与えてしまったかもしれない。
「そこで二週間後に発表されるとある事柄を始点に、教会の近くで子ども達のお菓子やレモネード、コーラを常時販売出来る出店を出そうかと思っている。勿論、利益は治療費減額と孤児院の運営費に当てられる」
「それはとてもいいですね。あ、ポスターでも描きましょうか?」
「いや、君にはもっとしてもらいたい事がある。ポスターの件はその後にでもお願いしよう」
「はい」
発表ってなんだろう。あ、フェンさんが正式な聖女になるって発表かな。
しかし、二週間後に発表された物は、国が出した法改正だった。
「奴隷、禁止法」
「……奴隷事業の営業停止及び廃止。法に従って、奴隷を買った者は奴隷を解放しなければならない。奴隷と言う身分は撤廃され、平民へと繰り上がる」
「ジャナル様……あの、私……その、どうしたら」
奴隷禁止法がこんなすぐに施行されるなんて、予想外だった。
急に手放されても行く宛が……あ、教会か。
「君は自由だ」
「……はい」
「だが、君のような優秀な人材を手放したくはない」
「?」
「炭酸水の話はマグナに聞いた」
やべ、マグナさんに許可を得ているけど元々はジャナルさんの機材。持ち出したのバレてる。
「すみません! 機材はちゃんと消毒してお返しします!」
「いや、それはいい。マグナが言っていた通り、君には医学の道を歩んで欲しい。援助は惜しまない」
「…………あの、それなら、一緒に住まなくても、いい、ですか?」
「ここでの暮らしは不満か?」
「いえ……使用人さん達も優しくて、食事も美味しいです。マグナ様にもとっても良くしてもらっています。けど、今のままでは、奴隷から従者になっただけです。私は、マグナ様……マグナさんと、もう一度やり直したい。友達になりたいんです」
ずっと同じ場所で留まっていたら、何も変わらない。
「そうか。だが、その年齢で一人暮らしは危ない。目の届く範囲内での物件選びと引越しの手配ぐらいはさせてもらう」
「ありがとうございます」
こうして、私はお屋敷を出る事になった。
「いやだああ! 嫌だ嫌だ!」
「マグナ様、徒歩五分ですから」
「奴隷じゃなくても、俺にまだ話す事あるだろ! 冒険譚の続きも!」
「うぷぷ、そんなに私と一緒に居たいんですか?」
揶揄うつもりで問いかけると、涙と鼻水と涎で汚れた顔が私に迫る。くっそ顔面偏差値ハーバードめ。綺麗だ。
「当たり前だろ! 奴隷だろうとなんだろうと、お前の事、誰よりも大事に思ってんだ!」
「……あ、ありがとうございます」
ドストレートに言われてドキッとする。こんな事言われたの初めてだ。親にも言われた事ない。
「これからは、友達としてマグナさんの傍にいます。お話はこれらも沢山しましょう」
「うっ、ぐす。アーサン」
恥ずかし気も無く抱き締めてくれる。私もしっかりと抱き締め返す。
「お世話になりました。コレからもよろしくお願いします」
「うう、うぅーー、アーサン」
「マグナ様、お心苦しいところですが、そろそろ」
「ひっく、困ったらすぐにこっちに来い。寂しかったら一緒に居てやる。何もなくても、いつでも来い!」
「だから徒歩五分だって。ふふ、あはは、そちらこそいつでも遊びに来てください」
泣きじゃくるマグナさんの元を離れて、引っ越しの荷馬車に乗る。
一人暮らし……不安な部分もあるけど、自由時間が増える。
教会へ行く時間も増えるだろう。
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