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8:我欲のスパークリング
しおりを挟む教会に通いながらマグナさんとお話ししたり、勉強したり、買い物と人探しに出てたり中々に忙しい。
「ダメだー……見つからない」
諦めの悪い事で、一年経った後でも私はあの子を探していた。通っている道で顔見知りとなったパン屋や酒屋に情報をもらう。子どもが健気になっていると応援したくなるものだ。
いつもと違う道を通ったり、遠めに行くとたまに出会うイベントがあった。
「……あ」
「あっ!」
「アーサンだ!」
「一緒にやってかない?」
教会方面だと孤児院の子ども達が週一でしているチャリティーにばったり。
診療所も兼ねている教会へ訪れる金の無い人々の治療費減額の為に、手作りのお菓子や飲み物を販売している。子ども達の金銭感覚の勉強にもなるし、金額が目標値以上であれば玩具を買ってもらえるから張り切っている。
けれど、そう上手くはいかない。目標値を越えられないと頭を悩ませて、どうすれば売れるか皆考えている。
チャリティーは慈善事業だが、目に見える利益が出ないと、子ども達だって楽しくないし焦りも出る。
「……そろそろ夏か」
太陽の日差しが強くなり始めた。肉体労働者がよく熱中症や脱水で運ばれているのを目撃する。
冷たい飲み物を売っている分、そこそこ売れるが各家庭でも飲めるただのレモン水だ。
ただの散歩ではないので手伝えないが、フッと思い至る。
このチャリティーで有用な物が売れて利益をドカンと出せば、教会での治療費大幅減額もあり得る。あの子も、教会を頼って来てくれるかもしれない。
少しでも可能性があるならば、尽力すべきだ。とんでもない我欲だが、これには大義がある。
私はお小遣いで少々買い物をした。
「マグナ様、少々よろしいでしょうか」
「ん? どうした?」
「この論文にある温泉なんですけど……コレってうちの国にもありますか?」
「ああ、コレか。グレード王国には無い。輸入も出来ない代物だ。アーサン、温泉に行きたいのか?」
「いえ、そうではなく……特性が気になって」
なるほど。自然では存在しているが、人の手でまだ編み出されてないのか。魔法ではなく、コレは科学の分野。
しかも、子どもでも頑張れば出来る。
「……よし」
「?」
「マグナ様、コレを我々で再現してみましょうよ」
「何か考えでもあるのか?」
「はい」
必要な材料はあっても機材がない。そこをマグナさんに協力してもらう。
高価なガラスの実験器具が揃っている。
「水と酒?」
「酒から出るガスと水を同じ容器に密封する」
「ガスが水に溶けて……炭酸ってやつに?」
「はい。炭酸泉のある国では、炭酸の水源は飲料水としても重宝されていて、身体にも良いとありました」
アルコール発酵を利用した炭酸水。漫画の知識だけど、どれぐらい待てばいいのかわからないのでそこは調整だ。
水に浸かったガラス管の先がポコポコと泡を吐いている。
そのまま時間を置いて水を飲んでみる。
「あ、ちょっとシュワっとする」
「おお……コレが炭酸」
この調子ならまぁまぁ時間がかかるけれど、問題ないだろう。
三角ビーカーに炭酸を詰めて、焦がしたハチミツ、パクチーと皮ごとライムを潰し混ぜて投入する。
「(うわ……マジでコーラだ)」
勿論、本物には劣るが香りはほぼコーラだ。溶かしたら、カスを取り除いて飲んでみる。
弾ける炭酸がスキャっと喉を通り、コーラの風味が鼻を抜ける。夏休み、友達と自転車を漕いで公園へ行き、乾いた体に注いだ懐かしい感覚。
このままでも大分いいけど、もっと砂糖が欲しい。甘さが欲しい。
「初めての味だが、美味いな」
「……マグナ様、コレを孤児院のチャリティーで販売したいんですけど、どうでしょうか?」
「チャリティーで売る?」
「チャリティーでの売り上げは教会の医療費控除に使われます。売り上げが良ければ、多くの人が教会へ来る。あの子も、来てくれるかもしれないので」
「そう上手くはいかないぞ」
そうだ。ノンアルコールの炭酸飲料はこの国で馴染みが無い。美味いとわかってもらうには、口にしてもらう必要がある。初めての物を口に入れるのは大人だって難しい。
「わかってます。けど、少しでも可能性があるならやってみたいんです」
「ふーん。なぁ、もし俺がソイツの捜索活動を辞めろと言ったら、お前は辞めるのか?」
「……主人のご命令とあらば」
まぁ。表向きには辞めるけど、裏で動く気満々だ。
「…………ケッ、嫌なら嫌って言えよ」
「そう言うのは、私の立場では難しいのですよ」
「はぁ……わかっている。とりあえず頑張れ。機材は一式貸してやるから」
「ありがとうございます!」
私は早速孤児院の引率の聖職者見習いさん達にコーラを振る舞った。
「異国で湧き出る炭酸泉を再現した物に味を付けた飲料水です。健康飲料としての効果もこの医学書で証明されています。成分はこちらです」
「酒のアルコール発酵で生じる炭酸ガスを冷水に溶かすことで炭酸水に……興味深い」
「爽快感があっていいね。けど、このパチパチする感じ。もう少し控えめでもいいかも」
「私は丁度良い。好みの問題が出そうですけど、コレは良い商品になるかも」
作り方のレシピと機材をしっかり見せる。
機材があれば子ども達でもわかる原理だ。
「子ども達にも良い経験になりそうだ」
「クッキーばかりで退屈だと言っていたからな」
レモネードとクッキーだけだった場所に追加される黒い飲み物。
心配だが、やれるとこまでやるしかない。
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