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7:懸隔のアンタッチャブル
しおりを挟む週末に二回、教会へ通うようになった。
勉強は思ったより楽しかった。教会が経営している孤児院の子達と共に文字や計算、歴史を学ぶ。
初日は大変だったけど……
「なんで奴隷が一緒の部屋で同じ椅子に座ってるんだよ。ムカつくな」
「ごめんなさい。でも、コレは上からのお達しだから、私も逆らえません」
「フン。なら俺たちゃ奴隷と同じ扱いかよ」
「いやいや、逆だと思います」
ガキ大将は何処にでも居るらしい。
勉強終わりの自由時間にされた無茶振りで事態は一転する。
「おい奴隷、なんか面白い事してみろよ」
「言うこと聞かなきゃぶん殴るからな」
「……面白い話でも良いですか?」
「おう。へへ、みんな~奴隷が面白い話するってよ! こっち来いよ!」
面白がって皆を集めてくれたのが幸いした。
「富、名声──」
お得意の冒険譚を披露した。
娯楽の少ない孤児院に新たな風が吹き込んだ瞬間だった。
おかげで、魔法の訓練をする為に大人が呼びに来たから途中で区切ろうとしたら、全員に腕やら足やらにしがみつかれて大変だった。
今では、勉強終わりの一時間は私のお話の場になっている。私を奴隷奴隷と言っていたガキ大将も、アーサンと名を呼んでくれている。環境は自分で変える物なのかもしれない。
そして魔法の勉強は実技を交えたものだった。
「では、魔法の級等はどのように分けられているか覚えていますか?」
「はい。誰でも意識すれば使える初級魔法と専門知識が必要となる四から一級。そして、技術を極めて到達する神級」
「そうですね。よく学習できています。魔力量が例えB以上でも魔力コントロールが出来なければ、扱う魔法によっては大事故に繋がりかねません。アーサン君の魔力コントロールは歴代稀に見る程の精度なんですよ」
「ほえ~」
「それでは、今日は癒しの魔法を幾つか覚えていきましょう」
私がいつも使用人達に使っている治癒魔法は初級魔法の《ファーストエイド》。
見習いの耳を治した(──完治ではない)魔法は四級魔法の《ヒール》。医療の専門知識が中途半端な私だが、傷がどのように治るのか把握していた為、発動に問題はなかった。
その他にも、毒の治療に使われる三級魔法《キュア》。
病気の治療や症状緩和には二級魔法《トータルヒーリング》。
どんな傷や病も治せる一級魔法《メディカルヒーリング》。
死んだ者を蘇らせるまさに神の御技の神級魔法《リザレクション》。
級等を跨がず、効力で細やかな分岐はあるものの、代表的な治癒魔法はこれぐらい。
医学も私が知ってる物とはだいぶ違う。魔石や魔物による症状などが特に興味深い。
魔法の授業を終えたら図書室へ向かう。
そこで対魔物用の医学書を読んでいると、ドタバタとした足音が近付いて来た。
「アーサン君!」
「フェン様のお父様。それに神父様。どうされました?」
二人以外にも正式な聖職者さん達が興奮気味に図書室へ入室してきた。
「君に再度治療を頼みたい」
「フェンを、どうか完治させて欲しい!」
「え? お医者さんに頼めばいいのでは?」
「この国であの子の傷を治せる医者はいなかった。アーサン君、君が思っているほど、治癒魔法は簡単ではないんだ。恥ずかしながら、高額なメディカルヒーリングには頼れない。皮膚の奥にある目に見えない神経を的確に繋ぐのは、非常に困難な技術といえる。君は、完璧にそれをやってのけたんだ」
そうは言っても、傷の形に魔力を薄く流せば出来る事だ。外傷跡はヘンテコな形をした器のような感じで、そこにゆっくり魔力を注いで器を満たすイメージでやっている。薄い器に注いだつもりが、フェンさんの聴覚に異常をきたしていた深い場所の傷を偶然癒しただけ。
「……あの、私の立場は変わらず奴隷です。フェン様は見習いから、聖女候補になったとお聞きしました。教会の神父様に並ぶ尊いお方です。いくら神父様の命令であったとしても、私はもう彼女に触れる事は出来ません」
魔力保有量が優れた聖職者の中で、更に光の紋章を持つ女性が聖女に選ばれる。フェンさんは怪我で候補から外れていたようだが、全快ではないが耳が聞こえるようになり、喋れるようになったから、聖女候補に選出された。
候補だとしても聖女に成り得る人は世話役が付くほど手厚く大切にされる。
そんな方に奴隷が触れる? 無理無理無理!
前とは状況が違い過ぎる! 医学知識もない私に事を委ねるには相手が高貴過ぎる!
何かあったら物理的に首が飛ぶ!
「フェン様を、卑しい身分の私が治したとなれば聖女の名を汚してしまう。もし、人々にそれがバレたら、教会への信頼に傷が出来ます」
「そんな事は」
「……いや、アーサン君の心配は残念ながら的を得ている」
神父様の表情が曇ってしまった。
奴隷と言う立場は、善行さえも悪印象に変わってしまう。そういうもので、今の常識。
人々の信仰心や信頼で得られる寄付金で教会と孤児院を運営出来ている。自分達の信仰と行き先の無い子ども達の為に、疑心を産む要因はあってはならない。
「でも、フェン……が」
「本当に……申し訳ございません」
「……アーサン君、もし君が奴隷でなければ請け負ってくれるかな?」
「一般人になっても恐れ多いですが、前向きに検討は出来ます」
「そうかい。なら、彼女の治療はまた今度の機会にお願いしよう。早めに次の機会が巡るように動いてみるよ」
「?」
何やら神妙な顔付きの神父様を見て皆がハッとしたように顔を見合わせたと思ったらそそくさと図書室を去っていった。
まるで嵐のようだ。
「(わかってくれたならいいや)」
再度医学書に目を向けて頭に入れていく。
専門用語が多いから理解するのは大変だけど、面白い。
「(……医者になるつもりはないけど、この先役に立つ知識だ)」
何かになれるのかもわからない。
けど、日本に居た時より何かになりたいって願いやすい場所だ。
立場が悪いけど、恵まれた環境を活用していこう。
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