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6:一筋のアビリティ

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「ぁう……わぁ……」
「あーーー! はは! マジで聞こえてないんだ!」
「もしも~し。顔に傷有りの見習いちゃ~ん」
「キャハハ、聞こえねえし喋れねえのに、どうやって教えを説くんだよ」
「ぁ……あう」

 聖職者見習いの服を着た小さな女の子が、私と同い年ぐらいの男の子達に囲まれて髪を掴まれたり大声を出されたりして、イジメられていた。
 耳が聞こえず、喋れない女の子に三人で……おいおいおい道徳心ゴミカスか? 奴隷が一般的な世界では、私の一般道徳心の方が異常なのか?

「あの」
「ん?」
「随分と楽しそうですね。何か面白い事でも?」
「誰だお前。まぁ、いいや。コイツ耳が聞こえねえんだ」
「ぁう……う」
「あうあう~って、赤ちゃんみてえ」

 耳が聞こえないと自分の発している声すら聞こえない。漏れ出る声を抑えられない。それを悪意を込めて誇張したおふざけは、笑えない。
 
「女性の髪に気安く触れ、ましてや掴み上げるなど……紳士として有るまじき行為では?」
「は? 何お前……俺が誰だかわかって言ってんのか?」
「私のような身分で口を挟むのは恐れ多い事は理解しております。誠に申し訳ありません。しかし、人の上に立つ立場ならば、その力を振り翳す理性をしっかり持たなければ暴君でしかありません」
「あ? 俺達は貴族だぞ。見習いはただの平民と同じ。ましてや耳の聞こえない役立たずの欠陥品、どうしようと勝手だ」

 子どもの時点でコレは……もう痛い目見て同じ境遇になってイジメられればいい。他者に対する共感力が低過ぎる。
 もう六歳だろ。テーブルマナーよりも大切なマナーがなってない。
 私はズカズカと三人に囲まれて怯え切っている女の子の前に立ち、髪を掴む手に一言詫びて触れた。

「ご無礼を、失礼します」
『スパン』
「あ! てめえ」

 手を払い除けて、女の子の手を掴んでその場を離れた。

「ふぁ……へっ…………ぇ」
「……結構奥まで来ちゃった。ああ、失礼致しました」

 聞こえていなくとも、立場は弁えなければ。先程立場を弁えなかった私が言うのもなんだが。
 私を見上げて何かを訴えようと口を動かしたり手を動かしたりと忙しない。

「(男の子達が言っていた通り、傷が目立つな)」

 ユルフワの薄茶髪からのぞく大きな古傷。
 卵肌に似つかわしくない。せめて、この傷だけでも消してあげたい。
 使用人達の古傷も治せたから、この子の傷も治せるかも。
 左はこめかみから額にかけて、右は顎から耳にかけて。大きな古傷。きっと体にも傷があるんだろう。事故か何かに巻き込まれたんだ。可哀想に。

「少々、触れますね」

 両手を前に出して、下からゆっくり動かして女の子の頬を包む。
 いつもよりずっと強く、傷を修復するイメージ。どうか、この子が人生を嘆かないように。

『ホワァ……』
「!」
「こらああああ!!」
「ひっ!」
「フェンに何をしている貴様!」

 正式な聖職者の服を纏った男性が私に駆け寄ってきて腕を強く掴まれた。
 神父の一人だろうか。

『グイ!』
「お前! ドルフィン様のとこの奴隷だな! ドルフィン様や御子息様に目をかけていただいているんだろうが、奴隷は奴隷! 卑しい身分でありながら私の娘に触れるなど!」
「も、申し訳ございません!」

 地を這いずる奴隷と天に近しい聖職者では、文字通り天と地の差がある。
 我が子にゴキブリが集っていたら親は絶叫するだろう。

「フェン、皆の居る場所に行きなさい。コイツは私が」
「…ぱ……ぱ」
「早く行……は?」
「…………ぱ、ぱ」

 片手で手話をしていた男性に女の子が呟いた。
 パパ……その一言に、私を掴んでいた腕の力が緩んでいく。

「フェン? 偶然かな?」
「ううん……ぱぱ。耳……聞こえる」
「(うぇ!? 耳まで治したつもりはないんだけど!? 怪我による障害だったにしてもさっきので効果が!)」
「フェン……フェン、フェン!」

 私から手を離して、その手で娘を抱き締める男性。
 くぅ~腕が痛いが、何はともあれ良かった。

「あ、いたいた! アーサン!」
「マグナ様」

 私の元へ走り寄ってプリプリお怒りのマグナさん。

「勝手に俺の側から離れるんじゃない! 守れないだろ!」
「申し訳ございません……ちょっと見過ごせなくて」
「ん?」
「パパ……この、人、が、ね……いじわる、されてた、わたし……を、たすけて、くれた。しょれ、から……けが、なおして……くれた、から……耳、きこえる」

 途切れ途切れだが、意味のある発声をする女の子の言葉に男性とマグナさんが唖然と目を見開いていた。

「……アーサン」
「はい」
「その腕……どうした」
「っ!」

 男性に掴まれた腕が跡になっていて、マグナさんがめちゃくちゃ低い声で詰め寄ってきた。

「お前は俺の大切な奴隷だ。誰に傷付けられた。貴族だろうと誰だろと、絶対許さない」
「ぇと、コレは……」

 切り傷とかなら転んだとか引っ掛けたとかで言い訳出来るけど、大人の手型がくっきり浮かんでいる。この場にいる大人は一人。言い逃れが出来ない。

「マグナ様、コレは私が差し出がましい行為をしてしまったので、当然の注意を受けたのです」
「差し出がましい行為を注意? それはその子の治療の事か?」
「も、申し訳ございませんでした!!」

 私とマグナさんに土下座する勢いで頭を下げる男性。

「奴隷の君が娘に触れていたから、よからぬ事と決め付けて酷い事をしてしまった。まさか、治癒魔法をかけてくださっていたなんて……恩人にとんだご無礼を! お許しください!」
「許さない。第一俺達が許す許さない以前に、あと一歩間違っていたら、お前は大事な娘の一世一代のチャンスを奪い去っていたんだ。愚かな自分を許すんじゃない。……ふん。行くぞアーサン。父さんが待ってる」
「ぁ、はい。えと、フェン様……まだ完全に治っておりませんので、お医者さんに見てもらってください。どうかお大事に」
「あい、がとー」

 マグナさんに手を引かれて教会に戻ると、丁度ジャナルさんが戻ってきたところだった。

「アーサン。もう一度魔力を込めなさい」
「あ、はい」

 まっさらな水晶を手渡されて、周りにジャナルさんと待機していた聖職者さん、見習いさん達が所狭しと寄ってきた。

「先程と同じ様にやってみてください」
「は、はい」

 見習いさんから先程と同じ様にって言われた。絵を描いていいのか。けど、こんなに凝視されてると描き辛い。

「(猫でも描くか)」

 集中して水晶内に再び線を走らせる。曲線や斜線が入る度に周りから起こるどよめきが大きくなっていく。
 長年絵を描いてきただけあり、画力はそれなりにある。今の私の外見年齢からしたらだいぶ上手い。
 猫の横顔デッサンが終わり、顔を上げると……一番偉いであろう神父様が私の前に立った。

「なんと素晴らしい。魔力量はCだが、魔力コントロールは王家に仕える魔法士の比ではない。ドルフィン殿、この子の実力は本物です。是非、先程の提案を御一考ください」
「……さて、どうしたものか」
「アーサンすげえな。普通、線なんて描けないだろ。注いだ魔力めっちゃ滲むのに」
「マグナ、お前に相談だ」
「?」

 ジャナルさんに話しかけられて見上げるマグナさん。なんだか、不穏な空気感。

「アーサンさんを十万ギルで譲って欲しいそうだ」
「……は?」
「え?」

 教会内で人身売買ですか????
 え? いいの? 人権とか神の教えとかに反さないの? 奴隷は人権無い物扱いだからセーフ?
 
「十万ギル?」
「ああ。五万ギルで買ったアーサンが二倍の十万ギルで売れる。どうする?」
「十万……父さん……アーサンは、いずれ俺の片腕になる。たかが十万ぽっちでは渡せません」
「だ、そうです。アーサンの受け渡しは無しという事で」
「待ってください! ならば、どうかこの子に勉学と魔法を教えさせてください!」

 神父様はどうやら私を育てたいらしい。教会の責任者が頭を下げては、ジャナルさんもマグナさんもこれ以上拒否出来ない。
 
「教育を受けないのは勿体ない才能の持ち主です。送迎の馬車もこちらからお出しします」
「……アーサン、お前は……勉強したいか?」
「…………」

 ぶっちゃけ勉強なんてしたくない。
 でも興味はある。この世界の勉強って何を学ぶのか。今の私が勉強出来る機会は早々ないだろうし。

「出来る事なら……」
「…………わかった。お前の意見を、尊重してやる!」

 強がりながら胸を張るマグナさん。神父様達は口々に歓喜の声をあげていた。
 なんか……すごい事になってしまった。
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