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2:夙成のセンチメンタル
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私はマグナさんの食事の間は、私室として与えられた二畳ほどの部屋で食事を摂る。パンと水だけだったのに、フワフワのパンとスープと野菜。美味すぎて泣いた。美味いのに、あの男の子を思い出してしまって喉が詰まる。食べ物が入っていかない。
「(……私が頑張れば、ご褒美が貰えるかも。それで、あの子を……)」
人を、物のように買えてしまう。今はそんな時代だが、作中では奴隷禁止法があった。この何年かで法が変わり、奴隷解放と奴隷商の一斉廃業。その法が実施されて、あの子が生き延びられるか、誰かに買われてマシな生活が出来ればいい。
腹いっぱい食べさせてあげたい。暖かい布団で寝かせてあげたい。
勉強は私がいろいろ教えてあげればいい。
「(奴隷一人養ってもいいと言ってもらえるように、明日はいっぱい話すぞ!)」
※※※
ドルフィン家へ来て数日が経過していた。
毎日毎日話を強請られて、喉が枯れそう。でも、マグナさんの顔色は良くなっている。雇い主であるマグナさんのお父さんもびっくりしていた。
「マグナがよく笑うようになった。熱も出にくくなって、よく食べている。驚く程に体調が安定して、庭で歩けるまでになるとは……」
「ジャナル様の処方が良かったのでは、ないでしょうか?」
「それもあるが、どんなに良い薬も飲まなければ意味がない。薬を嫌がって食事を摂らず使用人を困らせる事もしょっちゅうだった」
「……全快になられたら、私は用済みでしょうか?」
「お前の処遇はマグナに決めさせる」
あ、ダメだ。マグナさんに決定権あったら……
「アーサン! 見つけた!」
「マグナ様。今、旦那様と面談中で」
「父さん! 話もう終わった?」
執務室で立ち話をしている所にマグナさんが突っ走ってきて、腕を掴まれた。本当に元気になられた。ちゃんと感動してるけど、疲れも出てくる。赤ちゃんが歩き始めた時ってこんな感情なのかな。嬉しいけど大変。
「ああ。行っていいぞ」
「ぇえっと、失礼します」
「アーサン、今日は庭のテラスで続きが聞きたい」
「はいはい」
私の話を楽しみにしてくれているマグナさんは勿論のことだが、使用人達も何人か耳をそばだてに来ている。
テラスでお茶をしながら身振り手振り、大袈裟な口ぶりで語る。
雪国に咲いた奇跡の話。
今回の話はヤバかった。マグナさんが途中で号泣してしまって、落ち着かせるのにヒヤヒヤした。
そして再開した話を最後まで持っていくと、またポロポロと泣き出してしまった。
後ろから使用人達の鼻を啜る音が聞こえる。
歴史に残る感動エピソードだからな。無理もない。
「今日は早いですが、ここまでです」
「え?」
「余韻に浸るのも、物語を楽しむ上で大事な要素です」
ティーカップの紅茶を口に運び、空を見上げる。涙が溢れないように。
「……アーサン、その素晴らしい物語はどこで聞いたんだ? 自分で考えたのか?」
「とんでもない……私にも読み聞かしてくれた方がいたので」
「本があるのか!?」
嘘をつくのは心苦しいが、この世界に無い物は無いので誤魔化すしかない。
「私が覚えてると言うことは、原本があるんだと思います。けど、私には親の事や生まれ故郷の記憶がありません。奴隷になった事しかわからないんです」
「そう、なのか」
「ただ、幾つもの物語が私の中に確かにあるんです。感情を伴ったそれはただの情報ではなく、私にも生きてきた歴史が確かにあった事を教えてくれる。それだけで、私はこの先も生きていけます」
私を私と確信させる物は記憶しかない。人生の大半を費やした娯楽。薄情な事に親との楽しい記憶より鮮明だ。
なんとか良い話風に纏めれたとホッとしていたら、マグナさんの目が見開かれていた。
「…………」
「どうしました?」
「お前……大人みたいだな。それに……その」
「?」
「俺は奴隷を人間としてちゃんと見ていなかった。どうして奴隷になったのかも考えもしなかったし、要らなくなったら捨てていいとさえ……思っていた」
恥いるような表情で背を丸めて俯いてしまった。どっちが大人みたいだって? 私と違って本物の子どもであるマグナさんが、自身の常識を考え直して、恥じている。精神の成熟が早過ぎる。
「物語の登場人物にそれぞれの夢や人生があるように、この世界にも人の数だけ夢も人生もあるんだ」
「……マグナ様は頭が大変よろしいですね」
自分の今までしてきた態度に後悔しているマグナさんの背を撫でる。
そういえば、マグナ先生が医者を志した理由は、自分のわがままで不幸にした人々に償う為だと攻略ストーリーで話していた。
こういう風に気付きを何処かで得たのだろう。
「……俺は酷い人間だ」
「ネガティブになるには若過ぎますよ。立派な人間に今生まれ変わろうとしてる人が、酷い人間なわけないじゃないですか」
「うっ、うぅ~~」
子どもらしく、どうしようもない感情の置き場に困って泣き出してしまった。一度泣いた後だと涙腺が弛んで泣きやすくなるから、仕方ない。
泣き止むまでずっと寄り添っていた。泣き疲れて私の肩に寄りかかって眠るまで。
「(……涙に濡れた美少年の寝顔。愛おしくなるな)」
「(……私が頑張れば、ご褒美が貰えるかも。それで、あの子を……)」
人を、物のように買えてしまう。今はそんな時代だが、作中では奴隷禁止法があった。この何年かで法が変わり、奴隷解放と奴隷商の一斉廃業。その法が実施されて、あの子が生き延びられるか、誰かに買われてマシな生活が出来ればいい。
腹いっぱい食べさせてあげたい。暖かい布団で寝かせてあげたい。
勉強は私がいろいろ教えてあげればいい。
「(奴隷一人養ってもいいと言ってもらえるように、明日はいっぱい話すぞ!)」
※※※
ドルフィン家へ来て数日が経過していた。
毎日毎日話を強請られて、喉が枯れそう。でも、マグナさんの顔色は良くなっている。雇い主であるマグナさんのお父さんもびっくりしていた。
「マグナがよく笑うようになった。熱も出にくくなって、よく食べている。驚く程に体調が安定して、庭で歩けるまでになるとは……」
「ジャナル様の処方が良かったのでは、ないでしょうか?」
「それもあるが、どんなに良い薬も飲まなければ意味がない。薬を嫌がって食事を摂らず使用人を困らせる事もしょっちゅうだった」
「……全快になられたら、私は用済みでしょうか?」
「お前の処遇はマグナに決めさせる」
あ、ダメだ。マグナさんに決定権あったら……
「アーサン! 見つけた!」
「マグナ様。今、旦那様と面談中で」
「父さん! 話もう終わった?」
執務室で立ち話をしている所にマグナさんが突っ走ってきて、腕を掴まれた。本当に元気になられた。ちゃんと感動してるけど、疲れも出てくる。赤ちゃんが歩き始めた時ってこんな感情なのかな。嬉しいけど大変。
「ああ。行っていいぞ」
「ぇえっと、失礼します」
「アーサン、今日は庭のテラスで続きが聞きたい」
「はいはい」
私の話を楽しみにしてくれているマグナさんは勿論のことだが、使用人達も何人か耳をそばだてに来ている。
テラスでお茶をしながら身振り手振り、大袈裟な口ぶりで語る。
雪国に咲いた奇跡の話。
今回の話はヤバかった。マグナさんが途中で号泣してしまって、落ち着かせるのにヒヤヒヤした。
そして再開した話を最後まで持っていくと、またポロポロと泣き出してしまった。
後ろから使用人達の鼻を啜る音が聞こえる。
歴史に残る感動エピソードだからな。無理もない。
「今日は早いですが、ここまでです」
「え?」
「余韻に浸るのも、物語を楽しむ上で大事な要素です」
ティーカップの紅茶を口に運び、空を見上げる。涙が溢れないように。
「……アーサン、その素晴らしい物語はどこで聞いたんだ? 自分で考えたのか?」
「とんでもない……私にも読み聞かしてくれた方がいたので」
「本があるのか!?」
嘘をつくのは心苦しいが、この世界に無い物は無いので誤魔化すしかない。
「私が覚えてると言うことは、原本があるんだと思います。けど、私には親の事や生まれ故郷の記憶がありません。奴隷になった事しかわからないんです」
「そう、なのか」
「ただ、幾つもの物語が私の中に確かにあるんです。感情を伴ったそれはただの情報ではなく、私にも生きてきた歴史が確かにあった事を教えてくれる。それだけで、私はこの先も生きていけます」
私を私と確信させる物は記憶しかない。人生の大半を費やした娯楽。薄情な事に親との楽しい記憶より鮮明だ。
なんとか良い話風に纏めれたとホッとしていたら、マグナさんの目が見開かれていた。
「…………」
「どうしました?」
「お前……大人みたいだな。それに……その」
「?」
「俺は奴隷を人間としてちゃんと見ていなかった。どうして奴隷になったのかも考えもしなかったし、要らなくなったら捨てていいとさえ……思っていた」
恥いるような表情で背を丸めて俯いてしまった。どっちが大人みたいだって? 私と違って本物の子どもであるマグナさんが、自身の常識を考え直して、恥じている。精神の成熟が早過ぎる。
「物語の登場人物にそれぞれの夢や人生があるように、この世界にも人の数だけ夢も人生もあるんだ」
「……マグナ様は頭が大変よろしいですね」
自分の今までしてきた態度に後悔しているマグナさんの背を撫でる。
そういえば、マグナ先生が医者を志した理由は、自分のわがままで不幸にした人々に償う為だと攻略ストーリーで話していた。
こういう風に気付きを何処かで得たのだろう。
「……俺は酷い人間だ」
「ネガティブになるには若過ぎますよ。立派な人間に今生まれ変わろうとしてる人が、酷い人間なわけないじゃないですか」
「うっ、うぅ~~」
子どもらしく、どうしようもない感情の置き場に困って泣き出してしまった。一度泣いた後だと涙腺が弛んで泣きやすくなるから、仕方ない。
泣き止むまでずっと寄り添っていた。泣き疲れて私の肩に寄りかかって眠るまで。
「(……涙に濡れた美少年の寝顔。愛おしくなるな)」
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