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おまけ

35:化けの皮①

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俺は未だに信じられない状況にいる事を不意に思い出して、悶える事がある。

「……わぁ……俺の部屋に魔王様が居る」
「流石に、もう慣れてくれ」

 魔王様にも呆れられるレベルで、俺は未だに新婚気分が抜けていない。
 エルフ的時間感覚云々では無く、ただ俺が年々魔王様を神格化するあまり現実味を
感じられなくなっている。
 そして、フッと夢から覚めても敬愛する方との関係は現実だと思い出してびっくりする。
 
「……神々しい」
「奉らないでくれ。あと、目を合わせてくれ」
「今は……ちょっと、心の準備が」
「…………そうか」

 同じベッドに腰掛けて、魔王様は俺の心の準備を待っていてくれる。
 肩を抱き寄せられて身体が密着すると心臓が口から飛び出そうだ。
 今から……今から、魔王様と……回を重ねる毎に緊張は増している気がする。

「震えているな……今夜はやめておくか」
「っ……」
「顔色も良くない。早く眠って休んだ方がいい」
「……すみません」

 結局、その日は覚悟が決まらず軽いキスをして添い寝してもらった。
 それだけでも俺は夢心地で満足してしまった。魔王様の優しさに独りよがり。
 甘えてばかりではなく、俺がもっと頑張らなければならないのに。

「(……理性が邪魔だ)」

 本能的に魔王様を求められたら、きっと二人にとって最良の結果になる。






 どうしたらいいのだろう。
 警備隊での訓練中も部下達を指導して、巡回の管理や問題報告を受けている時も頭の片隅にはモヤモヤとした偶像崇拝の意気地無しが居る。

「隊長、なんだかいつにも増して色気があるな」
「美しい……何か憂い事があるのやも」
「…………魔王様はいいなぁ。秘書兎人のタスクさん。農村部開拓最前線にいる牛獣人のホープさん。国営警官隊隊長の龍人デジィさん。場内の警備隊隊長のヘルクラスさん……すげえメンバー番にして」
「しかも、四人とも男だがナイスバディで……まぁ、魔王様相手に嫉妬もないけど」
「いかんせん、聖人過ぎるからな。妬んでも不毛過ぎるし」

 待機中の警備兵達がなんか俺の事見て話している。危険な作業の最中でもなく、手は動いてるので私語を注意する程ではない。
 ジロジロ見られるのには慣れている。
 ……慣れているのに。

「(魔王様の眼差しに耐えられないのは、本当にまずいな……)」

 本日の警備業務が終わり、夜勤の者達に引き継ぎを行った。
 部屋へ戻る前に、ある所へ寄った。

「…………タスクさん」
「あれ? お疲れ様です、ヘルクラスさん。どうしました?」
「ご相談がありまして」

 タスクさんの部屋にお邪魔した。
 性格が俺と似ているのか、番内でも話が合うし頼りになる。
 
「魔王様を神格化してしまって、触れられない?」
「はい……個人的な、その……崇拝が行き過ぎて、しまって」
「気持ちはよーーーーーーくわかります。庇護下にあった魔族からしたら、魔王様は雲の上の存在。崇め奉りたくもなります」

 ホープさんやデジィさんとは違い、魔王様の庇護を受けていた俺とタスクさんは、魔王様に対する気持ちの方向性が似通っている。
 だが、俺の方が極端な思考になっていた。

「けど、魔王様も我々と同じ大地に立っている一魔族です。俺は長らく同じ生活空間に居たので、魔王様のだらしない部分も知ってます。それが大きいですね」
「だらしない?」
「はい。ヘルクラスさんは完璧な魔王様を見てきているので、崇拝が強固になってるんですよ」
「…………そう、かも?」

 考えてみれば、魔王様のだらしない所なんて見た事ない。いつも凛としていて、紳士的で……ああ、確かに……欠点を見た事も、考えた事も無い。

「付き合いの長いストールさんやデジィさんにも話を伺ってみるのも一つの手ですね」
「そうですね。ありがとうございます」

 明日の予定に目を通しながら俺を見送ってくれたタスクさんに頭を下げてから、俺はその足でストールさんの部屋へ向かった。
 ストールさんは旧子ども部屋で性事のアドバイザーをしている。
 専用ダクトが壁に沢山ある。地下洞窟時代より現在の魔王城は人口密度が高い為、這って移動するストールさんが廊下で踏まれる可能性があるからと魔王様が作ってくれた。

「失礼します」
《おや、こんばんは。珍しいですね。ヘルクラスさんがココへ来るなんて》
「相談がありまして……」
《ほほぉ》

 タスクさんと話した事と何を訪ねにきたのかを伝えると、ストールさんは肉肉しい細い身体をクッションの上でコロンコロンと寝返りをうたせる。

《魔王様のだらしない所……ううーん、そうですねー……魔王軍時代の私は非戦闘員で棲家や苗床の提供を受けていただけなので、遠目に眺めているだけでした。今思えば……だらしないと、言うか……ふふ》
「?」
《魔王様は幹部の方々と仲が良かったので、時折子どものような悪戯をしていましたね》
「い、いたずら」

 想像もつかない。そもそも魔王軍幹部達も魔王様も戦争の合間に休息があったことに驚いた。

《人狼のミヤコ様が彷徨う鎧リビングアーマーのサブロウ様の鎧に乳首を描く悪戯をしていた所、魔王様も参戦してヘルムに髭を描いて、怒ったサブロウ様に追いかけられていました》
「ほへぇ……」

 そんな悪ガキみたいな事を魔王様がしていたなんて想像つかない。しかし、幹部達は魔王様が悪戯する程に気の知れた友人達でもあったんだ。

《ケンタウロスのカース様の尻尾を花を織り交ぜて三つ編みにしたり……あの時は、後ろ足で顎を蹴られていましたね。龍人のヴァレーリア様の地雷を踏み抜いて正座させられて淡々と説教を受けている所も見ました。後日、花束を持って誠心誠意謝罪をして許してもらっていたようですけど……それを見た一般兵がプロポーズと勘違いして大騒ぎになりました》
「……思った以上に普通ですね」
《特別な方ですけど、逸脱はしていませんから》

 もし、人間と戦争をしていなければ、人間が居なければ、魔王様もただの龍人として友と馬鹿騒ぎをしながら悠久の日々を過ごしていただろう。
 俺は番であり、友ではない。
 ああ、魔王様の友と言えば彼だろう。

「デジィさんにも悪戯はされていたんですか?」
《ああ、流石に悪戯はしてませんでした。軋轢のある派閥のリーダー同士でしたから、嫌がらせと捉えられたら事なので配慮はしていたようです》

 忘れがちだけど、デジィさんは穏健派のリーダーだった。魔王様及び魔王軍に意義を唱えていたんだ。
 現在は仲良くしている。いろんな意味で。

「(……魔王様、友好度に比例して扱いが雑になるのかな。信頼の表れだし、馬鹿しあえる関係性としては理想的だ)」

 魔王様のデジィさんへの接し方は、絶対俺達にはしない。それぞれに合わせた接し方をしてくれる。

「…………魔王様……俺の欲しい言葉をくれるし、俺の意志を最大限尊重してくれる。でも、魔王様は合わせてばかりで疲れないんですかね?」
《そこは貴方達が好きでやってるので気にしなくていいですよ》

 魔王様が素で接してきたら毎日口説かれる事になり、全員身が持たないと言われ、警備を任された日の事を思い出す。
 確かにあんな事を毎日言われたら、体に害が出そうだ。過ぎたるは猶及ばざるが如しだ。

《神格化するのも、崇拝も、魔王様はあまり強く咎めはしないでしょう。けれど、それで触れ合いにブレーキがかかってしまうようでしたら、それは心の壁でしかありません》
「…………壁」

 神格化する事によって恐れ多いと、無意識に自身の愛にブレーキをかけてしまっていたようだ。
 ブレーキを外すには、やはりもっと具体的な話しを聞きたい。

《デジィさんでしたら、今夜はこちらに泊まられているのでお伺いしてみては?》
「はい。行ってみます。ありがとうございました」

 
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