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27:網膜の記憶

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 大樹の伐採に来ていた人間達の記憶を改竄し、街へ帰す。
 実験の末、すっかり人間味の無くなった姿でふらふらと帰路につく。
 ラージャとそれを見送るセリアスは、期待半分不安半分だった。

「まるでゾンビですね」
「長い間眠っていた上に記憶を弄った後遺症だ。意識が鮮明になるまで時間がかかる」
「……ドキドキします」
「ああ」

 ラージャの遠隔望遠鏡リモートビューイングで魔族人間達の動きを観測し続ける。
 彼等を見た人間達の反応がどう転ぶかで計画の方向性が明確に決まる。
 半日かけて最寄りの街に到着すると、悲鳴が上がった。

「おっ」
『うわ! 魔族だ!』
『なんで街に……』
『アイツ龍人だぞ』

 ふらふらと歩き寄ってくる鱗と角を持つ彼等を指差し慄く人間達。
 魔族が街に来たら、する事は一つ。排除だ。
 男衆が武器を手に、容赦無く魔族を痛めつけ始めた。
 痛みにより意識が戻ったようで、喋ろうともがくが逆効果。

『死ね! 化け物が!』
『う……違ッ、はなしを』
『黙れ!』

 予想以上の苛烈な反応だ。人間も人間なりに魔族に恨みがあるようだった。
 
「(……デジィの言っていた積み重なる恨みというものを実感させられる)」

 眼前に映し出される場面が切り替わり、別の街へ向かった魔族人間が手足を折られ、生きたまま皮を剥がれていた。

「っ……ぅ」
「魔王様?」
「私の家族もああやって殺された……タスクの家族もだ……」
「……この惨劇は人間同士で今後続きます。魔王様はあまり見ない方が心が休まるのでは? 外見だけなら同じ青光龍人ですから辛いでしょう」
「…………気遣いはありがたい。しかし、辛かろうが私は計画の指導者として見届ける義務がある」

 苦し気な顔をしながらも、セリアスが鏡から目を離す事はない。
 人々の元へ帰した者達は悉く、人間達に殺害又は捕獲されていく。

『ッ……かは、は……』
『助けて……助けて……』

 皮剥ぎに耐えられず、舌を噛み切り自害した者も居た。
 最後に映っていた魔族化した人間達は真っ赤な筋肉を剥き出しにされ、未だに死に絶える事はなく、呻きながら殺してくれと懇願しているようだった。

「………………」
「魔王様……」
「……………………」

  鏡の向こう側では目を血走らせながら虚無に手を伸ばして命乞いをしている人間がいる。
 そう。姿が似てるだけで、中身は人間なのだ。自分が望んだ共食いによる人類の衰退が凝縮されたような光景が網膜の裏に焼き付いていく。
 延々と続く地獄絵図を朝日が巡り、夜が深まるまで凝視し続けた。
 徹夜上等の研究者気質のラージャは特に苦も無く付き合っていた。

「反応は上々。次は噂の流布ですか?」
「……ああ」
「“魔族になる病の罹患者は人間を害する”“病は治らず、殺さなければ感染被害が拡大する”との噂を流せば良いんですね?」
「……そうだ」

 未だ辛そうなセリアスにラージャは笑い掛ける。

「コレで多くの魔族が救われます」
「…………人間と友好関係を築いている魔族達が危ない」
「なら、助けに行きましょうか。コレだけ人手があるんですから。避難の手引きは容易でしょう。あっ人間の恋人や家族がいる場合は如何しますか?」
「………………殺す必要はない。お前と同等の魔族化を施す」
「それがいいでしょう。人間のままでは一瞬で肉塊です」

 地下洞窟の階層住民達は人間を恨んでいる魔族しか居ない。
 家族や仲間の復讐を果たせると喜び勇んで人間達を殺しに行くだろう。
 魔族化したとしても、受け入れられない者も多いが、何もしないよりはマシだ。

「……ココとは違う場所に隔離する方がいいな」
「はい。ひっそりと、“人間”が居なくなるまで」

 ラージャが魔法を消して、第三段階の噂の流布を行う為の準備へ向かった。
 空となった檻に背を預けて、セリアスは土塊の天井を見上げる。
 目に焼き付いた光景を消し去ろうと、瞬きを繰り返していた。
 その視界の端にひょっこりと白い兎耳が入り込んだ。

「魔王様、計画の進捗は如何でした?」
「……タスク」
「っ、酷い顔色ですよ? 人間の醜さに気分を害されましたか?」
「いや、自分自身の身勝手さに吐き気を覚えただけだ」

 脳裏で幼い頃の惨劇と先程覗き見た惨劇が重なり繰り広げられる。
 
「一先ず、部屋に戻りましょう」
「…………タスク」
「は、んッ!?」

 返事をする口を塞がれる。触れるだけの口付けは一瞬で離れていった。

「ま、おう……様?」
「……すまん」

 苦し気な表情で何か言いたそうにするセリアスにタスクは心臓が止まりそうになった。

「ぁ、ああ、魔王様……人間の為に心を痛める自分自身を責めないでください」
「何故……わかる」
「わかりますよ。魔王様の考える事ぐらい」
「……すまない……自分のした事に機嫌を損ねるなど、幼児のようで情けない」

 タスクが胸に寄り添うと、セリアスの頭をそっと撫でた。

「愛情深い貴方が誰よりも平穏を愛している事は知ってますから。憎い相手だろうと現場の惨状に対して、貴方が抱いた感情を俺は肯定します」
「……タスク」

 優しくも恐ろしく甘い慈愛の言葉だ。いっそ残酷と言っても良い程に。
 そんな感想を胸に秘めたセリアスへ、タスクは甘えるように擦り寄る。

「さっきは俺にキスして、自分の機嫌を取ろうとしたんですよね」
「…………ああ」
「はは、ならもっと触れてください。俺も魔王様に触れられるの好きですから」
「……ありがとう」

 二人で廊下を歩いて部屋へ移動するが、セリアスの表情は険しいままだった。
 
「自分でも……驚いている。計画の確かな手応えに安堵出来ると思っていたのに」
「……魔王様は、魔族を守る為に人間を殺す事に舵を切っていましたから、今までと違いました?」
「ああ。自分の手で殺める事が一番早く、単純だったからだ……後悔はしていない。殺して回った事も、今回の計画も」
「何を見たのか俺は知りませんが、精神が擦り減るようなショックを受けたんですね」
「ぁぁ……」

 脳内で探し回った自分の状態をシンプルに纏めてくれたタスクの手を取って寝床で横になる。

「んっ……んぅ……」

 軽く触れ合うだけのキスを繰り返しタスクを抱き締めた。

「だいぶ落ち込んでますね」
「慰めてくれ」
「お安い御用です……よしよし」

 タスクの胸に顔を寄せて、小さな身体の大きな鼓動に耳を澄ませる。

「きっと、いい方向へ進みます。魔王様が奔走した結果がきっと形になりますよ」
「…………んぅ」

 幼児のように頷いて、タスクを抱き締めて温もりの中に没頭するセリアス。
 その様子に安堵の溜息をついたタスクは、ぽんぽんとゆっくり広い背中をさすり続けた。
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