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19:対面
しおりを挟む「(セリアスが、我を抱けるとは思えない……)」
タスクとの営みは、愛があった。つまり、計画の為だけに体の関係を持っているわけではない。
セリアスは、計画だから仕方なく……そういった線引きや妥協をしない。相手を尊重しつつ、自分の気持ちを偽る事もしない。そういう男だと知っている。
「(面倒臭いのは、どっちだ……)」
落ち着きを取り戻したデジィは漸く、眠りについた。
翌日の早朝に、報告しそこねた事を思い出し、セリアスの部屋に向かった。
昨日の事もあり、少々躊躇したがゆっくりとカーテンを除けて入室した。
「朝から失敬、セリアス」
「はぁ……はぁ……」
「デジィおはよう。少し待ってくれ」
「…………」
小さな触手を布に包んで胸に抱えるタスクを抱き支えているセリアス。
放心状態でこちらに気付いていないタスクの蕩けた表情に、ドキッと鼓動が跳ねる。
まだ出産の熱に浮かされたままのタスクの頬を撫でるセリアス。気持ち良さげに耳がへたりと下がる。
「……昨日の今日で、産まれるのか」
「昨日?」
「ぃや、すまん。覗き見するつもりはなかったんだ。取り込み中だった故、報告を控えただけだ」
素直に昨日の様子を見てしまった事を白状するデジィに、セリアスは少しビックリした様子だった。
「……すまん。驚かせたな」
「勝手に覗いたのは我の方だ。お前達に非はない」
「…………」
「…………」
流石に気不味い空気が流れる。
沈黙を破ったのは、朝の様子見に来たストールだった。
《おはようございます魔王様。おや、レジィさんも》
「おはよう、ストール」
「……おはようございます」
《今回も無事に済んだようですね。今夜はホープさんの番ですか》
「二回目だが、やる気満々でな」
やはり複数人を相手にしている様子のセリアスに、おずおずと聞いてみる。
「何人、いるんだ? お前の、その……番は」
「二人だ」
「…………ふ、ふたり……」
一夫一妻文化の龍人であるデジィだが、計画を二人の番で賄える気がしない。
「負担がすごくないか?」
《お! 流石、デジィさん。早速お気付きですか》
「こればかりは仕方なかろう。相手の気持ちを計画の踏み台には出来ない。私も心から愛したい」
「…………」
寝息を立て始めたタスクを布団に寝かせてやる。
セリアスの腕には、産まれたての触手達が布の中でコロンコロンと寝返りをうっている。
「……わ、我も手伝えるか?」
「は?」
「このままではいつになる事やら……」
「待て待て、そんな簡単な話じゃないだろ」
《いいじゃないですか。願ってもない申し出ですよ。龍人同士なら、さぞ濃厚な遺伝子を持つ子が産まれます》
ストールの言葉にデジィがうんうんと頷く。
それに頭を抱えるセリアス。
「嫌か?」
「デジィ、お前こそ嫌だろ。私と番になるのは」
「……うーん、嫌ではない」
「心から望んでもないだろ……好きでもない男の子どもを産んでも、いずれ辛くなるだけだ」
「セリアスの事は良く思っている。対話をし、交渉が決裂しても武力対立はしなかったお前の人格は好ましい。やっとお前と手を取り合えたこの計画。必ず成功させたい」
黒い瞳が真っ直ぐセリアスへ向けられる。
「お、お前の気持ちはわかった。覚悟は出来てるようだが……すまない。心の整理をさせてくれ……友を抱ける気がしない」
「…………すまん。お前の気持ちを無視してしまった」
《(焦れってぇ……龍人ってみんなこうなのか??)》
三人目を迎える為に、再びストールの奮闘が始まるのであった。
※※※
飛行訓練が開始され、黒光龍人達はラージャの計算の元、適切な速度や高度を割り出していた。
「デジィ、セリアスさんにフラれたって?」
「フラれてない。保留された」
「あの人、優しいからな。俺達と対立しても排除は絶対してこなかったし。対話の姿勢はずっと見せてくれてた。好きになるよな。うんうん」
「いや、好きと言うか、計画が円滑に進むように……」
「「ああ~そういうとこでフラれたんだ」」
少人数の仲間達の間で既に知れ渡ったデジィとセリアスの番交渉。
フラれてないと言うデジィの背をポンポンと叩く。
《ラージャさん、デジィさんの様子は?》
「皆に揶揄われて不貞腐れています。いやぁ飛行訓練中は勇ましい姿なのに、ああいう様子を見ていると感情の機微は人と殆ど変わりません」
《はぁ、今までは魔王様がその気になれば良かったのですが……今回はデジィさんのお気持ちも明確に恋へ誘導しなければなりません》
「難儀ですねぇ。なら、タスクさんやホープさんへ番になった経緯や気持ちをデジィさんの指針として教えてもらうのは如何ですか? 先人の言葉は大事でしょ?」
《まぁ確かに。参考になるでしょう》
デジィ達の訓練が終わったところで、ストールはデジィに声をかけた。
《デジィさん、少々よろしいですか?》
「ストール殿。はい、大丈夫です」
《私としては、デジィさんに魔王様の番になってもらいたいのです。そこで、先輩にお話しを聞きに行きませんか?》
「先輩と言うと……」
デジィはストールを肩に乗せて、タスクの元へ赴いた。触手が擬態した赤子を抱きながら、先日産まれた我が子の面倒を見ていた。
「魔王様と番になった経緯……ですか?」
「タスク殿の経験を参考にしたいのです」
「俺は、そんな大層な理由はありません。魔王様の事が好きだったので、気持ちを受け入れていただいただけです。魔王様自ら俺の恋を成就させる努力をしてくださいました」
「……恋」
自分のセリアスへ向ける好意の中に無い単語にデジィは眉間に皺を寄せてキツい顔がより厳しい顔付きになる。
「デジィさんは、魔王様に肌を触れられてもなんとも思いませんか?」
「……どうでしょうか。わかりません」
想像もつかない質問だった。
セリアスが愛しむように自分に触れる光景を上手く想像出来ない。
デジィと対面していたセリアスの表情はいつもムスッとしていた。口喧嘩ばかりでああいえばこういう。過激派と穏健派の代表として関係を築いていた為、自分にそういう触れ方をするセリアスはデジィの中に存在しない。
「嫌ではないですが、自分がどう感じるのか見当がつきません」
「そうですか。デジィさんは何故、魔王様の子を産みたいのですか?」
「……計画……の、為」
「番の関係は、計画が終わった後も続きます。魔王様は生涯をかけて我々を愛して下さるおつもりでしょう。責任感のある方ですから」
タクトを差し出し、デジィの腕に収める。
急な事に困惑しているデジィを見上げながら、タクトがデジィの指を掴んだ。
「んぅ、ぱぁ?」
「…………」
「きっかけは計画ですけど……この子は、計画の為に産まれた子じゃないんです」
「っ……」
「自分の気持ちと魔王様の気持ち、そして子ども達の未来を考えましょう。想像出来ないなら、出来るまで考えてください」
番になるという事は、セリアスと生涯を共にする事。それはデジィも理解していた事実だが、腕に抱いた赤子は計画の為に産まれたわけではない。
「(……我は、理解しているつもりでいたのに、結局は計画に必要な触手の数しか見ていなかった。確かにそれも重要だが、子どもを計画の材料として産んではいけない。自ら望んで、なんでもない命を祝福して共に生きなければ)」
「ぁーう……むぅ」
「……しっかり考えます。セリアスの事も、自分の事も」
「はい」
タクトを親元へ返して、子守部屋を出たデジィは難しい顔をしていた。
《いい話を聞けましたね。タスクさんは元々お子さんが居たので、親としての在り方に芯があります》
「そうですね。しっかり考えて向き合っているのを感じます。我は向かう方向ばかり見て、セリアスの目を見ているつもりで見ていなかったのかもしれない。性格は熟知しているというのに」
自分の姿勢を改めて振り返り、軌道修正をしていくデジィ。
次にホープのいる牛獣人の階層へ向かった。
「マリーちゃぁん、お洋服こっちがいいかな?」
「や!」
「こ、こっちはどう?」
「や!」
「へへへ、マリーすっぽんぽん」
ホープの膝の上に座っている赤子は素っ裸で周りの大人達の言葉にぷんぷんぷんと首を振っている。タクトに比べて成長が早いように見える。
「よしよぉし、服着ないと風邪ひいちゃうからねぇ」
「やぁ!」
『ギュム、ズボ』
「ぎにゃあああ!」
「へへへへ!」
ホープが大人達から服を受け取って、無理矢理マリーに着せれば大声を出して泣き叫ぶ。
「うわあああん」
「マリー可愛いよ。可愛い」
立ち上がって揺すりながら背を撫でる。
自我が芽生え、自己主張が激しく気難しい我が子の世話を幸せそうな笑顔で熟すホープを皆が感心して見守っている。
「ホープ殿」
「あ、レジィさん。どうしたの?」
「少々相談がありまして」
「いいよ」
ぐずるマリーを抱き締めたまま、ホープは割り振られた小部屋にデジィを案内した。
「相談されても、僕に何か答えられる気はしないんだけど」
「セリアスとの馴れ初めについて……番った理由を聞きたいんです」
「ああ。そういう事なら」
相談内容にホッとした様子でデジィに向き直るホープ。
「人間に身体ぐちゃぐちゃにされて、目も薬でダメにされて、痛くて苦しくてもそれを不幸と呼ぶなんて知らなかった。セリアス様に救われて、幸せの温度を知ったら……もう離れられなくて、ずっと側に居たいって思った」
「……恋をしたのか?」
「恋……かな? タスクさんが言うには、僕の気持ちは恋の症状だったみたい」
無邪気な笑顔を見せるホープに、デジィは恋心の具体例を求めた。
「セリアス様と一緒にいるとフワフワして、胸の奥が悶々して……お腹の下の方がぎゅーって苦しくなる。心臓が早くなるし、手とか脚の先がじんわりあつくなって頭がぽやぽやする」
「……なるほど」
「デジィさんもセリアス様の番になりたいの?」
「はい」
「そっかぁ。デジィさんもセリアス様が好きなんだね」
セリアスが愛されて嬉しいとマリーの涙を拭いながら言い放たれた。
純粋なホープの言葉がデジィの胸に突き刺さる。
返事を即答出来ず居た堪れなくなったデジィはホープに礼を言ってから階層を後にした。
「(……セリアスへ抱く好意の形が見えん。コレは友愛であって、今から恋愛に成りえるのかわからない)」
《…………デジィさん、そもそも計画抜きに考えて、セリアス様に抱かれても嫌じゃないですか?》
計画抜きに考えて……抱かれる理由も無く、抱かれたいかと問われて息詰まる。
ストールは困ったように身を捻る。
《私としては、繁殖において誠実さや相手の意思を尊重するのは二の次なので、心から理解は出来ていませんが、理由が無いと求められないなら、子作りは辛いですよ。愛が無ければ凌辱です》
「……我ながら、理解出来ていた癖に考慮が甘かった。軽薄であった。不甲斐ない」
覚悟はあったのに、気持ちが伴っていなかった。
セリアスと向き合わなければならない。
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