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11:へばり付いた手垢

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 眼下で揺れる肢体。震源は自分の動き。肌がぶつかる音と、粘着質な水音が無機質な生活スペースに響く。

「ま、おう、さま……もっと」
「……タスク」

 ほんのりと朱に色付いたタスクを抱き寄せて、セリアスは首筋に口を寄せた。





『チュンチュン』
「……夢」

 セリアスは、初めての淫夢を経験した。

「(妄想のし過ぎだな)」

 のっそりと起き上がって気付く。下半身が重い。

「……勃ってるな」

 久々に勃起している自分の性器に驚きながらも、気を落ち着かせて鎮める。

「んん」
『モゾ』
「!?」
「まぉ、様? おはようございます……お早いですね」

 少し離れた場所で起床したタスクは寝惚けて舌っ足らずな挨拶をする。

「お、おはよう」

 淫夢の事もあり、だいぶ気不味い。
 そして、いつも身につけているはずのボロボロの衣服から覗く肌に目を向けられなくなっていた。

『パシャパシャ』
「ふぅ、スッキリした」
「…………」

 鎮まったはずのモノが疼いている感覚があり、昨日の心配は杞憂だったと気付いた。

「(私……タスクでちゃんと勃つんだな)」

 危惧していた事態は回避できた。だが、肝心の本番行為が難所だ。

「魔王様?」
「……タスク」
「はい」
「…………少し確認したい事がある。こっちへ」

 桶の水で顔を洗って目が覚めた様子のタスクを呼び寄せて、目の前に座らせる。

「触れるぞ」
「え、あっはい」

 スッとセリアスがタスクの胸の中央に手を置いた。

「…………ま、魔王様?」
「鼓動が早いな」
「それは……そう、でしょ」
「……タスク、私の胸に触れて欲しい」
「んぇ?」

 手を掴まれ、案内されたセリアスの胸に手を当てれば、タスクは瞠目する。

「ほぁ……は、やい、です。大丈夫ですか?」
「ふふ、そうか。早いか。タスク……お前に触れたら、胸が高鳴り熱くなった」
「っ……」
「恐らく、私の心は準備が整ったようだ」

 タスクの気持ちを受け止める準備が。
 朝早く、そんな告白を受けたタスクは嬉しさと恥ずかしさで訳がわからなくなり、顔を真っ赤にしながら固まってしまった。

「今夜……いいか?」
「ぁ、ぇと……はぃ」

 頭から湯気を出しながら頷くタスクを見て、セリアスも頰を染めて顔を背ける。

『チュン』

 小鳥の囀りが耳に届き、ハッと我に返った二人がいそいそと離れる

「これは……照れ臭いな」
「……はい」

 もじもじしながら朝の支度を始め、朝食を済ませてそれぞれ別の仕事に散る。
 セリアスはラージャに体調の質疑応答をし、経過観察と情報の聞き取りを行う。
 タスクはドワーフと鬼と共に、鉱山にある人工物の撤去を行い、人間の遺体は洞窟の外で手厚く埋葬した。

「こちらは粗方片付きました」
「たく、溶かして再利用してやる」
「そういえば、魔王様から武器の発注は無かったな」
「日用品は作り終えたが、武具はいいのか?」

 魔族の中でも鍛治を得意とするドワーフと鬼が首を傾げている。

「必要になった際は、魔王様の方からあるかと。好きになんでも作っていいと仰ってました」
「……好きに」
「うーん」
「何しようなぁ」

 自由にと言われると初めのうちは戸惑ってしまう。初めてしまえば、作業は進むが。

「……エルフの連中とも話すか」
「それがいい」

 何かを協力して制作するようだ。
 手伝いが終わったタスクは、牛獣人の草原の階層へと移った。
 自由気ままにのんびりとした雰囲気が漂っている。

「タスクさん!」
「ホープ」
「コレ見て、ドワーフ達に貰ったんだ。お礼だって」

 駆け寄ってきたホープの角には美しいリングが嵌められている。その他に腕輪もキラリと輝いていた。

「こっちは?」
「鬼に貰った。嫁を助けてくれたのに、勘違いして悪かったって」

 理性を失って暴走した鬼からの詫びの品のようだ。
 
「セリアス様にも見せに行こ~」
「…………ああ」

 特に手伝う事は何も無さそうだ。
 エルフの階層へ行くと、子ども達が寄ってくる。

「タスクさんだ!」
「遊んでぇ」
「あはは、何か手伝える事ある?」
「今はないかなぁ」

 面倒見のいいタスクは子ども達に人気だ。ココも手伝う事は無い。暇を持て余してしまったので、子ども達と遊ぶ事にした。
 地下だと言うのに、それを感じさせない森の中で追いかけっこをする。
 耳を擽る子ども達の笑い声。

「(……懐かしい。俺の故郷もこんな風に子ども達の声が……)」

 記憶に残っている優しい声を思い出す。
 だが、柔らかなソレに引っ張られて、胸の奥に仕舞い込んでいた耳を劈く悲鳴の記憶が蘇ってくる。
 キャハハと楽しそうに笑い声を上げていた娘が、いつも穏やかに笑っていた妻が……悲痛な声を上げて助けを求めていた。絶望と痛みに歪む顔。

「(ああ、ダメだ……今、思い出したら……)」
「あれ? タスクおじちゃん?」
「はっ……はっ……」
「大丈夫?」
「カヒュ、ヒュッ!」

 息が……出来ない。
 葬っていたはずの囚われたオークション時代の記憶がタスクの首を締め付ける。
 
「タスクさん? タスクさん!」
「ヒューッ……ゲホッ、あ、ガッ」

 過呼吸を引き起こして膝をついたタスクの元に子ども達が集まる。
 ざわざわとしている子ども達の異変に気付いたヘルクラスがすぐさま駆け寄ってきた。

「どうした!」
「タスクおじちゃんの息がおかしい」
「ヒュッ、カヒュ」
「タスクさん!」

 ヘルクラスはタスクの背を摩り、ゆっくりと呼吸をする様に促す。

「落ち着いてください。ゆっくり息を吸って、吐いて」
「ヒューッ……カヒュッゲホッ、ひぐっ」

 声かけはあまり効果が無く、事態は緩和しない。
 ガチガチと歯を鳴らして震えるタスクに寄り添うも、苦しそうな呼吸音は続く。

「タスク!」
「魔王様!」
「まおーさま呼んできた!」

 子どもの一人が一番頼りになる大人を連れてきた。
 セリアスは、タスクの様子に肝を冷やしながら荒療治を施す。

「んっ!」

 身体を抱き寄せて、口付けで呼吸を止める。タスクは驚愕で震えも怯えも吹き飛んだ。

「……はっ、どうだ?」
「…………すぅ……ふぅ……すみません」
「はぁぁ、よかった」
「?? 魔王様、なんでちゅーしたの?」
「呼吸を整える為だよ」

 端的に答えたセリアスが、タスクを抱え上げて歩き出す。

「魔王様、俺歩けますから」
「私がこうしていたいんだ」
「…………はい」

 お姫様抱っこで運ばれて、自分の寝床まで連れてこられた。

「……すみません」
「今日はゆっくり休め。今夜は無しだ」
「っ、いや、です……抱いて、ください」

 セリアスの腕に縋り付くタスクは、何かに怯えたように目をギョロギョロと動かし辺りを警戒していた。

「タスク?」
「はっ……はっ……ぅう……」

 タスクの妻と娘は気性が荒いからと性奴隷を断念されて皮を剥がされてしまった。
 タスクも暴れていたが、性奴隷の予定では無かった為生かされた。しかし、妻と娘の余興がタスクへ押し寄せた。
 ストールが例えたように、それは正しく拷問だった。

「すみません……わがまま、言いました」
「……いや、大丈夫だ。とにかく、今はゆっくり休め」
「はい……」

 精神疲労が大きかったのか、すぐに眠りについたタスクをセリアスは無言で眺める。

『ぴょいん』
《魔王様、タスクさんの容態は?》
「もう落ち着いて、今は寝ている」
《……エルフの子ども達と遊んでいたら急に、だそうです》
「…………あのパニックの症状……まさか、タスクまで」

 今までそういう現場に飛び込んだ経験から、タスクのようにフラッシュバックで過呼吸を引き起こす者も少なくなかった。
 勿論、トラウマによるパニックは性暴力に限った話ではないが、タスクの置かれていたオークションから奴隷商へ落ちた状態を知っているセリアスは、勘付いてしまう。
 オークションでは、商品として仕込まれる事が多い。獣人であるタスクは人間の男よりもしなやかで柔らかい筋肉を持っている。兎人は特に下半身は引き締まり、肉付きも良く形が整っている。
 オークション等という悪趣味な場所で働く人間から、そういう目に遭わされていたとしても、不思議ではない。

《妻子の事もあります。子ども達と遊んでいて、芋づる式に思い出してしまったのでしょう》
「……どこまでも……下劣なっ」

 怒りを噛み締め、タスクの手を軽く握る。指の腹が分厚い。何度も何度も床を引っ掻いたような傷が重なっている。

「(……それでも、私に抱かれたいと……言ってくれたのか)」

 タスクの覚悟と愛は、セリアスが思っていた以上にずっとずっと重く、強かった。
 
「…………お前に残されたモノ……全て消し去ってやる」
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