巻き込まれ転移者の特殊スキルはエロいだけではないようです。

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1・嘘が紡いだ命と出会い

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 俺、原野はらの 純一郎じゅんいちろうは、異世界に転移させられて早二年が経つ。
 ただ、帰宅中の学生さん達を標的とした王宮の勇者召喚とやらに巻き込まれただけ。
 異世界を渡った転移者、特に若者は強力な特殊スキルを授かるケースが多いらしい
 現に、俺以外の学生さん達にはそれぞれ特殊なスキルを三つも持っていた。
 そして、俺には特殊だが意味不明なスキルがあるだけ。
 スキル内容を読み解くと神官は酷く動揺しながら、王に何やら告げていた。
 王は頭を抱えてしまい、俺に申し訳なさそうにしながら、王宮の外へやんわりと追い出された。
 勇者召喚の目的は魔王と呼称される魔物の退治を依頼する為であり、俺みたいな一般人はお喚びではなかったらしい。
 温情で大金と住居は用意されていたが、無職ではいずれ限界がくる。
 俺みたいな異世界の常識が無い人間では普通の店では働けない。
 だから、何でも屋である冒険者になるしかなかった。
 戦闘能力皆無の俺では、人気が無く安い報酬の雑務を地道にこなしていくしかない。
 二年経った現在も最低ランクのE級。
 昇級すれば受けられる依頼も増えるが、俺に出来る仕事は昇級しても変わらない。
 けど、地球でやってた仕事よりずっと楽で、無理なく働けている。
 この世界に転移した当初は戸惑う事が多かったし、不安もあったが、今ではそんな感情も無くなっていた。
 
「よぉ、ジュンイチロー。今日も草むしりか?」
「陽射し強いから気ぃ付けろよ」
「ありがとう。そっちも気を付けて」

 俺がいい歳してずっとE級でも、所属している冒険者ギルドで馬鹿にしてくる人は少ない。
 ほぼ好きでやっている事だ。

「(無精髭が目立ってきたな。そろそろ剃らないと。ああーまた顔切りそうで億劫)」

 森で薬草採取をし、湖に顔を映しながらそんな事を考えて溜め息をつくと、背後の茂みが大きく揺れ動く音が聞こえた。
 
「ん? リスかな?」

 魔物は居ない安全な森の中で、完全に油断していた。

『ズリ……ズリズリ』
「……へ?」

 よくわからない肉の塊が俺の真後ろから迫っていた。
 触手の生えたピンクの肉が地面をズルズル這いずりながら、徐々に接近してくる。
 
「(ど、どどっどうしよう!! 魔物!? 初めてちゃんと見た! どうしよう!!)」

 混乱の余り、脳がまともに機能していないのか、俺はその場で尻餅をついて、呆然と迫り来る謎の物体を見るだけだった。
 しかし、動揺の中で見た猫程のサイズのそれは、全身が傷だらけで、ピンク色の肉は所々裂かれて痛々しい。
 急に、恐怖心より憐憫の情が強くなっていった。

『チャプ』
「あ」

 目的は俺ではなく、湖だったらしい。
 血液は無いのか、水は濁ったりはしていない。

「(……沁みないのか?)」
『ガサガサガサ』
「こっちに来てたはず」
「あれーおかしいな」

 聞き覚えのある声と足音が複数聞こえる。
 藪を掻き分けてこちらにやってくる。

『ガサン』
「あ、湖に出た」
「遠くまでは行ってないはず」

 立派な装備に身を包んだ若い男女のパーティ。
 一目で分かった。
 俺と一緒に転移してきた学生さん達だ。もう二年も経ってるから学生ではないだろうけど。
 高そうな装備と武器、良い肌艶と身綺麗な姿。そして、自信に溢れた雰囲気。
 
「あ、そこの人」
「!」
「丸っこい肉の塊がこっちに来ませんでしたか?」

 相手は俺の事など覚えているはずもなく、小汚い俺に話しかけてきた。

「それなら、湖──」

 俺は、何故自分がそんな事をしたのか、よくわからない。

「湖を越えて向こう岸に逃げてったよ」
「そうか。ありがとう」

 つい、嘘を言ってしまった。
 彼等は俺の言った事を信じて、向こう岸へ急いで駆けて行った。
 背中が見えなくなるまでボーッとしていたら、湖からピンク色の肉が顔を出していた。
 なんとなく、コチラを見ている気がする。

「……はぁ……ほら、こっちおいで」

 手招きして声をかけると、通じてるのかふよふよとコチラへ泳いで、上陸した。

「魔物に薬草って効くのか?」

 採取していた薬草を手に取ると、肉の魔物は、まるで俺が手に持っている物を欲しいというように身体を寄せてきた。
 なんか、サイズ感もあって可愛く見えてきた。
 薬草を差し出して見れば、口があるのかスルスルと入って行く。
 動物園のふれあいコーナーで体験した兎への餌やりのようで、微笑ましく感じてしまう。
 彼等が追っていたのだから魔物に違いない筈だ。
 
「よしよし、いっぱい食べていいぞ」

 ゆっくり身体を撫でて、薬草を千切って与える。
 いつの間にか、採取してあった薬草を全部与えてしまった。
 もう一度やり直しだ。

「それじゃ、上手く逃げろよ」

 肉と別れを告げて、採取へ戻ったら。

『ズリ……ズリ……』
「…………」

 付いてくる。一生懸命付いてくる。

「えっと……俺に付いてくる気なのか?」

 肉に話しかけると、見上げるような仕草をしてくる。

「まぁ……害はない、かな?」

 好きにさせておく事にした。
 この世界の魔物は好戦的な種類が多い為、討伐されるケースが多い。
 怖いやつばかりじゃないのかも。
 ペットを飼うのもいいかもしれない。
 肉を抱っこして手拭いにくるみ、薬草を食べさせながら、採取を終えた。
 ギルドへ戻ったら、受付の女性に酷くホッとされた。

「良かったぁ。ジュンイチローさん、ご無事で何よりです」
「え?」
「あの森に魔王が逃げ込んだんです。勇者様達が弱らせていたので幸い怪我人もいなかったのですが……まだ見つかって無かったので」
「へぇー危なかった。魔王と遭遇なんてしたら、俺なんて秒殺ですよ」

 報酬を受け取ってから、手拭いで巻いた肉を受付嬢に見せる。

「まぁ! ウシガイなんて珍しいですね」
「この子を使い魔登録したいんですけど、登録可能な魔物ですか?」
「登録は可能です。しかし、ウシガイは大人しいので戦闘力は期待できませんが、よろしいですか?」
「はい!」

 使い魔の登録を行い、家に帰宅して肉の魔物を机の上に置く。

「一応、ポーション買ったから、使ってみるか」

 瓶入りの回復薬を肉の魔物に垂らすと、裂けていた部分が塞がっていく。
 凄いなコレ。地球だと絶対出来ない芸当だ。
 治った自分の体を確認するように頭にある二つの触手でペタペタ身体を触っている。
 
「はは、良かった。コレで大丈夫。あ、林檎食べる? 病み上がりには果物だよな」

 懐いているのはどちらかと言うと俺の方な気がする。
 林檎を薄く輪切りにした物を与えるとクルクルと回しながら円周を齧ってモリモリ食べている。
 賢いかもしれない。
 その日は一日中、ウシガイと言う魔物の世話を焼いた。

 次の日、すっかり元気になったウシガイが俺の足にヒシとしがみついていて離してくれなくなっていた。
 仕方なく、一緒に仕事へ行く事に。
 今日の仕事は昨日よりちょっと危険だ。
 魔物の居る森を突っ切って村へ荷物を届ける運搬依頼だ。
 秘匿性があるらしく、規定の承認書類を書いて依頼を遂行する。

「結構重い。何入ってるんだろう」

 気になるが、開けるなんて事は断じてしてはならない。運搬とはそういう物だ。
 魔物の居る森と言っても、人の為の道がある程で比較的安全な方であるし、そもそも魔物は弱い個体しか出てこない。
 まぁ、俺には十分脅威だけど。

「……肉、お前に名前付けなきゃな」
「?」

 肩に乗っているウシガイに言うと不思議そうに俺を見上げてくる。

「今日からお前は、モモだ。ピンクだし」

 安直だが、見た目の色そのままの名前にする事に決めた。

『ピョン』
「喜んでるのか?」

 ウシガイ──いや、モモは俺の肩で飛び跳ねて、すり寄せて甘えて来る。可愛いやつめ。
 特に何事も無く道中は進んで村に到着した。
 門番の兵士に麻袋の荷物を渡す。

「依頼されていた荷物になります。こちらに受け取りの印をお願いします」
「はい。ご苦労様でした」

 朱印を貰い、早速来た道を戻る。
 簡単な仕事だ。コレで報酬が貰えるなんて本当にありがたい。

「今日は旬の果物を食わせてやるからな」
『ポイン』

 機嫌良さげに頭へ飛び移ってきた。
 自己があって、感情豊かなモモに頬が綻ぶ。

「ん、何か変な音が聞こえる」

 森の中で、茂みが不自然に揺れる音が聞こえる。
 なんだかデジャヴを感じる。
 背筋に悪寒が走り、振り返らずその場から逃げ出した。
 しかし、一歩遅かった。

『ザンッ』
「いッ!!」

 背を鋭い物で切り裂かれた。
 痛い。滅茶苦茶痛い。背中一面火傷を負ったみたいに熱くてジクジクする。
 あまりの痛みに立って居られず、その場に倒れ込む。

「ぐッ……ぅ」
「グルゥゥゥ」
「(野犬? 狼?)」

 鋭い爪を持った迷彩色の獣が俺を見下ろして威嚇してくる。
 
「ぅ……は、ふん!」
『ブン!』
「前だけでも逃げろ!」

 モモを投げ飛ばして逃げるよう促す。
 傷口からの出血が止まらない。地面に生暖かい血が広がっていく。

「(あぁくそ、どうするかな……)」

 俺を見下ろしていた魔物が、俺の顔面にガバッと口を開けて食らいつこうと牙を向ける。
 避けられない。やばい、死ぬかも。

『ドシュドシュ!』
「キャイン!」
「!?」

 魔物の身体に後方から伸びてきた触手がぶっ刺さり、俺から魔物を引き剥がしてくれた。

「あ……れ?」

 触手の主はモモだった。俺を守ってくれている。

「ウゥ~!!」

 突き刺さった触手を引き抜かれ、血を流しながら唸り声を上げると、魔物は俺に背を向けて、森の奥へと逃げていった。

「……生き、てる……モモ?」
『ポイン! ポイン!』
「ああ、ありがとう。お前、思ってたよりずっと強いんだな。ははは」

 跳ねて駆け寄ってきたモモを抱き寄せる。震える手で頑張ったと撫でる。

「助けてくれなかったら、マジで死んでたよ」

 俺の言葉を知ってか知らずか、すり寄るように頭を押し付けて来た。
 俺は歯を食いしばって、なんとかギルドへ帰還した。

「おいおい! ジュンイチローどうしたお前!」
「ゴドーさん呼べ!」

 すぐさま手当てをされたが、転移者である俺にはポーションが効かないので、療養期間が必要となる。
 家のベッドでうつ伏せになって溜め息を吐く。

「はーあ……一ヶ月は安静にだってさ。ポーション使えたら、一発なのに」

 回復薬であるポーションは、この世界の生物が保持している魔石と魔力を利用し、治癒効果をもたらす逸品だ。
 転移者である俺には魔石も魔力も無い。だからこそ、世界を越える際に卓越した特殊スキルを授けられるのだ。
 けれど、魔石が無い事は悪い事ばかりではない。
 魔王の発生原因は、地中で死んだ生物達の魔石が幾つも積み重なり、高濃度の魔力が漏れ出している事が殆どだ。
 その高濃度な魔力に耐え凌ぎ、適正化した身体を持つ魔物が魔王だ。
 通常の魔物よりずっと強くて凶暴らしい。
 魔石を持つ生物にとって高濃度な魔力は毒ガスと同じ。転移者は、魔石を持っていない為、高濃度だろうが大気中の魔力に全く影響を受けない。
 勇者召喚が行われた理由はそこにあるだろう。

『スリ』
「モモ、心配してくれるのか? お前は良い子だな~」

 枕元で俺をずっと覗いているモモ。水も食べ物も近くに置いてあるから、当分は大丈夫なはず。
 薬が効いてるのもあって、うとうとと瞼が重くなっていく。

「ふぁ~ぁ……」

 モモの触手が寂しげに指へ絡んできたのが見えたが、眠気に抗えず目を閉じた。
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