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おまけ
おまけ③継承①
しおりを挟む平成中期頃
「ボロボロ……」
コノハ達の山にも開拓の手が及び、洞窟が崩れて祠が埋もれてしまった。神域の出入り口の役目を果たしていた為、一時期は生き埋めになってしまったが、山狸のサヌキやその他動物達と妖怪達の助けもあり、数年がかりで無事地上へ抜け出せた。
山にはもう住めなくなり、下山すると廃村が残されていた。
「……誰も居ない」
コノハが暮らしていた村は朽ち果てて、もぬけの殻。
あるのは見覚えのある柿の木だけ。
「…………コノハ」
「サンガク様」
「大丈夫か?」
遠目で眺めて葬儀を最後に見送った娘の顔は、最早記憶の中だけにしか無い。
見守っていた祖先も、村人も、その面影も、何も無い。
「大丈夫です。覚悟してた事ですから……あれから百年以上たってるんです。それに……俺の行く末にはサンガク様達がそばに居てくれる。寂しさはあっても、不安は無いんです」
「おーい! この家はまだ使えそうだぞ!」
「最後まで村民が残っていたのか、比較的綺麗だ」
ワカとミドリが指差す家屋に、コノハは絶句する。
「……家だ」
「? そうだな」
「俺の……俺達の……」
「!」
コノハが両親から受け継いで、妻と、娘と暮らしていた家だった。
「そうか……これも何かの縁。あそこに祠を置かせてもらおう」
「はい」
中は風に枯れ草や小石が運ばれていたが、穴が開いている箇所は少なくネズミの気配も無い。
「あれ、なんだコレ。箪笥になんか入ってる」
「……封筒か?」
「何も書いてない」
「サンガク、コノハ……これ何?」
ミドリが草臥れた箪笥から取り出してきた封筒をサンガクへと渡した。
「封筒……何か、入っているな。文か?」
サンガクが封筒の口を開けて中を確認すると、折り畳まれた一枚の紙が出てきた。
手紙のようだ。
「……コノハ。お前へ宛てた手紙だろう」
「え? 俺に?」
色褪せた便箋を手に取ったコノハは、ボールペンで書かれた文字に言葉を失った。
《お父ちゃんへ
元気にしていますか?
風邪は引いていませんか?
山神様は優しいですか?
私はいつまでも、お父ちゃんの幸せを祈っています。
子どもが産まれました。女の子です。お父ちゃんの気持ちがよくわかると、夫がいつも言っています。目に入れても痛くない我が子です。私もそうでしたか?
もし、お父ちゃんがこの手紙を読む頃には、柿の木が実を付けない程の年月が経っているかもしれませんが、お父ちゃんが守ってくれた命がこの手紙を紡いでいきます。
どうか、届きますように。
イロハより》
コノハは思わず口元を押さえて、続きの文字を目で追っていく。
《追伸:おじいちゃんへ、生きてるなら帰ってきてください。待ってます。
追伸:ひいじいちゃんへ、柿の木はそろそろダメかもです。
追伸:柿の木は実を付けてます。まだいける。
追伸:戦争から生きて帰ってこられますように。妻と子を見守ってください。
追伸:ここの実りのおかげで飢えずに生きてます。
追伸:村の人口も随分と減りました。そろそろ引越しを考えています。
追伸:この手紙の継承は、私の代で終わりになります。どうかお迎えが来ますように》
「う、ぅ……うぅ」
イロハやその子ども達が成人し、子どもが出来た頃に古い紙から新しい紙へ文字を書き写して、現在まで書き残してきたのであろう。
最後に継承を終える記載がされており、コノハが今見つけなければ、ただ虫に食われて無くなっていただろう。
「……い、ろは」
可愛い可愛い愛娘とその子孫達からの時を超えて届けられた手紙。
「良い子だ。お前によく似て家族思いの子ども達だ」
「うっ、うう……あああぁああ」
コノハは堪らず声を上げて泣き崩れた。
前代未聞の花嫁が、飢饉から村を守り続けたおかげで紡がれていった命達。その歴史を感じさせる追伸の多さ。
「コノハ、よしよし。寂しいな。けど、嬉しいよな」
「うれ、じいのに、涙が、止まらないんです」
「複合的な感情にぐちゃぐちゃにされてる。しかし、明治から残っているわけではなく、明治から子孫が書き写して残っているのはすごい事だ」
ミドリがボールペンで書き写された紙を感心しながら眺めていると、コノハが顔を上げた。
「うっく、コレ。神域に保管してもいいですか?」
「ああ、勿論だ」
「そうだな。うーん……もういっその事こと、神域を外に繋いじまうか」
「え?」
「ワカ、何を言っている」
唐突なワカの提案にサンガクが驚きの声をあげる。
「だってよぉ、ココはコノハを俺達に嫁がせた村だったんだぜ? コノハにとって思い出もあるだろうし、廃村のまま朽ちさせるのは、勿体無くないか?」
「それもそうだが、それと神域に何の関係がある」
「神域を村全体に範囲を広げりゃ、ココ一体は人間からは不可視の領域になる。けど、そんなデカい範囲を四人で維持するのは難しい。そこでだ!」
ビシッと山を指差して言い放つ。
「俺達みたいに居場所を追われ途方に暮れている山神や水神をこの村に呼べばいい! 新しい居場所として神域を開放すれば、感謝こそされるだろうが怒られる筋合いは無いぞ!」
サンガクとミドリは顔を見合わせた。
コノハはことの大きさが飲み込めず、目を瞬かせて首をコテっと傾ける。
「人間の村が、神の村になる。神域広げるのには、あと二、三人いりゃ足りるぞ」
「……妖怪達も呼ぶか」
「いいかも。棲家無くして、街に降りたりして問題になってるから」
とんとん拍子に話しが進んでいく。
コノハはこの村が再起すると言われても感情が追いつかなかった。
「ツクモ達も移った場所がまた最近開拓進んで困ってるって聞いた。文を出してみる」
「オスイも水路の埋め立てでだいぶ参っておったな」
「カガチはまだ大丈夫」
「流石土地神。山が削れてもなんのそのか」
ひとまず、知り合いの神々に手紙を出して検討してもらう事となった。
「……あの、神域を村全体に広げたら、あっちの家は」
「庭が広くなるだけだ。そこに村が出来る。難しく考えなくて良い」
コノハの涙を拭って、埃っぽい部屋を見渡すサンガク。
「掃除をしなければ。忙しくなるぞ」
「……はい!」
無人となった村は、腰を据える場を求めていた神々の休息地へと変貌していった。
神域を広げ、年中濃霧が発生している状態を作り上げれば、人間の侵入を妨げ安全面はかなり向上した。
「まさか昔の金が、現代の金に化けるとは……」
「ははは、あっしからしたら、サンガク達が江戸やら明治やらの古銭をジャラジャラ持ってるなんて思いもしなかった」
「今の料理ってこんなに発展してるんですか?」
「あふふ、今度は私が教えてあげますよ」
物持ちの良い山神三人衆の古銭を一部使いの者経由で専門の買取業者に買い取ってもらい、懐を温めた。
合流したツクモとオハナは、すっかり平成ファッションに身を包み、世の流れに乗っていた。
着流し姿のコノハは、洋服で着飾る多くの神々の姿を見て、自分の夫達を見つめる。
「……コノハ?」
「洋服って、着やすそうですね。風で捲れないし。いい機会なので、一度着てみては如何ですか?」
「…………本音は?」
「うっ……今風の格好でも御三方共、かっこいいだろうなって……俺が見たいだけです」
「ああ、理由としては十分だ。ワカとサンガクにも言っておく」
また、少しづつ変化していく。人間の柔軟な変化を楽しむコノハを見習いながら、サンガク達も人間文化の現在に馴染んでいった。
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