催淫魔法士の日常

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15:ロイヤルな依頼①

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 ノトスは催淫魔法士であるが、薬師としても腕利きである。必要分野が偏っているだけで。
 そして、ノトスには薬師以前の前職がある。
 
「……なんで、俺なんだ」
「腕の良い薬師を探していると……」
「だから、そこになんで俺を入れるんだ? デュラ」

 ノトスの仕事場兼住居にて、セブンズ王国の刻印が入った銀の鎧を纏った男がノトスと向き合っている。
 彼の名前はデュラ。ノトスと同い年の中年男性だが、ノトスに比べで身なりが大分良い。

「姫の専属近衛兵様が、辺境の催淫特化の薬師を城に招くとか……テロだろ」
「お前は国の為に勤めを果たした退役軍人なのだから、そんな卑屈な物言いしなくていいだろ」

 ノトスの前職は王国軍人。役職も無い雑兵だったが、それでもノトスは戦争を生き抜き、終戦と同時に退役した。
 デュラは数少ないノトスの同期であり、生き残りだ。
 現在は第二王女セレティア・ガイル・セブンズの専属近衛兵へ昇格したデュラにとってもノトスは、昔を語れる数少ない人物の一人である。

「あんな事があったら卑屈にもなるって……今は大分前向きになれたけど、城に行く気は無い。他をあたってくれ」
「そうか……無茶を言って悪かった」
「ああ。帰れ帰れ」
「受けてくれたら、魔法書の一冊ぐらい褒美に貰えたのになぁ~」
「!」

 デュラがわざとらしく残念がると、ノトスの癖っ毛がピコンと反応した。

「そっかぁ本当に残念。秘蔵の一冊だったのに、もうお目に掛かれない代物なのになぁ~」
「あ、いや……」
「そうか。傷心のお前に頼むのは酷だよなぁ~」

 デュラがチラッチラッとノトスを伺いながら未練がましく扉の取手に手をかけて大きな溜め息を吐く。

「はぁぁぁ~~」
「……くっ……分かったよ! 分かった! やればいいんだろ!」
「流石、持つべきものは友だな」
「お前が持ってるのは俺の弱みだろうが……!」

 自身の欲に負けて頭を抱えながらもノトスはデュラの依頼を引き受ける事となった。
 国が所蔵する通常門外不出魔法書は当然、禁書の類も保管されており、それらを閲覧出来る事は魔法士にとって夢のような話でもあった。

「はぁ……で、姫様のご容態は?」
「いや。悪いのは姫様ではない」
「あ?」
「見てもらった方が早い」

 ひとまず城へと馬車を走らせたデュラが、“誰が”体調不良なのかを語らなかった理由をノトスは知る事となる。
 城の敷地内にある広い庭園へ案内された。

「……デュラ」
「姫様がどうしてもと……」
「いや、小型でも竜種じゃん! スカイドラゴンじゃん!」
調教師テイマーの素質がある方なのだ」

 なんと、薬師を探していた理由は第二王女のペットである群青の鱗に覆われた小型の竜種。スカイドラゴンの不調を治す為であった。
 
「薬師じゃなく、竜騎士ドラゴンライダーやそれこそ調教師テイマーに診せるべきじゃないか?」
「勿論、初めはプロの調教師テイマーに診せたんだが、このドラゴンは王女様以外に触れられるのを嫌がって真面に診察を受けられないんだ」
「小型の竜種は気性が荒い個体が多いって聞くが、これまた気難しいな……」
「今は食事に混ぜた薬で眠っているが、触れるとたちまち起きてしまう」
「そんな無茶苦茶な条件で……はぁぁ」

 触れずに不調の原因を見極めて、対処しろと言っているようなものだ。
 専門外だと突っ撥ねてしまいたいが、王族の依頼を一度了承してしまった以上、やっぱり無しとは言えない。
 それに、解決出来れば報酬には、魔法書が待っている。
 ノトスは背筋を正し、スカイドラゴンと対面した。

「やるだけやってみる」
「ありがたい」

 デュラから不調と思われる症状を聴く。

「飛ばない?」
「ああ。身体を持ち上げて、歩行するにも千鳥足になっている」

 思ったよりも深刻な状態であるスカイドラゴン。
 飛行に特化したドラゴンが飛べない身体になっている。しかも、真面に歩けもしないときた。

「……他には? 飯は食べてる?」
「食欲はあるようだ。いつもペロっと食べきっている」
「うーん」

 ノトスはほとほと困り果て、首を捻るばかり。
 淫獣達の事はわかるが、竜などのモンスターの生態は基礎知識しかない。

「(身体を動かす神経や筋肉に異常が出ているのか? それとも、魔力が上手く循環出来ていないとか?)」

 翼膜や鱗に病変が出ている訳でもない様子にパッとノトスはデュラへ顔を向ける。

「……内服薬は煎じてみるが、期待はするなよ」
「ああ。診てくれるだけでもありがたい」

 ノトスは、ひとまずスカイドラゴンの様子を逐一観察する事にした。
 庭の低木に身を隠して、動きの少ないスカイドラゴンの情報を集めながら、スケッチやメモを取っていく。

「(確かに千鳥足だが、座る時はやけにゆっくりだな)」

 ドラゴン素人のノトスにもわかる程、異常な行動が多い。
 食欲は旺盛で、足りないと言いたげに唸り声を上げる。
 立ち上がったらバランスを崩して左右に蛇行しているが、腰を下ろす動作は丁寧で慎重なものだ。

「(……目に見えて不調だ。だけど、症状だけ見てるだけじゃ原因が全くわからない。うーん)」
『グゥ……ルル』
「…………」

 苦しそうな息を吐きながら、地面に臥せているスカイドラゴン。
 弱々しい姿がノトスの良心をチクチクと刺激した。

「如何かしら?」
「うーん、なんとも……ん?」
「貴方がデュラが連れてきた薬師様ですね」
「!?」

 唐突に声をかけてきたのは、依頼主である第二王女様だった。
 流石のノトスも驚愕のあまり勢いよく飛び退き、ザッと膝をついて首を垂れる。
 無理もない。普通ならば会話はおろか、顔を合わせるなどあり得ない程、王族は雲の上の存在なのだ。

「驚かせてしまったようですね。こんにちは、私は第二王女のセレティア・ガイル・セブンズです」
「セレティア王女様……っ」

 翡翠色のドレスに身を包んだブロンドの王女様にノトスは萎縮しながら顔色を伺う。
 まだ成人を迎えていない年齢だと言うのに、凛とした立ち姿や表情がらしからぬ大人らしさを醸し出している。
 咄嗟に恭しい言葉が出ず、言葉を詰まらせるノトスの様子にセレティアは微笑みながら隣に腰を下ろす。

「デュラから聞いております。ある分野で腕利きの薬師であると……どの分野なのでしょうか?」
「……主には人体専門です」
 
 本当の事を言えるはずもなく、身を強ばらせて嘘ではない事実を伝える。

「そうですか……無理な治療依頼をして申し訳ありません。ああ、楽にしていただいて結構です。仕事の続きをどうぞ」
「……あの、王女様」

 セレティアの言葉に少し肩の力を抜いたノトスが慎重に口を開く。

「あのスカイドラゴンについて、お聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「構いません。なんなりと」

 ノトスとセレティアはスカイドラゴンへ視線を移して、質疑応答を行った。
 スカイドラゴンの名は“トーム”。
 竜種の子育ては厳しく、産んだ卵の選定から始まる。トームはそこで落選し、城内の林へ投げ捨てられてしまった。運良く池に着水し割れる事は無く、異変に気付いたセレティアの護衛が卵を直ぐに見つけた。
 まだ心音のあった卵を城内へ持ち帰り、竜種の書籍を読み漁りながら人工孵化へ挑み、そして成功した。
 
「……竜種の人工孵化なんて、聞いたことありません」
「前例がありませんからね。発表する気もございません。ドラゴンを悪用されては、悲しいですから」

 スッと何処からかスケッチブックを取り出し、ノトスと同じようにペンを走らせる。
 
「(うわ……すげぇ。カラーだ)」

 蝋と油などで出来た高級画材を当たり前のように使用しているセレティアのブルジョアっぷりに、つい少し笑ってしまった。

「……トームは、何度も死にかけては、生還を果たしています。生きたがっているあの子を生かす為なら、何も惜しむ事はありません。ロルールさん、どうか、どうかトームをよろしくお願いします」
「…………はい」
「よろしければ……こちらを。トームの成長を記録したスケッチです。何かお役に立つ事があればお使いください」

 手にしていたスケッチブックをノトスへ渡し、セレティアは城へ戻っていった。

「…………仕方ない……」

 どんなにセレティアとトームの話を聞いても現状は変わらず、わからない事はわからない。
 初日の観察を終えた後、様子を見に来たデュラへ声をかける。

「デュラ、ちょっと」
「何かわかったか?」
「わからない。情報を集めるのに二日くれ」
「二日でいいのか?」
「有識者に会いに行く。有力な事が聞けるかわからないが」

 ノトスは、自分に出来る全てを駆使してから、匙を投げる事にした。
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