自愛の薔薇には棘がある

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11・怖い話の棚からぼた餅

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 荒い息を整えていると、身体を起こした麗華さんが僕の中から自身を引き抜いた。
麗華さんは手早くゴムを外して口を縛る。
それをゴミ箱に捨てるのを見て、僕も同じようにティッシュを数枚取って、自分と麗華さんのお腹に飛び散った白濁を綺麗にする。

「はぁ……希さん、大丈夫ですか?」

 ベッドサイドに置いてあるペットボトルの水を口に含んだ麗華さんは、心配そうに僕の顔を覗き込んできた。
 心地良い倦怠感に包まれながら、なんとか上半身を起き上がらせる。
 正直、全然大丈夫じゃない。
 体力の無さに我ながら呆れてしまう。
 麗華さんからペットボトルを受け取って渇いた喉を潤すと、少しだけ生き返った。

「…………ふぅ~~……」

 深呼吸をして息を整えると、大分楽になった。
 眼鏡に水滴が付いている事に気付き、ティッシュで拭おうと眼鏡を外したが、指にうまく力を入れる事が出来ずに、落としてしまった。ワンバウンドしてベッドからもカランと床に転がってしまった。
 ベッドの上から床までそこまで距離はないが、なんだか身体を動かすのが億劫でボーッとボヤけた視界で床を眺めていた。

「落ちま……したよ。希さん」

 動かない僕を身兼ねて、麗華さんが眼鏡をひょいと拾ってくれた。
 そして丁寧な手付きで僕に掛けてくれる。
 ボヤけた視界が一転しクリアになる。
 目の前には麗華さんの顔があったが、眉間に皺を寄せた難しい顔をしていた。

「麗華さっ」

 キスで口を塞がれたが、それは甘いキスではなく口止めだった。
 
「ん、はぁ……んっ?」

 僕にキスをしながら、ベッドの壁際に置いてあったスマホでメモ機能に何かを打ち込んで僕にキスをしたまま見せてきた。

『着替えて、外に出ましょう』
「?」
『お願いします』

 唇が離れると、麗華さんは僕を変わらず難しい顔で見つめてくる。
 僕は訳が分からなかったが、とりあえず言われるがままに服を身に付けて、いろいろ片付けてから麗華さんに支えられてベッドから下りる。

「先にお風呂入っててください」
『肯定して』
「あ、はい」

 謎のやり取りだけして、手荷物はそのままに貴重品だけを手にして玄関から外へ出る。
 しっかり今回は鍵を掛けたのを確認する僕に、麗華さんが口早に言う。

「すみません。急に連れ出してしまって……」

 麗華さんの真剣な表情に思わずゴクリと唾を飲み込む。
 スマホで何処かに連絡を入れる麗華さん。僕は、事後というのもあってか、まだ頭がよく回らない。
 暫くすると、遠くの方から聞き覚えのある車の音が聞こえてきて、段々と大きくなってきた。
 この音は……まさか……?
 麗華さんはスマホを切ると、僕の手を掴んで走り出した。

「うら、麗華さん、待って、僕走れなぃ」
「ああ! すみません! では、失礼します!」
『ガッ』
「わ!」

 僕をお姫様抱っこしてエレベーターの現在地を一瞥してから、階段の方が早いと判断したのか、一気に駆け下りていく。
 僕が幾ら小柄とはいえ、成人男性を軽々持ち上げて階段を駆け下りられるのは凄いなぁ~と能天気に感心していた。
 すぐに一階に着くと、駐車場に停めてある車に一直線に向かう。
 白と黒の車体のパトランプを点灯させたパトカーだ。

「お巡りさん!」
「通報者の方ですね? お怪我はありませんか?」
「大丈夫です! お願いします!」
「はい。鍵をお借りしても?」
「……はい」

 突然のお巡りさんの登場に呆気に取られているうちに、麗華さんと警官は話を進めていて、追加で二台のパトカーがパトランプをペカペカさせてやって来た。
 どうやら、先程の麗華さんの通話先は警察だったようだ。
 マンションの管理人に説明を行う警察官と僕の部屋がある階へ素早く向かう警察官に別れて行動し始めたのを見送り、麗華さんは僕をマンションの階段の一段目に下ろした。

「……麗華さん?」
「すみません……怖がらせるかと思って……」
「??」

 何が何やらと混乱していると、麗華さんが僕の耳に口を寄せる。
 内緒話をするように囁かれた言葉は衝撃的な内容だった。

「ベッドの下に、誰か居たんです」

 一瞬にして血の気が引いた。
 麗華さんは僕の身体を抱き締めて背中を摩ってくれる。

「落ちた眼鏡のレンズに刃物の反射が映ってました。あのままもし、眠っていたら……はぁ」
「……ぁ、あ」

 あれ? じゃ、鍵が開いてたのって、僕の不注意じゃなくて、不法侵入されたから……!?
 恐怖と困惑で震えながらも、ベッドの下って事は……僕らの行為を見られたかもしれない。そう思うと恥ずかしくて堪らなかった。
 僕の喘ぎ声の大きさからして絶対聞かれてるし、もしも盗撮や盗聴されてたら……警察に物証として回収されて僕らの痴態がああ!!
 と、頭を抱えていたら上階からドタバタとした物音と怒鳴り声が聞こえてきた事で僕の恐怖心はピークに達して麗華さんにしがみついてガクガクと震える事しか出来なかった。
 しかし、警察官と不法侵入者のドタバタ音も怒鳴り声もすぐに収まり、静かになった。
 エレベーターが動く音と上階の住人達が騒ぎとパトカーに気付いて外に出て来る足音が聞こえてきた。

『チーン』
「あ、エレベーターで連行されてる」

 犯人の顔なんて見たくもなかったが、手錠を布で覆われた男が警察官に両脇を抱えられていて、顔が目に飛び込んできた。

「……ぇ」
「?」
「涼太君?」
「えっ、希さん、知り合いですか?」
「はい……残念ながら」

 僕の声に気付いて、涼太君がこちらを向いた。僕が与えた傷は癒えていないようで、鼻に大きなガーゼを貼っている。

「あーーそうだ、お巡りさん。俺アイツにコレやられたんスよ。傷害罪じゃねえですか?」
「……証拠は?」
「おい! メス男、お前俺を殴ったよなぁ?」
「………ちょっと行ってきます」
「は? え? 希さん!?」

 相手が涼太君と判明したら恐怖心なんてどっか行った。
 僕は涼太君の質問に真摯に答える。

「殴ったね」
「ほらほらほらぁ、コイツも逮捕でしょ?」
「どういう状況だったかわかるモノありますけど、見せましょうか?」
「は?」

 僕は幾度となく痴漢に遭ってきた。そして、犯行を捉えた証拠が如何に大切かよく知っている。麗華さんもよくこの手で僕を助けてくれていた。

『なんだぁ? その口の利き方……お前がいくら凄んだところで、力は俺の方が強いんだ。状況がわかるか?』
『……僕をどうしたいんだっけ?』
『ああ? お前のクソエロい尻かっぴらいて孔に突っ込んで俺をお前に刻んでやるって言ってんだ。気が変わったから手酷くヤリ捨ててやる。泣いても許さねえぞ』
「コレ……盗撮だろうが」
「自己防衛の範囲だから……じゃ、バイバイ」

 顔と状況が分かる証拠映像を警察の方に見せると、涼太君は罪を増やして現行犯逮捕された。
 その後、僕と麗華さんも警察に状況説明と事情聴取を受けた。
 警察が突入すると涼太君はベッドから這い出て刃物を構えてお風呂場へ向かおうとしていたところを取り押さえたという。
 言動が支離滅裂で『俺を変態扱いすんじゃねえ』とか『アイツが悪い』とかしか言わず、先程のような会話が出来る状態じゃなかったらしい。
 それから、見せた映像の話になり、涼太君による強姦未遂の犯行が麗華さんに知られてしまった。
 確か、男同士だと強姦罪は適応されないが、別の罪になるだろう。
 警察が帰った後、僕は麗華さんはげんなりしていた。

「まさか……こんな事になるとは……」
「希さん、あの男と何があったんですか? 襲われそうになった以外は、まだ理解出来なくて」

 これ以上、いい雰囲気をアイツに壊されたくは無かったけど、麗華さんの問いに答えない訳にはいかない。

「涼太君は、中学の頃の同級生です。当時、僕に酷い事してる現場を先生に見つかって、それが原因で退学になって以降、音沙汰はなかったんですけど……朝の通勤中のストーカー痴漢は彼だったんです。僕が最近抵抗する事が気に食わなかったのか、帰宅途中に立ち寄ったトイレで襲われて……反撃出来たので、事なきを得てます。二度と顔出すなって言っといたんですけどね」
「し……知らない事がボロボロ出てきた……希さん、そんな怖い目に遭ってたんですね。ああ、無事で本当に良かった。頑張りましたね」

 麗華さんは僕の頭を撫でて労ってくれる。

「けど、今回の件は本当に怖かったです。一人であの部屋に居たくない……ああ、引っ越そうかな……」
「…………希さん、よかったら……引っ越すまでの間、俺のとこ来ます?」
「え?」
「こんな事があった後で、俺も貴方を一人にしたくない」
「えっと……でも、それは……ご迷惑では?」

 押し掛ける事になる。麗華さんのプライベート空間を侵食してしまう。

「俺は希さんと一緒なら嬉しいですよ。家に帰ったら、貴方が居ると思うと……安心します」
「じゃ、じゃあ、お願いしてもいいですか?」
「はい!」

 麗華さんは満面の笑みを浮かべて僕の手を握る。
 こうして僕は、麗華さんの家に転がり住む事になった。
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