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9:特別の意味を知る人生①
しおりを挟むここ数日、大和さんが服を着ている。上着だけだけど。
それとお風呂に一緒に入ってくれない。けど、ベッドで寝る時は正面から抱き締めてくる。
時折、キスをすれば泣きそうな顔をしてヘラリと笑う。何かを誤魔化している様子だった。
「大和さん、何かありました? 僕の事、嫌いになりました?」
「いや、嫌いじゃない」
「ぅえ? へへへ」
「…………なんでもない」
本当にどうしたんだろう?
ずっと様子が変だ。僕が優しくすると興味なさげだったのに、甘えてくれるようになった。
そして、セックスを強請らなくなったのが一番の変化だ。
まるで……いや、この考えはしたくないけど、万が一本当ならだいぶ危ない。
「まるで浮気した人みたいな反応ですね」
「ッ!?」
ガチッと固まってしまった。
あ……コレは。
「大和さん」
「ち、違……う」
「……大丈夫ですよ。僕達恋人同士でもないので浮気じゃありません。けど、誰かに何かされたんですね」
「察し良すぎて怖い」
「貴方がわかりやすい挙動しているので」
監禁されているのに、会いに来た人が居た。しかも良くない意味で。
嫉妬や怒りより心配が大いに勝る。
「……監禁している以上、普通なら誰とも会うべきじゃない。監禁を心得てる大和さんが、そんな初歩的なミスはしない筈ですし……会わないとヤバい相手ですか?」
「優秀な頭をココでフル活用しないで欲しいが、まぁ、そうだ」
淡々と選択肢を絞っていると、いつも通りの僕にホッとしている大和さんが徐に上着を脱いだ。
「……うっわ……背中青痣ヤバいですよ。コレ隠してたんですか??」
「…………ああ」
蹴りと一発でわかる青痣が出来ていた。そして下着に隠れていたがペロッと中を覗くとお尻に薄っすら手形が残っていた。
「変態が来たんですか??」
「その通りだが、ちゃんと説明させてくれ」
「はい」
気を張っていたのか、僕に凭れかかりながら聞かせてくれた話は……結構ショッキングな内容だった。腹の底がグツリとさざめく。
今から四年前に、別の男に監禁されていたと言う。僕とは違って恋愛的な衝動によるものではなく、一夜を共にしたら気に入られて首輪を着けられたらしい。
大和さんの求める以上の刺激を与えてくれる相手だったと。
三年程共にいたが、相手の異常性が浮き彫りとなるにつれて、付き合いきれなくなったと言う。
「異常性?」
「…………野良犬や野良猫を虐待してたんだ。弱い者虐めが好きで、行為の激しさが命の危機を感じるまでにエスカレートした。俺を犬猫のように扱ってるから、いずれ一線を越える」
このままじゃ殺されると思い、脱走して四年間職を転々としてたのに、見付かってしまったらしい。四年も探し回っていたというのか。
「(その男が好きというより、お互い都合が良かったから一緒にいただけか)」
「……引いた?」
「いえ、そんなに。監禁された経験があるんだろうなーっと、薄ら思っていた事なので。でも、今は僕のテリトリーに監禁してる貴方に手を出された事……ちょっとイラッとしてます」
「!」
大和さんが僕の不機嫌さを珍しがって顔を覗き込んでくる。
可愛くて小柄なその身を腕に抱き締める。
「手を出されるのは、本意では無かったんでしょう?」
「当たり前だ……あんなっ」
「?」
「いや……」
何かを言いかけて辞めてしまった。
人生経験上、ココで引いたら修復が難しい溝が出来る。
「怒らないので、言ってください」
「……でもな」
「気になります。隠し事はしないでください」
「んぅ…………………………ベッド」
「ベッド?」
辛そうな表情で言葉を続ける。
「ベッドで……された」
「?? セックスは普通ベッドでは?」
「違う。お前と寝てるベッドで、俺は他人に犯されたんだ」
「……嫌でした?」
「嫌に決まってんだろ!」
ああ、大和さん……そんな、柔い部分を姑息な僕に晒してしまうなんて……相当思い詰めてるんだ。
「“僕との”ベッドだから、嫌だったんですね」
「? ……ああ」
「どうして、そのベッドが嫌だったんですか?」
「だから、お前と寝てるベッドだからつってるだろ!」
苛立ったように強い口調で僕に理由を言い放つが、それは理由になっていない。
もっと奥まで知りたい。
「僕と寝てるベッドでされるのが嫌と思ったのは、なんでですか?」
「ッ……そ、れは」
「……」
抱き締める腕の力を強める。レイプという非常に屈辱的で精神的にも辛い状況だったはずだ。その中で、大和さんが最もストレスを感じた部分は、僕との思い出があるベッド。
監禁してる加害者に対する罪悪感など、普通持ち合わせない。ただの男と見ているなら、その程度は好意のスパイス程度の罪悪感に落ち着く。
「ねぇ……どうして?」
「……はず、かしくて」
「恥ずかしいだけなら……貴方はそんな辛い顔はしないでしょ? 辱められるのが大好きなド変態なんだから」
「ッ……ぅ」
大和さんが僕のシャツを握り締める。
耳元で囁きかけて、優しく髪を梳く。
「教えて? 僕だけに」
「……俺だって、わかんねえよ……抱かれてる最中もお前の顔と声がチラつくし、お前の匂いもするから……抱かれたいのは、颯太なのに……俺を抱いてるのはアイツで……」
馬鹿みたいに気持ちよかったはずなのに、残ったのは息が詰まる程の罪悪感とこの上ない不快感。
「大和さん……」
「んぁ?」
身体を離して、ジッと目を見つめる。居心地悪そうに視線が泳いでは帰ってくる。
「僕にキスしてください」
「は? なんで?」
「いいから、してください。貴方のタイミングで」
「わかった……?」
理解も納得もしていないが、僕の言う事に従ってくれるようだ。
別に日常的にも偶に大和さんからキスをしてくれるし、難しいお願いではない。
「…………………………あーーそんな見んなよ」
「見たいです。大和さんが僕にキスするところ」
僕は行儀悪く大和さんを凝視しながら、キスを待っていた。
やり辛いと照れながら、ソワソワと顔を出したり引いたりしていて可愛い。鳩みたいだ。
「…………っ」
「…………」
「……ぅう……」
「…………」
「…………………………んぅ」
僕の視線を感じながらも、目をキュッと瞑り、顔を真っ赤にしながら、震える唇をフニッと軽く押し当てる。
すぐに離れてしまったが、大和さんは自分の唇に人差し指の側面を当てがい、目線を逸らし続けていた。
「……どうしました? キスなんて慣れっこでしょ? そんな照れるようなお願いでもないのに」
「ジッと見られてたら誰だって恥ずかしいだろ」
「誰だってそうかもしれませんけど、貴方は自分の恥ずかしい姿見られるの好きじゃないですか。もし、前の人にもキスを求められても僕の時みたいに、恥ずかしいと躊躇いますか?」
「!?」
比較対象が極端だが、きっと同じ反応にはならない。
「…………」
「ほら……早くもう一回してください」
「もう一回? なんでだよ」
「なんとなくです」
「くっそ……」
軽く罵倒を浴びせてくるが、嫌そうには見えない。
「……ん」
再び僕の唇に大和さんの唇が押し当てられる。今度はすぐに離れず、唇で挟むようにフニフニと食まれる。
緊張は解れているが、ぎこちない動きに、笑い声が漏れてしまう。
「ははっ……大和さん、可愛い」
「うるせ」
「でも、そんなんじゃ足りません」
「は?」
僕は後頭部を手で固定し、唇の割れ目に舌をねじ込ませた。
「んぅ!? ……っふ……ぅ!」
貪るようなキスをしながらソファーへと押し倒す。
そして、僕の舌の動きに翻弄されている大和さんの口内を蹂躙する。
突然の事に驚いて目を白黒させていたが、舌を絡ませる内に身体から力が抜けていく。
「……んッ……ぅあ……」
「キスだけで随分と蕩けてますね」
「い、今のはズルいだろ」
潤んだ瞳で弱々しく睨まれても怖くない。寧ろ、嗜虐心を擽られるだけだ。
「……キス、すげぇうめえじゃんか」
僕の強引なキスで、すっかりスイッチが入ってしまったのか、大和さんは自ら僕の首に腕を回してきた。
「んッ……ぁ」
「っ……」
「ふ、んぅ……はぁ」
「は……や、まとさ」
「んっ、あ、あぅ……ん!」
くちゅくちゅと水音を響かせながら舌を絡ませ合う。その隙に青痣のある背を労わるように撫でながら、下着をスルっと足に沿って脱がせていく。
「……はっ、ぅ……そう、た? セックス、するのか?」
「大和さんが僕の事ちゃんと好きなら、このままベッドへ運んであげますよ」
「好、き?」
心を通わせてから、身を繋げたいと言う僕の我儘を思い出した大和さんは、悩ましげに眉を顰めた。
「…………」
無言の大和さんの心境は読み取れない。
嘘を付くのは簡単だ。僕に抱かれたいと思っているのは、性欲による衝動で、僕なんか好きじゃない。監禁している加害者を好きになれなんて無茶な話だし。
もし、大和さんが僕の事が嫌いでも……もう手放せない。この人が居ないと僕は生きていけない。
だから……どんな形であろうとも側に居て欲しいし、愛して欲しい。
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