上 下
3 / 18

2:時には理不尽が正しい人生

しおりを挟む


 次の休みに代理で寮の掃除に来たけど……驚いた。

「(あの人、ミニマリストだったのか?)」

 物が全然無い。ゴミもだけど、服も必要最低限で小さな冷蔵庫には卵とハム、マヨネーズとケチャップしかない。
 茶碗と皿とコップの三つだけだ。箸一膳、スプーンフォークワンセット。
 フライパンとフライ返し……一番多くて調味料だ。

「(塩、胡椒、醤油、ソース、一味、タバスコ……ん? コレなんだろ)」

 瓶詰め調味料の中に一際異彩を放つ赤いボトル。
 死のソースと書かれた文字と髑髏マークのラベル。

「(よくわからないけど、持って帰ろう)」

 特に大変な事もなく掃除を終えて鍵を返却ポストに投函して家へ帰った。
 久遠さんはテレビに映ってるインストラクターと共に筋トレをしている。

「ふっふっ、おかえり」
「ただいま帰りました。後でシャワー浴びます?」
「ああ、そうする」

 爽やかな汗をかいて、良い顔で頷いてるけど鎖に繋がれ監禁されている事実を忘れないで欲しい。

「久遠さんの荷物、箱二つで足りました」
「俺は転職マンだからな。身軽に越した事はないし、自分の面倒は手を抜いても誰も損しねえ」

 なんだか、監禁を許容する理由がちょっとわかった気がする。
 
「僕がいっぱいお世話します」
「そうしてくれ」

 インストラクターが頑張った視聴者に労いの言葉をかけて画面外へ捌ける。
 テレビを消してジャラジャラと鎖を鳴らして久遠さんはお風呂に消えていく。
 僕は箱の中身を整理して置く場所を決める。五分ぐらいで終わった。

「……コレ使っちゃお」

 身軽な久遠さん唯一の変わり種を使わせてもらう事にした。
 パスタを茹でて、それを味付けに具材を炒めていたら……なんだか、咳が出てきた。

「ゲホ……ケホッ、ズビ」

 鼻も出てくるし、涎も溢れてくる。
 そして唐突に目が開けられなくなった。
 物凄い何かが沁みる! 涙が止まらない! 玉葱の十倍苦しい! 

「ォエ、ゴホッゴホン! ウグッ、エップ!」
『ガチャ』
「ふぅ……良い汗をって、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!」

 さっぱりとした様子の久遠さんがリビングに帰ってくるなり、僕の元へ血相を変えて走り寄ってきた。

「火止めろ! ウェ、くそ……」

 目を押さえた久遠さんがコンロの火を止める。洗い場で僕の顔を洗って、濡らしたタオルで目を覆われた。

「俺のソース使ったな」
「はい……好きなのかと思って、パスタの具と炒めました」
「得体の知れない調味料を火にかけるな! アレは出来合いの料理にかけるものだ!」

 窓を開けて換気をして僕の背をバシバシと叩いてくる。

「タバスコよりずっと辛いソースだ。炒めたら催涙ガスみたいな煙出るんだよ」

 目と鼻と喉がピリピリする。蒸気に乗った辛いソースをダイレクトにくらったんだ。
 
「くおんさん、ずび……からいの、すきなんですね」
「好きだが、無理に使うなよ。ドクターストップかかるから」

 経験者の言葉につい笑ってしまう。どれだけ使ってたんだろう。すごい辛党なんだな。
 そして、僕はお昼の辛いパスタにまた悶絶した。ケロッとしてる久遠さんが別次元の人間に思えた。



『ジャラ』
「うーーん……快適。けど、ダメだろコレ」
「ええ……」

 洗濯を畳んで、二人で寛いでたら、またもやダメ出しを受ける。

「監禁するにあたって、逃げないように自分へ依存させるプロセスを踏め」
「めちゃくちゃ言うなぁ……久遠さんは、居てくれるだけでいいのに」
「馬鹿野郎。気が変わって俺が出てったらどうするんだ」
「……嫌です」

 嫌ならサボらず、ちゃんと監禁しろと言われてしまった。
 依存のプロセスって何?? 僕が居ないと生きられないって思わせないとダメなのか?
 無理じゃない? ミニマリストを依存させるって、それこそ僕自身が辛口にならないとダメだ。

「…………好きです。久遠さん、何処にも行かないでください」
「あーはいはい」

 同情でココにいるわけじゃないと言いた気に雑な態度を取られた。
 キスをしてみても、あまり反応が無い。僕に縺れ込む意志がないのを察してるからだ。
 少しアプローチを変えてみよう。

『ナデナデ』
「……なんだ?」
「撫でてます」
「……」

 猫や犬を撫でるように久遠さんの頭を撫で回す。
 しかし、テクニック皆無な僕ではただ髪を乱しただけだった。
 頭を抱える僕を呆れながら眺める久遠さんだけど、嫌がらずにそのまま大人しくしている。

「……撫で方硬過ぎ」
「すみません……考えすぎて、もう何が正解かわかんないです」
「うーーん……俺の方にも問題があるのか?」
「?」
「お前は全然必死になってない。何故なら俺が逃げようとしないから、引き留める為の強行手段を行わない」

 状況分析に自分の監禁態度を加味し始めた。
 初日からずっと貫かれている久遠さんの監禁許容により、僕の監禁意識が低くなってしまっているのでは? と、言われた。
 手の内に収まっているから、本気になれないのだと。

「強行手段って……でも、久遠さん何もしないじゃないですか」
「……はぁ……もういい。お前にはガッカリだ」
「!?」

 ジャラっと首輪の鎖を掴んで、ブンと波打たせれば、伝達されて大きく波打った鎖の端が始点から外れた。

『ジャリン!』
「チッ……引っ掛けるだけだから、こうやってすぐ外れる。意識が低い以前に舐めてるだろ。覚悟のわりに雑過ぎる……あーあ……中山くんはもっと出来る子だと思ってたのにな」

 鎖を引き摺りながら玄関へスタスタ向かう完全に冷めた表情の久遠さんに血の気が引いていく。
 警察に行かれたらバレるとか、そういう焦りではない。
 久遠さんが僕の側から居なくなる。ただその事実、一つが僕の心臓を握り潰しに来る。

「く、久遠さん! 行かないで」
「なんでだ? 監禁する気が無いなら、俺が居なくてももう困らないだろ」
「お願いします! ちゃんとします! ちゃんと監禁します! もう僕の事なんて嫌いでいいですから! 行かないでください!」

 スニーカーを履こうとする久遠さんの腕にしがみついて懇願する。出て行かせない為に思いつく限りの言葉を並べる。
 情けない僕を感情の乏しい表情で見下ろす久遠さんが苛ついて舌打ちをする。

「チッ……ここまでしてわかんねえなら、お前じゃ監禁なんて無理だ」
「嫌だ嫌だぁ行かないで、側に居てくださぃ、監禁されてくださぃ」

 恥も外聞もなくみっともなく泣きぐずりながら縋るも、乱暴に振り払われた。
 そして、ドアノブに手がかけられた瞬間……僕はとある手段を取った。

『ジャラララ!』
「っ、かは!」

 首輪に繋がれた鎖を力任せに引っ張って、強引に久遠さんを引き戻し、腕の中に閉じ込めた。

「ゲホッケホ、ゴホッ」

 咳き込む久遠さんに罪悪感を一瞬抱いたけど、すぐその思考は吹っ飛ぶ。

「わ、わかってくれました? こんなに必死なんです僕。お願いします……側に居て」
「いてて……離せって」
「離しません! もう絶対離さない!」

 ギュウっと抱きしめる力を強くすれば、久遠さんがじたばたと暴れるので、鎖を引っ張り自分へ体を引き寄せる。

「んん!」
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
「……出来たじゃん」
「!?」

 降参とでも言わんばかりに両手を軽く上げて僕に身を預けて脱力する久遠さん。
 そこで僕は気付いてしまった。何故、久遠さんが僕に監禁を許容するのか。ただ、面倒を見てもらえるからではない。

「ずっと……こうされたかったんだ」

 恍惚の表情で僕を見つめる久遠さんの濡れた吐息が、僕の本能を深く揺さぶってくる。
 僕は、久遠さんの鎖を掴んだ気でいたけど、鎖に繋がれたのは僕の方かもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン変態王子様が、嫌われ者の好色暴君王にドスケベ雄交尾♡で求婚する話

嶋紀之/サークル「黒薔薇。」
BL
他国の王様に惚れた変態王子様が、嫌われ者でヤリチンのおっさん国王を、ラブハメ雄交尾♡でメス堕ちさせて求婚する話。 ハイテンションで人の話を聞かない変態攻めが、バリタチだった受けを成り行きでメス堕ちさせちゃうアホエロです。 ・体臭描写 ・デブ専描写 ・受けが攻めに顔面騎乗&アナル舐め強要 ・受けのチンカス・包茎描写 ・マジカルチンポ/即堕ち などの要素が含まれます。 ノンケ向けエロでたまに見る、「女にケツ穴舐めさせる竿役」ってメス堕ち適正高いよな……ガチデブ竿役が即オチするとこが見たいな……って思ったので書きました。 攻め…アホでスケベな変態青年。顔だけはイケメン。デブ専、臭いフェチ、ヨゴレ好きのド変態。 受け…バリタチの竿役系ガチデブおっさん。ハゲでデブで強面、体臭もキツい嫌われ者だが、金や権力で言いなりにした相手を無理矢理抱いていた。快楽にクッソ弱い。 試験的に連載形式にしていますが、完結まで執筆済。全7話、毎日18時に予約投稿済。

淫紋付けたら逆襲!!巨根絶倫種付けでメス奴隷に堕とされる悪魔ちゃん♂

朝井染両
BL
お久しぶりです! ご飯を二日食べずに寝ていたら、身体が生きようとしてエロ小説が書き終わりました。人間って不思議ですね。 こういう間抜けな受けが好きなんだと思います。可愛いね~ばかだね~可愛いね~と大切にしてあげたいですね。 合意のようで合意ではないのでお気をつけ下さい。幸せラブラブエンドなのでご安心下さい。 ご飯食べます。

少年野球で知り合ってやけに懐いてきた後輩のあえぎ声が頭から離れない

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
少年野球で知り合い、やたら懐いてきた後輩がいた。 ある日、彼にちょっとしたイタズラをした。何気なく出したちょっかいだった。 だがそのときに発せられたあえぎ声が頭から離れなくなり、俺の行為はどんどんエスカレートしていく。

年上が敷かれるタイプの短編集

あかさたな!
BL
年下が責める系のお話が多めです。 予告なくr18な内容に入ってしまうので、取扱注意です! 全話独立したお話です! 【開放的なところでされるがままな先輩】【弟の寝込みを襲うが返り討ちにあう兄】【浮気を疑われ恋人にタジタジにされる先輩】【幼い主人に狩られるピュアな執事】【サービスが良すぎるエステティシャン】【部室で思い出づくり】【No.1の女王様を屈服させる】【吸血鬼を拾ったら】【人間とヴァンパイアの逆転主従関係】【幼馴染の力関係って決まっている】【拗ねている弟を甘やかす兄】【ドSな執着系執事】【やはり天才には勝てない秀才】 ------------------ 新しい短編集を出しました。 詳しくはプロフィールをご覧いただけると幸いです。

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

童貞処女が闇オークションで公開絶頂したあと石油王に買われて初ハメ☆

はに丸
BL
闇の人身売買オークションで、ノゾムくんは競りにかけられることになった。 ノゾムくん18才は家族と海外旅行中にテロにあい、そのまま誘拐されて離れ離れ。転売の末子供を性商品として売る奴隷商人に買われ、あげくにオークション出品される。 そんなノゾムくんを買ったのは、イケメン石油王だった。 エネマグラ+尿道プラグの強制絶頂 ところてん 挿入中出し ていどです。 闇BL企画さん参加作品。私の闇は、ぬるい。オークションと石油王、初めて書きました。

家の中で空気扱いされて、メンタルボロボロな男の子

こじらせた処女
BL
学歴主義の家庭で育った周音(あまね)は、両親の期待に応えられず、受験に失敗してしまう。試験そのものがトラウマになってしまった周音の成績は右肩下がりに落ちていき、いつしか両親は彼を居ないものとして扱う様になる。  そんな彼とは裏腹に、弟の亜季は優秀で、両親はますます周音への態度が冷たくなっていき、彼は家に居るのが辛くなり、毎週末、いとこの慶の家にご飯を食べに行く様になる。  慶の家に行くことがストレスの捌け口になっていた周音であるが、どんどん精神的に参ってしまい、夜尿をしてしまうほどに追い詰められてしまう。ストレス発散のために慶の財布からお金を盗むようになるが、それもバレてしまい…?

変態村♂〜俺、やられます!〜

ゆきみまんじゅう
BL
地図から消えた村。 そこに肝試しに行った翔馬たち男3人。 暗闇から聞こえる不気味な足音、遠くから聞こえる笑い声。 必死に逃げる翔馬たちを救った村人に案内され、ある村へたどり着く。 その村は男しかおらず、翔馬たちが異変に気づく頃には、すでに囚われの身になってしまう。 果たして翔馬たちは、抱かれてしまう前に、村から脱出できるのだろうか?

処理中です...