糸魔術師の日常

3号

文字の大きさ
上 下
15 / 18

ロックリザード

しおりを挟む
お互いにうなずき合い、揃って半回転しゴブリンたちと向かい合う2人。その横を後ろから黒の旋風が駆け抜けた。

「失礼しますわね!」
「とりあえず罠と、拘束しちゃうか」

艶のある黒髪を靡かせてゴブリンの群れに蹴り込む少女と、指先の動きに合わせるようにして空中にゴブリンを縫い止める少年。
突然飛びかかってきた少女に反撃しようとしたゴブリンは、棍棒を不自然な姿勢で振り上げたまま微動だに出来なくなっている。

「ぎ、ギャギ?」

驚いたように目を見開くゴブリン。顔に比して大きな眼がさらに開かれ、拳大の眼球が飛びそうになっていた。そこに映るのは、ガントレットに包まれた小さな拳。

「沈みなさい!」

地属性の身体強化により重さを増した少女の右ストレートが、ゴブリンを沈めるどころか吹き飛ばし背後の木に激突させる。

「がぎゃっ!」
「次!」

吹き飛んだゴブリンには目もくれず、背後から短剣を手に向かってくるゴブリンを回し蹴りで仕留める。その流れるような格闘技に惚けた様子だったミーファとレミだったが、ゴブリンの背後に見える巨大なトカゲを見て我にかえる。

「あぶなぁ……直前で拘束外さなかったら糸切れてたかも。ん? なんだあれ、大きいな……岩が走ってる??」
「あれはロックリザード! ゴブリンなんかよりよっぽど強い魔物なの!!」
「早く逃げないと! ゴブリンなんて目じゃないくらい強いんだよ!?」

どこか危機感の足りない少年に思わず怒鳴ってから、何やってるんだと頭を振るミーファ。この状況は自分たちのせい、助けに入ってくれたのは彼らの好意。
ゴブリンなら彼らでどうにかなりそうだ、でもロックリザードは厳しいだろう。せめて彼らを逃すのが傭兵の意地だと、2人は決死の覚悟で武器を構えた。


「ロックリザード……何処かで……あ!」

ユーリの馬鹿力で吹き飛ぶゴブリン。時々糸で女性陣に襲いかかろうとするゴブリンを拘束して援護しながら、もうそろそろゴブリンの最後尾に食らいつきそうなロックリザードを観察する。
ぱっと見は動く岩だろうか。長さは分からないが、高さだけでもエグジムの頭一つ分は大きい。大きなトカゲの全身を岩が覆っている、もしくはトカゲが岩を背負っていると表現した方が伝わりやすいか。
基本街中で仕事をしているエグジム、見た目だけではピンと来なかったが、ミーファに言われて記憶に引っかかるものがあった。
それはちょうど、制服製作の時に素材を仕入れるため訪れた卸問屋にて、上質な革素材の棚に並んでいたもの。
服の補強に使うなら、強度も勿論だがある程度の柔軟性も欲しいなと思い、ふと目に付いた素材が確か、ロックリザードだったような気がする。
とするならば、目の前で迫るそれは、まさしくエグジムが探しにきていた素材。
この時点でエグジムの目にはロックリザードは恐怖の対象ではなく、素材としか映らなくなった。

「ほら何やってるの! 早く逃げないと!!」

焦った声音で急かしてくるミーファだが、エグジムには逃げる気など毛頭ない。ポーチから新しい糸巻きを取り出すと、一気に魔力を通して掌握する。
中に漂う糸の群れ。それはさながら早朝に立ち込める靄のよう。

「逃げるなんてとんでもない。カモが自分からやって来てるのに……」
「ちょっと君、何言って……」
「むしろ逃がさない!!」

右手の五指それぞれで糸を操り、木々を巻き込んで捕獲の罠を敷設していく。相手は巨大かつ重量もある。念入りに十重二十重に網を張って待ち受ける。
それはまさに蜘蛛のごとく。細く目立たず強度は抜群のポイズンスパイダーの糸も、本領発揮とばかりに軽快に飛び回り、数秒経たずに完成したのは束縛の陣地。

「エグジム、こっちはそろそろ終わりますわよ! 何か後ろから凄いの来てますけど、やりますの?」
「もちろん! 罠貼ったから回り込んで俺の後ろに来て!」
「分かりましたわ!」

近くのゴブリンに前蹴りを叩き込み、ユーリは踵を返してエグジムの方へと戻る。
残されたゴブリンはユーリを追おうとするが、背後に迫る脅威を思い出したのか、慌ててバラバラの方向へと逃げ出した。中にはエグジムたちの方に逃げようとしたゴブリンもいたが、それらは走る前に額を反らせて背後に転倒した。いつの間に構えたのか、レミが前に突き出した右手の手甲がスリングショットになっており、近付こうとするゴブリンを小石で狙撃していたのだ。

「これあまり得意じゃ無いんだけどな!」

手頃な小石を連射してゴブリンを牽制するレミ。大抵は魔物に対して然程の傷も与えられないが、足止め位にはなる。そして今の状況では足止めで充分だったため、スリングショットは大きな効果を発揮していた。

「グギャオオァァ!」
「ギギィ!……グビャ!」

転倒したゴブリンは立ち上がって逃げようとするが、その前に追いついたロックリザードの爪と牙の餌食となる。人に近い姿の魔物が食べられる光景は4人に恐怖心を与えるに充分だったが、だからといって怯んでる暇はない。

「まだ食事が足りない、といったご様子ですわね!」

ロックリザードの目にはレミとミーファ。加えて新たに加わった旨そうな2人の人間しか映っていない。口の端からはヨダレを垂らし、よほど飢えている様子。

「でも大人しく食べられてあげる程、お人好しじゃ無いんで……ね!!」
「ねぇ、来るよ? 来るよ!?」

騒ぐレミを放置して、糸に意識と魔力を集中し、負けないように覚悟を決める。
ポイズンスパイダーの糸は魔力を通し、ある程度までは魔力にて強度を向上させられる。そのギリギリを維持して待つこと数秒。エグジムの両手に千切れそうなほどの衝撃が走った。

「グギャオゥ!!」
「くっそ、強い!!!」

突撃で数本糸が千切れた。木を巻き込んで無ければ一瞬も保たなかっただろう。
エグジムは更に糸を追加してロックリザードの拘束を強めていく。魔力を遠慮なく使用しているからか、額から汗が滴り、鼻梁を濡らして雫となり落ちていく。

「うっそ、止まってる」
「すご……」

短剣とスリングショットをそれぞれ構えたまま、呆けた顔で暴れるロックリザードを見つめるレミとミーファ。その肩を軽く叩いて意識を戻し、ユーリは地属性の魔力を全身に行き渡らせ自身の身体強化をかけ直す。

「エグジムが止めたのです。今のうちに仕留めますわよ!!」

スゥ……と腰を落としたユーリの引き絞った右拳に砂塵が纏わりつき、寄り固まって一つの巨大なガントレットを作り出す。
ユーリ作土魔法『ブーストガントレット』。
ガントレットから剥離する微細な砂が、まるで砂嵐のごとく流転し、その方向を後方へと集中。まるで引きしぼられた矢が解放されたかのごとく、ユーリの身をロックリザードへ向けて射出する。
未だに巨大な拳を引き絞ったまま、真っ直ぐにロックリザードを見据えて低空を滑るユーリ。その威容に身をよじって躱そうとするロックリザードだが、エグジムの糸がそれを許さない。

「砕けませ!!」

ロックリザードの数歩前の地面に踵を突き立て、突進のエネルギーをそのままに回転。遠心力に身体強化による筋力を上乗せし、まるで巨大なハンマーのごとき砂のガントレットが無防備にさらけ出されたロックリザードの腹部に炸裂した。

「グロログバァ!」

岩の装甲に覆われていない柔らかな脇腹を的確に抉られて悶絶し、大量に吐血するロックリザード。
衝撃を受け止めきれずにガントレットは砕け散り、砂の粒子となって爆散。弾き飛ばされたユーリは勢いを殺すため足を広げて円を描くように下草を削り、地面を数回転分削って静止した。

「やるよ!」
「ええ!!」

ユーリが飛ばされたタイミングに合わせるようにミーファとレミが火球を放ち、口から吐血して悶えるロックリザードの頭部を爆撃した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

その後の物語。ーかつてのはも勇者はもう一度

けんじょうあすか
ファンタジー
特権階級が世界を牛耳る時代、王都では月の勇者事件が世間を騒がせた。 貴族から金を奪ったり奴隷を逃がしたり、平民にとってはまさしくヒーロー、特権階級からすれば秩序を乱す悪そのものの義賊は、いつのまにか月の勇者と呼ばれ、毎日のように取りざたされるようになった。 しかし月の勇者はいつの日にかぱったり表に出てこなくなった。 そのころ、地味な女は田舎で村民に紛れてひそかに暮らしていた。 この地味な女、シャロンこそかつての月の英雄だ。 かつての活躍はシャロンのある才能があったから成り立っていたが、それを失った今、こうして人に紛れて暮らすしかなかった。 そんなシャロンはある侯爵との出会いから、また王都に戻ってくる。 改編ありの過去作の長編バージョンです。

これぞほんとの悪役令嬢サマ!?

黒鴉宙ニ
ファンタジー
貴族の中の貴族と呼ばれるレイス家の令嬢、エリザベス。彼女は第一王子であるクリスの婚約者である。 ある時、クリス王子は平民の女生徒であるルナと仲良くなる。ルナは玉の輿を狙い、王子へ豊満な胸を当て、可愛らしい顔で誘惑する。エリザベスとクリス王子の仲を引き裂き、自分こそが王妃になるのだと企んでいたが……エリザベス様はそう簡単に平民にやられるような性格をしていなかった。 座右の銘は”先手必勝”の悪役令嬢サマ! 前・中・後編の短編です。今日中に全話投稿します。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

あれ?なんでこうなった?

志位斗 茂家波
ファンタジー
 ある日、正妃教育をしていたルミアナは、婚約者であった王子の堂々とした浮気の現場を見て、ここが前世でやった乙女ゲームの中であり、そして自分は悪役令嬢という立場にあることを思い出した。  …‥って、最終的に国外追放になるのはまぁいいとして、あの超屑王子が国王になったら、この国終わるよね?ならば、絶対に国外追放されないと!! そう意気込み、彼女は国外追放後も生きていけるように色々とやって、ついに婚約破棄を迎える・・・・はずだった。 ‥‥‥あれ?なんでこうなった?

番だからと攫っておいて、番だと認めないと言われても。

七辻ゆゆ
ファンタジー
特に同情できないので、ルナは手段を選ばず帰国をめざすことにした。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

処理中です...