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あしどめ
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「冒険者達は確か、最初にゴブリンとかの背の低くて弱い亜人種から倒して慣らしていくって聞いたけど。最初にトロールとか何の冗談だよ」
愚痴りながらもトロールを見定めるエグジム。
仕事もまずはモノをよく観察する事から始まる。客の容姿や要望、出来上がった型紙、そして引き渡してからの反応まで。染み付いた観察の目はトロールの挙動を予測して身体を動かす。
「ぶごぉ!」
「あっまい!」
飛来した瓦礫が僅かに傾けた顔スレスレを通り過ぎる。
脂肪と筋肉で膨れ上がった腕により投げられる瓦礫は、まるで砲弾のよう。当たれば痛いでは済まない。
「なにを、しているんだ! 早く逃げなさい!!」
「ちょっと無理です。なんとか足止めしたい」
トロールは魔法の類は使わないが、単純な量力と、何より何度斬られても平気な顔で襲ってくるタフネスさが危険視されており、中級冒険者複数人パーティーでの討伐を推奨されている。そんな相手に仕立て屋が挑むのか、挑めるのか。
「入学式、襲わせちゃいけないよな」
漂う糸を統率し、槍のごとくトロールに突き刺す。そのまま貫通してまた突き刺して。
やることは同じだ。それが生地であるか肉であるかの違いでしかない。
「なみ縫い」
最も単純な縫合。故に何度も何度も繰り返し、今では息をするように行える。たとえ自分の手ではなく糸のみであっても同じだ。
剣術家が何度も何度も素振りして身につけた剣戟の如く、熟練したエグジムの糸は高速でトロールの身体を何度となく貫き、最後に脇の下から出て地面に突き立った。
「玉止め」
鮮血とともに飛び出す複数の糸。それはまるでテントを支えるアンカーのごとくトロールを拘束し、地面の下で周りの土を巻き込み塊となり固定した。
「やったか?」
人、それをフラグという。
「ぐもぁ! ぐぁぁぁ!!」
拘束された手足を振り回し、声を上げて暴れるトロール。
痛みを感じていないのか、もしくは痛みを感じながらも怒りが上回っているのか、飛び散る鮮血が地面を濡らしながらも暴れるのを止めず、魔物の素材で編まれた糸が悲鳴をあげて一本、また一本と千切れていく。
エグジムが驚愕の声を出した。
「嘘だろ、ポイズンスパイダーの糸だぞ? 一本で50キロまでの荷物なら持ち上げられるやつだぞ?」
それを数本まとめて拘束に使ったのだ。費用として服2着分の売り上げは飛んでいる。それなのにあっさりと千切られているのだ。熟練の冒険者ならこの段階で退避して距離を取るものだが、仕立て屋で荒事には「そんなに」馴染みのないエグジムは驚愕で足を止めてしまった。
そんな棒立ちのエグジムに、トロールの怒りが込められた投石が襲いかかる。
「全く。ゴホッ……無理するなよ。物理結界局所展開」
軽く咳き込み口元を少し赤く染めながら、右手を前に突き出した少女。つぶやきに呼応するように翳した右手の前が陽炎の如く揺れ、一瞬後、半透明の正六角形が形作られた。
トロールの強肩で打ち出された、まるで砲弾のごとき瓦礫は正六面体と衝突すると崩壊し、砂塵を辺りに撒き散らす。その数秒後に六面体も役目を終えたのか、まるでガラスのように砕けて空気に溶け消えた。
「た、助かった。今の魔法?」
「私の結界。油断しないで、また来るよ」
「くっ、危なっ」
自由になったトロールが今度は自ら突撃してきて拳を叩きつけてきた。空気を切り裂く暴力的な気配が迫る。
技も何もない力押しの一撃だが、それを必殺に出来る量力がトロールにはある。
結界を張った反動か、吐血して更に顔色の悪くなった少女を落とさないように気をつけつつ、エグジムは跳躍して拳をかわし、対面の壁に糸を打ち込んでトロールの上を飛び越えた。
「よし、そのまま私を置いて君は逃げるんだ。君が戦う必要はない、応援が来るまで……」
トロールは図体相応に鈍いのか、エグジムの動きに反応できていない。
「ちょっと下ろしますよ」
「あっ、ちょ、君!」
糸の長さを調整して速度を殺しつつトロールの背後に着地し、何か抗議している少女を倉庫の脇に積まれた木箱の陰に下ろす。
「よし、これで私が時間を稼ぐから君は」
トロールはエグジムを見失ったのか、しきりに辺りを見回している。
エグジムは腰袋から黒い手袋を取り出して着用し、ポイズンスパイダーの糸を先ほどの倍量、両手の間に渡るように緩く絡ませた。
「……千切られるのなら、束ねるだけだよね」
「いやだから逃げろと」
「よし、いこう!」
「行くな!!」
制止の声をまるっと無視して走るエグジム。両手が塞がってるため糸を使った空間移動は出来ない。そもそも空間移動自体をぶっつけ本番でやったため、実は怖くて半泣きだったりする。空を渡る恐怖は想像していたより大きかった。鳥ってすごい。
ゆえに走った勢いのまま散乱する木箱のうちまだ損傷の小さいものを踏み台にして跳躍、トロールの背を何度か蹴って肩付近まで駆け上がった。そのまま、ネックレスをかけるかの如く両手の間にトロールの首を入れていく。
「ゴ、ゴアッ!?」
「もう、遅い……よ!」
糸は顔の前を通り、咽喉元へ。その段階で両手を握り込み、まとめていた糸を拡散してトロールの四肢も拘束していく。
首には束ねた糸、四肢には複数の糸が絡みついたトロール。それら糸を纏めて握り込み、トロールの背に立つエグジムはさながら傀儡師のようで。拘束を解こうと暴れるトロールから振り落とされないよう、自身の体もトロールに固定して喰らいつく。
「このままこの場所に固定できれば」
手袋が軋むほど握りしめ、エグジムは糸のコントロールに集中する。
トロールの力が抜ければ更に拘束し、力を入れて暴れそうなら力が入りきる前に妨害する。
糸の強度頼りではまた千切られる。ゆえの継続コントロール。
徹夜で衣服を仕上げた経験が光る。持久力なら負けはしない。
このまま入学式が終わるまでこの場に釘付けにする。そう覚悟したエグジムは、式場がある方向から駆けてくる黒髪の少女を捉えた。
「よくやりましたわ! そのまま暫く抑えてて下さいまし!」
黒の制服に金の刺繍を輝かせる黒髪の少女。どこか見覚えのある制服を着た彼女はものすごい勢いでトロールに肉薄すると壁を蹴って跳躍し、三角飛びの要領で空中へ身を踊らせる。
「ふっ!」
細く、鋭く吐かれた呼気。
加速の勢いをそのままに回転へと昇華させ、細身のしなやかなムチを思わせる足を振り子の如く。空中にて高速の二回転を決めた後、トロールの巨体へと充分な加速の乗った回し蹴りを叩き込んだ。
「ゴグ……」
濁った唾液を口から零し、身悶えるトロール。薄緑色の足の甲からはいつの間にか石の杭が飛び出しており、トロールが地面に固定され蹴りの衝撃を逃がすことなく受け止めさせられたと分かる。
「そこの方、もう宜しくてよ。早く避難を」
トロールの唾液を器用に避け、優雅に着地するユーリ。その背に続くように講堂から多数の人間が魔法陣を展開しつつ駆けてくるのが見える。
糸を解除して拘束用の物だけ残し、トロールの背から飛び降りるエグジム。先ほど少女を隠した木箱の裏へ駆け込み、少女が半透明の障壁をはる。
その数瞬後、残した糸と石の杭で固定されたトロールに向けて式場側から焔や氷、石の槍など多数の魔法が降り注ぎ、トロールの悲鳴をも爆音で飲み込んで圧倒した。
愚痴りながらもトロールを見定めるエグジム。
仕事もまずはモノをよく観察する事から始まる。客の容姿や要望、出来上がった型紙、そして引き渡してからの反応まで。染み付いた観察の目はトロールの挙動を予測して身体を動かす。
「ぶごぉ!」
「あっまい!」
飛来した瓦礫が僅かに傾けた顔スレスレを通り過ぎる。
脂肪と筋肉で膨れ上がった腕により投げられる瓦礫は、まるで砲弾のよう。当たれば痛いでは済まない。
「なにを、しているんだ! 早く逃げなさい!!」
「ちょっと無理です。なんとか足止めしたい」
トロールは魔法の類は使わないが、単純な量力と、何より何度斬られても平気な顔で襲ってくるタフネスさが危険視されており、中級冒険者複数人パーティーでの討伐を推奨されている。そんな相手に仕立て屋が挑むのか、挑めるのか。
「入学式、襲わせちゃいけないよな」
漂う糸を統率し、槍のごとくトロールに突き刺す。そのまま貫通してまた突き刺して。
やることは同じだ。それが生地であるか肉であるかの違いでしかない。
「なみ縫い」
最も単純な縫合。故に何度も何度も繰り返し、今では息をするように行える。たとえ自分の手ではなく糸のみであっても同じだ。
剣術家が何度も何度も素振りして身につけた剣戟の如く、熟練したエグジムの糸は高速でトロールの身体を何度となく貫き、最後に脇の下から出て地面に突き立った。
「玉止め」
鮮血とともに飛び出す複数の糸。それはまるでテントを支えるアンカーのごとくトロールを拘束し、地面の下で周りの土を巻き込み塊となり固定した。
「やったか?」
人、それをフラグという。
「ぐもぁ! ぐぁぁぁ!!」
拘束された手足を振り回し、声を上げて暴れるトロール。
痛みを感じていないのか、もしくは痛みを感じながらも怒りが上回っているのか、飛び散る鮮血が地面を濡らしながらも暴れるのを止めず、魔物の素材で編まれた糸が悲鳴をあげて一本、また一本と千切れていく。
エグジムが驚愕の声を出した。
「嘘だろ、ポイズンスパイダーの糸だぞ? 一本で50キロまでの荷物なら持ち上げられるやつだぞ?」
それを数本まとめて拘束に使ったのだ。費用として服2着分の売り上げは飛んでいる。それなのにあっさりと千切られているのだ。熟練の冒険者ならこの段階で退避して距離を取るものだが、仕立て屋で荒事には「そんなに」馴染みのないエグジムは驚愕で足を止めてしまった。
そんな棒立ちのエグジムに、トロールの怒りが込められた投石が襲いかかる。
「全く。ゴホッ……無理するなよ。物理結界局所展開」
軽く咳き込み口元を少し赤く染めながら、右手を前に突き出した少女。つぶやきに呼応するように翳した右手の前が陽炎の如く揺れ、一瞬後、半透明の正六角形が形作られた。
トロールの強肩で打ち出された、まるで砲弾のごとき瓦礫は正六面体と衝突すると崩壊し、砂塵を辺りに撒き散らす。その数秒後に六面体も役目を終えたのか、まるでガラスのように砕けて空気に溶け消えた。
「た、助かった。今の魔法?」
「私の結界。油断しないで、また来るよ」
「くっ、危なっ」
自由になったトロールが今度は自ら突撃してきて拳を叩きつけてきた。空気を切り裂く暴力的な気配が迫る。
技も何もない力押しの一撃だが、それを必殺に出来る量力がトロールにはある。
結界を張った反動か、吐血して更に顔色の悪くなった少女を落とさないように気をつけつつ、エグジムは跳躍して拳をかわし、対面の壁に糸を打ち込んでトロールの上を飛び越えた。
「よし、そのまま私を置いて君は逃げるんだ。君が戦う必要はない、応援が来るまで……」
トロールは図体相応に鈍いのか、エグジムの動きに反応できていない。
「ちょっと下ろしますよ」
「あっ、ちょ、君!」
糸の長さを調整して速度を殺しつつトロールの背後に着地し、何か抗議している少女を倉庫の脇に積まれた木箱の陰に下ろす。
「よし、これで私が時間を稼ぐから君は」
トロールはエグジムを見失ったのか、しきりに辺りを見回している。
エグジムは腰袋から黒い手袋を取り出して着用し、ポイズンスパイダーの糸を先ほどの倍量、両手の間に渡るように緩く絡ませた。
「……千切られるのなら、束ねるだけだよね」
「いやだから逃げろと」
「よし、いこう!」
「行くな!!」
制止の声をまるっと無視して走るエグジム。両手が塞がってるため糸を使った空間移動は出来ない。そもそも空間移動自体をぶっつけ本番でやったため、実は怖くて半泣きだったりする。空を渡る恐怖は想像していたより大きかった。鳥ってすごい。
ゆえに走った勢いのまま散乱する木箱のうちまだ損傷の小さいものを踏み台にして跳躍、トロールの背を何度か蹴って肩付近まで駆け上がった。そのまま、ネックレスをかけるかの如く両手の間にトロールの首を入れていく。
「ゴ、ゴアッ!?」
「もう、遅い……よ!」
糸は顔の前を通り、咽喉元へ。その段階で両手を握り込み、まとめていた糸を拡散してトロールの四肢も拘束していく。
首には束ねた糸、四肢には複数の糸が絡みついたトロール。それら糸を纏めて握り込み、トロールの背に立つエグジムはさながら傀儡師のようで。拘束を解こうと暴れるトロールから振り落とされないよう、自身の体もトロールに固定して喰らいつく。
「このままこの場所に固定できれば」
手袋が軋むほど握りしめ、エグジムは糸のコントロールに集中する。
トロールの力が抜ければ更に拘束し、力を入れて暴れそうなら力が入りきる前に妨害する。
糸の強度頼りではまた千切られる。ゆえの継続コントロール。
徹夜で衣服を仕上げた経験が光る。持久力なら負けはしない。
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黒の制服に金の刺繍を輝かせる黒髪の少女。どこか見覚えのある制服を着た彼女はものすごい勢いでトロールに肉薄すると壁を蹴って跳躍し、三角飛びの要領で空中へ身を踊らせる。
「ふっ!」
細く、鋭く吐かれた呼気。
加速の勢いをそのままに回転へと昇華させ、細身のしなやかなムチを思わせる足を振り子の如く。空中にて高速の二回転を決めた後、トロールの巨体へと充分な加速の乗った回し蹴りを叩き込んだ。
「ゴグ……」
濁った唾液を口から零し、身悶えるトロール。薄緑色の足の甲からはいつの間にか石の杭が飛び出しており、トロールが地面に固定され蹴りの衝撃を逃がすことなく受け止めさせられたと分かる。
「そこの方、もう宜しくてよ。早く避難を」
トロールの唾液を器用に避け、優雅に着地するユーリ。その背に続くように講堂から多数の人間が魔法陣を展開しつつ駆けてくるのが見える。
糸を解除して拘束用の物だけ残し、トロールの背から飛び降りるエグジム。先ほど少女を隠した木箱の裏へ駆け込み、少女が半透明の障壁をはる。
その数瞬後、残した糸と石の杭で固定されたトロールに向けて式場側から焔や氷、石の槍など多数の魔法が降り注ぎ、トロールの悲鳴をも爆音で飲み込んで圧倒した。
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