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 家から動く事が出来なかった。凄まじい恐怖が私を襲ってくる。人が怖くて仕方なかった。誰もが私の事を人殺しだという目で見ているように感じるようになった。誰かが携帯電話をかけようとする度に、警察に目の前に殺人鬼がいる事を通報しようとしていると思うようになった。視界に入る人間の全てが敵に見えてしまう。外に出ても恐怖を感じてしまう。家にいても警察が来ると怯えてしまう。いっそ捕まった方が楽になれるのではないかという考えが何度も何度も頭に浮かんでは消えていく。彼女のカーディガンと陰毛の匂いを嗅ぎながら、硬くなった肉棒を刺激し続けた。こうする事で少しずつ精神が落ち着いて行くのが分かった。やはり持って来たのは正解だったと確信した。恐怖を捨てれば楽にはなれる。楽にはなれるが快楽には限界があるのは確かだった。柔らかくなった肉棒に安らぎを求める事は出来そうになかった。



『いえいえ、もちろん冗談です。少し本気にしましたか?通報しないでくださいね。本当にしないでくださいね。まだ、早いです。さて、何処まで進んだでしょうか?そうです。精神が壊れて自殺しようと森を彷徨った挙句に、結局は家に戻った所までですね。まぁ、そのお陰で自分が死にたい人間なのか、生きたい人間なのか、再確認する事が出来ました。貴重な体験でした。そのあとは私は母親の実家に引っ越す事になりました。爺と婆と母親との4人暮らしです。借家の家賃を滞納していたので追い出されてしまいました。初恋の彼女とは完全に離れる事になりました。この時の私の年齢は21歳です。やり直そうと思えば十分に可能な年齢です。それは21ではなくて、40でも、60でも可能な話です。やり直そうという気持ちがあれば何でも出来ます。私の場合はちょっと無理でした。』

 母親に実家での生活は最悪でした。爺はテレビを大音量で見ます。近所迷惑なのが分からないようです。婆は買い物に出かけると荷物が持てないと、私を電話で呼び出しては荷物を持たせます。母親は私の事を無能で役立たずと時々罵るようになりました。弟は私の真似をしてニートになると巫山戯た事を言うようになりました。怒りや不満はドンドン蓄積していきました。

 私が出来る事はテレビを見る事とトレーニングを続ける事でした。完全な無職です。時間には余裕がありました。毎日6時間の筋力トレーニングと戦闘トレーニングを続けました。ほとんどプロのアスリートのような生活を続ける事、約2年間。また我慢の限界がやって来ました。どうしてもこの家にいたくなくなりました。私の事を誰も知らないような場所で暮らしたいと思うようになりました。楽しみはテレビだけです。お金がないので服は買えませんでした。毎日、同じ服を着続けました。近所の住民からは気持ち悪いや不審人物と呼ばれるようになりました。私だって、私と同じような人を見たらそう思います。でも、嫌悪感を打つけて来るだけで助けようとはしません。言葉という暴力はいくら打つけても証拠は残りません。外傷が残らないからです。奴らは平気で打つけて来ました。後悔させたい。恐怖させてやりたい。代償を払ってもらいたいと強く願うようになりました。

 早朝に私は家から包丁を持ち出すと、殺す人間を探して住宅街を彷徨い歩きました。質よりも量です。沢山殺したいです。1人、2人では足りません。この一帯に死体の山を作らなくては気が済みません。誰に喧嘩を売ったのか死を持って教えなくては駄目です。私の心の痛みを、奴らには身体の痛みで分からせるのです。奴らの心や魂は醜く腐っています。殺した方が社会の為なのです。これは正義です。夕方になり歩き疲れました。そろそろ決めなくてはいけません。ボロい一軒家からテレビの音が聞こえて来ました。最初はこの辺が良さそうです。家の敷地内に入ると侵入出来る場所を探しました。家の裏手にある風呂場の窓が開いていました。網戸をスライドさせると音が出そうですが、家の電気は暗いままです。この家は2階建てですが、1階に1人でテレビを見ている人物しかいないと予想しました。家からは人の動く気配がしません。ジィっとテレビの前から動かないのなら、高齢の爺か婆です。包丁で突き刺せば簡単に殺せます。殴っても殺せます。私には赤ん坊と同じくらい簡単に殺せる相手のはずでした。

 網戸を開ける事が出来ませんでした。恐怖を感じてしまいました。ここで人生が終わるかもしれないのです。爺か婆を殺すのに失敗して捕まるかもしれません。そんな終わり方は嫌です。得体の知れない民家に入ろうとするのは愚策です。1人でテレビを見ているとは限りません。2人で見ている可能性もあります。それに刺すのは気持ち悪そうです。婆の骨のような身体に包丁が突き刺さるのを想像しても楽しいとは思えません。婆を食べたいとは思いません。爺もそうです。いつから殺人を楽しむような歪んだ趣味を持つようになったのでしょう。私は人を殺す為に強くなった訳ではありません。誰にも捕まらないように強くなる必要があったのです。

 気づかれる前に民家を出て行きました。通っていた中学校を目指して進みます。その次に初恋の彼女の家に向かいます。力が私を満たしてくれます。愛という力は冷たいです。凄く冷たくて神聖な力です。憎悪という感情が身体から消えて行くのを感じます。目を閉じると何も感じなくなりました。不必要な感情も必要な感情も全てを考えないようにしました。少しだけ何も考えずに休む事に集中しました。休んで休んで歩き出しました。私は警察署の中に入りました。

『人を殺したくなったので、殺してください。』私は警察署の牢屋に入れられました。自分で死ぬ事が出来ないのなら、頼むしかありません。何もしていない人間が殺される事がないのは分かっています。それでも、今よりはマシになるはずです。それに家には帰らなくて済みます。毎日毎日、誰かを殺す事を考えるのは疲れます。毎日毎日、殺す相手を探すのに疲れました。私の精神はその日に死にました。死を勝ち取りました。
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