上 下
1 / 15

第1話

しおりを挟む
 人口400人程度のド田舎村『この世の終わり村』で、その事件は起きた。
 田んぼに囲まれた道のド真ん中(十字道)にこの村に住む『田中勇雄(たなかいさお)・84歳・男性』が腹部に包丁が刺された状態で発見された。
 第一発見者は同じくこの村に住む『田中喜代美(たなかきよみ)・72歳・女性』、午前4時に自宅を出て、日課の散歩に出かけたところ、被害者の田中勇雄を発見し、急ぎ自宅に戻り、警察に通報したそうだ……。

「田代警部、これはダイイング・メッセージでしょうか?」

 通報を受け駆けつけた藤岡ヒロシ警部補——身長180センチの20代のたくましい身体——が、事件の概要(内容)を上司の田代正志に報告し終えると、被害者横の地面に、石で地面を削って書かれた文字を屈(かが)んで見た。

「そのようですね。これは困りましたねぇ~。田中さんは日本で4番目に多い苗字です。藤岡君、約137万7000人の容疑者の中から犯人を見つけ出すのは至難の業ですよぉ~」

 眼鏡に縦ジマが入った灰色スーツ、黒髪を綺麗にオールバックにした、知的な40代の田代も同じように屈んで見て答えた。

「そんな必要ねえぞ! 犯人は村の中にいる! さっさと捕まえてけろ!」
「おや? あの元気な女性が第一発見者の喜代美さんですか?」
「そうみたいですね」
「そうですか。では、話を聞いてみましょうか」

 黄色いテープで立ち入り禁止にされた事件現場の外から、頭に布をかぶり、上下に昔ながらの農作業着を着た喜代美が、大声で田代と藤岡に訴えた。
 田代は振り向いて、軽く喜代美を見ると、藤岡を連れて喜代美の所に向かった。

「おはようございます。犯人は村の中にいるというのは、どういう意味でしょうか?」
「そんなの決まってるじゃろ! 村の人間が犯人なんじゃ! この村には『田中』しかおらんからの!」
「それはそれは田中さんが多い村なんですね」

 田代は喜代美に軽く挨拶すると、言葉の意味を訊いてみた。
 すると、喜代美は唾と腕を振り回して、事件現場に集まる村人達を指差していく。
 田代はくるりとその場で回って周囲を見ると、事件現場には村人が120人近くも集まっていた。
 喜代美の話が本当ならば、この中に犯人がいる可能性がある。

「……ですが、この大勢の中から犯人を探すのは骨が折れます。喜代美さん、犯人に心当たりはありませんか?」

 田代は視線を周囲から喜代美に戻して訊いてみた。

「そんなもん知ってても言えるわけないじゃろうが! 村のもんは全員家族のようなもんじゃ! 身内を売って、この先も静かに村で暮らせるわけなかろうが! なあ! 勇雄、殺したもんがいるんなら、頼むけん自首してけろ! それが村の為になる! 頼むけん自首してけろ!」
「「「…………」」」

 喜代美は田代ではなく、村人達に向けて大声で訴えていく。
 最後は何度も何度も頭を下げて、自首するように説得する。
 けれども、村人達は押し黙ったままで、喜代美の姿を痛々しそうに傍観(ぼうかん)するだけだった……。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...