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再十六話 これだから素人は困る
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「お待たせしました。ちょっと色が悪いですけど、これは飲めばもう大丈夫ですよ」
先に部屋に入ったバンダナさんに続いて、手に持ったコップの液体を溢さないように部屋に入った。
ベッドの上には上半身を起こして、背中を壁につけて座っているラナさんがいた。
「良かったね、お母さん!」
「ええ、そうねぇ……」
嬉しそうな声のペトラと対照的にラナさんの声は沈んでいる。
『あのドブ水(死んだ水)を飲まないといけないの⁉︎』とか思っているのかもしれない。
「不味いかもしれないですけど、良くなると信じて飲まないと効果はないですよ」
飲まないという選択肢は最初からない。ラナさんに近づくと、その手にコップを持たせた。
私もペトラの為に頑張ったんだから、今度はラナさんがペトラの為に頑張る番だ。
今日まで頑張ってきたんだから、このドブ水も絶対に乗り越えられる。
「信じるですか……これを飲めば本当に良くなるんでしょうか?」
「私はそう信じてます。ペトラも信じてます。バン……おばさんも信じてます。あとはラナさんが信じるだけです」
バンダナさんの名前が出てこなかった。
怪しい新興宗教の勧誘みたいな台詞だけど、余命一日ならもう信じるしかない。
「お母さん、お願い飲んで。私、お母さんが死ぬなんて嫌だよ。お母さんともっと一緒にいたいよぉ」
飲む決心が出来ないラナさんにペトラが寄り添うと、手を握って涙目になってお願いを始めた。
思わず『私が飲みます!』と言いそうになったけど、私が飲んでも意味がない。
「ペトラ……そうね。お母さんもペトラともっと一緒にいたいわ。ペトラがもっと大きくなって可愛くなって誰かを好きになって……その人と結婚して幸せになる日まで、お母さんも一緒にいたいわ。そんな夢が叶うなら何だってするわ」
空気を読んで『だったら飲みましょう!』と余計な事は言わない。
ペトラの説得のお陰で、ラナさんはきっと飲んでくれる。
ここは黙って静かに見守るのが正解だ。これは二人の人生なんだ。
部外者の私が出来るのはちょっとした手助けだけなんだ。
「うぅぅ、うぅっ……」
す、凄い……。見守っていると覚悟が出来たみたいだ。
ゴクゴクと喉を鳴らして、苦しそうな顔でラナさんが微塵切りリンゴ酒を飲み始めた。
私なら二口で吐き出しそうだけど、命がかかっているなら多分全部飲めると思う。
つまりは私にはまだまだ覚悟が足りないという事だ。
ラナさんが『もう飲みたくない!』と諦めても、無理矢理に口に流し込む覚悟が必要なんだ。
「ハァハァ、うぇっ……!」
今にも死にそうな顔だけど、空のコップが頑張った証拠だ。
そんな頑張ったラナさんに「具合はどうですか?」と尋ねた。
「き、気持ちが悪い……は、吐きそう……」
「吐くのは絶対駄目です。まだ足りないみたいなので、追加の薬を用意しますね」
「えぇっ……!」
覚悟だ、覚悟が必要なんだ。
それが嫌われる覚悟だとしても、私は喜んで嫌われてやる。
最低でも三杯。最低でも三杯は飲ませてやる。
「待ちな。ラナ、錠剤と不味い液体のどっちなら飲めそうだい?」
でも、心を鬼にして追加のリンゴ酒を作りに行こうとした私をバンダナさんが止めた。
しかも勝手に錠剤を直で飲ませようとしている。そんなの胃に悪すぎる!
「じょ、錠剤よ。この不味いのザラザラしてて喉に引っ掛かるの。もう一滴も飲めないわ」
「だそうだよ。治したいなら変なもの作らずに、酒と錠剤だけ飲ませな」
「くぅぅぅ! わ、分かりました。錠剤持って来ます!」
前回と一緒でバンダナさんが私の料理人のプライドをまた粉々に砕いてきた。これだから素人は困る。
私の魔法の包丁を一手間使う事で、完成した料理に凄い力が宿っている(多分)のが分かってない。
まあ、だけど飲めない、飲みたくないと言うのなら仕方ない。
好きなだけ錠剤を飲めばいい。ラムネみたいにガリガリ砕いて食べればいい。
ガリガリ、ガリガリ……
「嗚呼、美味しい♪」
「なぐっ⁉︎」
くぅぅぅ! 錠剤のくせに!
二つの瓶に入った魔力消し薬と回復薬を渡すと、ラナさんが本当に美味しそうに食べ始めた。
まるで酒のおつまみだ。綺麗に洗ったコップに日本酒を注いで、錠剤と交互に口に流し込んでいく。
私が苦労して砕いて作った微塵切りリンゴ回復酒が可哀想すぎる。
「すぅー……すぅー……」
「まったく、これじゃあどっちが子供か親か分かんないねぇ」
飲み過ぎて寝ちゃったみたいだ。
薬瓶も酒瓶も空にすると、ラナさんはベッドに倒れ込んだ。
今はペトラに見守られた状態で、微かに寝息を立てている。
薬が効いたのか酒が効いたのか……とにかく私が出来る事はやり遂げた。
あとは結果だ。明日の朝までラナさんが生きていたら、効果があった証拠だ。
今夜が生死の分かれ目になる。もしもの時は冷凍庫に入れるしかない。
聖女が無理でも、死人を生き返らせる方法があるかもしれない。
死んだら終わりじゃない。死んでも続きがある。私はそれを知っている。
二回殺されて、生き返った私がいるんだから間違いない。
先に部屋に入ったバンダナさんに続いて、手に持ったコップの液体を溢さないように部屋に入った。
ベッドの上には上半身を起こして、背中を壁につけて座っているラナさんがいた。
「良かったね、お母さん!」
「ええ、そうねぇ……」
嬉しそうな声のペトラと対照的にラナさんの声は沈んでいる。
『あのドブ水(死んだ水)を飲まないといけないの⁉︎』とか思っているのかもしれない。
「不味いかもしれないですけど、良くなると信じて飲まないと効果はないですよ」
飲まないという選択肢は最初からない。ラナさんに近づくと、その手にコップを持たせた。
私もペトラの為に頑張ったんだから、今度はラナさんがペトラの為に頑張る番だ。
今日まで頑張ってきたんだから、このドブ水も絶対に乗り越えられる。
「信じるですか……これを飲めば本当に良くなるんでしょうか?」
「私はそう信じてます。ペトラも信じてます。バン……おばさんも信じてます。あとはラナさんが信じるだけです」
バンダナさんの名前が出てこなかった。
怪しい新興宗教の勧誘みたいな台詞だけど、余命一日ならもう信じるしかない。
「お母さん、お願い飲んで。私、お母さんが死ぬなんて嫌だよ。お母さんともっと一緒にいたいよぉ」
飲む決心が出来ないラナさんにペトラが寄り添うと、手を握って涙目になってお願いを始めた。
思わず『私が飲みます!』と言いそうになったけど、私が飲んでも意味がない。
「ペトラ……そうね。お母さんもペトラともっと一緒にいたいわ。ペトラがもっと大きくなって可愛くなって誰かを好きになって……その人と結婚して幸せになる日まで、お母さんも一緒にいたいわ。そんな夢が叶うなら何だってするわ」
空気を読んで『だったら飲みましょう!』と余計な事は言わない。
ペトラの説得のお陰で、ラナさんはきっと飲んでくれる。
ここは黙って静かに見守るのが正解だ。これは二人の人生なんだ。
部外者の私が出来るのはちょっとした手助けだけなんだ。
「うぅぅ、うぅっ……」
す、凄い……。見守っていると覚悟が出来たみたいだ。
ゴクゴクと喉を鳴らして、苦しそうな顔でラナさんが微塵切りリンゴ酒を飲み始めた。
私なら二口で吐き出しそうだけど、命がかかっているなら多分全部飲めると思う。
つまりは私にはまだまだ覚悟が足りないという事だ。
ラナさんが『もう飲みたくない!』と諦めても、無理矢理に口に流し込む覚悟が必要なんだ。
「ハァハァ、うぇっ……!」
今にも死にそうな顔だけど、空のコップが頑張った証拠だ。
そんな頑張ったラナさんに「具合はどうですか?」と尋ねた。
「き、気持ちが悪い……は、吐きそう……」
「吐くのは絶対駄目です。まだ足りないみたいなので、追加の薬を用意しますね」
「えぇっ……!」
覚悟だ、覚悟が必要なんだ。
それが嫌われる覚悟だとしても、私は喜んで嫌われてやる。
最低でも三杯。最低でも三杯は飲ませてやる。
「待ちな。ラナ、錠剤と不味い液体のどっちなら飲めそうだい?」
でも、心を鬼にして追加のリンゴ酒を作りに行こうとした私をバンダナさんが止めた。
しかも勝手に錠剤を直で飲ませようとしている。そんなの胃に悪すぎる!
「じょ、錠剤よ。この不味いのザラザラしてて喉に引っ掛かるの。もう一滴も飲めないわ」
「だそうだよ。治したいなら変なもの作らずに、酒と錠剤だけ飲ませな」
「くぅぅぅ! わ、分かりました。錠剤持って来ます!」
前回と一緒でバンダナさんが私の料理人のプライドをまた粉々に砕いてきた。これだから素人は困る。
私の魔法の包丁を一手間使う事で、完成した料理に凄い力が宿っている(多分)のが分かってない。
まあ、だけど飲めない、飲みたくないと言うのなら仕方ない。
好きなだけ錠剤を飲めばいい。ラムネみたいにガリガリ砕いて食べればいい。
ガリガリ、ガリガリ……
「嗚呼、美味しい♪」
「なぐっ⁉︎」
くぅぅぅ! 錠剤のくせに!
二つの瓶に入った魔力消し薬と回復薬を渡すと、ラナさんが本当に美味しそうに食べ始めた。
まるで酒のおつまみだ。綺麗に洗ったコップに日本酒を注いで、錠剤と交互に口に流し込んでいく。
私が苦労して砕いて作った微塵切りリンゴ回復酒が可哀想すぎる。
「すぅー……すぅー……」
「まったく、これじゃあどっちが子供か親か分かんないねぇ」
飲み過ぎて寝ちゃったみたいだ。
薬瓶も酒瓶も空にすると、ラナさんはベッドに倒れ込んだ。
今はペトラに見守られた状態で、微かに寝息を立てている。
薬が効いたのか酒が効いたのか……とにかく私が出来る事はやり遂げた。
あとは結果だ。明日の朝までラナさんが生きていたら、効果があった証拠だ。
今夜が生死の分かれ目になる。もしもの時は冷凍庫に入れるしかない。
聖女が無理でも、死人を生き返らせる方法があるかもしれない。
死んだら終わりじゃない。死んでも続きがある。私はそれを知っている。
二回殺されて、生き返った私がいるんだから間違いない。
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