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第十五話 異世界薪コンロの使い方

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「今日はこの辺でいいかな?」

 空の色が少し赤くなってきた。そろそろ夕方だ。ペトラの家に帰る時間だ。
 黒いソースっぽいのと塩と鍋は手に入れた。これで最低限の料理は作れる。
 味の保証は出来ないけど、人間が食べられる料理を作れる自信はある。
 
「うーん、ちょっと節約しないと」

 道を歩きながら財布の中の所持金チェックだ。
 まだ宿屋も決まってないのに、今日一日でお金を使いまくっている。
 必要だから仕方ないけど、エロ爺の雑貨屋で新しく黒餅鞄を購入した。
 臭い制服と薬草は布袋が一枚青銅貨三枚の格安で売っていたから、十枚買って、袋の中に詰め込んだ。
 これで臭い物専用鞄をたくさん買う必要がなくなったから、多少の節約は出来ている。

「んっ? 何だろう……」

 ペトラが住んでいる建物が見えてきた。
 その建物のペトラの家の前に、家の中を覗くように三人組が立っている。
 おじさん二人におばさん一人だ。質素な庶民っぽい服装だから借金取りには見えない。
 バンダナおばさんと同じで近所の人達だろうか?

「どうかしたんですか?」

 三人組に近づくと、野次馬を装って聞いてみた。
 もしかすると借金取りかもしれない。
 ペトラの関係者だとバレたら、財布ごと有り金全部奪われる。

「この家の奥さんの容態が急変したらしい。もう駄目かもしれんな」
「本当ですか⁉︎」
「あ、ああ、本当だよ。何だラナさんの知り合いか?」
「そんなぁ……」

 ブサ可愛い茶髪口髭のおじさんが教えてくれたけど、さっきまで寝ていたのに信じられない。
 まさか、こんなに早く悪くなるとは思わなかった。
 冒険者ギルドに来た時、ペトラが大慌てだったから長くはないと思っていたけど……

「ふぅー、駄目だね。ここまで良く頑張った方だよ」

 どうしたらいいのか分からないでいると、ペトラの家からバンダナおばさんが出てきた。
 ため息を吐いて、首を左右に振っている。完全にお手上げといった表情で三人組と話している。

「まったく、ペトラはこんな時に何処に行ったんだい? おや? あんた、さっきの……」

 バンダナおばさんが三人組に向かって、愚痴っていると、三人の後ろに隠れていた私に気付いてしまった。
 トイレは綺麗に使ったので、入った時と同じで綺麗な汚トイレのままですよ。

「ちょうどよかった。あんた、ペトラが何処に行ったのか知ってるかい? 子供には辛いだろうけど、親の死に目に会えないと後悔するからね」
「いえ、知らないです。すみません……」

 家で休んでいるように言ったのに、ペトラは外出したようだ。
 長い時間居ないのなら、トイレじゃないよね?

「別に期待してないよ。あんた達、ちょっとその辺探してきな。見るのは一人居れば充分だよ」
「分かったよ、ナヨンさん。俺はこっち探すから二人はあっちを頼む」
「ええ、分かったわ。私は医者と薬屋を聞いて回るとするわ」
「じゃあ、俺は外壁沿いに子供達に聞いてみるとするか」
「あんた達、頼んだよ。出来るだけ早く見つけて連れて来な」

 バンダナおばさんに頼まれて、三人組がバラバラに探しにいった。
 買い物か冒険者ギルドか雑貨屋か……
 私もいくつか心当たりはあるけど、今は大至急やる事がある。

「すみません、台所貸してくれませんか? 薬草料理をペトラのお母さんに食べさせたいんです。冒険者として、ペトラにお母さんを助けて欲しいと依頼されたんです」
「……好きにしな。そんなもんで治るなら誰も苦労しないよ。言っとくけど、ラナが食べるかどうかは私は知らないよ。時間の無駄にならないといいね」
「頑張ります!」

 バンダナの敵意が全開だけど、ペトラの隣の家の扉を親指で指してくれた。
 台所を貸してくれるみたいだ。これで料理が作れる。
 あとは私が凄い力を発揮して、美味しい料理を作って、ラナさんを治せば完璧だ。
 ペトラが帰ってくる頃には、お母さんの病気は完治して元気になっている。

(よし、やるぞ!)

 気合いを入れると歩き出した。作る料理は決めている。『お浸し』だ。
 水で薬草を綺麗に洗って、お湯で煮て、短剣で一口大に切って、塩を少々振りかけるだけだ。
 醤油、カツオ節、ゴマも欲しいけど、ペトラのお母さんの命がかかっている。
 不味いかもしれないけど、超手抜きの塩お浸しで我慢してもらう。

「あっ、ポンプ式なんだ……」

 家とトイレにはなかった水道探して建物の周りを歩いてみると、道路近くでたまに見かける、高さ六十センチほどの赤い消火栓のような金属の柱を見つけた。
 色は赤じゃなくて、錆びた茶色だけど、シーソーみたいな持ち手が付いてある。
 この持ち手を上下に動かせば、柱から突き出たパイプの拳大の穴から水が出て来ると思う。
 地面に水溜まりが出来ているから、多分間違いない。

「えいしょっ! えいしょっ!」

 考えるな! とりあえず動けだ。
 持ち手を両手で持って、ギィーコン、ギィーコン上下に動かしていく。
 五回も上下させると、パイプ穴から馬鹿みたいに水が噴き出してきた。
 ちょうど鍋があるから、鍋に薬草入れて洗えばいい。

 白鞄から薬草の入った布袋と鉄鍋を取り出した。
 鍋は両端に持ち手があって、直径三十五センチ、深さ十五センチぐらいある。
 結構大きな鍋だけど、持っている薬草全部は入らない。
 見た目が美味しそうな薬草だけを選んで、水の入った鍋の中で泥を洗い落としていく。
 綺麗な花と葉っぱを選んで並べれば、チラシ寿司のような色鮮やかなお浸しの完成だ。

「よし、綺麗になった。あとは茹でて、切るだけだ!」

 二キロぐらいの薬草を綺麗に洗い終えた。
 料理を並べるお皿は買ってないから、バンダナの家で借りるしかない。
 台所を貸してくれるなら、皿も箸もフォークも何でも貸してくれるはずだ。

「お邪魔しまーす……」

 水と薬草が入った鍋を持って、バンダナの家の扉を遠慮しつつ開けて覗いてみた。
 家の中には誰もいなかった。床には赤と茶色で編まれた絨毯が敷かれている。
 流石は綺麗好きおばさんだ。家の間取りはペトラの家と同じなのに家具が充実している。
 ガラス扉の食器棚の中には白い平皿、銀のフォーク、スプーン、ガラスコップが並んでいる。

 もちろん皿とフォークは借りるけど、今欲しいのは水を沸かせる火だ。
 部屋の中を見回すと、蛇口のない石造りの四角い窪みの中に小石がたくさん詰められていた。
 その山積みの小石の上に薄い切り株のような真っ黒なものが一枚置かれている。
 ジッとよく見ると、丸い黒焦げ薄切り株には魔法陣が描かれていた。
 どうやらこれがこの世界の薪(コンロ)みたいだ。
 だとしたらこの窪みは洗い場じゃなくて、竈門かまどなのかもしれない。

「う~ん、どうやって使うんだろう?」

 雑貨屋のエロ爺の言う通りなら、この魔法陣には魔法の力が宿っている。
 使い方は分からないけど、ガスコンロと同じなら薪の上に鍋を置けばいいと思う。
 あとはスイッチを押すか、魔法の呪文『ファイア』とか唱えれば、火がつくはずだ。

「……やっぱり呪文かな?」

 スイッチは探してみたけど見つからなかった。
 鍋置いて少しだけ待ったけど、何も起こらない。
 やっぱり魔法の呪文の出番みたいだ。

「『ファイア!』『燃えろ!』『メラメラ!』『俺の屍を越えていけ!』」

 呪文が分からないので、燃えそうな言葉を手当たり次第に言っていく。
 でも、火は付かない。でも、私のハートには火は付いた。絶対に燃やしてやる!
 あのバンダナでも使える魔法道具なら、特別な力がいるとは思えない。誰でも使えるはずだ。
 
「やっぱりこれかな?」

 鍋を退かして、焦げ薪を持ち上げて、裏表を調べてみた。
 表には魔法陣があるのに、裏には魔法陣がない。
 ここ以外に怪しいところはないから、スイッチは多分ここで間違いない。
『考えるな! とにかく押せ!』だ。
 小石の山に焦げ薪を置くと、魔法陣の中心を人差し指でダブルクリック(二回突き)した。

 パァッ——

「おおっ!」

 すると、魔法陣の黒色が燃えるような赤色に変わった。大正解だ。
 赤色がどんどん広がっていき、黒薪全体が熱した鉄のように変色していく。
 右手で軽く触ってみると「熱ッ!」と本当に熱いのも分かった。

「ふぅー、これで作れるぞ♪」

 ちょっと苦戦したけど、焦げ薪の上に置いた鍋の水が沸騰を始めた。
 一分も茹でれば充分だから、今のうちにまな板と皿の準備だ。
 あとは茹で薬草の水を絞って、短剣で切れば完成だ。
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