89 / 102
第二章・騎士団入団編
第86話 船内逃走と積荷部屋の袋のネズミ
しおりを挟む
「〝ファイアボール〟」
「オラァッ!」
ゼルドは炎剣を右から左に左腕を狙って振り払い、更に吹き矢の照準を頭から腹に下げた。
対して、俺は腹の真ん中から左脇腹目掛けて切り裂くだけだ。
「ぐうぅッ!」
「がぁッ、ぐあぁぁッ!」
お互いの攻撃が身体に直撃した。
俺の攻撃はゼルドの腹と脇腹に五本の切り傷を付けた。
ゼルドの炎の矢は腹の真ん中に突き刺さり、炎剣に丸盾は真っ二つにされ、左腕の前腕を切られた。
左腕の前腕の傷は長さ二十センチ、深さ二センチ程で、胸の傷もそこまで深くはない。
でも、俺の方が一撃多く喰らっている。これは許せない。
「うおおおおおッ‼︎」
雄叫びを上げて左腕の痛みを吹き飛ばすと、正面にゼルドを捉えて右手を振り上げた。
あとは力一杯振り下ろして、左肩から心臓までを切り裂くだけだ。
そして、容姿なく、それを実行した。
「ルラァッ‼︎」
「ハァッッ‼︎」
「くっ……⁉︎」
けれども、振り下ろした右爪は、目の前を通り過ぎていく炎剣によって、横から切断されていく。
ゼルドが身体を左に捻りながら、両手に持った炎剣を真横に無理矢理振り下ろしたからだ。
その結果、長さ三十五センチの爪が五センチ程に短くなって、ゼルドの右肩を浅く切り裂いた。
「ぐぅっっ!」
切断された右爪には痛みは感じない。
予想外の事態だけど、このチャンスを逃すつもりはない。
左爪を一気に伸ばして、隙だらけのゼルドの背中に向かって突き出した。
奇跡は二度起きない。このまま背骨を破壊させてもらう。
「チッ。しぶといんだよ!」
「ハァッ——タァッ!」
けれども、二度目の奇跡が起こってしまった。俺の左爪が空を突いた。
ゼルドが俺の直線上に左回りに高速反転して飛び退がって、左爪を回避した。
そして、回避と同時に左手に握った炎剣を、空中で後ろ向きに突き出した。
「ぐぅぅぅッッ、あゔゔッッ‼︎」
右肩に炎剣の剣先が突き刺さり、血と肉の焼ける匂いが発生する。
激痛から逃れる為に身体を急いで後ろに捻って、右肩から剣先を引き抜いた。
「ハァハァ、ハァハァ、くそぉ……!」
右腕も左腕も動かせない訳じゃないけど、馬鹿みたいに痛い。
それに爪を折られたのは初めてだ。一度、爪を引っ込めて、また伸ばしてみた。
鋭く尖った五本の爪は五センチ程しか伸びなかった。
平坦な切り口のままじゃないだけ、マシだと思うしかない。
「クッ、クククッ。まさか、ここまでやるとは思わなかった。5級の力は間違いなくある。だが4級と言うには、ここぞという時に倒そうと焦り過ぎている。だから、そこを狙われる」
「ハァハァ、まだ余裕がありそうだ」
甲板に落ちている吹き矢を拾わずに、ゼルドは船の前方に移動して、七メートル程の距離を取った。
左手にはしっかりと炎剣を握っている。腹と右肩の傷はそこまで深くはなさそうだ。
こっちは逆に黒丸盾を真っ二つにされて、右爪切断されて、防御力と攻撃力低下だ。
しかも、右肩、左腕前腕、腹部、足と重傷、軽傷と傷だらけの身体にされている。
この状態で今度は俺が奇跡を起こさないといけない。
まぁ、絶対に無理だと分かっている。
奇跡が起こらない事も、俺に奇跡を起こせる実力がない事も知っている。
逃げようにも海の上だ。走って逃げられるとしても見つかってしまう。
ゼルドが倒せないなら、この船と海賊船を道連れに沈没させた方がいい。
でも、おっぱいを揉んだだけで死にたくない。
(最高の結果はもう無理だ。最善の結果を求めるしかない)
ここから勝てると思うほど、馬鹿でも無謀でもない。
ゼルドを倒して、海賊船を奪う考えは捨てた方がいい。
俺一人なら海に飛び込んで、逃げられる可能性が少しはあるかもしれない。
少なくともエイミーは、女の子だからすぐに殺される心配はない。
船員の女の子も可愛かったら大丈夫だろう。
でも、他の男達の運命は絶望的だ。
「ふぅー……回復薬は持ってないのか?」
「ハァハァ、やば過ぎる」
距離を取って、回復薬をゆっくりと飲んでいたゼルドが聞いてきた。
回復薬と一緒に予備の吹き矢を取り出した癖によく言う。
絶対に飲ます気はない。
「安心しろ。持っていたとしても、結果は変わらない。お前は死ぬ」
休憩は終わったようだ。真っ直ぐに吹き矢を向けてきた。
一人で泳いで逃げるのも無理そうだ。逃げる背中を狙い撃ちされそうだ。
(やっぱり最善の手は全員道連れにするしかない)
どんなに馬鹿みたいな方法でも、それが残された方法の中で一番良いなら実行するしかない。
海賊達の目当ては積荷と女の子だけだ。悪いけど、全員犠牲になってもらう。
「正義の味方になれなくて残念だったな」
「まったく、その通りだよ!」
覚悟を決めると、甲板の穴に向かって走り出した。
炎の矢がすぐに飛んで来た。
目指す場所は船内だ。
船内なら派手に暴れる事は出来ないし、暴れてくれれば、船が沈没しやすくなる。
相手が3級なら、下手な小細工も直球の作戦も通用しない。
海賊船を沈没させようとしても、阻止されるだけだ。
だったらやる事は一つだ。船内で戦うしかない。
それなら、戦闘継続、船の破壊、逃亡……と複数の狙いを思わせる事が出来る。
本当の狙いを気づかれにくくする事が出来るはずだ。
「うおおおおおお! あっ⁉︎」
一段ずつ上品に階段を下りるつもりはない。
五段飛ばし、六段飛ばしは当たり前だ。でも、途中で足を滑らせた。
その結果、派手に船内の廊下に転げ落ちてしまった。
「ぐぅがああ! くぅぅぅ!」
だが、痛がっている暇はない。エイミーの部屋に急がないといけない。
狭い廊下を走りながら、アイテムポーチから銀色の鍵を取り出した。
(絶対に死にたくない。絶対に逃げてやる)
部屋の扉を開けると急いで閉めた。
死ぬ前におっぱい揉みたいとか、くだらない理由で来ない。
アイテムポーチから回復薬を取り出して、一気飲みすると作業開始だ。
「ラァッ! シャッッ!」
寝ているエイミーは無視だ。
床にしゃがみ込んで、床板に右拳を振り落として打ち抜いた。
そして、床板を力で引き剥がしていく。まずは人が通れる大きさの穴を開ける。
「チッ。無駄に頑丈に作りやがって」
引き剥がした床板の四十センチほど下に、別の床板が現れた。
階段を素直に下りた方が早いけど、出入り口は二ヶ所あっても困らない。
それに床下に四十センチの隙間があれば、エイミーぐらいは隠せる。
「回復の時間稼ぎのつもりか? 早く出て来い。船に火を付ける。女と一緒に死にたいのか?」
作業の途中なのに、もう邪魔者が船内まで追って来たようだ。
火を付けると脅しているけど、本気で付けるとは思えない。
やるなら、積荷と女を運び出した後だ。
「二人っきりになりたいんだよ! 近づいたら女を殺して、俺も死ぬ!」
「そうか。一緒にいるんだな」
「くっ……!」
何という巧妙な罠なんだろう。足音がこっちに近づいて来ている。
早く床板を打ち抜いて、エイミーを積荷部屋に運ばないといけない。
「オラッ、ヤァッ!」
床下の床下を打ち抜いて、床板を引き剥がしていく。壊すよりも引き剥がす方が早い。
これで更に床下が現れたら最悪だ。でも、心配する必要はなかった。
床下の床下は布袋、木箱、木樽が置かれた積荷部屋だった。
(よし、大丈夫そうだ)
縦横五十センチもあれば、二人ぐらいは通れる。完成した穴にベッドのエイミーを運んだ。
ちょっと乱暴だけど、エイミーを立たせると、正面から抱き合うように抱き締めた。
時間が無いから一緒に下に飛び下りるしかない。
「ぐぅッッ! い、痛い!」
着地の衝撃で両足の穴から血が飛び出しそうだ。
我慢できずに尻餅を付いてしまった。
「くぅぅぅ~~!」
だけど、休んでいる暇はない。俺達はこの船と一緒に心中しないといけない。
エイミーを天井の穴から遠くに移動させると、木樽の間に隠した。
あとはデタラメに壁や床に穴を開けて、海水が入るようにするだけだ。
「もう逃げられない。海水で積荷を駄目にするつもりか?」
「くっ……ああ、そうだ。ついでに道連れにしてやる!」
これから二重の壁や床を破壊しないといけないのに、階段から普通にゼルドが下りてきた。
せっかく床板に穴を開けたんだから、そこから飛び下りて来るべきだ。
「子供が考えるような嫌がらせだ。濡れる前に回収すれば問題ない。無駄な頑張りだ」
まだ壁に一穴開けただけなのに、炎剣を持ったゼルドが積荷部屋の床に足を付けた。
しかも、壁や天井は床下と同じ二重構造だ。
腕全部を壁に埋まるぐらいに、思いっきり拳を打ち込まないと、一撃で海水を入れられない。
(全然時間が足りない。戦いながら破壊するしかない)
それが簡単に出来れば苦労しないけど、やらなければ助からないからやるしかない。
左右の手に白い手袋を嵌めるように、爪はほとんど伸ばさずに爪牙を纏った。
「部下の前で恥をかかないように、せっかく見逃してやったのに死にたいようだな。早く甲板に戻れ。俺の本気を見たいのか?」
「それは無理だ。中級冒険者は魔物と同じだ。殺せば強くなれる。特に魔法持ちを殺せばな」
両手を前に構えて、近づいたら殺す雰囲気を全身から出す。
それなのに、ゼルドは剣先を向けて普通に近づいて来る。
「フンッ。つまり俺の餌になりに来た訳か。これ以上、俺を強くしてどうする? 早く甲板に戻れ。あの黒い丸盾は百六十万ギルする。あれで我慢しろ」
「もう逃げ道はない。諦めろ」
「うぐっ……」
これだけ言っているんだから、素直に丸盾貰って見逃してくれてもいいはずだ。
積荷も女も俺の命も欲しいなんて欲張り過ぎだ。
「ち、ちくしょう! オラッ!」
そんなに欲しいならくれてやる。
床に置かれている四角い木箱を両手で持ち上げると、ゼルドに投げつけた。
「っ……! やめろ。痛め付けてから殺すぞ」
壊れた木箱から床に散らばった服を見て、ゼルドは明らかに不機嫌そうな顔をした。
余裕そうな顔じゃなくて、俺はそういう顔が見たかった。
♢
「オラァッ!」
ゼルドは炎剣を右から左に左腕を狙って振り払い、更に吹き矢の照準を頭から腹に下げた。
対して、俺は腹の真ん中から左脇腹目掛けて切り裂くだけだ。
「ぐうぅッ!」
「がぁッ、ぐあぁぁッ!」
お互いの攻撃が身体に直撃した。
俺の攻撃はゼルドの腹と脇腹に五本の切り傷を付けた。
ゼルドの炎の矢は腹の真ん中に突き刺さり、炎剣に丸盾は真っ二つにされ、左腕の前腕を切られた。
左腕の前腕の傷は長さ二十センチ、深さ二センチ程で、胸の傷もそこまで深くはない。
でも、俺の方が一撃多く喰らっている。これは許せない。
「うおおおおおッ‼︎」
雄叫びを上げて左腕の痛みを吹き飛ばすと、正面にゼルドを捉えて右手を振り上げた。
あとは力一杯振り下ろして、左肩から心臓までを切り裂くだけだ。
そして、容姿なく、それを実行した。
「ルラァッ‼︎」
「ハァッッ‼︎」
「くっ……⁉︎」
けれども、振り下ろした右爪は、目の前を通り過ぎていく炎剣によって、横から切断されていく。
ゼルドが身体を左に捻りながら、両手に持った炎剣を真横に無理矢理振り下ろしたからだ。
その結果、長さ三十五センチの爪が五センチ程に短くなって、ゼルドの右肩を浅く切り裂いた。
「ぐぅっっ!」
切断された右爪には痛みは感じない。
予想外の事態だけど、このチャンスを逃すつもりはない。
左爪を一気に伸ばして、隙だらけのゼルドの背中に向かって突き出した。
奇跡は二度起きない。このまま背骨を破壊させてもらう。
「チッ。しぶといんだよ!」
「ハァッ——タァッ!」
けれども、二度目の奇跡が起こってしまった。俺の左爪が空を突いた。
ゼルドが俺の直線上に左回りに高速反転して飛び退がって、左爪を回避した。
そして、回避と同時に左手に握った炎剣を、空中で後ろ向きに突き出した。
「ぐぅぅぅッッ、あゔゔッッ‼︎」
右肩に炎剣の剣先が突き刺さり、血と肉の焼ける匂いが発生する。
激痛から逃れる為に身体を急いで後ろに捻って、右肩から剣先を引き抜いた。
「ハァハァ、ハァハァ、くそぉ……!」
右腕も左腕も動かせない訳じゃないけど、馬鹿みたいに痛い。
それに爪を折られたのは初めてだ。一度、爪を引っ込めて、また伸ばしてみた。
鋭く尖った五本の爪は五センチ程しか伸びなかった。
平坦な切り口のままじゃないだけ、マシだと思うしかない。
「クッ、クククッ。まさか、ここまでやるとは思わなかった。5級の力は間違いなくある。だが4級と言うには、ここぞという時に倒そうと焦り過ぎている。だから、そこを狙われる」
「ハァハァ、まだ余裕がありそうだ」
甲板に落ちている吹き矢を拾わずに、ゼルドは船の前方に移動して、七メートル程の距離を取った。
左手にはしっかりと炎剣を握っている。腹と右肩の傷はそこまで深くはなさそうだ。
こっちは逆に黒丸盾を真っ二つにされて、右爪切断されて、防御力と攻撃力低下だ。
しかも、右肩、左腕前腕、腹部、足と重傷、軽傷と傷だらけの身体にされている。
この状態で今度は俺が奇跡を起こさないといけない。
まぁ、絶対に無理だと分かっている。
奇跡が起こらない事も、俺に奇跡を起こせる実力がない事も知っている。
逃げようにも海の上だ。走って逃げられるとしても見つかってしまう。
ゼルドが倒せないなら、この船と海賊船を道連れに沈没させた方がいい。
でも、おっぱいを揉んだだけで死にたくない。
(最高の結果はもう無理だ。最善の結果を求めるしかない)
ここから勝てると思うほど、馬鹿でも無謀でもない。
ゼルドを倒して、海賊船を奪う考えは捨てた方がいい。
俺一人なら海に飛び込んで、逃げられる可能性が少しはあるかもしれない。
少なくともエイミーは、女の子だからすぐに殺される心配はない。
船員の女の子も可愛かったら大丈夫だろう。
でも、他の男達の運命は絶望的だ。
「ふぅー……回復薬は持ってないのか?」
「ハァハァ、やば過ぎる」
距離を取って、回復薬をゆっくりと飲んでいたゼルドが聞いてきた。
回復薬と一緒に予備の吹き矢を取り出した癖によく言う。
絶対に飲ます気はない。
「安心しろ。持っていたとしても、結果は変わらない。お前は死ぬ」
休憩は終わったようだ。真っ直ぐに吹き矢を向けてきた。
一人で泳いで逃げるのも無理そうだ。逃げる背中を狙い撃ちされそうだ。
(やっぱり最善の手は全員道連れにするしかない)
どんなに馬鹿みたいな方法でも、それが残された方法の中で一番良いなら実行するしかない。
海賊達の目当ては積荷と女の子だけだ。悪いけど、全員犠牲になってもらう。
「正義の味方になれなくて残念だったな」
「まったく、その通りだよ!」
覚悟を決めると、甲板の穴に向かって走り出した。
炎の矢がすぐに飛んで来た。
目指す場所は船内だ。
船内なら派手に暴れる事は出来ないし、暴れてくれれば、船が沈没しやすくなる。
相手が3級なら、下手な小細工も直球の作戦も通用しない。
海賊船を沈没させようとしても、阻止されるだけだ。
だったらやる事は一つだ。船内で戦うしかない。
それなら、戦闘継続、船の破壊、逃亡……と複数の狙いを思わせる事が出来る。
本当の狙いを気づかれにくくする事が出来るはずだ。
「うおおおおおお! あっ⁉︎」
一段ずつ上品に階段を下りるつもりはない。
五段飛ばし、六段飛ばしは当たり前だ。でも、途中で足を滑らせた。
その結果、派手に船内の廊下に転げ落ちてしまった。
「ぐぅがああ! くぅぅぅ!」
だが、痛がっている暇はない。エイミーの部屋に急がないといけない。
狭い廊下を走りながら、アイテムポーチから銀色の鍵を取り出した。
(絶対に死にたくない。絶対に逃げてやる)
部屋の扉を開けると急いで閉めた。
死ぬ前におっぱい揉みたいとか、くだらない理由で来ない。
アイテムポーチから回復薬を取り出して、一気飲みすると作業開始だ。
「ラァッ! シャッッ!」
寝ているエイミーは無視だ。
床にしゃがみ込んで、床板に右拳を振り落として打ち抜いた。
そして、床板を力で引き剥がしていく。まずは人が通れる大きさの穴を開ける。
「チッ。無駄に頑丈に作りやがって」
引き剥がした床板の四十センチほど下に、別の床板が現れた。
階段を素直に下りた方が早いけど、出入り口は二ヶ所あっても困らない。
それに床下に四十センチの隙間があれば、エイミーぐらいは隠せる。
「回復の時間稼ぎのつもりか? 早く出て来い。船に火を付ける。女と一緒に死にたいのか?」
作業の途中なのに、もう邪魔者が船内まで追って来たようだ。
火を付けると脅しているけど、本気で付けるとは思えない。
やるなら、積荷と女を運び出した後だ。
「二人っきりになりたいんだよ! 近づいたら女を殺して、俺も死ぬ!」
「そうか。一緒にいるんだな」
「くっ……!」
何という巧妙な罠なんだろう。足音がこっちに近づいて来ている。
早く床板を打ち抜いて、エイミーを積荷部屋に運ばないといけない。
「オラッ、ヤァッ!」
床下の床下を打ち抜いて、床板を引き剥がしていく。壊すよりも引き剥がす方が早い。
これで更に床下が現れたら最悪だ。でも、心配する必要はなかった。
床下の床下は布袋、木箱、木樽が置かれた積荷部屋だった。
(よし、大丈夫そうだ)
縦横五十センチもあれば、二人ぐらいは通れる。完成した穴にベッドのエイミーを運んだ。
ちょっと乱暴だけど、エイミーを立たせると、正面から抱き合うように抱き締めた。
時間が無いから一緒に下に飛び下りるしかない。
「ぐぅッッ! い、痛い!」
着地の衝撃で両足の穴から血が飛び出しそうだ。
我慢できずに尻餅を付いてしまった。
「くぅぅぅ~~!」
だけど、休んでいる暇はない。俺達はこの船と一緒に心中しないといけない。
エイミーを天井の穴から遠くに移動させると、木樽の間に隠した。
あとはデタラメに壁や床に穴を開けて、海水が入るようにするだけだ。
「もう逃げられない。海水で積荷を駄目にするつもりか?」
「くっ……ああ、そうだ。ついでに道連れにしてやる!」
これから二重の壁や床を破壊しないといけないのに、階段から普通にゼルドが下りてきた。
せっかく床板に穴を開けたんだから、そこから飛び下りて来るべきだ。
「子供が考えるような嫌がらせだ。濡れる前に回収すれば問題ない。無駄な頑張りだ」
まだ壁に一穴開けただけなのに、炎剣を持ったゼルドが積荷部屋の床に足を付けた。
しかも、壁や天井は床下と同じ二重構造だ。
腕全部を壁に埋まるぐらいに、思いっきり拳を打ち込まないと、一撃で海水を入れられない。
(全然時間が足りない。戦いながら破壊するしかない)
それが簡単に出来れば苦労しないけど、やらなければ助からないからやるしかない。
左右の手に白い手袋を嵌めるように、爪はほとんど伸ばさずに爪牙を纏った。
「部下の前で恥をかかないように、せっかく見逃してやったのに死にたいようだな。早く甲板に戻れ。俺の本気を見たいのか?」
「それは無理だ。中級冒険者は魔物と同じだ。殺せば強くなれる。特に魔法持ちを殺せばな」
両手を前に構えて、近づいたら殺す雰囲気を全身から出す。
それなのに、ゼルドは剣先を向けて普通に近づいて来る。
「フンッ。つまり俺の餌になりに来た訳か。これ以上、俺を強くしてどうする? 早く甲板に戻れ。あの黒い丸盾は百六十万ギルする。あれで我慢しろ」
「もう逃げ道はない。諦めろ」
「うぐっ……」
これだけ言っているんだから、素直に丸盾貰って見逃してくれてもいいはずだ。
積荷も女も俺の命も欲しいなんて欲張り過ぎだ。
「ち、ちくしょう! オラッ!」
そんなに欲しいならくれてやる。
床に置かれている四角い木箱を両手で持ち上げると、ゼルドに投げつけた。
「っ……! やめろ。痛め付けてから殺すぞ」
壊れた木箱から床に散らばった服を見て、ゼルドは明らかに不機嫌そうな顔をした。
余裕そうな顔じゃなくて、俺はそういう顔が見たかった。
♢
0
お気に入りに追加
166
あなたにおすすめの小説
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
モブで可哀相? いえ、幸せです!
みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。
“あんたはモブで可哀相”。
お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。
そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。
【カクヨムにも投稿してます】
何故、わたくしだけが貴方の事を特別視していると思われるのですか?
ラララキヲ
ファンタジー
王家主催の夜会で婚約者以外の令嬢をエスコートした侯爵令息は、突然自分の婚約者である伯爵令嬢に婚約破棄を宣言した。
それを受けて婚約者の伯爵令嬢は自分の婚約者に聞き返す。
「返事……ですか?わたくしは何を言えばいいのでしょうか?」
侯爵令息の胸に抱かれる子爵令嬢も一緒になって婚約破棄を告げられた令嬢を責め立てる。しかし伯爵令嬢は首を傾げて問返す。
「何故わたくしが嫉妬すると思われるのですか?」
※この世界の貴族は『完全なピラミッド型』だと思って下さい……
◇テンプレ婚約破棄モノ。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げています。
【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。
帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。
しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。
自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。
※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。
※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。
〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜
・クリス(男・エルフ・570歳)
チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが……
・アキラ(男・人間・29歳)
杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が……
・ジャック(男・人間・34歳)
怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが……
・ランラン(女・人間・25歳)
優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は……
・シエナ(女・人間・28歳)
絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……
ユニークスキルの名前が禍々しいという理由で国外追放になった侯爵家の嫡男は世界を破壊して創り直します
かにくくり
ファンタジー
エバートン侯爵家の嫡男として生まれたルシフェルトは王国の守護神から【破壊の後の創造】という禍々しい名前のスキルを授かったという理由で王国から危険視され国外追放を言い渡されてしまう。
追放された先は王国と魔界との境にある魔獣の谷。
恐ろしい魔獣が闊歩するこの地に足を踏み入れて無事に帰った者はおらず、事実上の危険分子の排除であった。
それでもルシフェルトはスキル【破壊の後の創造】を駆使して生き延び、その過程で救った魔族の親子に誘われて小さな集落で暮らす事になる。
やがて彼の持つ力に気付いた魔王やエルフ、そして王国の思惑が複雑に絡み大戦乱へと発展していく。
鬱陶しいのでみんなぶっ壊して創り直してやります。
※小説家になろうにも投稿しています。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる