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第一章・風竜編

第65話 戦いから逃げた先にあるもの

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「ガアアアアッ!」

 風竜は前に向かって飛び跳ねると、次に身体を素早く半回転させて、尻尾を広範囲に振り回してきた。
 ボッーと立っていたら、そのまま胸に直撃して吹き飛ばされる。
 急いで地面にうつ伏せに倒れ込んで、身体の上を尻尾を通過させた。

「うわぁー! ハァハァ、危ねぇな」

 次の攻撃が来る前に急いで立ち上がると、風竜に向かって突撃した。
 こんな事なら、傷口に持っている回復薬を全部突っ込んだ方が良かったかもしれない。
 まだ、そっちの方が風竜が正気に戻って、助かる可能性がありそうだ。

「セィッ! ヤァッ!」
「グゥギャアア!」

 風竜の身体に開いている傷口に、両腕の爪を突き刺し、左右に一気に切り裂いた。
 開いている傷口を上下左右に切り裂ければ、流石に平気でいられないはずだ。

「シャッ、シャッ、シャッ!」
「おっと! ハァッ!」

 風竜は左右の前足のヒレを連続で振り回しながら、俺に向かって前進してきた。
 後ろに大きく飛んで一撃目を回避して、次の二撃目は右に飛んで回避した。

「ん? どこ、狙ってるんだ?」

 でも、三撃目、四撃目は俺が立っていない場所に前足を振り回している。
 風竜は前進しながら、デタラメに前足を振り回しているだけのようにしか見えない。

(もしかすると、俺がどこにいるのか分かってないんじゃないのか?)

 数分間失明すると言っていたけど、数十分ぐらいは効果がありそうだ。
 本当に俺の位置が分からないならチャンスだけど、分からない振りなら迂闊に攻撃するのは危険だ。
 でも、それをゆっくりと考えている時間はない。罠だろうと何だろうとやるしかない。

「すぅー、はぁー……冷静に落ち着いて勝てる方法を見つけないと」

 深呼吸して気持ちを落ち着かせていく。
 こういう時こそ、日頃の稽古で学んだ事を活かさないといけない。
 このまま無理に傷口に突撃を続けても、致命傷を与えるのは難しい。
 致命傷を与える前に攻撃を喰らって、そのまま立ち上がれずに終わると思う。
 勝ちたい気持ちだけじゃ勝てない。

(今のうちにお父さんか、クラトスを探した方がいい。生きているか確認したいし、失明が治ったら、勝つのは無理だ)

 頑張れば勝てる、は魔法の言葉だ。
 三人で勝てない相手に一人で勝てるはずがない。
 バラバラ死体でもいいから、まずは二人を探す事にしよう。
 極大ブレスが爆発した場所の周囲を探せば、何か見つかるはずだ。

「今のうちに、せいぜい休憩するんだな」

 俺に背中を向けている風竜に小声で言ってから走り出した。
 まずは地面が大きく凹んでいる場所の左側を探す。
 右側は這って逃げた時に何も気づかなかったから、多分、右側にはいないはずだ。

「お父さん……クラトス……生きてたら返事してください」

 爆発地点に到着すると、俺が這った跡が地面に残っていたから、その反対方向に進んだ。
 出来るだけ小さな声で二人に呼びかける。当然、死んでいたら返事は出来ない。

 その前に森の草は足首程度の高さなので、隠れる場所は樹木の陰か上しかない。
 探せば簡単に見つかると思っていたのに見つからない。
 探す場所が悪いのか、もっと爆発地点から離れているのかもしれない。

 でも、それだと自力で動いて戦闘から離れた事になる。
 それも戦っている俺を放置して黙って逃げたような感じだ。

(くっ……俺も逃げたいよ!)

 爆発地点の左側を探し始めて、約二分。急いで木の陰に身を隠した。
 失明が治ったのか、風竜は爆発地点に戻って来ると、森の樹木を避けながら、何かを探している。

「グゥルルルル……ガァフゥー」

 多分、死体か生存者を探している。
 三人の死体を見つけるまでは、探すのを諦めないと思う。

「……ルディ……こっちだ」
「ん?」

 風竜の動きを警戒しながら、樹木を移動していると、弱々しい声が聞こえてきた。
 気の所為か、幻聴かと思ったけど、また聞こえてきた。

「左だ……左だ」
「んっ~?」

 左だと聞こえたので、左側全体を念入りに見回していく。
 木の陰や上には何も見えない。でも、草の地面に人の腕だけが動いているのが見えた。

「ひゃぁ⁉︎」

 一瞬、悪霊か幽霊かと思ったけど、そんなものは存在しない。
 動く腕に向かっていくと、草色の大きな毛布を被ったお父さんが寝転んでいた。

「何やってるんですか⁉︎ 死んだと思ったんですよ!」

 しゃがみ込んでお父さんに小声で怒っていく。
 戦闘中に眠くなったのか、遊びたくなったのか知らないけど、今じゃないでしょう。

「まずは中に入れ。匂いで奴に気づかれたくない」
「うっ……」

 うつ伏せに寝ているお父さんが毛布を持ち上げて、中に入れと誘ってきた。
 毛布の裏側はゴツゴツした灰色の岩っぽい。
 多分、草用と岩用として、魔物から隠れる為に使うアイテムだと思う。
 コソコソ隠れるなんて見っともないと思いながらも、毛布の中に嫌々入った。
 お父さんのこんな情け無い姿は見たくなかった。

「ルディ、もう俺は戦えない。風竜の爆発で両足の骨が折れてしまった」

 お父さんは足の方を指差して言ってきた。
 両足の脛の左右に木の添え木を当てて、包帯でグルグル巻きに固定している。
 男の荒っぽい治療方法だ。

「今は回復薬を飲んで、両足にヘイストをかけている。通常よりは早く回復するが、それでも一週間ぐらいはかかってしまう」
「そうですか……じゃあ、逃げるしかないですね」

 救助という立派な逃げる理由が出来た瞬間、ホッと安心してしまった。
 それに街に戻って、別の凄腕テイマーを連れて来ればいいと思う。
 俺達は十分にマイクを助ける為の情報を集めたから、逃げ帰ったとしても恥ではない。
 
「いや、続行しよう」
「えっ、でも……その身体じゃ無理です」

 どう考えても、ヘイストで高速で這って進んでも、風竜と戦うには遅すぎる。
 この毛布で草に擬態して戦うつもりなら、踏ん付けられる前にやめた方がいい。
 やれるだけの事はやった。もう俺達に出来る事はない。

「グズグズしていたら、せっかく与えたダメージが無駄になってしまう。竜種は回復力に優れた魔物だ。それをスロウで回復速度を抑えていた。ここで帰ったら、その全てが無駄になる」

 俺の心配は気にせずに、お父さんはやる気があるようだ。
 ここまで頑張ったんだから、もうちょっと頑張ろうと言ってくる。
 そんな根性で倒せるなら、俺がとっくに倒している。

「無理ですよ。クラトスの暗黒魔法の効果は切れてます。二人で行っても殺されるだけです」
「それなら大丈夫だ。クラトスならそこに居る」
「えっ、どこに……?」

 やめようと説得しているのに、お父さんは立っている木の一本を指差した。
 言われて、ジッーと木を見るけど、上にも下にも裏にも誰もいない。

 でも、よく見ればおかしな所があった。
 地面から百五十センチぐらいまでは色が少し濃いのに、そこから上は色が薄くなっている。
 他の木は下から上まで、そこまで違和感がない色をしている。

「もしかして、木の濃い部分に——」
「準備は出来たようだな」
「あっ……」

 お父さんに正解か聞こうとしたけど、正解だったようだ。
 長方形の茶色い布が木から剥がれて地面に落ちた。
 そこから、薄紫色の髪をした眼鏡の男が現れた。

「さっきの範囲攻撃は危なかったが、奴の胴体から五メートル以内が対象のようだ。尻尾近くの樹木には被害が少なかった。攻撃の予兆を感じたら、急いで離れれば問題ない」

 クラトスは布を素早く巻くと、左腰の茶色いアイテムポーチに仕舞ってやって来た。
 俺とお父さんと違って、クラトスはあの攻撃を喰らわなかったようだ。
 冷静に範囲攻撃への対処法を話しているけど、その攻撃で二人が重傷にされたのを分かってない。

「本気でまだ戦うつもり何ですか? 死ぬかもしれないんですよ」
「当たり前だ。いずれ誰かが倒すんだ。それが俺達だと言うだけだ」

 俺の質問にハッキリとクラトスは戦うと答えた。
 俺も負傷する前なら、やろうとハッキリと答えられたと思う。
 でも、さっき死を実感したばかりだ。とてもすぐに戦おうという気持ちになれない。

「二人とも悪いな。俺は戦えそうにない。風竜を瀕死状態にしてくれたら、その時はテイマーとして役に立たせてもらう」

 申し訳なさそうにお父さんが戦えないと謝ってきた。
 どう見ても戦える身体じゃないのは分かっていた。これで戦えるのは二人になった。
 俺達二人が敗れたら、お父さんを街まで運ぶ人がいなくなる。
 二人は戦う勇気がまだあるようだけど、俺には愚か者にしか見えない。

「気にする必要はない。お前は魔法を使うだけでいい。奴にトドメを刺す作戦は既に考えている。毒薬、睡眠薬、痺れ薬だ。奴の身体の中に全部ブチ込めば、死ぬか大人しくなる。これをお前にやってもらう」
「えっー、俺がですか?」

 クラトスは右腰の白いアイテムポーチから、茶色い壺を次々と取り出していく。
 手の平大の小さな壺は高さ十三センチ程で、蓋だけが紫色、青色、黄色と分かれている。
 それぞれ三個ずつあり、全部で九個ある。
 その壺を風竜の身体の中に、俺が全部詰め込んで来ないといけないらしい。
 
「何だ、やる気が無さそうだな? 死にそうになって、ビビっているのか?」
「まぁ……そうですね」
 
 俺のやる気のない態度を見て、クラトスは馬鹿にするように聞いてきた。
 正直言って、戦闘中は『死んでたまるか!』という興奮状態だった。
 でも今は『死にたくない!』という冷静な状態になっている。
 
「フン。だったら逃げればいい。言っておくが、出来るだけ遠くに逃げるんだな。アイツが生きていれば、街は襲われる。それに逃げて逃げて逃げた先には何も残っていないぞ。逃げるたびに人は何かを捨てるんだからな」

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