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第一章・風竜編

第63話 危険な方法と暗黒魔法の使い手

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「ルディ、こっちに来い! ヘイストで奴を引き離す!」
「はい!」

 森に入って走っているとすぐに、左斜め前方を走るお父さんが大声で呼びかけてきた。
 走る速度を落としているお父さんに向かって、一直線に走って素早く合流した。

「まずは無事で良かった。だが、あれを何とかしないとマズイ事になる」
「それは分かっています。でも、あれはマイクなんです。人間に戻せる可能性があるんです」

 お父さんは俺の無事を喜んだ後に、すぐにヘイストをかけてくた。
 そのお陰で走りながら話せる余裕が出来た。
 二人で後ろを振り返って、追い掛けて来る風竜をどうするか話し合える。
 殺すか、助けるか、その二択しか選べないし、これ以外の方法はない。

「助けたい気持ちは分かるが、どうやって人間に戻す? あれを閉じ込められる頑丈な檻は、簡単には用意できないぞ。助ける方法がないのなら殺すしかない」

 お父さんは隣を走りながら聞いてくるけど、すぐに実行できる助ける方法はない。
 何も答える事が出来ずに黙っていると、お父さんは更に続けて言ってきた。

「一人を助ける為に、街の住民や騎士団の兵士を犠牲には出来ない。助ける方法がないなら、誰かを殺す前に楽に殺してやるんだ。友達を人殺しの化け物にするな」
「うっ……」

 正論を言われたら何も言い返せない。
 正しい事を間違っていると言える訳ない。

「こっちだ、ウォーカー! 急いでヘイストを掛け直せ!」

 マイクを殺すか助けるか決められずにいると、木の陰から飛び出すようにクラトスが現れた。
 魔法の効果は時間制限があるので、ヘイストの効果が切れて、隠れていたようだ。

「ああ、分かっている。それよりも増援はまだなのか?」
「いきなり助けてくれと言われても無理に決まっている。諦めろ」
「そうだな……ルディ、この人はクラトスだ」
「あぁ、はい」

 二人とも何だか親しそうな感じがする。
 それに薄紫色の髪も、エイミーとエイミーのお母さんと一緒だ。
 もしかすると親戚なのかもしれない。

「自己紹介ならさっきした。あの緑色の竜は何だ? こっちは上からの命令で、理由も聞かされずに急いで出動したんだ。少しは説明しろ」

 クラトスはほとんど事情を知らないみたいだ。
 たまたま直ぐに出動できるのが、この人しか居なかったのかもしれない。

「それなら、俺が説明します。あの竜はマイクという人間が薬で魔物にされた姿です。騎士団に保管されている薬が沢山あれば、人間に戻せるかもしれません」
「本当か? そんな薬があるなんて聞いた事がないぞ」
「ルディ、可能性でものを言うのはやめるんだ。お前と違って、あの竜に理性が残っているとは思えない。薬で人間に戻ったら、それこそ手に負えない化け物になるんだぞ」

 クラトスに状況を話していたら、お父さんが危険性を注意してきた。
 確かに人間に戻った時に、俺の力は数十倍にアップしていた。
 正気じゃない状態で人間に戻したら、もう誰も止める事が出来なくなる。

 でも、考え方を変えれば、正気に戻す事が出来れば助けられるという事だ。
 
「じゃあ、意識が戻れば大人しくなるんじゃないですか? 回復薬を飲ませれば正気に戻るかも!」
「なるほどな。確かに有効な手かもしれない。しかし、意識がないという事は、薬物漬けや洗脳状態だという事だ。その場合は時間がかかってしまう」
「確かに魔物になる前のマイクは意識が朦朧としていました」
「だとしたら錯乱状態に近いのかもしれないな。その場合は時間を経てば、落ち着く可能性もある」

 助けられる方法が見つかりそうだったので、お父さんと二人で真剣に話していた。
 すると突然、クラトスが怒ってきた。

「おい、俺は状況を説明しろと言ったんだ! 二人で訳の分からない話をするな!」
「すみません……」

 確かに全然状況説明ではなかった。

「チッ……とりあえず、あの竜が元人間で元に戻る方法があるのは分かった。だったら、助ければいい」
「はい?」

 本当に話を聞いていたのかと疑いたくなる言葉だった。
 確かにその通りだけど、それが難しいから悩んでいる。

「ここには助けたい人間しかいないんじゃないのか? だったら、やる事は決まっている。助ける方法があるなら全部試せ。無ければ探せばいい。単純な話だ」
「あぁー……そうですね」

 言われた通り単純な話だった。俺もお父さんも助けたいと思っている。
 やりたい事が明確に分かっているなら、やれる事を全てやってから悩むべきだ。
 こうやって逃げ回っているだけじゃ、絶対に助けられない。
 助けられる行動を何一つしてないのに、殺そうと諦めるのは早すぎる。

「フッ。確かにその通りだ。ルディ、回復薬は外傷には効果があるが、精神面には効果が薄い。やはり治療するには長期戦になってしまう。別の助ける方法を試すぞ」
「別の方法? どんな方法を試すんですか?」

 殺すしかないと言っていたお父さんが、軽く笑って助けると言い出した。
 俺が考えた助ける方法以外にも、助ける方法があるのだろうか?

「危険だが、あの風竜と従魔契約する」
「従魔契約……いやいやいや、絶対に無理ですよ⁉︎ メチャクチャ暴れ回るし、契約なんて不可能ですよ!」

 ちょっと期待してしまったけど、契約が完了するまでの数分間を大人しくする訳ない。

 それに従魔契約するには、身体に触れていないと駄目だ。
 接近して攻撃するだけでも命懸けなのに、触れ続けるなんて不可能だ。
 確実に失敗する結果しか見えない。

「危険なのは最初から分かっている。人間に戻すのも、正気に戻すのも長期戦になる。それにどっちも無理でも、従魔にすれば生かす事は出来る」
「でも、お父さんにもしもの事があったら、エイミーが……」

 誰かが死ねば、誰かが悲しむ。
 お父さんが死ねば、エイミーとお母さんの二人が悲しむ事になるし、俺の両親も俺が死ねば悲しむ。
 隣を走るこの隊長にも家族がいるし、部下の兵士達も悲しむ。

 それに既に従魔にしているベアーズとリックがどうなるか分からない。

 エイミーの話では、反抗的な従魔は契約の鎖で痛めつける事が出来ると言っていた。
 お父さんが死ねば、囚われていた二匹の魔物が街で暴れ出すかもしれない。

(どう考えても危険すぎる。失敗したら、全部終わりだ)

 この方法は絶対に反対しないといけない。
 お父さんは攻撃と守りの要でもあり、ヘイストが無くなれば、逃げる事も満足に出来なくなる。

「フッフ。面白い。どうやら一番危険な方法が良さそうだな。諸刃の剣は既に右手に持っている。あとは振るうだけか!」
「ちょ、ちょっと⁉︎」

 突然、クラトスが走るのをやめて急停止した。
 何を考えているのか分からないけど、俺とお父さんも慌てて急停止した。
 
「死にたくなければ、お前達は急いで目を閉じろ。世界を闇に塗り潰してやる」
「はい?」

 クラトスは百五十メートル程先に見える風竜を堂々と睨みつけている。
 ちょっと何を言っているのか分からないけど、何か馬鹿みたいな事をやりそうな嫌な予感がする。

「ルディ、早く目を閉じろ! 失明するぞ!」
「えっ! ちょっと⁉︎」

 突然、お父さんが目の前に立って、両手で俺の両目を覆い隠した。
 そんな事されたら、向かって来る風竜が見えなくなってしまう。
 
「深淵へと誘なう漆黒の閃光〝ダークネス〟」
「キィシャーー‼︎」

 暗闇の中にクラトスの声と風竜の叫び声だけが響き渡った。
 特に何が起こったのか分からないけど、何かやったみたいだ。

「終わったぞ。急いで目を開けて、攻撃に行け!」
「行くぞ、ルディ!」
「は、はい!」

 両目の前から手が離されると、お父さんが左肩を二回叩いて、出撃だと言ってきた。
 よく分からないけど、攻撃のチャンスだという事だろうか?

「ルディ、クラトスの暗黒魔法の光を見たものは、数分間失明するそうだ。今の風竜は何も見えていない。チャンスだ」
「あぁ、なるほど……」

 よく分からずにお父さんと一緒に風竜に突撃していたけど、攻撃する前に教えてくれた。
 強力な魔法だと思うけど、それだけで上手くいくと思っているのか聞きたい。
 視覚を奪っても、まだ嗅覚と聴覚が残っている。

「クゥルル! フシュー!」

 ほら、近づいたお父さんに向かって、的確に左前足を振り払った。
 見えないけど、匂いや音や気配である程度は分かるんだ。

(あの隊長、これだけで隊長になれたのかな?)

 流石にそれはないと思って、チラッと後方を見てみたら、クラトスがしっかりと付いて来ていた。
 遠距離で魔法を放って終わりじゃないみたいだ。
 右手に持った剣で、左手の手の平を切りながら何か言っている。

「封印されし呪われた力よ、我の血を生贄に冥界より現れよ〝ブラッディソード血だらけの剣〟」

 かなり痛そうだ。銀色の刀身がクラトスの血で赤黒く変わっていく。
 とりあえず俺には関係ないから、攻撃と回避に集中しよう。

「フシュー!」
「ハァッ、ヤァッ!」
「グゥッ、ガァアアッ!」

 振り払われた右前足を左に躱して、そのまま風竜の右腹に接近して、剣を腹に突き刺し振り払った。
 風竜の動きが遅く感じる。きっとヘイストの効果だけじゃなく、スロウの効果もある。
 このまま地味にダメージを与えていけば、屈服させて強制的に従魔契約できると思う。

「悪いけど、痛いのは我慢してもらうぞ」

 薄っすらと腹の鱗に浮かぶ赤い血を見ながら言った。
 この剣では、まともなダメージは与えられそうにない。
 アイテムポーチに剣を仕舞うと、両手の爪を伸ばして、竜鱗に守られた腹に突き刺した。

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