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第一章・風竜編

第34話 罰金処分と返ってきた冒険者カード

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「っ……!」

 近づいて来る獲物の気配に気づいたのか、水オオトカゲ五匹が頭を垂直にして浮上してきた。
 分かっていたけど、泳ぐ速さはトカゲの方が速い。
 身体全体をくねらせて向かってくる。

 背中には小さな濃い青色の鱗が見える。お腹には橙色の皮が見える。
 倒したら、どっちの色の皮が取れるのか、ちょっと気になってしまう。
 馬鹿な事を考えるのを急いでやめると、伸ばした爪を確認した。

(よし! 両足の爪も伸びている。これで手数は二倍だ!)
 
 両腕と同じように、両足の五本の指にも三十五センチ程の切れ味鋭い爪が伸びている。
 足をデタラメに振り回すだけで、近づく相手を見境なく傷つける危険な刃だ。
 でも、自分の足も切ってしまうから、とっても注意しないといけない。

「キュウウ! キュウウ!」
「うぐっ! ぐっ、ふぅうぅっ!」

 水中で四つん這いの体勢で浮いて待機していると、一匹のトカゲが左腕の二の腕に噛み付いた。
 鋭い牙が肉に食い込み、トカゲは激しく身体をくねらせて、肉を食い千切ろうとする。
 左腕が水中に血が撒き散らし、痛みに顔を歪めてしまう。

(よし、釣れた!)
 
 でも、絶好のチャンスであり、予想通りの展開だ。
 至近距離から右腕を振り回して、トカゲの橙色に腹に爪を突き刺した。
 そして、そのまま胴体の上半分を縦に切断する。

「ギュボォッ‼︎」

 必殺七枚下ろし。
 後ろ足から前足に向かって、トカゲの左横腹に五本の線が浮かび上がる。
 噛み付いていたトカゲが二の腕から離れて浮いていく。

 まずは一匹目だ。
 あとは身体に噛み付いたトカゲを順番に串刺しにして、切断していく。
 俺がやる事は噛まれるのを必死に我慢するだけだ。

「キュウウ! ギュボォッ‼︎」
「キュウウ! ギュボォッ‼︎」
「キュウウ! ギュボォッ‼︎」

(うぐっ、あぐっ、痛い痛い痛いっ‼︎ ちょっと待ってよぉー‼︎)

 分かっていたけど、血の匂いに誘われて、どんどんトカゲが集まって来る。
 今は全身に九匹も噛み付いている。

 左足二匹、右足一匹、腹一匹、胸二匹、左腕一匹、右腕一匹、背中一匹だ。
 一匹切断するのに最低でも三秒はほしいのに、一秒で五匹も噛み付いてきた。
 更に数が増えていく。水底に二十匹から三十匹近くは見える。

(うぷっ! くぅぅぅ、もう息が続かない! このまま浮上しよう)

 でも、噛み付いた奴らが水底に引き摺り込もうとする。
 浮上するには身体に噛み付いている奴らを排除しないといけない。

(この! この! このぉ~!)

 時間短縮に裂くのはやめて、頭部に腕の爪を突き刺していく。
 両足の爪は牽制には役立つけど、噛み付かれた後は役には立たない。
 刺しては少し浮上、刺しては少し浮上を繰り返す。

「プゥハッ‼︎ ハァ、ハァ、ハァッ……!」
「ルディ! 何やってんだ! 早く水から上がれ!」
「ちょ、ちょっと何やってんのよ! 死ぬ気なの⁉︎ 私が怒られるんだからやめてよ!」

 水面に顔を出し、岩の地面に両手を付いて、激しく呼吸を繰り返す。
 赤髪とリディアが怒ったように叫んでいる。
 身体にはまだトカゲ達が噛み付いている。
 でも、今は八秒間だけ、八秒間だけ呼吸時間に使わせてほしい。

「フゥッ、フゥッ、よし、覚悟しろよ!」

 そして、呼吸時間が終わると、地面に上がって、次々に噛み付いているトカゲを引き裂いていく。

「一匹ずつって言っただろう! 言っただろう!」
「ギュボォッ!」「ギュボォッ!」「ギュボォッ!」

 身体から水オオトカゲが悲鳴を上げて消えていく。
 地面の上に橙色の縦横六十五センチ程の四角い皮が落ちていく。
 背中に噛み付いているのは、引き裂くのが難しいので、何度も突き刺して倒した。

「キュウウ」「キュウウ」「キュウウ」
「ぐぅっ、まだやって来る……」

 水中から飛び出したトカゲ達が地面を素早く這って、次々にやって来る。
 そっちがそのつもりなら、皆殺しにするしかない。
 両足の爪を引っ込めて、走りやすくすると、向かって来るトカゲ達に両腕の爪を構えた。
 
「ルディさん、大丈夫ですか! 今、加勢します!」
「くっ! 何がしたいのか全然分からない! ピンチの冒険者をどうやって助けるのか見たいんですか⁉︎」
「そんなのどうでもいい! ローワン、俺達はリディアを守りに行くぞ!」
「なるほど、そういう事ですか!」

 マイクが波のように刀身がうねっている剣を持って、こっちに向かって走って来る。
 複雑に考え過ぎて混乱している眼鏡を、大盾を持った赤髪がリディアの所に連れて行く。
 
(やってしまった。もう昇級は無理だ)

 大混乱とは言わないけど、俺の所為で小混乱にはなってしまった。
 トカゲを全部倒しても怒られるのは確定だ。
 
「お前達、覚悟しろよ!」

 こうなったのは全てトカゲ達の所為だ。
 大人しく一匹ずつ噛み付いてくれれば、何も問題なかった。
 加勢に来たルディと一緒に、トカゲ達を切り倒していく。

「ハァァァッ! 烈風剣‼︎」

 マイクが走りながら、剣を下から上に向かって勢いよく振り上げた。
 剣から突風が発生して、マイクの三メートル程前方にいたトカゲの頭が縦に真っ二つになった。

「ギュボォッ‼︎」
「ルディさん! ここは俺に任せて、早く回復薬を飲んでください!」

 マイクは全身血だらけの俺を見て心配している。
 さっきのが眼鏡が言っていた風魔法みたいだ。
 でも、魔法も回復薬も、そんな便利なものは一つも持っていない。

「その必要はない。こんなの擦り傷だ。さっさと倒そうぜ!」
「そ、そうですか……流石です! 流石は4級ですね!」

 相変わらず勘違いしているけど、回復薬を使わない事は分かってくれた。
 しつこく使えと言われたら、持っていない事がバレてしまっていた。
 今日の帰りにも、その回復薬という物を買いに行こう。

「ハァッ!」「オラッ!」

 二人掛かりで十匹、二十匹と倒していく。
 徐々にだけど、トカゲ達の勢いが衰えていくのが分かった。
 地上に飛び出して来るトカゲ達がいなくなった。

「ハァ、ハァ……ルディさん、残り三匹です」
「いや、まだだ!」
「えっ? ちょっと、ルディさん⁉︎」

 地上のトカゲはマイクに任せて、水中に飛び込んだ。
 水中で倒したトカゲの皮を回収をしたい。
 それに水中に潜んでいるトカゲもまだまだ居るはずだ。
 二度と集団で襲わないように、人間様の恐ろしさを教えてやらないといけない。

 ♢

「凄いですよ、ルディさん! 九十二枚もあります!」

 濡れている橙色の皮を数え終わったマイクが、そう報告した。
 ちょっと倒し過ぎ、いや、頑張り過ぎてしまったようだ。

「買取り枚数を二十二枚も超えていますね。上限を超えている皮は没収させてもらい、二千八百ギルの罰金を払ってもらいます。いいですね?」
「えっ?」

 何故だか、リディアが俺の方を真っ直ぐに見て言ってきた。
 一番多く倒したのに罰金を払わないといけないなんて、そんなの理不尽だ。

「あっ、ルディさん、いいです。俺が払いますから。二千八百ギルですね……」
「ごめん、悪いね」
「あれ? 家に置いて来たかな?」

 俺が払いたくなさそうな顔をしていたから、マイクが代わりに払うみたいだ。
 腰の黒い長方形の箱型アイテムポーチから財布を取り出そうとしている。

「マイク、やめろ。お前は一番歳下なんだから、こういう時は年長者に払わせるのが礼儀なんだよ。ちょっと待ってろよ……」
「すみません。実は今月、ちょっとピンチだったんです」
「いいって。あれ? どこにあるんだ?」

 マイクに代わって、赤髪が払おうとしているけど、こっちも財布が見つからないようだ。
 眼鏡は何故だが、洞窟の天井をジッーと見つめて、財布を探そうともしてない。
 もう駄目だ。空気が重過ぎる。

「すみません。やっぱり俺の所為なんで、俺が払います」

 よく考えれば、昇級を審査する二人にお金を払わせるのはマズイ気がする。
 まだ可能性は残っているかもしれない。
 特にマイクはお金を渡せば、昇級に賛成してくれそうだ。
 素早く財布を取り出して、リディアに手渡した。

「はい、確かに……それよりもどういう身体をしているんですか? 噛まれていましたよね?」

 お金を受け取った後に、リディアがジッーと俺の腕を見て聞いてきた。
 濡れた身体はタオルで拭いて、濡れた水玉トランクスは新しいのに着替えて、脱いだ服を着た。

 現在、両腕の噛み傷は凄い速さで修復している。
 無数の穴の開いた両腕は穴が塞がり、血が止まっている。
 穴の跡が薄っすらと見えている程度だ。

「本当ですね。もしかして、回復魔法とか使えるんですか?」
「まあ、そんなところかな。さてと、クエストも終わったんだから帰りませんか?」

 もう天井は見なくていいようだ。
 眼鏡が聞いてきたけど、魔物の超回復とは言えない。
 退治されてしまうかもしれない。

「そうだな。帰って報酬貰って四人で、いや、リディアも一緒に晩ご飯食べに行かないか? 奢るぜ!」
「いえいえ、私は結構です。色々とやる事がありますから」
「それは残念だ。今日も野朗だけで飲まねぇとな」
 
 赤髪がリディアを飲みに誘って、断られている。
 そして、俺は一言も行くとは言ってない。

「だから、本当に今月はピンチなんですよ!」
「俺の奢りなんだからいいだろう? 歳下は歳上の言う事を黙って聞け!」
「そんなぁー! 俺、十七だから酒飲めないんですよぉー!」

 マイクは飲みの誘いを断っているけど、無理そうだ。
 それにしても、十七歳とは老け顔だな。二十二歳ぐらいだと思っていた。

「ルディさん、ちょっといいですか?」
「あっ、はい」
「おめでとうございます。お返しします」
「ん?」

 リディアが近づいて来ると、冒険者手帳とカードを渡してきた。
 何のお祝いかと思ったら、冒険者カードには8級と書かれていた。

 ♢
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