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第一章・風竜編

第26話 街の理髪店と二度目の冒険者登録

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「ハァ、ハァ、終わりました」
「あぅっ……?」

 ポンポンと肩を叩いて、少し興奮した感じの女性店長が教えてくれた。
 何回か眠りそうになったけど、その度に耳に生暖かい息を吹きかけて起こしてくれた。
 ちょっとだけ気持ちが良いサービスだった。
 やっぱり街は村とは色々と違うみたいだ。

「おお!」

 ゆっくりと目を開けて、鏡に映る自分の姿を正面から真っ直ぐに見てみた。
 そして、眠そうな目を大きく開いて驚いた。
 これが街のカッコいい髪型みたいだ。
 薄茶色と白色の髪はそのままだけど、だいぶん軽くなった気がする。
 背中まで伸びていた髪が顎までしか届いてない。

「おお!」

 首を左右に捻って、横側からも見てみた。
 耳が髪に隠れないで、しっかりと見えている。
 前髪は長かったけど、耳の所だけ短く切られている。
 村では髪の長さは統一すると決まっているのに、街では違うみたいだ。

 流石は街だ。まったく常識に縛られていない。

「どうですか? お客様は身長が高く、顔が整っているので、髪で隠さないようにしてみたんですけど」

 鏡をジッーと見ていると、女性店長が聞いてきた。
 椅子を少しだけ右に回して、右隣に立っている女性店長に向かって答えた。

「良いと思います」

 よく分からないけど、これが街でカッコいい髪型なら、良いに決まっている。

「そうですか! それは良かったです! 一応、長い髪を切るのが勿体なかったので、後ろの方は三つ編みにしてみたんですよ!」
「おお、おぉ?」

 女性店長は褒められて嬉しかったのか、俺の背中に腕を回して、微妙なものを見せてきた。
 女性の手には、背中まで伸びる細い三つ編みにされた、薄茶色と白色の髪が握られている。

(えっ? 嘘でしょう? 何で背中だけ切らずに三つ編みにしたの?)

 理髪店は髪を切る場所だ。それなのに切ってない。
 それどころか、男の髪を三つ編みにするなんて、常識に縛られなさすぎる。

「三つ編みは簡単に出来ますし、髪を解いて、紐で結んでも似合うと思いますよ」
「へぇー、そうなんですか?」
「はい。もしも、一人で難しいようなら、いつでもお店に来てください。閉店後でも、一から順番に手取り足取り教えて差しあげますから。ふぅ~~」
「ぅぅん」

 女性店長は微笑みを浮かべて、俺の髪を撫で、首筋を撫で、耳元に息を吹きかけてきた。
 嗚呼、何だか、三つ編みがカッコ良く見えてきたかも。
 それに下手に文句を言ったら、お洒落な男じゃないとバレてしまう。
 いざとなれば、三つ編みも自分で切ればいいし、何も問題ないじゃないか。

「鞭みたいで凄くカッコ良いですね。おいくらですか?」

 椅子から立ち上がると、ポケットに手を入れながら聞いてみた。

「気に入ってくれて嬉しいです。一万五千ギルになります」
「はい?」

 思わず、聞き返してしまった。村の散髪代は五百ギルだ。
 ちょっと切って、三つ編みにしただけで、三十倍の料金を請求するなんて、どう見ても異常だ。
 ぼったくりだと言いたい。でも、この店はエイミーが紹介してくれた店だ。
 これが街の通常料金なのだろう。

(髪を切るだけで、スライム千五百匹か……)

 渋々ながらも、ポケットからお金を出して、女性店長に渡した。

「ありがとうございました。また来てくださいね」
「はい、また来ます」

 女性店長はお店の扉を開けて、外までお見送りしてくれた。
 母さん、やっぱり街の女には気を付けないといけない。
 持っているお金を根こそぎ奪われそうだよ。
 
 ♢

「おい、あの髪の色って……」
「いやいや、髪でも染めたんだろ」
「確かに流行りそうかもな」

 冒険者ギルドに到着して中に入ると、エイミーはいなかった。
 女の買い物は長いと聞いた事があるから、冒険者登録でもして、クエストでも受けようかな。

(あっ、また違う人が座っている)

 フワッとした黒髪の十六歳ぐらいの受付女性が冒険者登録用のカウンターに座っている。
 最初に登録した時の、茶色っぽい金色のお下げ髪の受付女性じゃない。
 あの人なら、ルディだと気づかれていたかもしれない。

「すみません、冒険者登録をお願いします」
「冒険者登録ですね。どうぞ、お座りください。登録料には千ギル必要になります。一括払いと分割払——」
「一括払いでお願いします」

 二回目の登録なので、話の内容は分かっている。
 椅子に座ると、もうカウンターの上にお金を置いて、一括払いをお願いした。

「はい、かしこまりました。では、こちらの用紙に名前と緊急連絡先をお書きください。緊急連絡先は無理に書かなくても問題ありません」
「はい、分かりました」

 受付女性から用紙を受け取ると、ルディと書いて、緊急連絡先は書かなかった。
 最初に冒険者登録した時の受付女性とは違う人だから、問題ないだろう。

「えっーと、ルディさんですか?」
「はい、そうです」
「ちょ、ちょっとお待ちください!」

 用紙を受け取った受付女性は軽く驚いた後に、名前を確認してきた。
 登録したら、一日で死ぬ不吉な名前だとでも思っているのだろうか。
 椅子から立ち上がると、カウンターの奥の机に座る、冴えない顔の男と何やら話し込んでいる。

(ちょっとじゃないじゃん)

 黒髪女性は三十八歳ぐらいの、短い茶色いモジャモジャ髪の男と何やら探している。
 そして、ようやく棚から目当ての書類を探し当てたようだ。
 その書類と俺がさっき書いた用紙を二人で見比べている。

「すみません! もうちょっとだけお待ちください」
「何か問題でもあるんですか?」

 黒髪女性がぎこちない微笑みを浮かべて、受付カウンターに戻ってきた。

「いえいえ、何も問題ありませんよ! えっーと、才能とスキルの鑑定をしましょうか?」

 明らかに何かを誤魔化しているし、時間稼ぎしている。
 冴えない顔の男はカウンター横の扉から出て行って、二階に上がって行った。
 誰かに相談しに行ったとしか思えない。

「この水晶玉には触れた相手の才能やスキルを映し出す力があるんですよ」
「へぇー、そうなんですか」

 気にしない振りをして、黒髪女性がカウンターの上に置いた水晶玉を右手で掴んだ。
 すぐに水晶玉に白色と赤色の文字が浮かび上がってきた。
 白文字は【嗅覚】【俊敏】【夜目】。
 赤文字は【爪牙(そうが)】【超速再生】【二重肉体強化】とある。
 前と違っても、青文字はなかった。

「赤三つ、人型魔物か、暗殺者じゃん……」
「はい? 何か言いましたか?」
「いえいえ、何でもないですよ!」

 黒髪女性は呟くように鑑定結果を言ったけど、ハッキリ聞こえていた。
 人型魔物と言われる心当たりはあるけど、暗殺者はまったくない。

「はい。これで一通りの手続きは終わりました。すぐに冒険者カードを製作するので、少々お待ちください」
「少々ですか……じゃあ、クエストを見てきますね」
「はい、あちらの10級の掲示板になります」

 言い方を変えても一緒だ。ここのちょっとは長い。
 椅子から立ち上がると、10級のクエスト掲示板に向かった。
 黒髪女性も時間稼ぎしなくて済んで、ホッとしている感じに見える。

「とりあえず薬草とキノコ集めでいいかな」

 エイミーと一緒に出来るし、アイテムポーチがあれば、パパッと楽に終わらせられる。
 あとは天然洞窟に住んでいる岩囓り栗鼠からの鉱石集めだな。
 ついでに従魔にするのを手伝えば、喜びそうだ。
 
「お待たせしました。こちらがルディさんの冒険者カードになります」
「あっ、はい……⁉︎」

 クエストが決まったので、ちょうどいいタイミングだ。
 声をかけられて、後ろを振り返った。
 でも、そこに立っていたのは黒髪受付女性ではなかった。
 最初に登録した時の、茶色っぽい金色のお下げ髪の受付女性が立っていた。

「あ、ありがとうございます」
「いえいえ、お待たせしてすみません」

 出来るだけ動揺せずに、平常心で銀色の冒険者カードを受け取った。
 カードを渡した後も、受付女性は微笑みを浮かべて立っている。

「ルディさんなんて、珍しい名前ですね。つい最近も同じ名前の人が登録したんですよ」

 受付女性は俺の顔を見上げて、ジッーと見ている。
 どうやら、まったくの別人だと思っているみたいだ。
 全然驚いていないし、嬉しそうにしていない。
 死んだ人間が生きていたら、絶対にどっちかの反応をするはずだ。

「へぇー、そうなんですか。よくある名前だと思いますよ」
「そうですね。よくある名前だと思います。でも、こっちはよくある事じゃないんですよ!」
「んっ?」

 このまま誤魔化せると思っていたけど、急に受付女性は怒った風に二つの用紙を見せてきた。
 一枚はさっき書いた冒険者登録用紙、もう一枚も登録用紙だ。

「同じ名前で同じ筆跡です。文字の大きさ、文字の跳ね方、点々の位置と間隔もほぼ一致してます。同じ名前の別人とは思えません!」

 確かに似ている。同じ人が書いたから似ている。
 だが、それがどうした。似ているだけだ。

「へぇー、本当だ。確かに似てますね。同じ名前だと似るんですね」
「はい? とぼけるつもりですか? 同じ名前でも違う人は違います」

 受付女性は二枚の用紙を顔に突きつけるように迫って来る。
 どういう理由があるのか知らないけど、ルディだと認めさせたいようだ。

「そのルディという人がどういう人なのか知りませんけど、俺とは無関係です」

 一歩後ろに退がって、受付女性から距離を取って否定する。
 筆跡が似ているだけで、探しているルディにされたくない。

「シラを切っても無駄です。今、指紋と鑑定水晶を調べています。すぐに本人か別人なのか分かりますからね」
「なっ⁉︎」

 本人の許可を取らずに、そんな事をするなんて酷過ぎる。
 受付女性は自信満々だ。俺がルディだという事に絶対の自信があるようだ。
 本人だとバレたら、どうなるのか分からないけど、何となくバレたらマズそうだ。

 ♢
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