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第一章・風竜編

第21話 森の中に吊るされた女性

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 三階、二階は順調に匂いを追う事が出来た。
 通る人が少ないから、当然といえば当然だ。
 でも、一階は逃げ回った人達が多かった所為で、匂いが混じり合っている。
 余程、独特の匂いがしないと、ごちゃ混ぜの匂いの中では分からないと思う。

「屋敷の中は探してくれているから、外を探してみるか」

 屋敷の中は護衛冒険者の人達が探してくれている。
 だから、もう一度、森の中の馬車道を探す事にした。
 まずは屋敷の中にいるのか、外にいるのか、ハッキリさせたい。

「ここには来てないみたいだ」

 馬車道を念入りに調べてみたけど、やっぱり匂いはしなかった。
 あとは屋敷の周囲を調べて、何も見つからなかったら、もうお手上げだ。

「足跡でも探した方が早いかも」

 匂いにこだわり過ぎて、目を使う事を忘れていた。
 地面に引き摺った跡があればいいんだけど、そんな分かりやすい手掛かりはない。
 
「かなり薄い匂いだけど、多分そうだ。魔物を避けるように逃げたんだろうか?」

 それでも屋敷の周囲を調べていくと、カトリーナとナタリアと似た匂いを見つけた。
 場所は屋敷の裏手で馬小屋の中だった。

 屋敷の右上に犬小屋があり、左上に馬小屋があり、左下に馬車道がある。
 魔物達はパーティー主席者達が、屋敷の下側にある湖に逃げられないように配置されていた。
 玄関から見て、屋敷の左上にある馬小屋は、魔物がいない安全地帯になっている。

「馬が一頭だけ居なくなっている。もしかして、この馬に薬を使ったのかも」

 フレデリックが馬小屋を掃除していた時は三頭いたのに、今は二頭しかいない。
 順番的に屋敷の中に犬を配置した後に、外に出て、馬を馬車道に置いた感じがする。
 となると、二人を馬小屋に置いてから、馬を移動させた感じになる。

 問題は二人が馬小屋にいないという事だ。
 この後はどこに行ったんだ?

 答えは簡単だった。湖に逃げられないなら、逃げられる場所は森の中だけだ。
 その証拠に森の中に二人の匂いが続いていた。

「結構時間が経っている。痛めつけると言っていたから、早く見つけないと」

 暗い森の中に入ると、二人の匂いを頼りに追いかけた。
 早く見つけないと死んでしまう。

 ♢

(この近くにいるのは間違いない)

 数分走っただけで、だんだん匂いが強くなってきた。
 微かに男の汗の匂いがする。多分、フレデリックだと思う。
 女性二人を連れて暗い森を歩けば、進むのが遅くなるのは当然だ。
 これなら追いつくのは意外と早そうだ。

(あれは……? ランプの灯りだ!)

 数百メートル先の森の中に小さな灯りが見えた。
 ランプは揺れていない。地面に置かれているみたいだ。
 すぐに走るのをやめると、気づかれないように出来るだけ静かに近づいていく。

「よくもこの俺を馬鹿にしたな!」
「あぐっ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい! 許してください!」

 ランプの灯りの中に三人の姿が見えてきた。
 フレデリックは怒鳴り声を上げて、木に吊るしている女性を殴っている。
 白と青のドレスを着て、両腕を縛られて、木に吊るされている女性がカトリーナ。
 白とピンクのドレスを着て、手足を縛られて、泣いて謝っている少女がナタリアで間違いない。
 
「先代から俺は屋敷に仕えていたんだ。その先代が亡くなった途端に俺を厄介者扱いしやがって!」
「はぐっ!」
「やめて! お母様が死んじゃう、もう叩かないで……」
「ほぉー、そんなに母親が心配か? だったら、お前が交代するしかないな」
「えっ、い、いやぁ……」

 手足を縛られながらも、ナタリアは母親を助けようとしている。
 フレデリックはそんなナタリアを馬鹿にするように見ている。
 そして、何か思い付いたみたいだ。
 胸ぐらを掴んで無理矢理に立たせると、その顔に拳を押しつけている。
 遠くからでも、ナタリアの顔は恐怖に怯えているのが分かる。

「遠慮するな。顔でも腹でも好きなだけ殴ってやるよ。それとも二人交互に殴ってやろうか?」
「ごほぉ、ごほぉ、ナ、ナタリアには手を出さない約束よ」
「はぁっ? 約束は破る為にあるんだよ! お前が死んだら、今度は娘の番だ! 俺の腕が折れて、殴れなくなる事を祈るんだな!」

 はい、もう様子見は終わりでいいです。
 想像通りというか、想像以上の酷い状況だ。
 ドレスを破られて、変な事はされてなかったけど、早く助けよう。

「な、何だ?」

 樹木の間を獣のように素早く走って、身を隠しながら三人に近づいていく。
 フレデリックはランプを持ち上げて、暗い森の中を照らして警戒している。
 残念ながら、あそこまで興奮している犯人を話し合いで説得する自信はない。

「だ、誰だ! 出て来い!」

 距離四十メートル。もう十分に近い。
 出て来いと言われたので、全力でフレデリックに向かって突撃した。

「う、動くな、止まれ! ガキがどうなってもいいのか!」
「歯を食いしばれ! これは犬(チャロ)の分だ!」

 フレデリックは左手にランプ、右手にナイフを持って、ナタリアを盾にしている。
 残念だけど、俺を説得するのは不可能だ。一度走り出したら止まれない。

「ひぃぃ!」
「シャアアッ‼︎」
「ごぺぇっっ⁉︎」

 ナタリアの首に押し付けられているナイフを左手で掴むと、右拳をフレデリックの顔面に喰らわせた。
 前歯がへし折れ、鼻血を噴き出し、後ろに仰け反って、フレデリックは倒れようとしている。

 まだ犬(チャロ)の分は終わってない。
 全身穴だらけにされたのに、一発。しかも軽く殴っただけで許す訳がない。
 ナタリアから離して、首根っこを左手で掴んで、無理矢理に地面に立たせた。
 
「はひぃ、はひぃ、へめぇ……は誰だ?」
「自分で考えろ」
「ごふぅっっ……!」

 朦朧な意識で聞いてきたので、腹に拳を叩き込んで教えてあげた。
 答えは当然、教えてあげられないだ。

「もう大丈夫だよ」

 気絶したフレデリックを地面に放り投げて、爪を一本だけ伸ばした。
 その爪でナタリアの手足を縛る縄を切っていく。

「あうっ、ひゃい、ありがとうございます……」

 ナタリアには刺激が強かったようだ。かなり緊張している。
 目の前でシャツを広げて、上半身と乳首を見せつけている半裸の男がいるのだ。
 これだと助けに来たのか、襲いに来たのか分からない。

「今、下ろしますからね」
「はぁ、はぁ、ありがとうございます。護衛の人ですか?」

 ナタリアを自由にすると、今度はカトリーナを助けに向かった。
 何発殴られたのか分からないけど、カトリーナの顔は腫れ上がっていた。
 急いで治療すれば元通りになると思いたい。

「いえ、ただの通りすがりです。助けを求める声を聞いて来ただけです」
「そうなんですか……? お陰で助かりました」

 そんな通りすがりはいないと思いながらも、正体不明のままがいい。
 カトリーナの両手を縛って吊るしている縄を垂直飛びで切って着地すると、倒れそうになる彼女の身体を受け止めた。

「ああっ……」
「大丈夫ですか? この近くに屋敷があります。そこに連れて行きますね」
「あっ……はい」

 カトリーナをゆっくりと地面に座らせる。
 次に気絶しているフレデリックをロープで木に縛りつけた。
 これで逃げられない。あとは二人を屋敷に送り届けるだけだ。

 ♢

「はぁ、はぁ、はぁっ……」
「本当にありがとうございます。あなたは命の恩人です。なんとお礼を言ったらいいか」
「気にする事じゃないですよ。人として当然の事をしたまでです」

 一人ずつは面倒くさいので、二人一緒にお姫様抱っこで運んでいく。
 下をカトリーナにして、その上にナタリアを置いた。
 ちょっと母親に負担がかかるけど、少しは我慢してもらう。

「もし、よろしかったら、お名前を教えていただきませんか?」
「……マイクと言います」
「マイク様ですね。ありがとうございます」

 流石にこれ以上の名無しは無理だ。逆に怪しまれる。
 適当な名前を教えて、その人にあとは頑張ってもらう。

 森を抜けて屋敷に到着すると、すぐに護衛冒険者を見つけた。

「すみません! 怪我人を見つけたので、治療できる人を呼んで来てください」
「これは酷いな。すぐに呼んで来るから待っててくれ」
 
 カトリーナの腫れた顔とドレスを見て、護衛冒険者は急いで人を呼びに行った。
 あとは任せてもよさそうだけど、念の為に人が来るまで待つか。

「あの……お母様を助けてくれてありがとうございます」
「別にいいよ。それよりもあの小父さんはどうして、あんなに怒っていたの?」

 キチンとお辞儀して、ナタリアがお礼を言ってきた。
 どうも、おかしい?
 二人の印象は父親と違って、人を怒らせるような感じには見えない。

「あの小父さんが飼っている犬がお母様を噛んで、その犬をお父様が殺すように言ったの。それで仲が少しずつ悪くなって。でも、私が犬を見たいってお母様にお願いして、檻に近づいたのが悪いの」

 ナタリアが悲しそうに話してくれるけど、多分、それが原因じゃないと思う。
 それは些細な切っ掛けだと思う。
 フレデリックは先代の屋敷の主人が亡くなった時から、厄介者扱いされたと怒っていた。

「そうだったんだ。でも、そんな事で大人は怒ったりしないよ。怒っている理由は別にあったんじゃないかな? 君が気にする必要はないよ」
「う、うん……」

 ナタリアの頭をポンポンと軽く叩いて励ましてみた。
 さっきの護衛冒険者が人を連れて戻って来た。
 あとの本格的な励ましは大人の人達に任せよう。
 こっちは十五歳の子供だ。
 適当な事を言って、その場を誤魔化せればそれでいい。

 ♢
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