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第一章・風竜編

第20話 屋敷の主人と妻と娘の部屋

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「もしかすると……」

 居場所に一つだけ心当たりがある。犬小屋の檻の中にいる可能性がある。
 フレデリックがあそこで拷問しているかもしれない。早く確かめに行こう。

 会場の右側の扉から、ソッと抜け出すと、犬小屋に向かって走った。
 ついでに匂いを嗅ぎながら、屋敷の中に魔物が残っていないか探してみる。

 廊下ですれ違った護衛冒険者の話では、屋敷の中に残っていた化け犬一匹は倒したそうだ。
 今はパーティー会場内に出席者を集めて、居なくなった人がいないか確認しているらしい。
 俺は出席者でもなければ、護衛冒険者でも使用人でもない。
「だったら誰だよ?」と聞かれる前に、会場に戻るのを断って、犬小屋を目指す事にした。

「このままだと、俺が一番の容疑者になるよ」
 
 よく考えてみたら、フレデリックを捕まえないとヤバイ。
 突然現れた魔物を倒した正体不明の謎の男。明らかに犯人の最有力候補だ。
 犬になって、人間になりました、なんて話は誰も信じてくれない。

(女の子の匂いは嗅ぎ慣れているから分かる。あの小屋からは女の子の匂いがしない)

 十五メートル程先の暗い犬小屋の匂いを嗅いでみた。
 匂いだけではいるのか、いないのか分からなかった。
 物音を立てないように犬小屋にゆっくりと近づいていく。
 中から呻き声や何かを殴る音は聞こえない。
 手遅れなのかもしれない。

「いない……」

 犬小屋の中には誰もいなかった。
 強力な臭い消しがあったとしても、流れる血の臭いは消せないと思う。
 やっぱり屋敷の中に隠れているのか、もしかすると、森の中に隠れているのかも。
 とりあえず会場に戻るしかないと思う。
 ついでに犯人も密告しないと。

 ♢

 パーティー会場に戻ると、出席者が集められていた。
 ザッと見た感じ、二百四十人はいそうだ。
 全員で何人いるのか分からないので、何人足りないのか分からない。

「まだ見つからないのか?」
「お屋敷が広いので、もうしばらくかかると思います」
「だったら、私も探しに行く。怪物を全部倒したのなら安全だろう?」
「申し訳ありません。魔物が現れた原因が不明なので、こちらで待機をお願いします」
「チッ……役立たず共が」

 まだ、屋敷の主人の妻と娘は見つかっていなかった。
 灰色スーツの茶色い髪の男が椅子に座って、報告する護衛の男にイライラしている。
 広い屋敷だから探すのに時間がかかるのは仕方ないと思う。
 ここは一つお手伝いするしかないかな。

「あの、俺でよかったら探しましょうか?」
「んっ?」

 椅子に座る男の前まで行くと、捜索の手伝いを申し出た。
 護衛の冒険者が困っているし、妻と娘と一緒にフレデリックがいるなら捕まえたい。

「お前はさっきの男じゃないか。お前は誰なんだ? 誰に雇われている」
「この人は4級冒険者です。さっきも外にいた馬の魔物を一人で瞬殺した凄い人ですよ」
「本当か? 冒険者ならカードを持っているだろう。見せてみろ」
「今は持っていません」
「はぁ……だろうな。見れば分かる。落としたのか、奪われたのか、何なんだ、その格好は?」

 屋敷の主人は俺を上から下、特に胸板や腹筋を見ながら聞いてきた。
 俺が答える前に、護衛の黒髪の男冒険者が答えてくれた。
 年齢二十二歳ぐらいで身嗜みが綺麗に整えられている。
 きっとパーティーの護衛という事で正装して来たのだろう。

 こんな格好で、しかも無断で借りた服で申し訳ない。
 出来れば、持ち主の使用人に見つかる前に服は返したいけど、返したら返したらでマズイ事になる。
 次の服が見つかるまで、このまま借りさせてもらいます。

「気がついたら、こんな格好でした。それよりも探さなくていいんですか? この事件を起こしたのは、あなたの使用人のフレデリックですよ」
「何? あいつがやったのか⁉︎ 何でだ!」

 適当な嘘を吐いてから、犯人を教えてあげたら、屋敷の主人は凄く驚いた。
 まったく恨まれる理由に身に覚えがないようだ。
 あんな嫌がらせを毎日続けていたら、ブチ切れられるのは当然でしょう。

「理由は分かりません。犬に変な薬を飲ませているのを見たんです。その犬が怪物に変身しました」
「あの野朗、道理でいきなり辞めたいと言い出した訳だ! 俺を殺すつもりだったんだな!」
「それは本当ですか? そんな薬があるなんて聞いた事もないですよ」

 屋敷の主人は簡単に信じてくれたけど、護衛冒険者はそうはいかないみたいだ。
 洞窟のところから詳しく話してもいいけど、信じてくれるとは思えない。
 時間も勿体ないし、そんな薬があると分かればいいかな。

「俺も聞いた事ないですけど、巨大化した犬と馬の魔物を見たでしょう? そういう薬があるんですよ」
「なるほど。それが本当なら、馬車の馬を使えば、いきなり魔物が出現した理由の説明がつきますね」
「そんな事、今はどうでもいいだろうが! お前なら、カトリーナとナタリアが、どこにいるのか分かるのか?」

 護衛と話していると、屋敷の主人が椅子の肘当てを拳で思いっきり叩いて怒鳴った。
 魔物がどうやって現れたのかよりも、自分の家族の方が気になるようだ。
 当然といえば、当然だ。今は二人を探すのを最優先しないといけない。

「二人の部屋を見せてくれれば、可能性は高いと思います」
「部屋だな! 部屋にはいなかったが、そこに連れて行けば分かるんだな?」
「どこにいるのかは分かると思います」
「だったら案内してやる! お前も付いて来い! それなら文句ないだろう」
「分かりました。ご一緒します」

 屋敷の主人は椅子から立ち上がると、部屋に案内するようだ。
 黒髪護衛冒険者に付いて来いと言うと、返事を聞く前に歩き出した。

 ♢

「ここが妻のカトリーナの部屋だ。隣に娘のナタリアの部屋がある」

 軽く自己紹介しながら、屋敷の主人ネストールに案内されて、カトリーナの部屋に辿り着いた。
 黒髪護衛冒険者の名前はマイクと言うらしい。俺の名前は教えなかった。

 屋敷は三階建てで、案内されたのは窓から湖が見える三階の広い部屋だった。
 赤と茶色の絨毯が敷かれていて、部屋の真ん中に大きなベッドが置かれている。
 赤いソファーに赤いカーテンと、奥さんの好きな色はこの部屋を見れば分かる。

「この肖像画の女性がカトリーナさんですか?」
「ああ、そうだ。十二年ぐらい前に描いたものだが、その当時と大して変わっていない」
「そうですか……」

 壁に掛かっている肖像画を左手で差しながら、ネストールに聞いてみた。
 肖像画の薄茶色の髪の女性は、綺麗や可愛いという印象よりも、色気があるという印象が強い。
 白いドレスの上に薄緑色の裾の長い服を着て、大きな白い帽子を被っている。
 赤色が好きという訳じゃないみたいだ。
 
(とりあえず時間もないし、さっさと調べよう)

 部屋の中の匂いを嗅いでみた。煙草、酒、香水の匂いがする。
 甘い匂いはまったくせずに、香辛料のような強い匂いがする。
 部屋にいるだけで、おかしな気分になりそうだ。
 
「部屋は綺麗なままですね。争ったような形跡もない。ここには来ていないようですね」
「そうみたいですね。ちょっと失礼しますね」

 マイクの話を聞きながら、ベッドの中に寝転んで、頭から布団を被った。
 やっぱり直接身体の匂いを嗅いだ方が早くて確実だ。

 薄い汗の匂いがする。体臭は薄い方で少し乾燥した葉っぱのようだ。
 いや、ラズベリー(野いちご)のような甘酸っぱい匂いもする。
 甘酸っぱい干し草かな?

「おい、貴様! 私の妻のベッドで何をやっている!」
「おっと……」

 調査中なのに、怒ったネストールに布団を剥がされてしまった。
 匂いは覚えたから、まあいいか。

「調べていただけですよ。ここはもういいです。次は娘さんの部屋を調べます」
「おい、本当に探す気があるんだろうな! もしも、俺を揶揄って遊んでいるだけなら、後悔させてやるからな!」

 凄い剣幕でネストールは怒っている。
 相手にするだけ時間の無駄なので、隣の部屋に勝手に入る事にした。

 こっちの部屋は白と青色が多い。青のカテーンに白いソファー。
 床の白とピンクの絨毯は女の子らしい色だ。
 娘のナタリアは十二歳だと言っていたから、青色は父親の好きな色かもしれない。

(とりあえず邪魔者が来る前にベッドを調べよう)

 ベッドの枕には長い茶色い髪が落ちていた。
 部屋には肖像画はないけど、長い茶色い髪の女の子なのは分かった。

(母親とは、全然違うんだな)

 部屋は紅茶とクッキーの甘い匂いがしている。
 ベッドの中は甘酸っぱい匂いがするけど、酸味よりも甘味の方が強いみたいだ。
 いちごジャムに牛乳? いや、いちごのケーキ?

「おい、貴様ぁー‼︎」
「おっと……」

 部屋の扉の前で激怒するネストールの叫び声が聞こえてきた。
 ゆっくりと布団を退かすと、ベッドから立ち上がった。

「調査は終わりました。探しに行くので、護衛の人と一緒にパーティー会場に戻ってください」
「巫山戯るなよ! 名前は名乗らないし、最初から怪しいと思っていたんだ! 貴様、ただの変態だろう!」
 
 人を見た目で判断したら駄目だと言いたいけど、今回は行動で判断されていると思う。
 妻と娘のベッドに潜り込む、半裸の男は確かに変態だ。
 ネストールがその変態に掴み掛かってきたので、とりあえずベッドに放り投げた。

「邪魔です」
「うおおおおお! ぐふっ……!」
「会場に戻りたくないなら、ベッドに寝ててください」
「うっぐぐぐ、き、貴様⁉︎ 後悔させてやるからな」

 ネストールはベッドの上で腰を押さえて、苦しんでいる。
 マイクが手当てしてくれるはずだから、放置しよう。
 部屋から廊下に出ると、早速二人の匂いを追跡した。
 
 ♢
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