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第一章・風竜編

第14話 森の薬草狩りとキノコ狩り

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 薬草狩りとキノコ狩りのクエストを受けると、冒険者ギルドを出た。
 目的地の森は街の南西部にあるらしいけど、森に行くのが目的ではない。
 まずは街の市場に向かって、薬草とキノコの匂いを覚えなくてはいけないらしい。

「いい、チャロ。薬草とキノコを一個ずつ買うんだから、絶対に見つけないと駄目だよ」
「クゥーン……」

(絶対は無理でしょう)

 薬草とキノコは種類が豊富だ。全部の匂いを覚えきれるはずがない。
 エイミーは薬屋の棚に並べられた一番安い薬草とキノコを購入した。
 どちらも森に沢山ある種類らしい。つまりは質よりも量で稼ぐ作戦だ。

 紙袋に入れられた薬草とキノコの匂いを交互に嗅がせられる。
 俺の嗅覚を信頼して受けたクエストなのは分かっているけど、ぶっつけ本番は自信がない。
 何度も言うけど、犬になったのは一日前だ。犬の姿をした人間として扱ってほしい。

 市場を出ると、まずは湖を目指した。
 湖を見ながら西に進んで行き、湖が直角に南に曲がるので、そのまま南に進んで行く。
 目的地の森は西側に山があり、東側に湖がある。
 迷子になった時はとりあえず湖に入って泳いで、魚釣りをしているベアーズを探せばいい。

「森なら誰もいないから、チャロが一人で探した方が早いかもね。今度、チャロ用のアイテムポーチを買ってあげるね。そしたら、湖を泳いで行けば、誰にも見つからずに薬草狩りが毎日できるよ」
「ワン!」

(そんな地味な事が毎日できるなら、冒険者なんてやらない。こっちは刺激がほしいんだ。でも、犬でお腹いっぱいだ。もうこれ以上はいらない)

 アイテムポーチとはエイミーのエプロンポケットと同じ物だ。
 実際のポケットの広さの何十倍もの量を収納できる便利アイテムだ。
 ポケットの入り口より大きな物は入れられないけど、小さな物は入れる事が出来るらしい。

「天然産の薬草とキノコは匂いが強いらしいから楽勝だね。たくさん集めるよ」

 森の中に到着したエイミーは張り切っている。
 エプロンポケットから白いハイソックスを取り出して、自分だけ素肌を虫達から完全防御している。
 俺は全身真っ裸だけど、何も対策は用意してくれないようだ。
 多分、一生用意してくれないと思う。よくて靴下が限界だと思う。
 クエストで貯めたお金で自分で買うしかない。

「さてと、頑張って探しますか……」
 
 効率を重視して、分かれて作業する事になった。
 地面の上に縦横六十センチ程の白いハンカチが敷かれている。
 俺は薬草とキノコを採取したら、そこまで運べばいい。

 黒い土の地面は絨毯のような柔らかさがあり、高さ三センチ程の一枚葉の小さな草が繁殖している。
 この森は白い幹の針葉樹林の森で、クロォークロォーと鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 受付女性から受け取ったクエスト証明書には、天然産の薬草を集める理由が書かれていた。
 人工栽培を繰り返した薬草とキノコは薬効が落ちるらしいから、天然産と定期的に交換するそうだ。
 人命にも影響する大切な仕事だから、適当にやる事は出来ない。

「うわぁー、そこら中から匂いがするよ。匂いが多すぎて、逆に分からないよ」

 森の中から薬草とキノコの匂いが沢山している。
 天然産の匂いが強いなら、予想できた事態だった。
 特に下見をすれば完璧に防げた事態だ。

 それでもやれると思う。どんなに似ている匂いでも少しは違う。
 一つの匂いに集中すれば、匂いの強い弱いで距離が分かる。
 まずは強い匂いを探して集めていこう。

「これだと、雑草狩りだよ……」

 前足を使って、薬草を掘り起こしていく。
 前足が泥だらけになってしまった。帰ったらお風呂に入れるけど、どうせお父さんだ。
 元人間で十五歳の男の子だと教えたから、もうエイミーとは入らせてくれない。
 お父さんが絶対に阻止すると思う。

「もしかして、部屋も別々にするんじゃないのか?」

 犬とはいえ、若い男女を同じ部屋に寝かさないと思う。
 楽しみがどんどん減っていく。
 こんな事なら一ヶ月ぐらいは、普通の犬を堪能すれば良かった。
 あぁ~あ、裸の女の子とお風呂に入りたかったよ。

「さて、馬鹿な事を言ってないで仕事しないと……」

 街にはエイミー以外にも女の子はいっぱいいる。
 いざとなれば、泥だらけに身体で可愛い女の子が住んでいる家の前に寝転べばいい。
 隅々まで綺麗に洗ってくれるぞ。

 ♢
 
「うんうん、これだけ集めればクエスト達成だね」
「ワン!」

 ハンカチの上には緑色の薬草と青色のキノコが山積みになっている。
 薬草もキノコもどちらも使える物は一本十ギルで買取ってくれる。
 これだけあれば、六百ギルにはなりそうだ。

「チャロ、今日は終わりだよ。大量に取り過ぎても、買取ってくれないとタダ働きになるからね」
『じゃあ、明日は別のクエストだね』

 薬草狩りもキノコ狩りも一日で十分だ。
 森の黒い地面に伸ばした爪で文字を書いて、エイミーに確認してみた。

「んっ? 明日は別の薬屋さんの薬草を取りに行くよ。街には薬屋さんが三十軒はあるから、二週間ぐらいはかかると思うよ」
『頑張ります』

 駄目だった。農家と同じで収穫時は忙しいようだ。
 エイミーは平然と答えているけど、二週間は長いよ。
 華やかな生活を夢見ていたのに、地味な作業が続いていくようだ。

『これって、冒険者じゃなくても出来るよね?』
「そうだね。冒険者がやってくれない時は自分達でやるみたいだよ。でも、魔物がいない森でお金が稼げるから楽な方だよ。そのまま薬屋さんで働く人もいるぐらいだし」

 それって、クエストじゃなくて求人だよ。
 冒険者を辞めさせて、薬屋で働かせようとしているよ。

「そろそろ、帰らないと。お昼ご飯過ぎているし、冒険者ギルドにも寄らないといけないし」
「ワン!」

 確かにお腹が空いてきた。
 お昼ご飯はクッキーだけだし、身体も薬草臭いから洗いたい。

「ヴァン、ヴァン、ヴァン!」
「んっ? 何だ?」
「どうしたの、チャロ?」

 街に向かって帰っていると、犬の鳴き声が聞こえてきた。
 エイミーが振り返って、俺に聞いてきたけど、俺じゃないです。

「ワン!」

 急いで地面に『魔物は出ないはずなんじゃないの?』と書いて、エイミーに向かって吠えた。
 獣臭が近づいてきている。それにしても紛らわしい。鳴き声が被ってしまう。

「もしかすると、チャロに薬を使った犯人が森の動物を魔物に変えたのかも! チャロ、戦闘準備して!」
「ワン!」

 だとしたら、この爪で返り討ちにしてやる。前と違って武器はある。
 化け猫よりは化け犬の方が強そうだけど、逃げられないから戦うしかない。

「グゥルルルル! ウーッ、ウーッ!」
「クゥーン、クゥーン」

 戦闘態勢で待っていると、体長一メートル程の黒茶の大型犬がやって来た。
 目の前で唸って吠えまくっている。
 噛み付かれそうなので、慌てて盾を構えているエイミーの後ろに隠れた。

(同じ犬でも何を言っているのか分からないよ)

 目の前の茶色の大型犬は顔回りと背中が黒く、尖った耳が伸びている。
 ワイルドな顔付きで、足だけじゃなく、舌も尻尾も長い。
 こっちは膝までなのに、頭の高さがエイミーの腰ぐらいまである。
 頑丈そうな身体をしているし、ああいうのが戦闘向きの犬なんだよ。
 同じ犬でも、赤ちゃんと大人だよ。

「魔力が無いし、首輪が付いているから飼い犬みたいだね。家から逃げ出しちゃったのかな? よしよし、怖くないよ」
「ヴァンヴァン! ウーッ!」

 エイミーは笑顔で大型犬に近づいていく。
 どう見ても怖いよ。こんなの逃したら駄目だよ。
 
「よしよし、いい子、いい子!」
「ヘッヘッヘッ!」

 流石はテイマーだ。他所の犬を一瞬で懐かせている。
 このまま家に連れ帰りそうで怖いよ。

「エデル! エデル、どこにいるんだ!」
「ヴァンヴァン!」

 エイミーが大型犬を捕獲して、大きな背中を撫でていると、野太い男の声が聞こえてきた。
 男の声に反応して、大型犬が吠えて反応している。多分、この犬の飼い主だ。

「エデル! そこにいたのか!」
「ヴァン!」

 しばらく待っていると、飼い主の男が鳴き声を頼りに慌ててやって来た。
 薄茶色に汚れたヨレヨレの半袖シャツを着て、濃茶の半ズボンを履いている。
 四十代後半の短い茶色い髪で、少しぽっちゃりとした身体をしている。
 あの身体だと、走っていても、走っているようには見えないな。

「お散歩中に離れちゃったみたいだね」
「ヴァン!」

 エデルの背中を撫でながら、エイミーが言うと、エデルは元気に返事した。
 これで迷子の犬の飼い主を探さないで助かったけど、あの飼い主は貧乏そうだ。
 お礼は何も貰えそうにないな。

「すみません、大丈夫ですか! 噛まれてませんか!」
「はい、大人しいワンちゃんだから大丈夫です」
「こら、エデル! 駄目じゃないか!」
「ヘッヘッヘッ!」

 エデルは飼い主に怒られているのに、長い舌を出して、ヘッヘッしている。
 飼い主は完全に舐められている。

(この飼い主の男の声……髪も体型も似ているけど、貧乏そうだし……)

 飼い主とエデル、エイミーを少し離れて見ていたけど、ある事に気づいた。
 飼い主の雰囲気と声がスライム洞窟にいた男に似ている。
 洞窟の男は灰色の高級な服を着ていたから、目の前の貧乏臭そうな男とは全然違う。
 試しに男の匂いを嗅いでみる事にした。

(駄目だ。覚えている匂いと同じ匂いはしない。やっぱり人違いなのか?)
 
 男の匂いを嗅いでみたけど、煙草の匂いも香水の匂いもしなかった。
 でも、服装と匂い以外は洞窟の男と似ている。
 やっぱりあの時の男なんじゃないのか?

 ♢
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