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第一章・風竜編

第2話 10級仮登録とスライム洞窟

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「そんな事ありませんよ。仮登録は終わりました。10級からのスタートになります」
「じゃあ、クエストは受けられるんですか?」
「はい、あちらに掲示されている10級専用のクエストを受けられますよ。こちらが仮の冒険者カードです。失くさないように注意してくださいね」

 こっちの心配をよそに受付女性は微笑みを浮かべて、右手で壁の掲示板を指し示してから、カウンターの上に木の板を置いた。
 建物の出入り口から見て左上にある紹介された掲示板には、大きく『10』と書かれている。
 薄茶色の薄い木の板にも、黒いインクで名前と『10』という数字がスタンプされている。
 仮登録の冒険者には、この質素なカードで十分という事なんだろうな。

「ありがとうございます。頑張ってみます」
「お気をつけて。無理せずに頑張ってくださいね」

 受付女性にお礼を言って、木の板を受け取ると早速、10級の掲示板を見に行った。

「初クエストは絶対に失敗できない……」

 10級の掲示板は誰も見ていないから、じっくりと選ぶ事が出来る。
 出来るだけ簡単そうなクエストを見つけて、トントン拍子に行きたい。
 でも、何が簡単なクエストなのかも全然分からない。

「すみません。どのクエストが簡単なんでしょうか?」

 なので、8級の掲示板にいた二十四歳ぐらいの筋肉ムキムキの青年に聞いてみる事にした。
 誓約書にも冒険者同士仲良くしましょう、と書いてあったから教えてくれるはずだ。

「んっ? ああ、いいぜ!」
「うっ……」

 爽やかな笑顔とキラリと輝く白い歯を見せて、青髪の筋肉さんは引き受けてくれた。

(ま、眩しいぃ~‼︎)

 思わず兄貴と言いたくなってしまう。これが都会の男の力みたいだ。
 母さん、都会は男女関係なく気をつけないと駄目みたいだ。

「10級なら、俺のオススメはスライム洞窟だな」
「これですか?」

 青髪さんは掲示板の中の七枚のクエストから、一枚を人差し指で指している。
 クエストの内容を読んでみると、スライムの核、一個十ギルと書かれていた。
 ちょっと報酬が低過ぎないかな?

「報酬は低いけど、洞窟の魔物を倒していれば、自然と身体が強くなるんだ。それにスキルを覚える事もあるんだぜ。知識や経験も大事だが、まずは体力を付けないと何も出来ないぜ!」
「な、なるほど。それじゃあ、これにしてみます!」

 青髪さんが両腕を持ち上げて、力こぶを見せている。言われてみればその通りだ。
 どんなに頭が良くても、魔物を倒す力がないと倒せない。
 よし、まずは父さんみたいなガチムチの脳筋を目指してみよう。

「ああ、頑張れよ! でも、お前のその身体だとスライムを素手で倒すのは難しいかもな。武器は用意した方がいいぞ」
「それなら……これがあります!」

 武器なら持っている。背中の鞄から片刃の鉄の短剣を取り出して、青髪さんに見せてみた。

「おっ、それなら大丈夫そうだな。それとクエストは自分の等級と同じものしか受けられないからな。等級が上の人は手伝えないから、無理に頼んだりしたら駄目だぞ」
「そうなんですか? だから、ここには誰もいないんですね」

 9級と10級の掲示板には誰もいないけど、7級と8級は人が多い。
 一階には7~10級の掲示板しかないから、多分、6級以上は二階にあると思う。
 でも、何級が普通なんだろう?

「ああ、10級なら、サボらなければ二週間もあれば終わるからな。それでも、何ヶ月も10級のままの可哀想な人もいるけど、悪く言ったりしたら駄目だぞ」
「そうですね……ありがとうございました。頑張ってみます」
「おお! 応援しているぞ!」

 青髪さんに悪気はないと思うけど、その可哀想な人になるかもしれない。
 とりあえず、青髪さんを信じて、二週間頑張ってみるしかない。
 お礼を言って、掲示板からクエスト用紙を一枚取った。

「うわぁー、ドキドキするよ。冒険者カードと用紙を渡すだけでいいみたいだけど……」

 今度は三つあるクエスト用のカウンターに、クエスト用紙を持って並んでみた。
 掲示板のクエスト用紙は何枚もあるものから、一枚しかないものもあった。
 スライムの核は何枚もあったので、10級でも簡単なクエストなのかもしれない。

「次だ……」

 カウンターの前には四人も並んでいたけど、一人二分もかからずに終わっていく。
 都会の人は動きが早い。登録手続きに四分もかけた村育ちとは、やっぱり違う。

「お待たせしました。お座りください」
「はい、このクエストをお願いします」

 受付女性に言われて椅子に座って、クエスト用紙と冒険者カードをカウンターの上に置いた。
 目の前には、半袖の水色と白色のチェック柄のフリルシャツに、胸開きの黒と薄茶色の前掛けが付いたドレスを着た、二十六歳ぐらいの大人っぽい女性がいる。
 どうやら服装は自由みたいだ。赤みがかった茶色い波打つ長い髪に、濃い灰色の帽子を被っている。

「10級のスライムの核集めですね。少々お待ちください……」

 受付女性は立ち上がると、棚から用紙を探して持って来た。
 ここまでは列の前に並んでいた人達と同じ動きだ。

「お待たせしました。こちらがクエスト証明書です。表にクエストの内容、裏面に目的地までの地図が書かれています」

 受付女性がカウンターの上に薄茶色の紙を一枚置いた。
 縦二十五センチ、横二十センチぐらいの証明書を受け取って裏面を見る。
 街から目的地までの行き方が書かれている。
 街からスライムが住んでいる洞窟までは、徒歩で四十分程度の近い距離だった。
 これなら問題なく辿り着けそうだ。
 
「ルディさんは仮登録用の冒険者カードなので、冒険者手帳は持っていませんが、通常は手帳にも証明書を印刷します。クエスト忘れや不正を防止する為の役割があります。なので、手帳が無い場合は、この証明書は紛失しないようにしてください」
「そうなんですね。でも、万が一に無くしてしまったら場合はどうなるんですか?」

 手続きは終わったみたいだけど、カードと丁寧に折り畳んた証明書を鞄に入れながら聞いてみた。
 やっぱり良い匂いがする美人とは少しでも長く話したい。

「冒険者ギルドでもクエストの控えは取ってあります。控えが見つかれば問題ありません。でも、他人の力を借りて得た拾得物の可能性がある場合はチェックされます。不正が見つかれば、冒険者資格の永久剥奪も有り得ますので、気をつけてくださいね」
「あっはは、多分、しないと思うので大丈夫です。ありがとうございます。それじゃあ、頑張ってきます」
「お気をつけて」

 受付女性にお礼を言って、椅子から立ち上がった。
 不正したくても、不正の仕方も分からないから出来るはずない。
 冒険者ギルドから出ると、早速、鞄から折り畳んだ証明書を取り出した。
 すぐに使うから鞄に入れなくてもよかった。

「えっーと、まずは左に進めばいいんだな……」

 また冒険者ギルドに入って、誰かに聞いた方が早いかもしれない。
 でも、これも不正になるかもしれないし、冒険者は同じ等級のクエストしか手伝えないらしい。
 10級の人が誰も建物の中にいないなら、一人で頑張らないと駄目だ。

「これも経験を積む為の試練だな」

 気合を入れて、地図の通りに街中を進んで行く。
 しばらくすると建物が少なくなって、石畳の道が途切れて、森が見えてきた。
 森の入り口には、『スライム洞窟まで約三キロ』と書かれた看板が立っている。
 ここで間違いないようだ。森の中に綺麗に整備された一本道が続いている。

「よし、行くぞ!」

 徒歩四十分も必要ない。軽く走っても、二十分もあれば着けるはずだ。
 準備運動がてら、森の一本道を走り始めた。

「はぁ、はぁ、はぁっ……」

 静かな森の中の空気は美味しいし、あっという間に次の看板が見えてきた。
 看板には『気をつけて。スライム洞窟まで約二キロ』と書かれている。
 小さな子供が間違って、森に入ったら大変だよね。

「はぁ、はぁ、はぁっ……?」

 また看板が見えてきた。看板には『危ないよ! スライム洞窟まで約一キロ!』と書かれている。
 さっきよりも強めの警告だ。もしかすると、本当に危ないのかもしれない。
 引き返した方がいいのだろうか?

「いやいや、駄目だ! この看板は覚悟を試しているんだ! 看板程度に負けていられない」

 少し不安になってしまったけど、大丈夫だ。
 ここまで来たのなら洞窟まで行って、スライムを見てから引き返えそう。
 戦う前から逃げ出すのは早すぎる。逃げるなら相手を見てからでも遅くはない。

「はぁ、はぁ、はぁっ……到着した」

 森の一本道を進んだ先に、薄茶色の岩山にポカンと空いた洞窟が見えてきた。
 穴の近くには見張りは誰も立っていないけど、看板が立っている。
 看板には『危険! スライム洞窟入り口。許可なく立ち入る事は禁ずる』と書かれている。
 冒険者ギルドの証明書を持っているから、入るのは問題ないと思う。あとは入るだけだ。

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