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第十二章

第2話『誘惑作戦』

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 ——プリシラが指輪を受け取る前。

 ウォルターはテミスの高速飛行で、海を越えた先にある隠れ家に向かっていました。
 細かな作戦は移動しながら、話すという事ですが、協力者のプリシラが失敗したら、あとは力尽くで指輪を填めなければなりません。
 しかも、指輪を填める時に失敗したら、エウロスから指輪を取り戻さなければならないという、非常に難易度高めの救出作戦に変わります。

「……大蛇程度に殺されるとはな。あの女がいれば、森に配置されている剣を粉々に破壊できただろうに」
「そうですね。最後はプチッと呆気なく潰されました」
「せっかく鍛えたのに無駄になってしまった」
「そうですね。僕も残念です」

 二人は具体的な作戦を話し合っています。
 ミファリスは蛇に殺された事にしました。
 テミスが戦力強化の為に、ミファリスを少し鍛えていたようですが、鍛え過ぎです。
 鍛え過ぎて、完全に闇堕ちしていました。
 
 まあ、もう闇堕ちしたミファリスの危険は去っています。
 今頃は少しずつ山の養分になっているはずです。
 ウォルターはそう信じています。

 けれども、氷は溶けます。いつかは溶けます。
 ミファリスが埋まっていた場所には、ミファリスはもう居ません。
 ウォルターは母親を救出しても、絶対に港町の家には戻らない方がいいです。
 
「まあ、仕方ない。いない人間に頼る事は出来ない。兄上は剣を操作して、飛行する事も出来る。お前の全速力でも簡単に追いつかれてしまう。地中に逃げる事が出来れば、楽だったんだがな」
「確かに地中に潜られる厄介ですね」

 テミスの作戦の鍵はミファリスでした。
 ミファリスを失った事で安全、確実に逃げる方法まで失ってしまいました。
 地中を移動できる能力と、現在地と剣聖の位置が分かる能力を合わせれば、剣聖から隠れて生活する事も出来ました。
 
(僕があの時、ミファリスに嘘でも告白していればよかったのか? いや、でも……)

 ウォルターは嘘でも付き合うべきだったと少し後悔しています。
 母親を助けられるなら、好きでもない女の子と付き合うぐらいはするべきでした。
 でも、本当に付き合ったら駄目な相手は、人間は本能で分かります。
 その結果、山に埋めて来ました。決断を後悔したら駄目です。

「あそこが目的地の町だ」
「あれですか? 意外と大きいですね」
「人口1500人程度の小さな町だ」

 テミスに言われて、ウォルターは前方をよく見ました。
 確かに森の中にある小さな町が見えてきました。
 この近くにある屋敷にエウロスと三人の女性が暮らしています。

「まずはプリシラが町に買い物に来るまで待機する。あとは協力者に手紙と指輪を渡す。決行はプリシラが町に来た当日になる。プリシラは四日に一度の頻度で買い物に来る。おそらく今日の夜に、作戦を決行する事になる」

 テミスが町の上空で作戦の説明をしていきます。
 ウォルターは言われた通りに探査で周囲を調べました。
 確かに町の西北西にセレナの反応がありました。

 あとは夕方まで待機して、プリシラが買い物に来なければ、近場の町に移動して泊まる事になります。
 けれども、その必要はなさそうです。プリシラが町の方に向かって来ています。
 ウォルターはテミスに報告します。

「プリシラが動きました。到着は三十分後ぐらいです」
「分かった。ここで少し待て。すぐに戻って来る」

 テミスはウォルターを上空に置き去りにすると、予定通りに協力者の八百屋に行きました。
 明らかに八百屋は賢者には似合わない場所です。だからこそ、怪しまれずに済みます。

 テミスは白いローブに付いているフードを被ると、白いローブを魔法で茶色に変えていきます。
 七色に変える事が出来るらしいですが、城の使用人達でも、白と黒しか見た事はないらしいです。
 ウォルターは貴重な茶色を驚く事なく、普通に見送りました。

 ♦︎

(くぅぅぅ、私は美少年が好きなのに!)
 
 プリシラはスカートのポケットに四つの指輪を入れて、指輪を填める方法を考えています。
 テミスの手紙には、今日の午後十一時にエウロスの部屋に行って、指輪を填めるように書かれていました。
 つまりは身体を使って、エウロスを誘惑して、四つも指輪を填めなくてはいけません。

 婚約指輪とか言えば、一つは可能ですが、流石に四つは厳しいです。
 可能性があるとしたら、パパッと一気に親指以外に填める方法だけです。
 呪われた指輪らしいので、一度填めれば取れないそうです。
 指輪を取るには、指を切り落とすしかないそうです。

 填めれば勝ちという有利なゲームですが、填めた途端に殺されそうです。
 失敗しても成功しても酷い目に遭いそうなので、プリシラは椅子に座ったまま、読書のフリを続けてしまいました。チラッと時計を見ると、指定された時間まで、残り十二分ちょっとしかありません。

(ヤバイ、ヤバイ⁉︎ そろそろ行かないと!)

 プリシラは椅子から慌てて立ち上がると、椅子に本を置きました。
 何もしなければ、テミスによって、屋敷ごと破壊されるのは分かっています。
 テミスが望むのは結果だけです。

 エウロスの拘束とセレナの救出のどちらも難しいなら、救出は諦めて殺戮に変更します。
 とりあえず、セレナ達がいなければ、エウロスは強くなりません。
 テミスはそういう事を平気で考えて、当然のように実行する人間です。
 プリシラはそういう冷酷な一面を間近で見ているので知っています。

(よし、パパッと両手の指に填めよう!)

 プリシラは覚悟を決めると、コンコンと薄茶色の扉を軽くノックしました。
 すぐに屋敷でただ一人の男の声が返ってきました。

「……入れ」
「失礼します」

 ベッドに座っていたエウロスは、長袖の白シャツと黒のふっくらした長ズボンを履いています。
 ボタン付き白シャツは胸元が外されて、少し厚い胸元が見えています。

(うえぇぇぇ、超汗臭そう)

 プリシラはエウロスの胸板を見て、気分が悪くなっていきます。
 エウロスを見ていると、部屋も汗臭く感じてしまいます。
 プリシラは美少年派です。基本的に十五歳以上の男は豚に見えてしまいます。
 それでも、今日は我慢するようです。微笑みを浮かべて、近づいて行きます。

「こんな時間にどうした? もう寝る時間のはずだぞ」
「そんなの決まっているじゃないですか。女同士で寝ていても退屈なだけです。たまには、エウロス兄様と一緒に寝させてください。駄目ですか?」

 プリシラはエウロスの隣に座ると、エウロスの右手を両手で撫で回します。
 明らかに誘惑していますが、見た目十五歳、年齢十三歳では、相手にされない可能性が高いです。

「なるほど。そういう事に興味がある年頃か。ならば、悪い男に捕まる前に教えてあげないとな」
「きゃあっ⁉︎ エウロス兄様⁉︎」

 プリシラはエウロスによって、ベッドに押し倒されると、身体の上に覆い被せられました。
 プリシラは声を出して驚いていますが、狙い通りに魚は釣れました。
 胸元を弄られながらも、スカートのポケットに右手を入れて、指輪を四つ取り出しました。

(くっ、うぅっ、巨大な馬鹿犬にじゃれつかれていると思えば平気だけど、この犬は全然可愛くない!)

 プリシラは胸を勝手にパフパフしているエウロスに怒っています。
 そこまで許した覚えはないです。許したのは添い寝程度です。
 右手にしっかりと指輪を握ると、左手でエウロスの左手を触って、指の位置を確認します。
 あとは両手で一つずつ指輪を填めていくだけです。

(まずは人差し指……)

 胸をパフパフしているエウロスの左手人差し指に、スポンと指輪が填まりました。
 プリシラはエウロスが気づく前に四つ全部を左指に填めるようです。
 流れ作業のように、約一、ニ秒の早技で指輪を全部填めました。
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