上 下
97 / 112
第十二章

第2話『誘惑作戦』

しおりを挟む
 ——プリシラが指輪を受け取る前。

 ウォルターはテミスの高速飛行で、海を越えた先にある隠れ家に向かっていました。
 細かな作戦は移動しながら、話すという事ですが、協力者のプリシラが失敗したら、あとは力尽くで指輪を填めなければなりません。
 しかも、指輪を填める時に失敗したら、エウロスから指輪を取り戻さなければならないという、非常に難易度高めの救出作戦に変わります。

「……大蛇程度に殺されるとはな。あの女がいれば、森に配置されている剣を粉々に破壊できただろうに」
「そうですね。最後はプチッと呆気なく潰されました」
「せっかく鍛えたのに無駄になってしまった」
「そうですね。僕も残念です」

 二人は具体的な作戦を話し合っています。
 ミファリスは蛇に殺された事にしました。
 テミスが戦力強化の為に、ミファリスを少し鍛えていたようですが、鍛え過ぎです。
 鍛え過ぎて、完全に闇堕ちしていました。
 
 まあ、もう闇堕ちしたミファリスの危険は去っています。
 今頃は少しずつ山の養分になっているはずです。
 ウォルターはそう信じています。

 けれども、氷は溶けます。いつかは溶けます。
 ミファリスが埋まっていた場所には、ミファリスはもう居ません。
 ウォルターは母親を救出しても、絶対に港町の家には戻らない方がいいです。
 
「まあ、仕方ない。いない人間に頼る事は出来ない。兄上は剣を操作して、飛行する事も出来る。お前の全速力でも簡単に追いつかれてしまう。地中に逃げる事が出来れば、楽だったんだがな」
「確かに地中に潜られる厄介ですね」

 テミスの作戦の鍵はミファリスでした。
 ミファリスを失った事で安全、確実に逃げる方法まで失ってしまいました。
 地中を移動できる能力と、現在地と剣聖の位置が分かる能力を合わせれば、剣聖から隠れて生活する事も出来ました。
 
(僕があの時、ミファリスに嘘でも告白していればよかったのか? いや、でも……)

 ウォルターは嘘でも付き合うべきだったと少し後悔しています。
 母親を助けられるなら、好きでもない女の子と付き合うぐらいはするべきでした。
 でも、本当に付き合ったら駄目な相手は、人間は本能で分かります。
 その結果、山に埋めて来ました。決断を後悔したら駄目です。

「あそこが目的地の町だ」
「あれですか? 意外と大きいですね」
「人口1500人程度の小さな町だ」

 テミスに言われて、ウォルターは前方をよく見ました。
 確かに森の中にある小さな町が見えてきました。
 この近くにある屋敷にエウロスと三人の女性が暮らしています。

「まずはプリシラが町に買い物に来るまで待機する。あとは協力者に手紙と指輪を渡す。決行はプリシラが町に来た当日になる。プリシラは四日に一度の頻度で買い物に来る。おそらく今日の夜に、作戦を決行する事になる」

 テミスが町の上空で作戦の説明をしていきます。
 ウォルターは言われた通りに探査で周囲を調べました。
 確かに町の西北西にセレナの反応がありました。

 あとは夕方まで待機して、プリシラが買い物に来なければ、近場の町に移動して泊まる事になります。
 けれども、その必要はなさそうです。プリシラが町の方に向かって来ています。
 ウォルターはテミスに報告します。

「プリシラが動きました。到着は三十分後ぐらいです」
「分かった。ここで少し待て。すぐに戻って来る」

 テミスはウォルターを上空に置き去りにすると、予定通りに協力者の八百屋に行きました。
 明らかに八百屋は賢者には似合わない場所です。だからこそ、怪しまれずに済みます。

 テミスは白いローブに付いているフードを被ると、白いローブを魔法で茶色に変えていきます。
 七色に変える事が出来るらしいですが、城の使用人達でも、白と黒しか見た事はないらしいです。
 ウォルターは貴重な茶色を驚く事なく、普通に見送りました。

 ♦︎

(くぅぅぅ、私は美少年が好きなのに!)
 
 プリシラはスカートのポケットに四つの指輪を入れて、指輪を填める方法を考えています。
 テミスの手紙には、今日の午後十一時にエウロスの部屋に行って、指輪を填めるように書かれていました。
 つまりは身体を使って、エウロスを誘惑して、四つも指輪を填めなくてはいけません。

 婚約指輪とか言えば、一つは可能ですが、流石に四つは厳しいです。
 可能性があるとしたら、パパッと一気に親指以外に填める方法だけです。
 呪われた指輪らしいので、一度填めれば取れないそうです。
 指輪を取るには、指を切り落とすしかないそうです。

 填めれば勝ちという有利なゲームですが、填めた途端に殺されそうです。
 失敗しても成功しても酷い目に遭いそうなので、プリシラは椅子に座ったまま、読書のフリを続けてしまいました。チラッと時計を見ると、指定された時間まで、残り十二分ちょっとしかありません。

(ヤバイ、ヤバイ⁉︎ そろそろ行かないと!)

 プリシラは椅子から慌てて立ち上がると、椅子に本を置きました。
 何もしなければ、テミスによって、屋敷ごと破壊されるのは分かっています。
 テミスが望むのは結果だけです。

 エウロスの拘束とセレナの救出のどちらも難しいなら、救出は諦めて殺戮に変更します。
 とりあえず、セレナ達がいなければ、エウロスは強くなりません。
 テミスはそういう事を平気で考えて、当然のように実行する人間です。
 プリシラはそういう冷酷な一面を間近で見ているので知っています。

(よし、パパッと両手の指に填めよう!)

 プリシラは覚悟を決めると、コンコンと薄茶色の扉を軽くノックしました。
 すぐに屋敷でただ一人の男の声が返ってきました。

「……入れ」
「失礼します」

 ベッドに座っていたエウロスは、長袖の白シャツと黒のふっくらした長ズボンを履いています。
 ボタン付き白シャツは胸元が外されて、少し厚い胸元が見えています。

(うえぇぇぇ、超汗臭そう)

 プリシラはエウロスの胸板を見て、気分が悪くなっていきます。
 エウロスを見ていると、部屋も汗臭く感じてしまいます。
 プリシラは美少年派です。基本的に十五歳以上の男は豚に見えてしまいます。
 それでも、今日は我慢するようです。微笑みを浮かべて、近づいて行きます。

「こんな時間にどうした? もう寝る時間のはずだぞ」
「そんなの決まっているじゃないですか。女同士で寝ていても退屈なだけです。たまには、エウロス兄様と一緒に寝させてください。駄目ですか?」

 プリシラはエウロスの隣に座ると、エウロスの右手を両手で撫で回します。
 明らかに誘惑していますが、見た目十五歳、年齢十三歳では、相手にされない可能性が高いです。

「なるほど。そういう事に興味がある年頃か。ならば、悪い男に捕まる前に教えてあげないとな」
「きゃあっ⁉︎ エウロス兄様⁉︎」

 プリシラはエウロスによって、ベッドに押し倒されると、身体の上に覆い被せられました。
 プリシラは声を出して驚いていますが、狙い通りに魚は釣れました。
 胸元を弄られながらも、スカートのポケットに右手を入れて、指輪を四つ取り出しました。

(くっ、うぅっ、巨大な馬鹿犬にじゃれつかれていると思えば平気だけど、この犬は全然可愛くない!)

 プリシラは胸を勝手にパフパフしているエウロスに怒っています。
 そこまで許した覚えはないです。許したのは添い寝程度です。
 右手にしっかりと指輪を握ると、左手でエウロスの左手を触って、指の位置を確認します。
 あとは両手で一つずつ指輪を填めていくだけです。

(まずは人差し指……)

 胸をパフパフしているエウロスの左手人差し指に、スポンと指輪が填まりました。
 プリシラはエウロスが気づく前に四つ全部を左指に填めるようです。
 流れ作業のように、約一、ニ秒の早技で指輪を全部填めました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

慟哭の時

レクフル
ファンタジー
物心ついた時から、母と二人で旅をしていた。 各地を周り、何処に行くでもなく旅をする。 気づいたらそうだったし、何の疑問も持たなくて、ただ私は母と旅を続けていた。 しかし、母には旅をする理由があった。 そんな日々が続いたある日、母がいなくなった。 私は一人になったのだ。 誰にも触れられず、人と関わる事を避けて生きていた私が急に一人になって、どう生きていけばいいのか…… それから母を探す旅を始める。 誰にも求められず、触れられず、忘れ去られていき、それでも生きていく理由等あるのだろうか……? 私にあるのは異常な力だけ。 普通でいられるのなら、こんな力等無くていいのだ。 だから旅をする。 私を必要としてくれる存在であった母を探すために。 私を愛してくれる人を探すために……

伝説のドラゴン 世界をかけた戦い~記憶がない俺が天龍から授かった魔法で無双になる?!~

杏子
ファンタジー
俺はふと目が覚めると、崖の下に寝転がっていた。 頭が割れるように痛い。 『いって~······あれ?』  声が出ない?!! 『それよりも······俺は·········誰?』  記憶がなかった。  振り返るとレインボードラゴン〈天龍〉が俺の下敷きになっていたようで気を失っている。 『こいつのおかげで助かったのか?』  レインボードラゴンにレイと名付け、狼の霊獣フェンリルも仲間になり、旅をする。  俺が話せないのは誰かが魔法をかけたせいなのがわかった。 記憶は?  何も分からないまま、なぜか魔法が使えるようになり、色々な仲間が増えて、最強(無双)な魔法使いへと成長し、世界を救う物語です。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

【完結】飯屋ではありません薬屋です。

たちばな樹
ファンタジー
両親が亡くなり王都で薬師をする兄を頼りに引っ越した妹は兄と同居して毎日料理を作る。その美味しい匂いの煙は隣接する警備隊詰所に届く。そして美味しい匂いに釣られる騎士達。妹視点、兄視点、騎士視点それぞれであります。ゆるい話なので軽く読み流してください。恋愛要素は薄めです。完結しております。なろうにも掲載。

~唯一王の成り上がり~ 外れスキル「精霊王」の俺、パーティーを首になった瞬間スキルが開花、Sランク冒険者へと成り上がり、英雄となる

静内燕
ファンタジー
【カクヨムコン最終選考進出】 【複数サイトでランキング入り】 追放された主人公フライがその能力を覚醒させ、成り上がりっていく物語 主人公フライ。 仲間たちがスキルを開花させ、パーティーがSランクまで昇華していく中、彼が与えられたスキルは「精霊王」という伝説上の生き物にしか対象にできない使用用途が限られた外れスキルだった。 フライはダンジョンの案内役や、料理、周囲の加護、荷物持ちなど、あらゆる雑用を喜んでこなしていた。 外れスキルの自分でも、仲間達の役に立てるからと。 しかしその奮闘ぶりは、恵まれたスキルを持つ仲間たちからは認められず、毎日のように不当な扱いを受ける日々。 そしてとうとうダンジョンの中でパーティーからの追放を宣告されてしまう。 「お前みたいなゴミの変わりはいくらでもいる」 最後のクエストのダンジョンの主は、今までと比較にならないほど強く、歯が立たない敵だった。 仲間たちは我先に逃亡、残ったのはフライ一人だけ。 そこでダンジョンの主は告げる、あなたのスキルを待っていた。と──。 そして不遇だったスキルがようやく開花し、最強の冒険者へとのし上がっていく。 一方、裏方で支えていたフライがいなくなったパーティーたちが没落していく物語。 イラスト 卯月凪沙様より

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。 そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。 【カクヨムにも投稿してます】

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

処理中です...