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第十章

第6話『長女イシス』

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(やっぱりデカイ。横を通り過ぎるのも難しそうだ)

 近づいて来る赤キメラに、ウォルターをどう対処するべきか考えています。
 力も速さも相手が上ならば、簡単にイシスを取り押さえる事も出来ません。

 部屋の広さは十分に広いですが、部屋の床に四つの紫色の小さなプールが作られています。
 落ちたら、どうなるか分かりませんが、健康になりそうな色には見えません。
 それでも動かないと、ただ捕まるだけです。

 ウォルターは両手から氷の腕を伸ばすと、さらに氷の手に氷の剣を持たせます。
 そして、近づいて来る赤キメラの胴体に向かって、左右の氷の剣を同時に薙ぎ払いました。

「ヤァッ‼︎」
「ンッ?」

 ザシューと音を立てて、二本の氷剣が赤キメラの身体を滑っていきます。
 ウォルターにとっては強力な攻撃ですが、赤い鱗には傷一つ付いていません。
 分かっていた結果に納得しながらも、ウォルターは無駄な抵抗を頑張ります。

(冒険者で言えば、Aクラス。でも、この程度でキメラを倒せるとは思えない。マグレか、ドロシーが嘘を吐いているかの、どちらかでしょうね)

 必死に攻撃するウォルターの姿を見ながら、イシスは冷静に戦闘能力を分析しています。
 青キメラの強さはもう少しの改良で、Sクラスと呼ばれる強さにギリギリでなりそうでした。
 戦闘能力の高さは上から、S、A、B、C、D、E、Fの七段階で評価されます。
 ウォルターが今戦っている赤キメラは、イシスはSクラスに分類しています。
 しかも、Sクラスでも上位のものです。出来れば、SSクラスと言いたいぐらいの自信作です。

「レッド、さっさと拘束しなさい。布の剣に怖がっている訳じゃないんでしょう?」
「イマ、ヤル。オマエ、ウゴクナ」

 イシスは部屋の空中をウォルターを追って、飛び回っている赤キメラにイラつきながら言いました。
 飛行と魔法能力しか持っていない相手を拘束するのに、苦戦するようでは話になりません。

(身体能力とスキルだけを上げ過ぎて、実戦経験が足りないわね。そろそろ外に出して、強そうな相手と戦わせましょうか)

 イシスはキメラの欠点を見つけて、苦々しく思っています。
 ウォルターは天井や壁スレスレを泳いで、器用に逃げ回っています。
 それに引き替え、赤キメラは両腕でウォルターを捕まえようとしているだけです。
 身体能力と戦闘能力は比例しない事が分かりました。

(じれったい。こうなったら、私が手を貸した方が早そうね)

 赤キメラが全然ウォルターを捕まえられないので、イシスは自分で動くようです。
 テーブルに置いてある複数の薬品を次々に混ぜ合わせていきます。
 透明な液体が青色になったり、赤色になったりしていきます。
 明らかにヤバイ薬品を作っているのは見れば分かります。

「レッド、そいつを部屋から出さないようにしなさい。そのぐらいは出来るわね」

 イシスは赤キメラにそう言うと、完成したピンクの瓶を紫色のプールに勢いよく投げ込みました。
 ポチャンと瓶が落ちたプールからは、白い煙がボコボコと湧き上がり始めました。
 明らかに吸ったらヤバイ煙に、ウォルターは急いでプールの表面を氷漬けにしました。

「レッド、壊しなさい」
「ワカッタ」

 けれども、無駄な抵抗でした。
 イシスの命令で赤キメラがプールに張っていた氷の板を軽々と踏み砕きました。
 赤キメラは人使いの荒いイシスに何度も名前を呼ばれて、命令され続けています。
 そのうちキレて暴走するのも時間の問題です。

「今度は薬責め。心中するつもりはないとは思うけど、廃人になるのは絶対に嫌だ」

 ウォルターは室内に残っているイシスとドロシーを見て言いました。
 二人共逃げるつもりがないようなので、白い煙を大量に吸っても、命に関わる心配はなさそうです。
 でも、意味のない行動をするはずがないです。意識を失うぐらいの効果はあると思った方がいいです。
 その証拠に、イシスは新たに作ったピンク色の液体を、別のプールに投げ込みました。

「意味が分からない。全然身体に異常がないんだけど……」

 部屋の床は白い煙が覆い尽くしています。
 天井付近を逃げ回っているウォルターは、身体に異常が現れないので、おかしく思っています。
 有害な煙の効果が天井まで届いてないだけかもしれませんが、やっぱりおかしいです。
 ドロシーもイシスもピンピンしています。

「レッド、床に炎を吐きなさい」
「ワカッタ」

 そんなウォルターの疑問にイシスが答えてくれました。
 赤キメラはイシスの命令を聞くと、床に充満している煙に向かって、口から炎の息を吐き出しました。
 炎に触れた煙は黄色に変色すると、一気に膨れ上がって部屋全体に充満していきます。
 ウォルターは慌てて、全身を水の塊で包み込みましたが、無意味だったようです。
 黄色い煙が水に溶け込んでいきました。

「あぐっ! ぐあああぁぁ!」

 身体を包んでいた水が剥がれ落ちると、ウォルターは空中で喉を押さえて苦しみ出しました。
 生け捕りのはずが、どう見ても毒物を飲まされた反応にしか見えません。

「レッド、早く捕まえて連れて来なさい。早く解毒薬を飲ませないと後遺症が残るでしょう」
「……ワカッタ」

 イシスは赤キメラに命令を出しながら、複数の錠剤を飲み込んでいます。
 室内の入り口の方では、ドロシーもウォルターと同じように苦しんでいます。
 ウォルターを捕まえる為には、ドロシーの犠牲も問題ないようです。

 ♦︎

「うっ、ここは?」

 ウォルターは意識を取り戻すと、牢屋のベッドに横になっていました。
 最近は牢屋に入れられる事が日常的になったのか、牢屋の中で起きても、もう驚かないようです。
 むしろ、まだ生きている事に驚いています。

「痛たたた、まだ、頭がクラクラする」

 ベッドから起き上がったウォルターは、頭を押さえて痛がっています。
 ウォルターは赤キメラに捕まった後に、ドロシーと一緒に解毒の治療を受けて、牢屋に放り込まれました。
 あとは移植手術が決まるまでの短い生涯を、他の材料達のように牢屋で過ごすだけです。

「ベッドにトイレ付きは城の牢屋と同じだけど、こっちは看守付きみたいだ」

 ウォルターは牢屋の中を調べた後に、探査を使いました。
 周囲には五人の人間がいて、一人がキメラでした。
 つまりはウォルターを含んだ五人の材料を、一人のキメラが監視している事になります。
 手足は拘束されてはいませんが、看守一人いれば、材料達が暴れても問題ないという事です。

(ここから、腕を出せばキメラを攻撃する事は出来るけど……)

 牢屋の入り口は鉄格子なので、看守の姿が見えた時に魔法で攻撃できます。
 でも、それに意味がない事はさっきの戦いで分かっています。傷一つ付けられずに終わるだけです。
 やるとしたら、看守キメラの隙を見つけて、鉄格子の鍵にピッタリの氷の鍵を作って脱出です。
 あとはそのチャンスが来るのを待つだけです。

(あれ? どういうつもりだ。こっちに向かって来る)

 ウォルターは探査で三姉妹の動きを見ていました。
 その中の一人がウォルターの牢屋に向かって来ています。
 目的は分かりませんが、チャンス到来のようです。
 ウォルターはベッドの上に急いで寝転ぶと、寝たふりをしました。
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