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第十章

第3話『キメラ』

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「本気です。知り合いの女性が剣聖に誘拐されたので、それを助ける為に対抗する力を手に入れたいんです」

 ウォルターは白髪女性の質問に素直に答えました。
 前みたいに、母親が拐われたとか、自分が王子だとか余計な事は言いません。
 ただの一般人のウォルターとして、協力を依頼します。
 けれども、名前で素性がバレてしまったようです。

「あなたが嘘を吐いていないとしても、あなたの力じゃ無理です。でも、別の方法はあります。確かウォルターさんでしたね? 伝説のトレジャーハンターと同じ名前ですけど、本人で間違いありませんね?」
「えっーと……」

 ウォルターは白髪女性の質問に、正直に答えるか迷っています。
 伝説になっているのか知りませんが、そのウォルターで間違いないです。
 そして、答えるか、迷っていると白髪女性が代わりに答えました。

「答えたくないようですが、やっぱり本人で間違いないようですね。あなたの資金提供で研究は順調に進んでいます。最近は資金提供が減っているようですけど……」
「資金提供? 僕が? いや、まさか……」

 ウォルターはこんな危ない実験施設にお金を渡した記憶はないです。
 それでも、ある事に気づいてしまいました。国が主導で進めている研究ならば、ウォルターが支払わされている多額の税金が、使われている可能性が大です。
 それに最近は他所の国に行っていたので、税金は払っていません。
 おそらく資金提供が減っているのならば、それが原因です。

「心当たりがありそうですね。私は研究員のドロシーと言います。剣聖を倒したいのならば、資金提供のご協力をお願いします。それと……そろそろ床に降ろして、解放してくれませんか? 腕が凍傷になってしまいます」

 白髪女性のドロシーは、ウォルターの表情から、勝手に心を読んで推測すると、資金提供者だと認識したようです。慣れない作り笑いを口元に浮かべて、友好的な意思を見せています。
 でも、ウォルターは悪い人間と友好的になるつもりはないようです。氷の腕での拘束を続けています。

「それは出来ません。それに今まで資金提供した分だけ、身体で支払ってください」
「身体で……つまりはそうつもりで資金提供をしていたから、取り立てに来た訳ですか……いいですよ。それで資金提供を続けていただけるのなら、どうぞ好きにしてください」

 ウォルターの言葉を聞いて、ドロシーは作り笑いをやめました。
 青色の瞳には、軽蔑の意思がハッキリと現れています。
 それでも研究の為に、嫌々ウォルターに手篭てごめにされる覚悟を決めたようです。
 スゥッーと目を閉じました。

 年下の乱暴な男は、ドロシーのタイプの男ではありません。
 それでも、研究の為に身を捧げる事を選びました。
 そのドロシーの覚悟をウォルターは躊躇なく断りました。

「そういう意味の身体じゃないです。それにこんな異常な研究に資金提供する気持ちは一切ありません。今日限りでこの研究所は閉鎖です」

 ウォルターはハッキリと研究施設の閉鎖を宣言しました。
 非戦闘員の弱々しい研究者達ならば、十八人程度は楽に制圧する自信があるからです。
 そんなウォルターに対して、ドロシーは目を開けると、冷静に無理だと言ってきました。
 
「あなたにそんな権限は無いですよね? それとも、力尽くで閉鎖するつもりですか? それも無理です。この程度の力じゃ私達が作った人間兵器にも勝てません。それに誘拐された人を連れ戻したいなら、私達の力が必要なんでしょう? さっきも言ったように、あなたの力じゃ剣聖は倒せませんよ」

 ドロシーは余程、剣聖を倒せる自信があるようです。そんなドロシーの言葉を聞いて、ウォルターはチラッと手術台の上に寝ている、継ぎ接ぎだらけの緑色人間を見ました。
 余った布の切れ端で作られたような、等身大のパッチワーク人形に、剣聖を倒せる力があるとは思えません。
 冷静な判断力がある人間ならば、協力するような研究には見えません。

「人間兵器? この緑色の人間で剣聖を倒せるとは思えません。くだらない研究で死体を玩具にするのは、やめた方がいいですよ」

 どう見ても、動かない緑色の死体の戦闘能力は皆無です。
 ドロシーには悪いですが、ウォルターは思っている事を素直に言いました。
 
「くだらない研究? 全部見て知った訳じゃないのに、それが分かるんですか? 心配しなくても、それは第一段階です。生きてもいないし、動きもしません。あなたが協力してくれるなら、直ぐにでも研究は完成します。剣聖を倒したいなら、私達の研究成果を聞いてからでも遅くはないと思いますよ」

 ドロシーはくだらない研究と言われて、逆に無知な人間は可哀想だと笑いました。
 それどころか、この可哀想な人間に研究の素晴らしさを教えたくて、ウズウズしています。
 協力してくれれば、望み通りの結果を得られると、説明する声に熱がこもりました。

 そして、その熱意が通じたのか、ウォルターはドロシーを床に降ろすと、氷の腕から解放しました。

「……分かりました。話を聞いてから判断します」
「安心してください。目的は同じです。研究成果に必ず満足すると思います」

 ドロシーは笑みを深めて、冷たくなった両手を開いたり、閉じたりしています。
 若干、麻痺したような感覚があるようですが、問題ないようです。
 そんなドロシーに向かって、ウォルターは一番重要で知りたい事を聞きます。

「まずは三人の強化スキルを教えてくれませんか? どんなスキルで、どんな事が出来るのか教えてください」

 ウォルターは研究に協力するつもりは、最初からありません。
 協力する気持ちがあるふりをして、ドロシーから情報を聞き出すつもりです。

「……本当に何も知らないんですね。その様子では資金提供をしていたのも知らないようですし……では、簡単に説明します。この研究所の名前は『ソードブレイカー』。剣聖をへし折り殺す為だけの研究をしています」
「ソードブレイカーですか……どんな研究なんですか?」
「簡単に説明すると、人間と魔物とスキルを融合した人間兵器『キメラ』の開発です」
「キメラ?」

 ドロシーは他の資金提供者に説明したように、ウォルターに向かって研究成果を話していきます。
 血の繋がらない三姉妹、長女のイシス、次女のドロシー、三女のマローネが持つスキルを使用して、キメラは作られるそうです。

 長女イシスのスキル『高める』で作られた薬品には、身体能力を強化する効果があります。けれども、服用する事で寿命を縮めて、脳細胞を破壊するそうです。
 次女ドロシーのスキル『移す』は、他者へのスキル移植まで可能にする力があるそうです。スキルを移植するには心臓が必要なので、欲しいスキルを持っている生きている人間がいれば、殺して奪うそうです。
 三女マローネのスキル『合わせる』は、異なる生物、物質との融合を可能にするそうです。でも、生きている人間にやるとショック死するそうです。

 手術台に寝転がっている緑色の人間も、ドラゴンの皮を融合されて、スキルを移植されて、強化薬で薬漬けにされて完成するそうです。つまりは複数の戦闘スキルを持つ人型ドラゴンを作り出す研究です。

「特にスキル移植する技術は私しか持っていません。魔物や動物の中にもスキルを持っている者もいます。この研究は世界の発展には欠かせないものです。是非、ご協力をお願いします」

 ドロシーの熱意のこもった説明をウォルターは聞き終わりましたが、協力する気はゼロになりました。
 協力しても、生きたまま強くなる事は出来ないからです。
 研究所は今日を限りに閉鎖した方がよさそうです。
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