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第八章

第7話『ディアナの苦労』

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「ウォルター、今日も来たの? 何度も言っているけど、セレナさんには会わせられないから」
「キアラ姉さん、そこを何とか……」

 セレナの部屋の前で、ウォルターは追い返されています。
 スキル習得にセレナのスキルが影響する可能性があるので、会う事はエウロスに禁じられています。
 喋るだけなら大丈夫だという、ウォルターの主張はまったく聞いてもらえません。

 それに今はそのエウロスが来客中です。
 部屋の外にいるだけでも、怒られる可能性大です。

「駄目なものは駄目。早く会いたいなら、早くスキルを習得しないと」
「扉越しなら、大丈夫だと思うから」
「まったく、しつこい男は嫌われるよ。二週間我慢すれば、習得できなくても会えるんだから。今は我慢しなさい」
「うっ、姉さんの意地悪……」

 キアラに叱られて、ウォルターは項垂れて帰って行きます。
 セレナに会えないと、三時間に増えた拷問も耐え切れそうにないようです。

「あの調子だと今日も無理そうね。それにしても、王子って暇なのかしら?」

 キアラは二人の暇そうな王子に呆れています。
 二人の王子は連日のようにセレナの部屋に訪れています。
 特にエウロスは、ほぼ一日中、セレナの部屋に篭っています。

 いくらセレナの記憶が戻ったとはいえ、三歳までしか一緒に過ごしていないなら、そこまで話す事はないはずです。そして、そんな二人とは対照的に、テミスは一度もやって来ていません。

 ♦︎

 ——テミスの部屋。

 ディアナは連日、テミスの部屋に通っていました。
 スキルの有能さを確かめるテストとの事ですが、幻覚を見せる事は可能でも、テミスには数秒で解除されてしまいます。
 それに剣聖の存在の所為で、未来を見るスキルも不確かな状態です。
 有能さよりも無能さをアピールする結果になってしまいました。

「物の記憶を読み取る力も無しですか……この程度ならば、お連れの鑑定スキル持ちの方が有能そうですね」
「そうですね。鑑定が覚醒すれば、人でも物でも関係なく見れますからね」
「ご自分の能力をよく理解している。出来ない事を出来ると言う人間よりは評価できますよ」
「お褒めいただき光栄です」
「いえ、褒めてはいません。国に必要なのは人間性よりも能力です。人柄が良いだけの人間はたくさんいますから。あなたの国の国王のような人間は」

 連日の無能扱いにディアナは内心では、かなりのショックを受けていますが、平常心で話し続けています。
 第二王子が毒舌なのではなく、正直な性格なのは数日で分かりました。
 不細工な人には不細工ですね、と言い。馬鹿な人には馬鹿ですね、と素直に言ってしまうだけです。
 晴れている日にいい天気ですね、と言っているようなものなので、気にしたら負けです。

「むぐっ……それよりもテミス様は母様のお見舞いに行かなくていいんですか? エウロス様は毎日必ずやって来るそうですよ」

 ディアナは込み上げて来るイライラを、正直なだけだと言い聞かせて納得させます。
 そして、少しは仕返しが出来ればと、親孝行のエウロスを持ち出しました。
 能力よりも、まずは人間性だと言いたいようです。

「フッフッ、兄上が親孝行ですか? やはり見る目がない。ああ見えても、兄上は頭が切れる人間ですよ。情といったもので、連日通う人ではないです」
 
 けれども、不快にさせるどころか、逆に愚かだと、笑われてしまっています。
 そして、怒らせるつもりで言ったのに、馬鹿にされて笑われてしまうと、余計にムカつきます。

「そうでしょうか? 兄弟でも分からない事は多いと思いますよ。意外と情に熱い人かもしれませんよ。ウォルター兄様にも、薬を返してくれました。それに条件付きとはいえ、国に戻るチャンスも与えてくれました。残り時間が少ないと、本当に大切なものが見えて来るんじゃないでしょうか?」

 ディアナは九歳という年相応に少しだけムキになると、ちょっとだけ我慢できなかったので反論しました。
 でも、意外とそれに効果があったようです。テミスは少し考え込んだ後に謝罪してきました。

「本当に大切なものですか……確かにその通りですね。見る目がないと言ったのは訂正しましょう」
「いえ、誰にでも間違いはあります。フッフッ。賢者様とはいえ、時には間違うと思いますよ」

 訂正ていせいという書類の修正に使われるような言葉で謝罪されたので、ディアナはちょっとだけイラッとしていますが、初めて賢者を謝罪させる事に成功しました。
 ディアナ的には嬉しいようです。テミスにバレないように僅かに微笑んでいます。
 これで今まで言われていた事も、間違いに訂正できる可能性が出てきました。

「では、テミス様。この辺で失礼します。今度のテストも楽しみにしています」

 チラッと時計を確認すると、ディアナは椅子から立ち上がりました。

「んっ? 別にテストが終わったからといって、急いで帰らなくてもいい。仕事の邪魔をしないのならば、むしろ、部屋に居てくれた方が助かる。本当に邪魔なのが、寄り付かなくて助かるからな」

 ディアナが部屋に来てから、四十分程度です。
 テミスはもう少し居てくれた方が、自称婚約者のプリシラが部屋に入って来ないので助かります。
 けれども、そのプリシラがそろそろ部屋の前にやって来るので、ディアナは出て行きたいのです。
 このまま部屋に居れば、プリシラの一方的なくだらない痴話喧嘩に巻き込まれてしまいます。

「いえ、邪魔になりそうなので、このまま失礼します。また明日、よろしくお願いします」
「そうか……では、また明日、同じ時間に来るように」
「はい、分かりました。それでは、テミス様。失礼します」

 ディアナはテミスに向かって軽くお辞儀をすると、扉を開けて出て行きました。
 プリシラが来なくても、身体の隅々まで隠し事や隠れた力を探り出そうとする賢者の視線は、かなり落ち着かないものです。

「さてと、いつものようにストレスを発散しないと……」

 ディアナは賢者への不満は多数ありますが、今はストレス発散が重要任務です。
 この先の廊下で、ウォルターのマッサージを済ませたばかりのプリシラと遭遇します。
 ウォルター達には聖女のような微笑みを浮かべて接していますが、ディアナに対しては陰湿なイジメを繰り返しています。

「あっ、あれ~? どうしたのかなぁ~? お嬢ちゃん、迷子かな?」

 プリシラは廊下で会ったディアナに対して、満面の笑みを浮かべると、早速、猫撫で声で近寄って来ました。
 今日は、お城で保護した迷子を牢獄に連れて行って、壁に付いている足枷に拘束するようです。
 ディアナはプリシラがやろうとしている未来を見ると、無視する事に決めました。

「……」

 ディアナはプリシラの横を無表情で通って行きます。
 けれども、そんな無礼な事をプリシラが許すはずがありません。
 素早く左足を伸ばして、ディアナの足を引っ掛けると、廊下に転ばしました。
 でも、そのディアナは幻覚ディアナです。

「あうっ……」
「ねぇ? 私、年上なんだけど?」

 床に四つん這いになっているディアナに、プリシラは不快感を露わにしています。
 ディアナの存在全てが気に入らないようです。

「そんなの見れば分かる。皺とほうれい線がハッキリ見えるから」
「チッ、相変わらず生意気なメスガキね。今日もテミス兄様の部屋に行ってたの? この薄汚いガキの癖に!」
「あうっ……」

 プリシラはムカつく、ディアナを両手で突き飛ばすと、仰向けに倒れているディアナの胸の辺りを、右足で踏み付けます。胸元を怪我させれば、女ならば、テミスには恥ずかしくて見せられないと分かっているからです。

「痛い、やめて、テミス様に言うよ……」
「言いなさいよ。言ってみなさいよ! あんたのウォルター兄様は私にメロメロよ。私の言う事なら何でも聞いてくれるんだから! さあ、立ちなさい。私がその生意気な口を直してあげる!」
「いやぁ、痛い! 痛い! やめて!」
「痛い? 痛いです、でしょう! やめて? やめてくださいでしょう!」
 
 ディアナはプリシラを無理やりに立たせると、壁に身体を押し付けて、小さな臀部を右手でバン、バン‼︎ と激しく叩いていきます。
 ディアナは泣き叫んで謝りますが、プリシラにとっては逆効果です。
 さらに力を入れて、叩かれるだけでした。

「痛いです! プリシラ姉様! やめてください!」
「フッハハハ。言い様ね! 今度からは私の前では犬みたいに這って歩きなさい。そしたら、許してやるわ」
「あうっ‼︎ ぐっす、ぐっす」

 三十発以上もディアナの臀部を叩いて、ようやくプリシラは満足したようです。
 床にディアナを押し倒すと、泣いているディアナを放置して、清々しい気分でお風呂に入りに行きました。

 そして、プリシラの姿が廊下の角を曲がって、完全に見えなくなると、やっとディアナは幻覚を解く事が出来ました。

「……ふぅー、兄様に寄って来るのは悪い女しかいない。良い人を見つけたら、早く紹介しないと」

 ウォルターの為とはいえ、プリシラのストレス発散を手伝うのは、あまり気分が良いものじゃありません。
 それでも、我慢できずに本性を現したプリシラに、ウォルターが多大な精神的ショックを受けて、女性不信になるよりはマシです。
 女は見た目じゃないと、変な価値観を持ってしまったら、見た目も中身も悪い女と最悪の結果になってしまいます。
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