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第二章
第5話『海賊に拐われた娘達』
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町の住民達の監視によって、ウォルターは町の中に軟禁されていました。
海に入れなければ、ウォルターはただの人です。ここ数日は砂浜にさえ近づけていません。
「町の中で出来る事でも探そうかな」
ベッドから起き上がると、ウォルターは家の外に出ました。
一日中、家の中にいるのも疲れます。
海だけでなく、たまには陸の上で身体を動かす事に決めました。
家から出ると、丘を上に登って行きます。
目指す場所は冒険者ギルドです。
草むしりや魚を捌くといった、日雇いのちょっとした仕事があるかもしれません。
町の大通りまでやって来たウォルターは、冒険者ギルドの前に人集りが出来ているのに気がつきました。
こんな事は初めてです。有名な冒険者でもやって来たのかと思って、人集りに近づいて行きました。
「お願いします! お金なら、希望通りの金額を用意しますから!」
「ですから、そういう人命に関わる事は冒険者ギルドでは取り扱っていないんです。申し訳ありませんが、町の兵士に方にご相談してください」
冒険者ギルドの中から女性二人の声が聞こえて来ました。
大声で話している人の声には聞き覚えはありませんが、もう一人の落ち着いた声はネコ顔の女性職員のものです。
「何かあったんですか?」
ウォルターは人集りの一番後ろに立っていた小父さんに聞きました。
小父さんはウォルターの方を見もせずに話し出しました。
「ああっ、隣の隣の町で若い娘達が海賊に拐われたらしいんだ。その連れ拐われた娘達の親達が、ウォルターに海賊から娘達を助けて欲しいって、わざわざ会いに来たらしい。可哀想だが、ウォルターに会わせる訳には行かねぇからな。さっさと町から出て行ってもらわねぇとな」
「そうなんですか……」
小父さんは建物の中の言い争いが気になっているようで、少し後ろに立っている肝心のウォルターにはまったく気づいていません。小父さんの話を聞いて、ウォルターは俯いて固まってしまいました。
(どうしよう……助けに行きたいけど……また僕の所為で……)
ウォルターの中には助けに行きたい気持ちが溢れています。
でも、気持ちだけで助けられない事は知っています。
背中の上で冷たくなっていく母親の感触が、今でも鮮明に記憶に残っています。
あの時、自分が我儘を言わなければ、この世界のどこかに生きている母親と会えたかもしれない。
暗くて冷たい過去の記憶が、ウォルターを一人ぼっちの冷たい海の中に引き摺り込んで行きます。
「ハッ!」
でも、一人の母親の声が、ウォルターを冷たい過去から現在に引き上げてくれました。
「お願いします。大切な娘なんです。何もしないよりは、親として何かしてやりたいんです。死んでいてもいいんです。私達の元に帰ってくれるだけで……それだけでいいんです」
「ですから、何度も言っているように冒険者ギルドは」
「——じゃあ、僕が個人的にやります。それならいいですよね?」
人集りを押し退け、ネコ顔の女性の言葉を遮って、ウォルターは冒険者ギルドの建物に入って行きました。
「ウォルター……子供が大人の話に口を挟まないように。早く家に帰りなさい」
ネコ顔の女性は少しだけ驚くと、すぐにウォルターに出て行くようにキツく言いました。
けれども、ウォルターは動きません。それどころか、誰よりも早く、娘を拐われた親達が動きました。
「あんたが凄腕のトレジャーハンターなのか? まだ子供じゃないか……いや、娘が帰って来るなら誰だっていい! 金なら言い値で払う。頼む! 娘を死体でもいい。俺達の元に帰してくれ。頼む!」
立派な黒い口髭を生やした強そうな大男が、ウォルターの目の前までやって来ました。
少しだけウォルターの顔を探るように見ると、突然、床に両膝をついて、頭を下げて頼み込みました。
そんな事をしなくても、ウォルターの答えは決まっています。
「任せてください。絶対に連れて帰ります。今度こそ、必ず」
ウォルターは力強く言いました。
十年間という長い歳月の間に、ウォルターは数百人の死者を海の底から一人で引き上げ、陽の当たる陸地に帰してあげました。もうあの時の弱い自分はどこにもいないはずです。
海に入れなければ、ウォルターはただの人です。ここ数日は砂浜にさえ近づけていません。
「町の中で出来る事でも探そうかな」
ベッドから起き上がると、ウォルターは家の外に出ました。
一日中、家の中にいるのも疲れます。
海だけでなく、たまには陸の上で身体を動かす事に決めました。
家から出ると、丘を上に登って行きます。
目指す場所は冒険者ギルドです。
草むしりや魚を捌くといった、日雇いのちょっとした仕事があるかもしれません。
町の大通りまでやって来たウォルターは、冒険者ギルドの前に人集りが出来ているのに気がつきました。
こんな事は初めてです。有名な冒険者でもやって来たのかと思って、人集りに近づいて行きました。
「お願いします! お金なら、希望通りの金額を用意しますから!」
「ですから、そういう人命に関わる事は冒険者ギルドでは取り扱っていないんです。申し訳ありませんが、町の兵士に方にご相談してください」
冒険者ギルドの中から女性二人の声が聞こえて来ました。
大声で話している人の声には聞き覚えはありませんが、もう一人の落ち着いた声はネコ顔の女性職員のものです。
「何かあったんですか?」
ウォルターは人集りの一番後ろに立っていた小父さんに聞きました。
小父さんはウォルターの方を見もせずに話し出しました。
「ああっ、隣の隣の町で若い娘達が海賊に拐われたらしいんだ。その連れ拐われた娘達の親達が、ウォルターに海賊から娘達を助けて欲しいって、わざわざ会いに来たらしい。可哀想だが、ウォルターに会わせる訳には行かねぇからな。さっさと町から出て行ってもらわねぇとな」
「そうなんですか……」
小父さんは建物の中の言い争いが気になっているようで、少し後ろに立っている肝心のウォルターにはまったく気づいていません。小父さんの話を聞いて、ウォルターは俯いて固まってしまいました。
(どうしよう……助けに行きたいけど……また僕の所為で……)
ウォルターの中には助けに行きたい気持ちが溢れています。
でも、気持ちだけで助けられない事は知っています。
背中の上で冷たくなっていく母親の感触が、今でも鮮明に記憶に残っています。
あの時、自分が我儘を言わなければ、この世界のどこかに生きている母親と会えたかもしれない。
暗くて冷たい過去の記憶が、ウォルターを一人ぼっちの冷たい海の中に引き摺り込んで行きます。
「ハッ!」
でも、一人の母親の声が、ウォルターを冷たい過去から現在に引き上げてくれました。
「お願いします。大切な娘なんです。何もしないよりは、親として何かしてやりたいんです。死んでいてもいいんです。私達の元に帰ってくれるだけで……それだけでいいんです」
「ですから、何度も言っているように冒険者ギルドは」
「——じゃあ、僕が個人的にやります。それならいいですよね?」
人集りを押し退け、ネコ顔の女性の言葉を遮って、ウォルターは冒険者ギルドの建物に入って行きました。
「ウォルター……子供が大人の話に口を挟まないように。早く家に帰りなさい」
ネコ顔の女性は少しだけ驚くと、すぐにウォルターに出て行くようにキツく言いました。
けれども、ウォルターは動きません。それどころか、誰よりも早く、娘を拐われた親達が動きました。
「あんたが凄腕のトレジャーハンターなのか? まだ子供じゃないか……いや、娘が帰って来るなら誰だっていい! 金なら言い値で払う。頼む! 娘を死体でもいい。俺達の元に帰してくれ。頼む!」
立派な黒い口髭を生やした強そうな大男が、ウォルターの目の前までやって来ました。
少しだけウォルターの顔を探るように見ると、突然、床に両膝をついて、頭を下げて頼み込みました。
そんな事をしなくても、ウォルターの答えは決まっています。
「任せてください。絶対に連れて帰ります。今度こそ、必ず」
ウォルターは力強く言いました。
十年間という長い歳月の間に、ウォルターは数百人の死者を海の底から一人で引き上げ、陽の当たる陸地に帰してあげました。もうあの時の弱い自分はどこにもいないはずです。
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