上 下
5 / 112
第一章

第5話『ウォルターの決意』

しおりを挟む
「あんたも酷い母親だな。息子が死ぬと分かっているのに海に落とすんだから。あっーあ、ありゃー、10分持たないな。可哀想に」

 顔色の悪い男は立ち上がると、100メートル程離れた場所で、浮き沈みを繰り返しているウォルターを見て言いました。それでも小船を引き返して助けるつもりはありません。

「早く行ってください。息子が人を連れて来ますよ」

 セレナはウォルターに背を向けたまま、決して後ろを振り返ろうとしません。
 その微動だにしない姿を見て、顔色の悪い男は冷酷な母親もいたもんだと、呆れてしまっています。

「へっへへへ、そりゃー怖い。確かに急がねぇとな。元々、食糧の調達でやって来たんだ。あんまり寄り道してたら、船長に置いてかれちまうぜ」

 ウォルターを海に置き去りにして、小船はどんどん離れていきます。もう小舟からはウォルターの姿はまったく見えなくなりました。
 沈んだのか、小さ過ぎて見えなくなっただけなのか……でも、そんな事は海賊達は誰も気にしていません。もうウォルターの事は忘れてしまいました。

 ♦︎

「あぷっ、はぁはぁ、うっぷっ……お母様……」

 遠去かる小舟をウォルターは、沈みそうな身体を何度も何度も浮かび上がらせては、見続けていました。
 母親に買ってもらったお気に入りの靴も服も、海の底に沈んで行きました。
 ウォルターは簡素な下着だけを身に付けて、泳ぎ続けています。

【スキル『泳ぐ』がLV1→LV2にアップしました。
 泳ぐ才能がある→ほんのちょっと泳げるに成長しました。】

「あっぷっ、あっぷっ、お母様、僕、怖いよ、陸地なんて見えないよ」

 ウォルターは泣きながら、小さくなった小舟を追いかけ始めました。
 母親には陸地に向かって泳ぐように言われましたが、何も見えません。
 とてもそんな遠くまで泳げる自信はありません。

「はぁはぁ、僕、死ぬなら、最後までお母様と一緒にいたいよ。わぷっ⁉︎」

 頑張って、ウォルターはほとんど見えなくなった小舟を追い続けます。
 そんなウォルターに大波が襲いかかりました。慌てて目を閉じましたが、身体が海中に沈められました。

「ごほぉ! げほぉ! げほぉ! お母様、待って、僕を置いてかないで……」

 海中で海水を沢山飲んでしまったウォルターは、目を開けて、慌てて海面に急浮上します。
 そして海面から飛び出すと、大きく咳き込んで苦しそうに海水を吐き出しました。

【スキル『泳ぐ』がLV2→LV3にアップしました。
 ほんのちょっと泳げる→少し泳げるに成長しました。】

【NEWスキル『潜水』がLV1になりました。
 潜水の才能があるを習得しました。】

【スキル『潜水』がLV1→LV2にアップしました。
 潜水の才能がある→ほんのちょっとの深さと時間潜れるに成長しました。】

「お母様、お願い、僕を置いて行かないで……」

 ウォルターは気づいていませんが、危機的状況下で彼のスキルは急激な成長を続けていました。
 必死に見えなくなった小舟に追い付こうと、手足を頑張って動かし続けています。
 本当は疲れて、今すぐに休みたいですが、休んだ瞬間に、もう二度と母親と会えなくなる事は分かっています。

 ♦︎

「はぁはぁ、はぁはぁ……」
 
 明るかった空が少しずつ暗くなってきました。冷えてしまった身体が眠いと訴え続けます。

【スキル『泳ぐ』がLV4→LV5にアップしました。
 まあまあ泳げる→かなり泳げるに成長しました。】

「あ、あれは……」

 ウォルターのぼんやりとした視界に、海の上に浮かぶ大きな物体が見えました。
 頑張って目を開けると、遠くの海面に見える小さな物体をジッーと見ました。
 それは大きな黒い帆を広げた帆船でした。

「はぷっ、うぷっ、あの船にお母様が……」

 ウォルターの疲れ果てていた身体に少しだけ生気が蘇っていきます。
 あそこまで頑張れば、きっと母親を助ける事が出来るはずだと、あそこまで泳げば、また母親に褒めてもらえると……。

「僕がお母様を助けるんだ!」

 最後の力を振り絞って、ウォルターは泳ぎ始めました。もう船に引き離される事はありません。
 ジワジワとウォルターは黒い帆船に追い付いて行きました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[完結]思い出せませんので

シマ
恋愛
「早急にサインして返却する事」 父親から届いた手紙には婚約解消の書類と共に、その一言だけが書かれていた。 同じ学園で学び一年後には卒業早々、入籍し式を挙げるはずだったのに。急になぜ?訳が分からない。 直接会って訳を聞かねば 注)女性が怪我してます。苦手な方は回避でお願いします。 男性視点 四話完結済み。毎日、一話更新

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう

まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥ ***** 僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。 僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

愛しいあなたが、婚約破棄を望むなら、私は喜んで受け入れます。不幸せになっても、恨まないでくださいね?

珠宮さくら
ファンタジー
妖精王の孫娘のクリティアは、美しいモノをこよなく愛する妖精。両親の死で心が一度壊れかけてしまい暴走しかけたことが、きっかけで先祖返りして加護の力が、他の妖精よりとても強くなっている。彼女の困ったところは、婚約者となる者に加護を与えすぎてしまうことだ。 そんなこと知らない婚約者のアキントスは、それまで尽くしていたクリティアを捨てて、家柄のいいアンテリナと婚約したいと一方的に破棄をする。 愛している者の望みが破棄を望むならと喜んで別れて、自国へと帰り妖精らしく暮らすことになる。 アキントスは、すっかり加護を失くして、昔の冴えない男へと戻り、何もかもが上手くいかなくなり、不幸へとまっしぐらに突き進んでいく。 ※全5話。予約投稿済。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...