上 下
63 / 63

第63話

しおりを挟む
 晩餐会の食事が終わり、食後のひと時の最中に訪問団を代表してロイズさんから俺への願い事を聞かされた。その願い事の内容は…。

『我ら全てを傘下にして国を興して欲しい』

 と、真剣な表情から聞かされたのはこのような願い事だった。

 しーんと静まり返った会場内で訪問団全員が俺に目を向けている。ふと、左右に首を振ると二人の妻もその場で固まりながらも俺へ顔を向けていて、子供達は急に静まり返ったのが不思議なのかきょとんとした顔をして座っている。

『主様の国が出来るんだ!』
『エリオ様、どうするのですか?』

 そんな静まり返った会場の中で真っ先に反応したのがコルとマナだ。念話で俺の頭の中に二匹の言葉が聞こえてきた。

 おい、コルは先走りすぎだ。まだ俺が何も返事をしていないのに勝手に進めるなよ。そしてマナはさすがお姉さんと言うべきか、こんな時でも冷静沈着で頼もしいぞ。

『コル、マナ。とりあえずロイズさんに詳しく聞いてみるよ』

『『はい』』

 俺は訪問団の人達の顔をゆっくりと見回した後、先程俺に国を興せと言ったロイズさんに顔を向けた。

「ロイズさん、申し訳ないが確認の為にもう一度おっしゃって頂けますか?」

「ああ、何度でも言うぞ。エリオット殿にはここに居る連中を傘下に収め、わしらが治める地域を新たにエリオット殿の支配地に組み込み国を興して欲しい。これはトガイ殿も含めて今回の訪問団全員の総意でもあり目的でもあるのじゃ」

「なるほど、ロイズさん達訪問団の目的は理解出来ました。俺も何れは自分の国を興したいと思っていたのでその時期が早いか遅いかになるでしょう。ですが、ロイズさんの口ぶりだと俺が興す国にコウトやサゴイのあるアロイン地方やトガイ殿の治めるモネコ地方も組み入れて欲しいとおっしゃるのですか?」

「うむ、その通りだ。コウトやサゴイだけでなく我らの願いにはトガイ殿が治めるモネコ地方も含まれる」

「トガイ殿にお聞きします。本当にトガイ殿も俺の傘下に入るのを納得してるのですか? 無理に言わされていませんよね?」

 俺はモネコ地方を治めるトガイ殿の真意を測りかねて率直な質問をぶつけてみた。

「ロイズ殿の言う通りです。私は領主の地位を返上してエリオ殿の傘下に加わりたい」

「本当に宜しいのですか? 俺が統治する地域では今までのように徴税権や兵権は持てませんし、領主ではなく一人の代官として中央の指示や方針に従ってもらう事になりますよ」

 俺の傘下というか配下になるのだから今までの領主の特権がなくなるのだ。領主から一地方の総代官の地位になるのを受け入れられるのかその覚悟を確かめなければならない。

「はい、キルト王国が崩壊して大国の威光の影響力がなくなり、私が治めていたモネコ地方もご多分に漏れず乱世に巻き込まれました。青巾賊が跋扈し土地は荒れ、今までの安定が嘘のようにガタガタと揺るぎ始めたのです。そしてそんなモネコ地方の状況を見た東の隣国が野心を出すのは当然の流れです。モネコ地方を自分の国の領土にしようと徐々に圧力をかけてきたのです。ですが、そんな時に天から一筋の光明が差すように希望の星が現れました。それがエリオット殿です」

「なるほど、東の隣国からの圧力ですか。あと、俺が希望の星だなんて買い被りすぎです。本当にそれだけが理由ですか?」

 俺がそう言うとトガイ殿はチラッとロイズさんに目線を向けた後こちらに顔を向け俺を真っ直ぐに見つめてきた。

「エリオット殿の指摘通りそれだけではありません。最大の理由は他にもあります。それはエリオット殿が過去にこの大陸に名を馳せたアルニオ・ガウディ様の子孫だからです」

「俺がアルニオ・ガウディの子孫だから?」

「はい、私もロイズ殿と同じく過去の私の先祖がアルニオ・ガウディ様に仕えていたからです。私の今があるのも先祖がアルニオ様に可愛がられ引き立てられたおかげです。アルニオ様が無念にも志半ばで命を落とした後、不本意ながら先祖はキルト王国の傘下に加わりましたがアルニオ様から受けた御恩は代々の当主へと口伝によって受け継がれ、一度として代々の当主はその恩を忘れた事はありません。そこに彗星の如く現れたのがアルニオ様の血を受け継ぐエリオット殿です。貴方はあれよあれよという間にゴドール地方を発展させ、乱れたエルン地方を平定しました。それだけではなく攻めて来たザイード家を返り討ちにしてクライス地方までも手中に収めました。貴方の力量と器の大きさを確かめた私は、今の自分の地位や土地を差し出しても過去の先祖が受けた恩に報いるべきだと思ったのです、この気持ちに嘘偽りはございません。どうか私をエリオット殿の傘下に加えてください」

「理由もトガイ殿の気持ちもわかりました。ただ、家臣の人達も納得しているのですか?」

「ええ、ここに至るまでに家臣達に素直に私の気持ちを伝え話し合いました。あまり関係が良好ではなかった東の隣国の軍門に降っても冷遇されるのは火を見るよりも明らかです。冷遇されるどころかそのうち何かしらの罪を着せられ全てを奪われるでしょう。ですので庶民に絶大の人気を誇り善政を敷くエリオット殿の傘下に加わる事に家臣一同も揃って賛成してくれました。そういう訳でありましてこの件について何の憂いもございません」

 ふむ、訪問団に同行してきたトガイ殿の目的は俺の傘下に加わりたいという理由だったのか。しかもトガイ殿の先祖もロイズさんと同じく俺のご先祖様のアルニオ・ガウディに並々ならぬ恩を受けているという。これも巡り合わせとはいえ見えない運命に導かれているようだ。

「わかりました。トガイ殿の真摯な思いをしっかり受け止めたいと思います。どうか俺の傘下…いや、俺の仲間に加わってください」

「おお、ありがとうございます。私と家臣一同はエリオット殿の為に身を粉にして働く所存です。どうか宜しくお願いいたします」

「良かった良かった。わしもトガイ殿を連れてきた甲斐があったというものだ。これでコウトやサゴイのあるアロイン地方とトガイ殿の治めていたモネコ地方が新たにエリオット殿の治める地域になる。ゴドールとエルン、そしてクライスを含めると国を興すには充分すぎる広さだ。むしろ、規模からしても東の隣国を大きく上回るし経済的にも飛び抜けている。是非ともエリオット殿には我らの願いを聞き入れて国を興してもらいたい」

「ロイズさん、貴方には後継者のギダンさんが居ますが納得しているのですか?」

 トガイ殿の気持ちや事情は理解したが、ロイズさんの方も確認しておかないとな。息子でロイズさんの後継者のギダンさんの考えは果たしてどうなのか。本人が納得してるとは限らないしな。

「それについては俺が直接話すよ」

 ギダンさんが立ち上がって俺に話しかけてきた。

「どうぞ、俺も本人の口からギダンさん自身の考えを聞いてみたい」

「ありがとう。俺は親父と違って内政の才能はないみたいだ。これは俺自身が以前から認識しているし、はっきり言って武辺だけの脳筋だ。だから俺の先祖が大恩を受けたガウディ家の血筋であるエリオット殿の傘下になるのは何の抵抗もない。むしろ、俺よりも強く内政にも才覚を発揮するエリオット殿に仕えて俺の得意分野で専念してエリオ殿の為に力を発揮したいと思っている。失礼にあたるかと思ったが手合わせをお願いして完膚なきまでに負けたおかげでその気持ちは完全に固まった。どうか俺を配下にして国を興して俺に夢を見させて欲しい」

 なるほど、ギダンさんが俺に手合わせを望んだのはそういう理由があったのか。自分の将来の道との踏ん切りと俺の力を自ら確かめて納得したかったのだろう。

 トガイ殿、ギダン殿には色々な思いや葛藤があっただろうと想像出来る。それでも最終的に俺に自分達の将来を委ね配下になりたいという道を選んだ。そして全員が俺に国を興して欲しいと願う。訪問団の真の目的はこれだったのか。

 俺が国を興す…何年か前の俺の状況を振り返ってみるとまるで冗談のような言葉だが、今の俺にはそれだけの実力がある。大切な妻や子供とコルとマナ、そして俺を慕ってくれる仲間や配下と多くの民衆達に俺は支えられている。俺はこの人達を守りたい。そうなれば俺の心は決まったぞ。

「わかりました。俺は皆の願いを聞き入れて自分の国を興しますのでどうか俺を支えてください」

「「「おお!」」」

 それは俺の建国の決意を聞き、静かだった晩餐会の会場が大きな歓声に包まれた瞬間であった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜

シュガーコクーン
ファンタジー
 女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。  その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!  「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。  素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯ 旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」  現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。

世界最強で始める異世界生活〜最強とは頼んだけど、災害レベルまでとは言ってない!〜

ワキヤク
ファンタジー
 その日、春埼暁人は死んだ。トラックに轢かれかけた子供を庇ったのが原因だった。  そんな彼の自己犠牲精神は世界を創造し、見守る『創造神』の心を動かす。  創造神の力で剣と魔法の世界へと転生を果たした暁人。本人の『願い』と創造神の『粋な計らい』の影響で凄まじい力を手にしたが、彼の力は世界を救うどころか世界を滅ぼしかねないものだった。  普通に歩いても地割れが起き、彼が戦おうものなら瞬く間にその場所は更地と化す。  魔法もスキルも無効化吸収し、自分のものにもできる。  まさしく『最強』としての力を得た暁人だが、等の本人からすれば手に余る力だった。  制御の難しいその力のせいで、文字通り『歩く災害』となった暁人。彼は平穏な異世界生活を送ることができるのか……。  これは、やがてその世界で最強の英雄と呼ばれる男の物語。

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)

葵セナ
ファンタジー
 主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?  管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…  不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。   曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!  ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。  初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)  ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

処理中です...