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第56話

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「その辺に座って、静かにしててよ」
「分かっている」

 ガチャと玄関の鍵を開けると、部屋の中に通された。
 女剣士が住んでいるのは、二階建て、八世帯のアパートのような所だ。
 一応は風呂付き、トイレ付き物件だけど、ワンルームというショボい広さだった。

「お風呂に入るけど、覗いたりしないでよ」
「分かっている。さっさと汚い身体を洗いに行けよ」
「うぅっ……」

 女剣士は僕の冷たい態度に唸り声を上げると、タンスの中から服とタオルを取り出して、風呂場に向かって行った。

「さてと……」

 タンスにベッドはあるけど、テレビのようなものは無しか……。
 街という事で期待はしていたけど、そこまで発展はしていないようだ。
 女剣士は部屋に入ると、壁のスイッチを押して、部屋の壁に取り付けられているランプに灯りをつけた。
 一応は電気っぽい機能が家にはあるのだろう。

「キッチンは無いけど、これがコンロなのか?」

 小さな四角いテーブルの上に、卓上コンロのようなものが置いてあった。
 明らかに見た目はコンロだ。
 問題はガスコンロか、電気コンロか、になるけど……今は魔法コンロという事にしておこう。
 この世界の一般的な暮らしぶりや知識は、女剣士に聞いて調べないといけない。
 あのヒステリックヤンキー崩れ女神様は、ダークエルフが嫌われている世界だとしか、僕に教えてくれなかった。
 とりあえず、街で暮らす為の知識と仕事が必要になる。身分証とはあるのかな?

「んっ? もう上がったのか……」

 お風呂場のシャワーの音が止まって、扉が開く音が聞こえてきた。
 風呂に入ってから、まだ五分経ったかどうかだ。
 流石に女の子のお風呂タイムには早過ぎる。
 そういえば、外国人は風呂に入らない人が多いとか聞いた事がある。
 この世界では、長風呂する方が変なのかもしれない。

「ふぅ~、お待たせ。すぐに食事を作るから、その間にお風呂に入っていいよ」
「あっ、ああっ、分かった……」
「ふわっ~、何にしようかな?」

 お風呂から出て来た女剣士は、ピンクとオレンジの花柄のパジャマのような服を着ていた。
 上は長袖、下は膝丈上のズボンだ。髪はまだ濡れていて、首には白いタオルを巻いていた。
 えっ? 何これ? 僕、彼女の家にお泊まりに来ました、とかでいいのかな?

「おっ、服まで用意されている……」

 狭い脱衣室にはタオルだけじゃなくて、服まで用意されていた。
 しかも、ブルーとオレンジの花柄パジャマだ! 明らかにペアルック! 明らかに誘っている! もう間違いない! これは彼女の家にお泊まりに来たと思っていい。

「はいはい。まあ、それはないけどね……」

 僕はパパッと服を脱ぐと、お風呂に入った。
 そんな訳ない。女剣士の認識では、僕は喋るゴキブリか、喋るムカデだ。
 恋愛対象ではなくて、駆除対象だ。
 くだらない妄想でもっこりはんさせてないで、これからの計画を考えよう。

 シャア~~~♪ 赤色の蛇口を捻ると、穴空きシャワーベッドから、すぐに温かいお湯が飛び出して来た。

「ふぅ~……」

 まずは協力者の女剣士イーノを手に入れた。あとは何をするかになる。
 僕が本当に悪い神様に狙われているのならば、強くなる事は絶対にやった方がいい。
 狙われていないとしても、街で上手く生活するには、冒険者として、それなりの実力を身につけないといけない。身の安全、生活の為には強くなる事からは逃げられない。

 とりあえず、神フォンのアイテムを購入しないという誓いだけは守るようにしよう。
 でも、スキルはやっぱり使わないと生活できない。
 となると、強い魔物を見つけて、友達にしていた方がいいはずだ。
 この街の周辺にいる魔物で、使い道がありそうな魔物を友達にするのが最優先かな。

「ふぅ~、スッキリした」

 赤色の蛇口を捻って、お湯を止めると、女剣士と同じように素早くお風呂場を出た。
 もしかすると、お湯代が結構かかるのかもしれない。部屋を見るからに女剣士は貧乏そうだ。

「何しているんだ?」
「すぅー、すぅー……」

 お風呂から出ると、女剣士がベッドの上に、手を伸ばした状態でバタァンとうつ伏せに寝ていた。
 食事の準備が終わって、テーブルの上に手料理が置かれていたのならば、寝ているのも許そう。
 でも、テーブルの上には卓上コンロしかない。

「おい……ハッ!」
 
 身体を揺すって、女剣士を起こそうかと思ったけど、僕はある事に気づいてしまった。
 これはもしかすると、「私を食べて♡」のサインかもしれない。
 よく見れば、両腕を真っ直ぐに伸ばして寝ている姿はお魚さんだ。

 馬鹿野郎! このマグロ女完全受け身が! 僕はお腹が空いているんだ。巫山戯てないで、料理を作れよ!
 ……みたいな。僕は怒鳴るだけで、自分では何も家事をしない昔の男じゃない。
 疲れている女性を無理やり起こして、食事の用意をさせるなんて、するはずがない。
 こういう時は、疲れている女の子をゆっくり寝かせてあげるのが、一般常識だ。
 僕は部屋の壁にあるスイッチを押すと、部屋の灯りを消した。

「お隣、お邪魔しまぁ~~す……」
「すぅー、すぅー……」

 ソッとベッドに上がると、女剣士の右隣に寝っ転がった。
 すぐ隣から可愛い寝息が聞こえて来て、ベッドからは保健室のベッドのような清潔感のある匂いがする。
 分かっている。いけない事をしたい気持ちは抑えないといけない。
 ベッドの隅に小さく四角に畳まれていたイチゴ柄の毛布を手に取ると、僕は女剣士と僕の身体に優しく被せた。

「くっ……」

 だが、これが危険物だった。
 毛布には女剣士の匂いが染みついていた。
 甘いストロベリーアイスを思わせるような、何とも言えない甘い匂いが僕をいけない気分にさせていく。

「すぅー、すぅー、はふっ……んんっ……」
「⁉︎」
「はふっ、ひぃやぁ……」
「⁉︎」

 いきなり、女剣士が僕の方に寝返りを打ったかと思ったら、僕の身体を両手で抱き締めて、胸元に顔を埋めて頬摺りを始めた。
 この女、マグロじゃない! トビウオ女完全攻め身だ‼︎
 
 ♦︎妄想開始♦︎

「ああっ、ちょっとお姉さん⁉︎ 僕、そういうつもりでベッドに入ったんじゃないんです⁉︎ や、や、やめてください!」

 女剣士の柔らかな右手が、僕のズボンの未成熟な膨らみを撫で回す。
 でも、僕は家出少年だ。この家を追い出されたら、どこにも行く場所がない。
 優しいお姉さんだと信じていたのに、最初から僕にこんな事をするつもりだったんだ。
 悔し涙が溢れて来るけど、お姉さんはそんな僕の顔を見て、さらに興奮してしまったようだ。
 僕の暴れ回る膨らみを握り締めて、血抜き締めを開始した。

「ウッフフフ。でも、僕ちゃんのここはビンナガマグロスズキ目サバ科の小型マグロ状態よ。もうビンビン、ナガナガよ♪」
「あうっ! あうっ! やめてください! 僕のそれは準絶滅危惧種のビンナガマグロじゃありません! 本当に最後の一本物の絶滅危惧種のクロマグロスズキ目サバ科の大型マグロなんです! 優しく、優しくしてくださぁ~~~い‼︎」

 ビクンビクンビクン‼︎ 僕の声は女剣士のお姉さんには届かなかった。
 血抜き締めをされて、僕の頭は真っ白になってしまった。
 次に僕が意識を取り戻した時には、女剣士のお姉さんに隅々まで乱暴に解体にされて、食べられてしまった後だった。

 ♦︎妄想終了♦︎

 ハァ、ハァ、ハァ……なんて、ド変態女なんだ! 
 最初から僕を家に連れ込んで、こんな事をするつもりだったのか! 恐ろしい女だなぁ!

「よいしょっと……」

 当然、妄想だ。
 何とか、鋼の自制心で女剣士を身体から引き離すと、仰向けでキチンと寝かせてあげた。
 でも、この精神状態だと、しばらく寝る事は出来そうにない。

 神フォンを持って、お風呂場に行くと、服を脱いで女剣士の動画を再生させた。
 ついでに脱衣室に置いてあった、迷彩柄のボクサーパンツも借りる事にした。
 色々と落ち着くまで、お風呂場で火魔法の呪文詠唱をしながら、落ち着くのを待つしかない。
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