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第41話

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 ムカムカしながら玄関を閉めて、家の中に入った。
 そして、テーブルの上に、トロロ納豆大根おろしそばが入った丼を乱暴に置いた。

「なんで何だよ! 普通、主人公の隣の家に住むのは美少女に決まっているのに!」

 僕もダミアがそこそこ美少女ならば文句はない。
 でも、隣に住む女の子が『しずかちゃん』と『ジャイ子』のどちらかを選べるならば、迷わずに、しずかちゃんを選ぶ。
 そして、毎日のようにお風呂を覗きまくる。ジャイ子の入浴シーンなんて頼まれても覗かない。
 誰が夜這いに行くか! 身の程を弁えろ!

「まったく、朝から不快にさせやがって……これ、本当に美味いのか?」

 テーブルに置かれた300エルの、トロロ納豆大根おろしそばを見るけど、あまり食欲が湧かない見た目だ。
 出来れば、大きな海老の天ぷらを二匹乗せた、天ぷらそばが食べたかった。
 まあ、アイテム屋で貰ったゴミ箱を使うのも勿体ないから、文句を言うのは食べてからにしよう。
 食べ後に使えば、結局は同じ事かもしれないけど……。

「うわぁ~~、何だよ、不味そうだなぁ~。引っ越しの罰ゲームかよ」

 箸で摘んでネバネバ、ドロドロとした物体Xを持ち上げた。何か異物が入っていそうで怖い。
 でも、300エルをゴミ箱に捨てるのは勿体ないし、勇気を出して、トロロ納豆大根おろしそばを、ズルズルと食べてみた。

「うっ⁉︎ くっ⁉︎ 巫山戯るなよ!」

 口の中に入った瞬間に、パァーッと魚介ベースのそば汁の味が、一気に広がった。
 スルメイカとイクラとアワビが、口の中でダンスパーティーをしている。
 何だ、この味は? 信じられない……。

「モグモグ、モグモグ、ゴクン♪ 馬鹿な⁉︎ 箸が止まらないだと⁉︎」

 それにこの料理はグチャグチャに混ぜて食べるよりも、トロロそば、大根おろしそば、納豆そばとして、三種類の違う食感と、味を楽しんだ方がいい。
 試しに、中心部に置かれた大盛りワサビを箸で少量取って、トロロそばに混ぜて食べてみた。

「モグモグ、ゴックン♪ うぐっ⁉︎ 俺を殺すつもりか!」

 トロトロ、ツゥーンの絶妙なコンビネーション攻撃が、舌と鼻に襲い掛かって来た。
 もう胃袋がダミアの手料理にノックアウト寸前だ。
 ダミアの飯は食べても、ダミアに僕を食べさせたら駄目だ。

「くっ! やっぱり美味い。全然可愛くないのに、全然可愛くないのに、ち、ちくしょう」

 どんな人間にも取り柄が一つぐらいはある。
 ダミアは容姿を捨てて、料理の腕に全ポイントをステ振りしたのだろう。
 そうじゃなきゃ、この味は出せない。

「ふぅー、ごちそうさまでした」

 確かに美味かった。
 見た目が悪いだけで味はスーパーモデル級に美味かった。
 素直に負けを認めよう。
 でも、勘違いするなよ。
 胃袋は掴まれたかもしれないけど、金玉袋まで掴まさせるつもりはないからな!

「まだ約束の時間まで少しあるし、散歩でもするか」

 朝食が終わったので、行動開始だ。
 ネバネバした丼を水道で軽く水洗いして、家を出て、玄関前で串刺し中のダミアの前に置いた。
 借り物の丼は、キチンと洗って返さないといけない。

「さて、何をするべきか……」

 お店が開くのは午前九時からだから、まだ一時間以上は時間がある。
 どのお店もシャッターが開いていないから間違いない。
 でも、ダミアが起きているなら、他の人も起きているはずだ。
 ちょっと覗いてみよう。

「家の中に入れそうなのは、カウンターと玄関の二ヶ所だけか……」

 建物の外観は平屋の一戸建て。
 外壁には窓は無いけど、カウンターのシャッターと玄関の扉がある。
 家の中に侵入する方法は、シャッターをこじ開けるか、玄関の扉をこじ開けるしかない。

 ゲームの操作キャラクターは、建物の中に入れなかったけど、僕はダミアの家の中に入れた。
 入ったと言っても、一部屋だけで、あれはカウンター越しに、外から見られても問題ない部屋だった。
 きっと本当の私室は、カウンター越しに見える、扉の先にある部屋だと思う。

「僕の家と同じ間取りならば、この辺がお風呂場になるんだけど……」

 ピッタリとアルアの家の外壁に左耳をくっ付ける。
 何も聞こえないから、入浴中ではないようだ。
 だとしたら、寝室でまだ寝ているのかもしれない。

 僕の家の間取りを参考にすると、アルアの家も2LDKだと思う。
 一部屋を仕事部屋に使っているから、もう一部屋が寝室になる。
 お客様が来た場合は、リビングで対応するとは思うけど、僕の家はテーブルと椅子しかなかった。
 流石に仕事部屋があれだけ物に溢れていて、設備がしっかりしているのに、寝室にはベッドだけ、リビングにはテーブルと椅子しかないとは思いたくはない。
 
 でも、そろそろ午前九時になる。
 エルフの美少女ならば、約束の時間の前に、朝風呂ぐらいはするはずだ。
 それなのに、お風呂場からも、家の中からも物音一つしない。
 流石にお風呂には入らないかもしれないけど、もう起きて身支度してもいい頃だ。

「ああっ、そうか! 修業で汗をかいた後に入るつもりなんだ。だとしたら……」

 修業が終わったら、僕は用事があるとアルアの前から姿を消す。
 でも、実はシャッターの開いているカウンターを飛び越えて、家の中に侵入するんだ。
 気配を消して、隠れていれば、家に帰って来たアルアがシャッターを閉めて、玄関に鍵をかける。
 服を脱いで、アルアのお風呂タイム開始だ。

 ♦︎妄想開始♦︎

 でも、実は家の中に隠れているのは最初から気づかれていた。
 アルアは服を脱ぎながら、ベッドの下に隠れている僕に向かって笑顔で誘って来た。

「トオルさん、そこにいるんでしょう? 一緒に入りませんか?」
「⁉︎」

 気づかれたというよりも、突然、お風呂に誘われて、ビックリしてしまった。
 ドキドキと心臓が破裂しそうなほど激しく鼓動する。
 息をするのも返事をするのも忘れて、頭の中がパニックで真っ白になった。

「もぉ~、先にお風呂場に行ってますね。必ず来てくださいね」
「……ゴクリ」

 僕が何も反応しないので、アルアは少し怒って寝室から出て行った。
 でも、ここまで女性に言われたら、もう覚悟を決めて行くしかない。
 ベッドの下からカサカサと這いずり出ると、服を脱いで僕はお風呂場に急いだ。

 きっとトロロ納豆大根おろしそばの所為だ。
 きっと精力剤でも混入していたんだろう。
 普段の僕なら、女性の家に忍び込んだりしない。

「んっ、はぁっ……」
「……ゴクリ」

 シャーシャーとお風呂場の中から、シャワーを浴びる音と、艶かしいアルアの声が聞こえて来る。
 お風呂の扉はりガラスと呼ばれる、中がハッキリ見えないガラスだった。
 僕はガラス越しに見える、白い妖精の美しい裸体シルエットに向かって、お風呂場への入室許可を願い出た。

「アルアさん、入ってもいいですか?」
「あっ、ちょっと待ってくださいね。先に身体を隅々まで綺麗にしたいんです。いっぱい汗をかいて、いろんな所が汚れちゃって……」
「ゴクリ……ご、ごゆっくりどうぞ」

 お風呂場への入室許可は、却下されてしまった。
 今すぐにお風呂場に乱入したいけど、そんな事をして、機嫌を悪くさせてしまったら、全てが台無しだ。
 僕は我慢して磨りガラスの前で、モジモジ正座して、許可が下りるのをグッと待つ事にした。

「ふぁああああっ♪」
「ゴクリ……ア、アルアさん、も、もういいですか⁉︎」
「ふっふふ。まぁ~だだよ♪」
「そ、そ、そんなぁ~~~!」

 お風呂場から聞こえるシャワーの音と、艶かしい声を正座で悶々と聴かされ続ける。
 ご褒美と罰を同時に受けている複雑な気分で、僕の理性はもう爆発崩壊寸前だ。

「も、もういいかい?」
「まぁ~だだよ♪」
「も、も、もういいかい?」
「まぁ~だだよ♪」

 十分、二十分待たされた。
 何度も、「もういいかい?」と聞いたけど、答えは、「まぁ~だだよ」と散々焦らされる。
 ああっ、最初から一緒にお風呂に入るつもりはなかったんだ。
 揶揄われていただけなんだ。
 そう諦めかけた僕は、お風呂場から離れようとした。
 でも、その必要はなかった。

「もういいよ♡」
「えっ⁉︎ えっ! いいの!」
「もういいよ♡」

 お風呂場から待ちに待った、入浴許可が聞こえてきた。
 正座で痺れた両足を気にもせず、僕は立ち上がると、ガラガラガラと扉を開けて、湯煙女天風呂ゆけむりにょてんぶろに突入した。

「じゃあ、お邪魔します」
「ああん。そこにはまだ入っちゃ駄目ですぅ~~~♡」

 ♦︎妄想終了♦︎

「たまりませんなぁ~♡」
「何が『たまりませんなぁ~』、何ですか?」
「えっ……ひゃあ⁉︎ アルアさん、いつからそこに⁉︎」

 お風呂場の壁に左耳をくっ付けて、ニタニタとイヤらしい笑みを浮かべていると、水色髪のエルフの美少女が目の前に立っていた。
 慌てて壁から左耳を離したけど、何をやっていたからは一目瞭然だ。
 これは非常にマズイ。この町ではセクハラ行為は、即追放処分になるらしい。
 何とか誤魔化さなければならないけど、股間のもっこりはんの所為で、どんな言い訳も通用しない。
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