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第23話

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「ごっほぉ、げぇほぉ……」
「ほら、回復薬だ。飲めよ。まったく暴れるから、痛めつけないといけなかったじゃないか」
「へっへへへへ。本当だよなぁ。優しく手枷と足枷をつけようとしただけなのによぉー」

 殴るのに飽きたのか、気が済んだのか知らないけど、僕はやっと三人によるリンチから解放された。
 抵抗どころか、文句の一つも言ってはいない。
 しかも、殴られるのは手枷と足枷をつけられた後も続いていた。
 やっぱり魔物二匹を殺した程度では、ポモナ村で一緒に育ってきた仲間二人を殺された恨みは、晴れなかったみたいだ。
 気持ちは分かる。僕は殴られて当然の事をしたんだから……。
 
「いいか、よく聞けよ! 俺達はお前を殺さない。でも、殺さないだけだ。毎日必ず一回、お前に殺された、ハムザとデールの痛みをお前に教えてやる。忘れるんじゃないぞ!」
「……」
「チッ、だんまりかよ」

 何か言えば、殴られるのは分かっている。
 どんなに気持ちのこもった謝罪の言葉を並べても、仲間が死んだのはついさっきだ。
 何を言っても意味はない。感情を高ぶらせる発火剤にしかならない。
 三人が建物から出て行くまで待ってから、僕は床に置かれた三本の回復アイテムを次々に飲み干した。

「ぷっはぁー……やっぱり逃げないとヤバイな」

 多分、今のは一組目だ。これで終わりだと安心していたら二組目、三組目がやって来る。
 回復アイテムがあれば、半殺し程度は一日中、何回でも行なえる。
 次はハムザの家族、その次はデールの家族が僕を半殺しにやって来るかもしれない。
 殴る蹴る程度ならば我慢は出来るかもしれない。
 でも、刃物で刺されたり、ロープで死にそうになるまで何度も絞められたら、精神の方が持たない。
 
 木製の手枷は壊せるけど、足枷は無理だ。
 それに武器と防具があっても、ここから逃げ切れる自信はない。
 また、包囲されて小石を投げつけられたら、今度こそ終わりだ。

 足枷の鉄球は片方だけでも、十~十五キロぐらいはあると思う。
 これを建物の木壁に何度も打つければ、木壁は壊せそうだけど、音ですぐに誰かがやって来る。
 だとしたら、サリオスが穴を開けた床板を剥がして、床下から逃げるという方法もあるけど、きっと床下は行き止まりだ。
 理想的な逃げ方は、サリオスを倒して、神フォンを奪い返して逃げる。これしかない。

 でも、一つ問題がある。サリオスが接近戦に馬鹿みたいに強いという事だ。
 村人総出の包囲戦にサリオスは参加しなかった。
 臆病者のチキン野郎かと思ったけど、一撃必殺の攻撃力があるなら納得だ。
 僕を生け捕りにしたいから、わざわざ小石なんてHPダメージが低い攻撃手段を使ったんだ。
 サリオスの攻撃が一発でも当たれば、僕は一撃で死んでしまう。
 良い方に考えれば、攻撃できないとも言えるけど、殺されそうになったら、流石にサリオスも攻撃する。

「手持ちのカードでは脱出は困難か」

 強力な魔法が使えれば、足枷の鎖を切って逃げる事は出来そうだけど、それは無理だから諦める。
 そして、この絶対絶命のピンチにまたしても女神様は助けに来ない。
 神フォンが無くても、僕とは念話で会話できるんだから、ここから脱出できる助言の一つぐらい、教えてもいいぐらいだ。

「女神様……純白パンティーを履いている女神ルミエル様……聞こえていたら助けてください……」

 困った時の神頼み。小さな声で女神様を呼んだ。でも、うんともすんとも反応がない。
 ある意味、期待通りの反応だ。自力で頑張るしかない。

「当てにはしてないけど、他に手はないし、やるしかないか……」

 サリオスは確か百匹の魔物を倒した時に、『我流剣術初級』を習得したと言っていた。
 特定の回数、何かをやる事で技術を習得する事が出来るならば、おかしな点が一つだけ発生してしまう。
 武技を習得している魔物が、同胞の魔物を百匹も倒しているとは考えにくい。
 もちろん、人間百人を倒して習得したなんて論外だ。
 別の方法でも習得する方法があると考える方がまともだ。
 
 以前、女神様に魔法の習得方法を聞いた時は、『すぐに使うにはスキルが必要』『使うには最低でも一年の修行が必要』だと言われた。
 あの時は無理だと言われて諦めたけど、使う事が出来ないとは、女神様は言わなかった。
 つまりは僕にも魔法を使える素質というものがあるという事だ。
 そして、今の僕は魔法の呪文と習得できそうな条件の二つを知っている。あとはやるだけだ。

「♪キュゥキュルルゥ♪ ♪キュゥキュルルゥ♪ ♪キュゥキュルルゥ♪」

 クルッ、パァ! クルッ、パァ!
 自分でもヤバイ奴だという自覚はある。
 その場で一回転しては、両手を壁に向かって突き出す。
 これを延々に繰り返す。

 百回やれば、変化があるかもしれない。
 千回やっても、変化がなければ諦めよう。
 呪文を唱えながらの一回転は約三秒だ。
 一時間も連続で唱え続ければ、千二百回になる。

 問題は足枷の鉄球だ。
 徐々に足に痛みが蓄積していく。
 約三秒で出来ていた事が六秒、九秒と増えていく。

「♪キュゥキュルルゥ♪ ハァ、ハァ、もう六百回は超えたはずなんだけど……」

 クルッ、パァ! クルッ、パァ!
 一時間はとっくに過ぎている。
 全身汗だく、しかも、HPダメージが発生している。
 そろそろ回復アイテムを持って、誰でもいいからリンチに来て欲しいぐらいだ。
 今の状態の僕ならば、どんな痛みも大歓迎だ。

 けれども、来て欲しい時に来てくれないのは、女神様と一緒だ。誰も来ない。
 夕食を誰かが持って来てくれるとは思うけど、村に侵入したのは午後二時ぐらいだった。
 潜入、調査、戦闘、話し合い、リンチ、修行と——今の時刻は午後五時三十分ぐらいだと思う。
 とりあえず、夕食か、人が来るまで修行をするしかない。
 習得できないと思いながらやっていては、習得なんて絶対に出来ないはずだ。

「ゼェハァ、ゼェハァ、♪キュゥキュルルゥ♪」
 
 クルッ、パァ! クルッ、パァ!
 回数はもう数えていない。
 余計な事に集中力を使わない。
 魔法が出るというイメージだけに集中する。
 千回で足りないなら、一万回でも、十万回でもやればいいだけだ。

「おい、食事の時間だ。それとお前にお客さんだ」
「ハァ、ハァ……」

 夕食が届いたのは、外が完全に暗くなった頃だった。
 僕へのお客さんは四十代後半の二組の男女だった。
 四人の手には太い木の棒が握られている。
 四人の目には殺意と泣き疲れた跡がハッキリと見える。
 四人が誰なのか考える必要もなかった。

「やり過ぎないでくださいよ。明日も明後日も、他の人達もいるんですから」
「分かってるわ……コイツには私達が死ぬまで、生きて苦しんでもらわないと困るんだから」

 見張りの男が一応は殺さないように注意してくれた。
 おそらく内心では死んでもいいと思っているはずだ。

「くっ……」
「動くな! この人殺しが! さあ、カリナ。一思いに殺るんだ」
「誰かに殺される前に、お前が殺るんだ」
「フゥッ、フゥッ、殺してやる!」

 誰が最初に僕を殴るか決めていたのだろう。
 床に膝をついて座らされると、両腕を二人がかりで押さえられて、避けられないようにされた。
 そして、小父さん二人に急かされて、興奮した小母さんが目の前までやって来た。

「ハァ、ハァ、ハァ、やめろ。僕を殺したら、サリオスに怒られるぞ! いいのか!」

 小母さんに向かって、僕は警告した。
 僕を殺してしまったら、サリオスの計画は台無しになってしまう。
 それでも、小母さんはやめなかった。
 木の棒を頭上高くにゆっくりと振り上げると、僕を殺すつもりで思いっきり振り下ろして来た。

「死ね‼︎」

 ブン、バァキィン‼︎
 頭蓋骨が割れたような酷い痛みに襲われる。
 僕は床に倒れて、頭を押さえてもだえ苦しみ続ける。

「あぐぅっ⁉︎ うがああぁぁぁ~~⁉︎」
「そのまま苦しんで死ねばいいよ! あんたなんて生きている価値ないのよ!」

 でも、僕の苦しむ姿を見ても、まだ女性は満足できなかったようだ。
 頭上から、「死ね」という言葉が絶え間なく降り注いで来た。
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