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第21話

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「さっさと中に入れ」
「くっ……」

 ドン‼︎ サリオス達がいた建物の中に、僕は乱暴に入れられた。
 家具などは何も置かれていない。
 直径二十メートル程の板張りの床だけという質素な室内だった。
 おそらく、普段は村の集会所か、作業場として使われているような建物なんだろう。

「お前達は外で見張っていてくれ」

 サリオスは仲間三人を外に待機させて、早速、僕と二人っきりで内緒の話がしたいようだ。
 けれども、仲間達は僕とサリオスが二人っきりになるのに反対のようだ。

「いいんですか?」
「何を心配する必要がある。これに私がやられると思うのか?」
「はっは。確かに……何かありましたら、お呼びください」
「ああ、頼りにしている」
「……」

 仲間の忠告にサリオスは僕を指差して、逆にやられる可能性があるのかと、質問している。
 明らかに油断のし過ぎだとは思う。
 思うけど、ロープで縛られたこの状況では、何も出来ないのは事実だ。
 部屋の真ん中まで移動すると、サリオスに座るように命じられた。

「さて、まずは自己紹介だな。俺は谷口恭弥たにぐちきょうや、年齢は二十歳だ。この世界とは違うが、別の異世界で三年ほど暮らしていた」
「えっーと、田中透です。年齢は十五歳です。この世界に来て、ちょうど一週間目です」

 三年も異世界で暮らしているのならば、大大先輩というよりも、最早仙人クラス、移住者と言ってもいい。
 異世界生活一週間目の僕なんて、サリオスから見たら旅行しているようなものだ。

「そうか、トオルか。たったの十五歳なのに、一週間も生き延びるとは……良く頑張ったな! もう大丈夫だ! 俺がお前の事を守ってやる!」
「ひぃぃ⁉︎ えっ、守る? 僕を? どうして……」

 いきなり力強くギューッと抱き締められた
 そして、ゴツゴツした分厚い手のひらで、僕の頭を優しく撫でてくる。
 背筋にゾクゾクと悪寒が走るけど、そういう趣味がある訳ではない……と思いたい。
 まるで生き別れた兄弟や、死んだと思っていた戦友と、奇跡的に再会したような喜びようだ。

 まあ、彼の気持ちが分からなくはない。
 三年も異世界で暮らしていて、三年振りに同じ日本人に会ったら、僕も抱きついてしまう可能性はある。
 女性ならば、百パーセント。男ならば、三、四パーセントぐらいはあるかもしれない。

「んっ、そうだったな。いきなり抱きついてしまい済まない。いずれはトオルも私と同じような目に遭う。まずはこれを見てくれ。私のステータスだ」

 サリオスは胸から腰まで覆う、アイアンメイルの下から、古びた手帳を取り出した。
 そして、手帳をパラパラと開いて、ステータスが書かれたページを僕に見せた。
 
【名前=サリオス。種族=人間。レベル=10(最大レベル10)。
 HP=1182/1182。MP=131/131。
 腕力=228。体力=181。知性=113。精神=139。
 重さ=普通。移動速度=少し速い。
 武技=『我流体術中級(肉体による攻撃力二倍)』。
 武技=『我流剣術中級(剣による攻撃力二倍)』】

「えっ……」
 
 正直、嘘のステータスを見せられている気分だ。
 僕とほとんど変わらない。知性なんて僕が勝っているぐらいだ。
 三年間、毎日戦っていた訳ではないとは思うけど、これは予想以上に弱過ぎる。

「驚いたか? それが神に見捨てられた転生者の末路だ。神の命令は絶対だ。我流剣術初級は、魔物を剣で百匹倒した時に習得できた。そして、中級は千匹の魔物を倒した時に習得したものだ」
「魔物千匹ですか……それは大変そうですね」

 嘘だろ。僕でも、もう百匹の魔物は倒している。
 三年で二千匹は少な過ぎる。一日二匹しか倒してないじゃん。
 一週間で百匹倒せるなら、三ヶ月もあれば、中級ぐらいは余裕で習得できるだろう。
 この男、見掛け倒しのクソ雑魚なんじゃないのか?

 ああっ、でも、魔物の数が少なければ習得は難しいのか。
 同じ異世界でも、サリオスが暮らしていた異世界は、魔物が少なかったのかもしれない。
 弱いと思って、強気に反撃するのは、まだ早いかもしれない。

「ああ、地獄だった。だが、今では当然の罰だと思っている。私は現世で自殺した。そして、神ヤーヌスに魔物しかいない異世界へと送られた。トオル、お前も自殺したんじゃないのか?」
「えっ? いえ、僕は階段から転げ落ちて死んだだけです。ただの事故死です」
「なに? 自殺した者への罰ではないのか。だとしたら、あいつをいじめていた罰なのか……」

 罰でこんな異世界に送られたくはない。
 そもそも、僕は何も悪い事はしていないのに、罰を受ける意味が分からない。
 それに夏休み中にスーパーダイエットを成功させて、パーフェクトボディーになるつもりだったんだ。
 一人ではいじめる事も出来ない、卑怯者のいじめっ子達とは違うんだ。僕は孤高の戦士なんだ。
 
「えっーと、誰かをいじめていたんですか?」

 とりあえず、いじめっ子はヤバイ奴らが多い。
 異世界に送られて、少しは更生したようだけど、油断は出来ない。

「ああ、いじめていた。私のクラスに山口直樹やまぐちなおきという太った奴がいたんだ。そいつはデブの癖に頭が良かった。将来は東大に行くとか言えるぐらいにな」
「へぇー、凄いじゃないですか。ああっ、でも、そういう奴ほど生意気なんですよね」

 なんとなく想像が出来る。そういう奴ほど、家が金持ちなんだ。
 小さい頃から英才教育とか受けて、美人の家庭教師から内緒のご褒美もらって、お年玉は三十万円ぐらいあるんだよね? 同じデブでも格差があればこうも違う!
 こっちは米という炭水化物で太ったけど、あっちは国産黒毛和牛で太ったんだろう?
 どうせ、父親は美人の二十代の幼妻と再婚して、その父親に隠れて、その母親のおっぱい飲んで、寝んねしているんだろうね。
 まったく良いよねぇ~。金持ちの家のおデブちゃんは幸せで!

「いや、山口は性格の良い奴だった。女子には、『癒し系』と呼ばれていて、一年生の時にチェス部とか洒落た新しい部活を作り、二年の時には全国大会で優勝したぐらいだ。全国模試では二桁台が当然。俺達は激しく嫉妬した」
「……」

 同じ学校に山口がいたら、多分、僕もいじめていました。サリオスは悪くはない。
 持たざるデブはいじめたら駄目だけど、持っているデブはちょっとぐらいは、いじめてもいいはずだ。
 でも、いじめたら、金持ちの親が雇った弁護士に訴えられるだけだ。
 やっぱりいじめは駄目だ。いじめ、カッコ悪いよ。

「まあ、私の昔話はこの辺でいいだろう。これからの話をしよう。私は神ヤーヌスにトオルを殺せば、レベル20まで上限を上げてもらえる。あとはトオルのスキルと神フォンⅩⅢが手に入るぐらいだ。トオルはどんな報酬を受け取る約束なんだ?」
「僕も似たようなものです。レベル20までの上限解放と住む家を手配してくれるそうです」

 似たような報酬だけど、魔物を倒しても武技は手に入らなかった。
 サリオスを倒しても、我流剣術中級は手に入らないんだろうな。
 でも、スキルは手に入るのか。スキル持ちの魔物がいたら倒してみようかな。

「なるほどな。では、トオルはその程度の報酬で満足できるのか? レベルが20になって、少し強くなってどうなる? 家ならば、この村にもある。用意させよう。私とトオルが手を組めば、この異世界の支配者になる事も可能なはずだ。どうだ? 私と一緒に天下を取ってみないか?」
「……」

 言葉が喉に詰まって出て来ない。
 何を言っているのか分からないというより、なんて返事をすればいいか分からない。

「この村で暮らさないか?」と聞かれたら、僕はなんて答えるだろうか? 断ったら、どうなるのだろうか?
 いや、考える必要もない事だ。断れば殺される。
 そして、受け入れたとしても、サリオスの手足となって使役される日々が待っている。
 便利な道具扱いになるのか、自由が与えられた奴隷扱いになるのか、本当に仲間として接してくれるのか。
 けれども、答えは決まっている。
 誘いを断れば、確実な死しか待ってはいない。
 僕はサリオスの仲間になる事を決めた。
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