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第17話

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 家の前をサリオスと五人の仲間達は通過していく。
 サリオスが神フォンを持っていれば、わざわざ見回りなんてする必要はない。
 ポモナ村に入った瞬間に、おそらく、神フォンのマップに点滅する赤色魔物が加わったはずだ。
 つまり、僕の侵入には、まだ誰も気づいていないという訳だ。

 そもそも食糧なんて、飛べる魔物をゲットすれば、街から盗って来てもらえる。
 神フォンが無くても生きる事は出来る。
 僕には友達さえいえばいいんだ。

「そうと決まれば、この危険でイヤらしい村からは、さっさとおさらばだ」

 香り付きパンティーにキノコ型の住居だ。
 この村の連中はあそこも頭もイカれている。
 台所っぽい所にあった籠から桃とバナナを拝借して、逃げる為のエネルギーを補給した。

「モグモグ……」

 さすがは果物の産地だ。
 桃を皮ごと食べると口の中に果汁と甘味が広がった。
 バナナの方は皮を剥いてキチンと食べる。
 こっちは日本のバナナの方が甘いようだ。

 家の周囲に人がいないのを、神フォンでしっかりと確認した。
 逃げるルート上には誰もいない。
 パパッと走って、レアンドロス海岸で焼きアワビでも食べよう。
 けれども、家の扉を開けて駆け出そうとした瞬間——

『ポモナ村の住人達よ。そして、勇者サリオスよ。私は神ヤーヌスだ。この村にダークエルフが侵入している。ただちに勇者サリオスは、セスとエリゼの家の中に潜伏している、ダークエルフを討伐せよ』
「はぁ? 神ヤーヌス? あんた誰だよ」

 ザワザワ‼︎ ガヤガヤ‼︎ ポモナ村の住民達が、空から聞こえてくる謎の声に騒ぎ始めている。
 僕以外にも聞こえる声のようだ。
 神ヤーヌスという老人のような男の声には一切聞き覚えがない。
 そもそもルミエルがいるのに、他の神様がいるはずない。
 でも、分かっている事がある。

「神様のお告げよ!」
「セスとエリゼの家はこの近くだぞ!」
「武器を用意しろ! 絶対に逃したら駄目だぞ!」

 僕が大ピンチだという事だ。
 マップ上の村人達が、この家を囲むように移動を開始している。
 サリオスもこの家に向かって走って来ている。

「よし、とにかく逃げよう!」

 シャアアッ‼︎ 序盤の街と同様に気合を入れると走り出した。
 扉を開けると直ぐに、視界に若い女性が飛び込んできた。
 
「きゃああああっ⁉︎ ダークエルフがいたわよぉ~! 誰か、誰かぁぁぁぁ!」
「くっ!」

 目が合った瞬間、高校生ぐらいの可愛い村娘が大声で悲鳴を上げた。
 この世界の住民が、僕に対して、こういう反応をするのは知っている。
 知っているけど、心が傷つかない訳ではない。
 けれども、心の涙を拭き取る時間はなさそうだ。

「いたぞ! こっちにいたぞ!」
「早く来い! 皆んな、こっちにいるぞ!」
「ヤバイ! 村人の移動速度が異常に速い。完全に逃げ道を塞ごうとしている。これだと逃げられなくなる」

 神フォンのマップを確認したら、村人達がよく訓練された軍人のような動きで、僕を囲んでいた。
 村の二ヶ所の出入り口は封鎖され、僕は村人達による四角の包囲網に閉じ込められていた。
 二重の村人達による包囲網を突き破って逃げるならば、サリオスが向かって来るとは逆方向になる。

 つまりは西側ではなく、南側に逃げなければならない。
 行き止まりの港側に逃げるのはヤバイけど、転生者と村人の両方と戦うよりは、状況はかなりマシだ。
 サリオスに回れ右をして、村の南側にある出入り口を目指した。

「落としたら、取りに戻れないだろうな」

 神フォンから錆びた剣を取り出すと、ズボンの左ポケットに神フォンをしまった。
 ここからは村人を力尽くで跳ね飛ばして、複数の包囲網を突破しなければならない。
 邪魔になる物は持てない。
 剣を振り上げて、フライパンや包丁、籠や小石を持って、怯えている村人三十人ほどの集団に向かって突き進んだ。

「退けえぇぇ‼︎ ぶっ殺すぞぉ‼︎」
「「「ひいぃっ⁉︎」」」

 もちろん殺すつもりはない。
 僕も殺人鬼になるつもりはない。
 村人のレベルは分からないけど、村人のレベルが1ならば、アクアの初級水魔法の一撃で殺す事が出来るからだ。

「……い、嫌、死にたくない。私、死にたくない。殺さないでぇ……っ」
「ハァ、ハァ……来るならば来い。この年寄りの命一つで世界が救われるならば、安い買い物じゃあ!」
「お、お、お前なんか、怖くないんだからなぁ! ゆ、ゆ、勇者様が悪いお前なんか退治するだからなぁ!」
「くっ!」

 怯える若い娘、興奮する老人、勇気を振り絞る子供と全然退かない。
 武器を持った両手はプルプル、両足はガクガク、恐怖を抑えて、勇敢に立ち向かおうとしている。

 アクアとサーディンを影から出して、五、六人をぶっ殺せば、蜘蛛の子のように逃げてくれるとは思う。
 でも、それをやってしまったら、僕は誰も殺していないダークエルフから、村人を惨殺したダークエルフになってしまう。
 この異世界でダークエルフが最悪の存在だとしても、僕が善良なダークエルフもいる事を証明できるはずだ。
 ここは今後の事も考えて、攻撃せずに我慢しなければならない。

「くっくくく、分かった。退かないのならば、村ごと焼き尽くしてやろう。十五秒だけやる。我の魔法の詠唱が完成するまでに、道を開けよ。でなければ、灰も残さず、この世から消してやる」

 もちろん、そんな凄い魔法は使えない。
 街で使ったハッタリ魔法だ。
 それっぽい魔法詠唱を喋った後に発動させれば、村人達は恐怖で地面に平伏ひれふし、倒れるはずだ。

「♪我が前に平伏せ、下等なる生物達よ。我は王、我は神。この世の、痛ぁっ⁉︎ 誰だ!」

 ヒューン、ドガァ!
 詠唱中なのに、誰かが何かを僕に投げて来た。
 地面に目を向けると、リンゴが転がっていた。

「……」

 イタリアのオレンジ祭り、イタリアのトマト祭りと、収穫を祝って、果物や野菜を投げるお祭りがある事は知っている。
 このポモナ村にリンゴ祭りがあるならば、一回だけは僕の身体に打つけた事を許そう。

 それにHPダメージはたったの1だ。
 もちろん防具に守られている部分はダメージ1だ。
 けれども、頭部は防具がない。
 リンゴが当たれば、おそらく、僕と同じ腕力ならば、HPダメージ50は喰らっていただろう。
 頭に当たっていたら、警告を込めて、容赦ない対応をしなくてはいけない。

「チッ、まったく……♪我が、ぐぅっ⁉︎」

 ヒューン、グシャッ!
 HPダメージ20。予想よりは低かった。
 でも、問題なのは結果ではなく、投げつけた行為だ。

「……」

 頭に打つかった物を左手で掴んで確認したら、潰れた桃だった。
 リンゴと桃が飛んできた方向は右後方からだった。
 右後方をゆっくりと振り返ると、犯人の少年と目が合ってしまった。

「ひぃぃ!」

 少年の右手には既にリンゴが握られている。
 足元には果物が沢山入った籠が置かれている。
 僕は名探偵ではないが、犯人は明らかに、この八歳ぐらいの命知らずな少年だ。

「お、お前なんか怖くないんだからなぁ! 勇者様がお前をぶっ殺すんだぁ! 覚悟しろよぉ!」
「ほぉ、死にたいようだな。ガキ」
「ママぁー⁉︎」

 右手に持った錆びた剣の剣先で、地面をガリガリと削りながら、生意気な少年に向かっていく。
 少年は顔面蒼白になって、リンゴを右手から落とした。

 今更、後悔しても遅い。
 お前は俺様を怒らせてしまったのだ。
 もちろん殺すつもりはない。
 魔法で脅すのが無理ならば、人質作戦に変更するだけだ。
 少年には俺様がこの村から脱出するまでお友達になってもらう。
 もちろん強制的にね。
 
「コ、コルビー⁉︎ お願いします! どうか、どうか、息子を殺さないでください! 何でもします! ですから、息子の命だけはお許しください!」
「ママぁー!」
「……」

 少年の前に二十六歳前後の若い女性が飛び出してきた。
 フワッとした茶色のポニーテイル、水色のワンピースに白のエプロンを付けている。
 顔は美人系ではなく、可愛い系だ。分類的には幼妻に入るだろう。

「ぐふっ♡」

 よし、何でもしてくれるなら、奥さんのご希望通りに人質チェンジしましょう。
 奥さん、良心的なダークエルフで助かりましたね。
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