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第5話

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「ねぇ、女神様。戦っている僕のことを見てたでしょう? どうして助けてくれないんですか? 僕が死んじゃってもいいんですか?」
『えっ、見てないよ? それに私がひでぶぅを助けないといけない理由なんてないよね?』

 白々しい嘘だ。キョトンとした口調で誤魔化そうとしても無駄だ。
 毎回毎回、ピンチ前とピンチ後のタイミングがいい時に現れといて……でも、まずは最初の問題だ。
 色々と言いたい事は山程あるけど、僕の名前はひでぶぅじゃない!

「ひでぶぅ、ひでぶぅって、僕の名前はひでぶぅじゃなくて、田中透たなかとおるです。せめてトオルって呼んでくださいよ」
『ええええっ! ひでぶぅの方が絶対に超絶カッコいいよ!』
「ひでぶぅが超絶カッコいい⁉︎」

 ああっ、これ以上は名前問題はもういいや。時間の無駄にしかならない。
 女神様や神様にはひでぶぅがカッコ良く聞こえていると思うしかない。
 フランス語っぽく、「ヒデブゥ?」みたいに聞こえてるんだろう。
 名前は諦めて、今は切実な問題を解決してもらおう。

「もぉー、それでいいですよ。でも、僕を転生させて生き返らせたんですから、もっと責任持って守ってくださいよ!」
『えっ? だからなんで私が助けないといけないの? ひでぶぅは海で溺れている人を助けたら、その人のその後の人生も助けるの?』
「えっ?」

 天然なのか、馬鹿なのか、話がいまいち噛み合わない。
 溺れているのが美少女だったら、その後の人生も付き纏ってもらいたいぐらいだ。
 いや、僕が付き纏いたいぐらいだ。
 それに今の僕は美男子だ。
 女神様も満更ではないから、こうやって気になって、ちょくちょく様子を見に来ていると思う。

 でも、溺れている人が美少女や美男子は特殊なケースだ。
 一般的なおデブ男子高校生が溺れていて、それを助けた後に、「もっと助けてくれよぉ~」と付き纏われたら最悪だ。
 僕なら、そんな事をされたら責任を持って、もう一度溺れさせる。

「そんな事しませんよ。逆に助けたんだから、お礼を貰ってもいいぐらいです」
『そうそう、つまりはそうなんだよ。私はひでぶぅを助けたんだよ。本来はお礼を貰ってもいい立場なんだよ。それにスキルも与えたし、ダークエルフになって、ひでぶぅも頭が良くなったでしょう? 結構、色々ともうサービスしまくってるんだよ』
「うぐっ……」

 確かに身体だけじゃなくて、頭もスッキリしている。
 街から逃げた時も戦闘中も、なんでこんな賢い事を思いつくんだろうと思ったぐらいだ。
 でも、お礼といっても何も持ってないから、身体で払うしかない。

 やっぱり誘ってるのかな? 
 いや、それなら戦闘中に放置はしないか。
 それとも、僕をワイルドダークエルフに育てたいのかな?

「じゃあ、ダークエルフが安全に暮らせる場所を教えてください」

 とりあえず、好きな相手を見殺しにはしないはずだ。
 そして、女神様が何もしてくれないなら、ダークエルフに友好的な街に行くしかない。

 冒険者ギルドとか、武器や魔法とか、そういうのを手にいれれば、一人で生活するぐらいは出来るはずだ。
 走って喉も渇いたし、お腹も減った。ああっ、その前にお金もないのか……この小豹とか売れないかな?

『えっ? そんな場所なんて無いよ。ダークエルフはこの世界ではゴブリンと同じカテゴリーに入っているから、人間を食べて、女は犯す鬼畜扱いだよ。絶対に受け入れてくれる街なんて無いよ』
「えええええええっ⁉︎」

 僕はこんなに美男子なのに、ゴブリン⁉︎ あの緑色怪物と同じ仲間⁉︎ 月とすっぽんですよ⁉︎
 会話も出来るし、傷つきやすい心もありますよ。
 僕なんて耳がとんがっているだけの、ただの日焼けした人間ですよ。
 ほら、髪で耳を隠せば、完璧に日焼けした人間ですよ。駄目ですか?
『コクンコクン』……はい、分かりました。

「……じゃあ、僕はどうすればいいんですか?」

 女神様の説得に失敗した僕は、もう、どうしていいか分からなかった。
 もう頼れるのは女神様だけだ。
 
『そんなの私に聞かれても分からないよぉ。どうして、ひでぶぅはエルフになろうとしたの? カッコいい人間じゃ駄目だったの?』
「じゃあ、人間にチェンジでお願いします」

 美少女エルフが絶滅した世界で、エルフになる意味はない。僕は人間になる事に決めた。
 当然だ。世界中を敵に回してまでダークエルフを続ける意味はない。
 けれども、それも許されないようだ。
 
『ダメダメ‼︎ 最低でも寿命の十パーセントを消費しないと転生させる事は出来ないんだよ。ひでぶぅはダークエルフだから、最低でも二百年後じゃないと死んじゃ駄目だよ。二百歳になる前に自殺したり、殺されたりしたら、強制的に地獄に送られて、鬼の巨大な金棒やイチモツが、ひでぶぅの大事な所にズッコンバッコンされるんだから!』
「ひぃぃ! そんなの聞いてませんよ!」

 思わずキューッと肛門を引き締めて、お尻を守ってしまった。

『今のひでぶぅは顔もスタイルもスーパーモデル級だから、鬼達は大興奮だよ。さながら男子校の中にやって来た、男装した女の子だよ。もう見つかったら、全校生徒三百人以上にめちゃくちゃにあれぇぇ~~~、されちゃうんだから』
「いややあああああッッッ‼︎」

 大の字にされて、両手足を地面に押さえつけられる僕。
 そこに群がる赤鬼の大群。
 思わずそんなシーンを想像してしまった。

 僕は絶叫しながら耳、口、乳首、脇の下、お尻、足の裏と二つの手のひらで守ろうと頑張ってみる。
 でも、手のひらの数が足りなかった。
 口とお尻を何とか死守したものの、耳、乳首、脇の下、足の裏が、ペロペロと舌で舐められて、犠牲になってしまった。

「いやぁっ! 嫌だ。絶対に死にたくない。女神様、何でもしますから助けてください!」

 天にいるはずの女神様に向かって、土下座で何度もお願いする。
 見っともなくてもいい。命も身体も肛門も大切だ。
 一度助けたんなら、二度も三度も同じだと思ってもらうしかない。

『もぉ~、ひでぶぅは本当に見っともないですね。でも、何でもしますか……分かりました。じゃあレベルを10まで上げてください』
「はひっ⁉︎ レベルを上げればいいんですか?」
『そうそう、レベルを10まで上げれば、お友達を二人まで増やせるし、お友達は便利ですよぉ~。ひでぶぅの影の中に入れる事も出来るし、その友達が出来る事は何でもやってくれるよ。もちろん死んだら終わりなんだけどね』
「へぇー、そうなんだ……」

 試しに小豹に、「お手」と言ったら、何もしてくれなかった。
 女神様に聞いたら、『教えていない事は出来ないよぉ~』と言われた。
 確かにその通りだ。つまりは最初は使いものにならないという事だ。

 
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