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魔王誕生編
最低最悪の男
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「あ~頭痛え~。仕事行きたくねえ~」
二日酔いで頭がガンガンする。気分もハンドルも重過ぎる。
早朝八時の晴れた空の下、行きたくもない目的地に車を走らせる。
昨日の夜はキャバクラ嬢並みに飲んだ。
こんな状態の人間に仕事させるなんて、俺の会社はブラックだ。
そもそもキャバ嬢とほぼ同じ仕事内容なのに給料が安過ぎる。
キャバ嬢なら年収三千万は貰っている。
何だよ手取り二十二万って?
こんな端た金で生活できる人間いんのかよ?
あ~あ、俺はなんて不幸で可哀想な人間なんだ。
こんな不幸な人間地球上に他にいないぞ。
「ははっ♪ まあ、大勢いるけどな♪」
あ~あ、昨日の奈緒美の接待はマジキツかったぜ。
会社の経費で高級寿司まで食わせたのに、ラブホに行かないなんてマジ最悪だ。
ラブホは経費で落ちないから自腹だぞ。これだから育ちの悪い女は駄目なんだ。
口開かずに股開けよ。これだから派遣受付女は駄目なんだよ。
やっぱ狙うなら社長令嬢だな。苦労してないから絶対に馬鹿が多い。
特に良いのがピチピチ女子高生、女子高生社長でも良いな。
いやいや、女子高生なら誰でも良いっか♡
……って、馬鹿野郎。
女子高生に手出したら犯罪だよ♪
「あ~あ、運転すんのも怠ぅ~。運転手雇いてぃ~。近所の爺さんなら月三千円で雇えるんじゃねえ? アイツら徘徊が趣味だからちょうどいいじゃん♪」
……って、雇える訳ねえだろ。
アイツらブレーキとアクセルも分かんねぇんだから♪
「あ~辞めてぇい。入社半年で辞めてぇい。心から辞めてぇいわ」
何度も言うけど、まだ午前八時だ。俺の仕事は印刷関連の『営業』だ。
ネットで調べただけの知らん会社に、会社のボロ車で向かっている。
営業メールを手当たり次第に送って、返事があった会社だけに向かっている。
まあ、実際は名刺とかの印刷はオマケで、営業で知り合った他の会社を紹介する手数料で稼いでいる。
俺の会社の営業とは、取引先の商品を別の取引先に売り込む仲介業者だ。
営業なんて車の運転と会話が出来れば、誰でも出来る楽な仕事だと思っていたのにマジ最悪だ。
あ~あ、世の中に楽な仕事は存在しないのかよ。
欲しい商品は普通に売れるが、欲しくない商品は売れない。
誰も要らない物は買わないし、その不要品を別の誰かに高く売る自信もない。
言うなれば、在庫品は『不幸の手紙』、トランプの『ババ抜き』の『ジョーカー』だ。
そして、誰かが死神を引き取る犠牲者にならないといけない。
俺は絶対に引き受けない。どんな手段を使ってでも、倉庫のゴミを押し付ける。
「ん? はぁっ⁉︎ てええ‼︎」
白いガードレールを飛び越えて、馬鹿が道路に飛び出して来た。
制服を着た男子高校生だ。野良猫じゃないんだから、キチンと左右見ろや‼︎
「へぇ? いやぁあああああ‼︎」
野良馬鹿が処女女みたいに叫んでいるが、こっちはそんな余裕もない。
道路は片側一車線の二車線。選べる追突先は右・対向車、左・ガードレール、正面・野良馬鹿だ。
「この野朗ぉー‼︎」
ぶつかるなら物に決まっている。
急ブレーキと急ハンドルで左を選んだ。
「どべえ‼︎」
ガードレールに追突した衝撃で全身が激しく揺さぶら、破裂したエアバックに顔面を強打された。
脳が激しく揺さぶられ、俺の意識が吹き飛んだ。
♦︎
『超痛いけど死ぬよりマシでしょ? この豚野朗ぉー‼︎』
『はひぃ~女王様♡ ありがとうございますぅ~♡』
『豚のくせに人間様の言葉喋るんじゃないわよ‼︎ このこのこのこのぉー‼︎』
『ブヒィ、ブヒィ♡ ブヒヒィ~♡ 最高だ、ブヒィ~♡』
これが死ぬ前に見るという走馬灯というやつか?
長い紫髪のポニーテール、眼鏡に白衣、黒のミニスカートに網タイツを履いた女が見える。
その女に罵られながら、豚の丸焼きのように木に吊るされた、白パンツ一枚の俺が見える。
俺は恍惚の表情で涎を垂らしながら、鞭で何度も叩かれまくっている。
♦︎
「ハァハァ、ハァハァ‼︎ 死ぬかと思った‼︎」
そんな訳ない。ただの過去のSM倶楽部の気持ち良い思い出だ。
天国からこの世に帰ってきた。もう少し居ても良かったが帰ってきた。
「ちくしょう、鼻血が出てるじゃねえか⁉︎ あのガキ、俺の爽やかな出勤を邪魔しやがって‼︎ ブッ殺す‼︎」
右手の甲で鼻の下を拭ったら、ヌルッとした赤いのが付いた。
高貴な俺様の血が流れるなんて許されない。
野良馬鹿が女子高生なら股から血を流せば許してやるが、男は絶対駄目だ。
車の修理代、俺の肉体的・精神的慰謝料、SM倶楽部『豚の丸焼き亭』の料金として、総額二億を要求する。
もちろん分割払いだ。一度に通ったら身も心も持たない。分割で通うに決まっている。
「あっ⁉︎ このクソ餓鬼ぃー‼︎」
俺が車から出ようとしたら、野良馬鹿がガードレールを飛び越えて逃げやがった。
中学時代陸上部だったこの俺様から逃げようなんて、身の程知らずの野良馬鹿だ。
捕まえてお尻パンパン♡ ——って、男の汚い尻でパンパンなんて出来るかぁー‼︎
「オラッ‼︎」
ドアを勢いよく開けて外に飛び出すと、ガードレールを軽々飛び越え、馬鹿を追いかけた。
場所は簡素な住宅街。地面はアスファルト。歩道の横幅は三メートル、直線五百メートル以上はある。
コースとしては悪くない。お前、マジ終わったな♪
「遅いんだよ、ノロマが♪」
馬鹿との距離がどんどん縮まっていく。
陸上女子のエロユニフォームを間近で見る為に鍛えた瞬足だ。
お前程度がこの俺様から逃げられる訳がないだろうが。
高校時代は水泳部に所属して、競泳水着を堪能させてもらった。
ついでにプールの中に俺の白き眷属を解放して、妊娠するかも実験した。
実験は成功したが、多分俺の子じゃない。他所の子だ。
そして、陸上・水泳、どちらも全国大会まで行った(自腹で)。
見るなら都道府県四十七ヶ所、完全制覇に決まっている。
「ハァハァ、ハァハァ‼︎ ひいっ‼︎」
「終わりだ、雑魚♪」
距離三メートル。馬鹿が恐怖で引き攣った顔で何度も振り返っている。
その不細工な顔に向かって、悪魔の笑みを浮かべてやった。
俺もまだまた二十三歳。高校生のイカ臭いガキに体力で負ける訳がない。
現役バリバリ絶好調だ。
「はい、捕まえた♪」
「ぎゃああああ‼︎ ぎゃああああ‼︎」
馬鹿の制服の襟首を右手で掴んで、グイッと引っ張った。
両手を振り回して叫んでいるが「うるせい‼︎」と腹に一発ブチ込んでやった。
「ごぉふう‼︎ おぐぅ……おごぉぉ……」
「騒ぐんじゃねぇよ」
馬鹿が膝から崩れ落ちて悶絶している。大学時代はボクシング部だ。
この『パーフェクトヒューマン』に足でも腕でも何か一つでも敵うと思ったのか?
笑わせんじゃねぇよ。
「オラッ、立てよ」
「あぐぐぐっ!」
馬鹿の黒髪を掴んで立たせてやった。
これから大人の階段を上らせて、いや、突き落としてやるよ。
「よーし、家庭訪問だ。家まで案内しろ。逃げたらもう一発ブチ込むからな」
「うぅぅ……」
これで貧乏な母子家庭なら最悪だが、可愛い姉か妹がいればお前ラッキーだぞ。
俺がたっぷりと養ってやるよ。だから、泣くんじゃねぇよ。
俺のことは『義兄さん』と呼んでいいからな♪
「あっ……」
だが、家庭訪問している場合じゃなくなった。
俺達仲のいい義兄弟の前に白・黒・赤でカラーリングされた一台の車が停車した。
中からよく知っている制服を着た、怖いお兄さんが二人出てきた。
「お巡りさん、助けてぇー‼︎ 殺される‼︎」
「——ッ‼︎」
テメェー覚えていろよ‼︎ 馬鹿が助けを求めやがった。
今捕まって検査されると色々マズイ。馬鹿の髪から手を離して、全力ダッシュした。
「き、君、待ちなさい‼︎」
待てと言われて待つ馬鹿はいねえ。アルコールが抜けるまで逃げるに決まっている。
パトカーで鈍りきっているお前らの体力で、俺を捕まえられると思うなよ。
「ヘヘッ♪ ——なっ⁉︎」
余裕の笑みで背後を振り返ったら、サイレン鳴らさずにパトカーが追って来ていた。
これ絶対に違法だ。絶対に始末書もんだ。反則だから間違いない。
俺を軽々追い越し、パトカーが急停止すると、中から中年警官が飛び出してきた。
「止まれ‼︎ 逃げても無駄だ‼︎」
「はぁはぁ⁉︎ はぁはぁ⁉︎」
「もう逃げられませんよ。大人しくしなさぁーい‼︎」
クソォ、挟まれた。『前門の警官・後門の水谷豊』——どっちが正解だ?
俺をパトカーで追い抜いた賢い警官、俺を足で追ってきた若い警官……
「ヘヘッ♪ オラッ‼︎」
考える必要もなかった。ジジイに決まっている。中年警官に突撃した。
「無駄な抵抗はよせ‼︎」
ジジイが両手を広げて熊立ちして立ち塞がるが、それこそ無駄だ。
(蝶のように舞い、蜂のように刺す。華麗なステップで、加齢なお前をごぼう抜きぃ~♪ いえぃ~♪)
「フゥッ‼︎」
「⁉︎」
ジジイの四メートル手前で急加速した。
左側から抜くと見せかけて、急停止からの右への高速回転ステップ。
そして、体勢が崩れたジジイの右側を瞬足で一気にブチ抜く。
あとで泣きながら交番で始末書でも書くんだな♪
「ここから先は行かせん‼︎」
「——ッ‼︎」
このジジイ素早い‼︎ ブチ抜いたと思ったのに、スーツの腰裾を掴まれた。
このままだと偽領収書で手に入れた、二十万のイタリア製スーツが破かれる。
「このぉ……!」
後方に素早く反転すると、下から上に右拳を一気に振り上げた。
「離しやがれ‼︎」
「がぶう‼︎」
ジジイの顎下を右アッパーがブチ抜いた。
ジジイが俺のスーツから右手を離して、背中から地面に倒れ込んだ。
「巡査部長ぉー‼︎」
you win☆ ——じゃねぇよ‼︎
突き上げていた右腕を慌てて下ろした。
これはマズイ。これは非常にマズイでごわすよ。
「巡査部長、大丈夫ですか‼︎ 巡査部長ぉー‼︎」
「やべぇな……」
若い警官が痙攣しているジジイに駆け寄り、呼び掛けているが反応がない。
逃げる絶好のチャンスだが、警官を殴ったのは非常にマズイ。
この辺り一帯すぐに封鎖されてしまう。
早く逃げないと牢屋で弁当飯を食べる事になる。
「貴様ぁ~、そこを動くな‼︎ 動くと撃つぞ‼︎」
「なっ‼︎」
この水谷豊、やべえ‼︎
逃げようとしているだけなのに、拳銃抜いて、銃口を向けてきた。
向けるとしても、まずは上(威嚇射撃)でしょうがぁー‼︎
「ちょっ、ちょっ、落ち着けよ、お前⁉︎ 丸腰の人間撃つのは——」
飛び降り自殺寸前のヤバイ奴を宥めるように、両手を見せて説得しようとしたが駄目だった。
「う、動くなぁー‼︎」
やっぱり飛び降りた。銃弾が俺に向かって飛んできた。
「うおっ‼︎」
「避けたなぁー‼︎」
当たり前だ‼︎ 撃つと思っていたから、撃つ瞬間に右に跳んだ。
俺の左足を狙っていたっぽい銃弾が飛んでいった。
(ヤバイヤバイ! 男に逝かせられる!)
だが、次を避け切れる自信はない。今のはマグレだ。
残りの銃弾は多分五発。逃げたら撃たれる。
だったら捕まった方が百倍マシだ。
「分かった、分かったから! 自首するから! 撃つんじゃ——」
「死ねぇー‼︎」
……あっ、死んだわ。
必死に説得したのに、それとも必死に説得したからか三発も撃ってきた。
三発の銃弾が俺の胸に向かって、ゆっくり飛んでくる。
これが正真正銘の走馬灯というやつか。世界がスローモーションに見える。
意識はあるのに、身体がピクリとも動かない。
回避不能の死の弾丸が、俺を貫くのも時間の問題だ。
(嗚呼、光だ。これが死か……)
銃弾が俺を貫いたのか分からないが、温かい光が身体と視界を包み込んでいく。
何も見えない。痛みは何も感じない。これが死というやつらしい。
意識が世界に溶けていく……
♦︎
「な、な、き、消えた……?」
巡査部長を殴り倒した男が目の前から消えてしまった。
後ろを振り返ると巡査部長は倒れたままだ。夢ではない。
もしかすると幽霊と遭遇してしまったのだろうか?
♢
二日酔いで頭がガンガンする。気分もハンドルも重過ぎる。
早朝八時の晴れた空の下、行きたくもない目的地に車を走らせる。
昨日の夜はキャバクラ嬢並みに飲んだ。
こんな状態の人間に仕事させるなんて、俺の会社はブラックだ。
そもそもキャバ嬢とほぼ同じ仕事内容なのに給料が安過ぎる。
キャバ嬢なら年収三千万は貰っている。
何だよ手取り二十二万って?
こんな端た金で生活できる人間いんのかよ?
あ~あ、俺はなんて不幸で可哀想な人間なんだ。
こんな不幸な人間地球上に他にいないぞ。
「ははっ♪ まあ、大勢いるけどな♪」
あ~あ、昨日の奈緒美の接待はマジキツかったぜ。
会社の経費で高級寿司まで食わせたのに、ラブホに行かないなんてマジ最悪だ。
ラブホは経費で落ちないから自腹だぞ。これだから育ちの悪い女は駄目なんだ。
口開かずに股開けよ。これだから派遣受付女は駄目なんだよ。
やっぱ狙うなら社長令嬢だな。苦労してないから絶対に馬鹿が多い。
特に良いのがピチピチ女子高生、女子高生社長でも良いな。
いやいや、女子高生なら誰でも良いっか♡
……って、馬鹿野郎。
女子高生に手出したら犯罪だよ♪
「あ~あ、運転すんのも怠ぅ~。運転手雇いてぃ~。近所の爺さんなら月三千円で雇えるんじゃねえ? アイツら徘徊が趣味だからちょうどいいじゃん♪」
……って、雇える訳ねえだろ。
アイツらブレーキとアクセルも分かんねぇんだから♪
「あ~辞めてぇい。入社半年で辞めてぇい。心から辞めてぇいわ」
何度も言うけど、まだ午前八時だ。俺の仕事は印刷関連の『営業』だ。
ネットで調べただけの知らん会社に、会社のボロ車で向かっている。
営業メールを手当たり次第に送って、返事があった会社だけに向かっている。
まあ、実際は名刺とかの印刷はオマケで、営業で知り合った他の会社を紹介する手数料で稼いでいる。
俺の会社の営業とは、取引先の商品を別の取引先に売り込む仲介業者だ。
営業なんて車の運転と会話が出来れば、誰でも出来る楽な仕事だと思っていたのにマジ最悪だ。
あ~あ、世の中に楽な仕事は存在しないのかよ。
欲しい商品は普通に売れるが、欲しくない商品は売れない。
誰も要らない物は買わないし、その不要品を別の誰かに高く売る自信もない。
言うなれば、在庫品は『不幸の手紙』、トランプの『ババ抜き』の『ジョーカー』だ。
そして、誰かが死神を引き取る犠牲者にならないといけない。
俺は絶対に引き受けない。どんな手段を使ってでも、倉庫のゴミを押し付ける。
「ん? はぁっ⁉︎ てええ‼︎」
白いガードレールを飛び越えて、馬鹿が道路に飛び出して来た。
制服を着た男子高校生だ。野良猫じゃないんだから、キチンと左右見ろや‼︎
「へぇ? いやぁあああああ‼︎」
野良馬鹿が処女女みたいに叫んでいるが、こっちはそんな余裕もない。
道路は片側一車線の二車線。選べる追突先は右・対向車、左・ガードレール、正面・野良馬鹿だ。
「この野朗ぉー‼︎」
ぶつかるなら物に決まっている。
急ブレーキと急ハンドルで左を選んだ。
「どべえ‼︎」
ガードレールに追突した衝撃で全身が激しく揺さぶら、破裂したエアバックに顔面を強打された。
脳が激しく揺さぶられ、俺の意識が吹き飛んだ。
♦︎
『超痛いけど死ぬよりマシでしょ? この豚野朗ぉー‼︎』
『はひぃ~女王様♡ ありがとうございますぅ~♡』
『豚のくせに人間様の言葉喋るんじゃないわよ‼︎ このこのこのこのぉー‼︎』
『ブヒィ、ブヒィ♡ ブヒヒィ~♡ 最高だ、ブヒィ~♡』
これが死ぬ前に見るという走馬灯というやつか?
長い紫髪のポニーテール、眼鏡に白衣、黒のミニスカートに網タイツを履いた女が見える。
その女に罵られながら、豚の丸焼きのように木に吊るされた、白パンツ一枚の俺が見える。
俺は恍惚の表情で涎を垂らしながら、鞭で何度も叩かれまくっている。
♦︎
「ハァハァ、ハァハァ‼︎ 死ぬかと思った‼︎」
そんな訳ない。ただの過去のSM倶楽部の気持ち良い思い出だ。
天国からこの世に帰ってきた。もう少し居ても良かったが帰ってきた。
「ちくしょう、鼻血が出てるじゃねえか⁉︎ あのガキ、俺の爽やかな出勤を邪魔しやがって‼︎ ブッ殺す‼︎」
右手の甲で鼻の下を拭ったら、ヌルッとした赤いのが付いた。
高貴な俺様の血が流れるなんて許されない。
野良馬鹿が女子高生なら股から血を流せば許してやるが、男は絶対駄目だ。
車の修理代、俺の肉体的・精神的慰謝料、SM倶楽部『豚の丸焼き亭』の料金として、総額二億を要求する。
もちろん分割払いだ。一度に通ったら身も心も持たない。分割で通うに決まっている。
「あっ⁉︎ このクソ餓鬼ぃー‼︎」
俺が車から出ようとしたら、野良馬鹿がガードレールを飛び越えて逃げやがった。
中学時代陸上部だったこの俺様から逃げようなんて、身の程知らずの野良馬鹿だ。
捕まえてお尻パンパン♡ ——って、男の汚い尻でパンパンなんて出来るかぁー‼︎
「オラッ‼︎」
ドアを勢いよく開けて外に飛び出すと、ガードレールを軽々飛び越え、馬鹿を追いかけた。
場所は簡素な住宅街。地面はアスファルト。歩道の横幅は三メートル、直線五百メートル以上はある。
コースとしては悪くない。お前、マジ終わったな♪
「遅いんだよ、ノロマが♪」
馬鹿との距離がどんどん縮まっていく。
陸上女子のエロユニフォームを間近で見る為に鍛えた瞬足だ。
お前程度がこの俺様から逃げられる訳がないだろうが。
高校時代は水泳部に所属して、競泳水着を堪能させてもらった。
ついでにプールの中に俺の白き眷属を解放して、妊娠するかも実験した。
実験は成功したが、多分俺の子じゃない。他所の子だ。
そして、陸上・水泳、どちらも全国大会まで行った(自腹で)。
見るなら都道府県四十七ヶ所、完全制覇に決まっている。
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現役バリバリ絶好調だ。
「はい、捕まえた♪」
「ぎゃああああ‼︎ ぎゃああああ‼︎」
馬鹿の制服の襟首を右手で掴んで、グイッと引っ張った。
両手を振り回して叫んでいるが「うるせい‼︎」と腹に一発ブチ込んでやった。
「ごぉふう‼︎ おぐぅ……おごぉぉ……」
「騒ぐんじゃねぇよ」
馬鹿が膝から崩れ落ちて悶絶している。大学時代はボクシング部だ。
この『パーフェクトヒューマン』に足でも腕でも何か一つでも敵うと思ったのか?
笑わせんじゃねぇよ。
「オラッ、立てよ」
「あぐぐぐっ!」
馬鹿の黒髪を掴んで立たせてやった。
これから大人の階段を上らせて、いや、突き落としてやるよ。
「よーし、家庭訪問だ。家まで案内しろ。逃げたらもう一発ブチ込むからな」
「うぅぅ……」
これで貧乏な母子家庭なら最悪だが、可愛い姉か妹がいればお前ラッキーだぞ。
俺がたっぷりと養ってやるよ。だから、泣くんじゃねぇよ。
俺のことは『義兄さん』と呼んでいいからな♪
「あっ……」
だが、家庭訪問している場合じゃなくなった。
俺達仲のいい義兄弟の前に白・黒・赤でカラーリングされた一台の車が停車した。
中からよく知っている制服を着た、怖いお兄さんが二人出てきた。
「お巡りさん、助けてぇー‼︎ 殺される‼︎」
「——ッ‼︎」
テメェー覚えていろよ‼︎ 馬鹿が助けを求めやがった。
今捕まって検査されると色々マズイ。馬鹿の髪から手を離して、全力ダッシュした。
「き、君、待ちなさい‼︎」
待てと言われて待つ馬鹿はいねえ。アルコールが抜けるまで逃げるに決まっている。
パトカーで鈍りきっているお前らの体力で、俺を捕まえられると思うなよ。
「ヘヘッ♪ ——なっ⁉︎」
余裕の笑みで背後を振り返ったら、サイレン鳴らさずにパトカーが追って来ていた。
これ絶対に違法だ。絶対に始末書もんだ。反則だから間違いない。
俺を軽々追い越し、パトカーが急停止すると、中から中年警官が飛び出してきた。
「止まれ‼︎ 逃げても無駄だ‼︎」
「はぁはぁ⁉︎ はぁはぁ⁉︎」
「もう逃げられませんよ。大人しくしなさぁーい‼︎」
クソォ、挟まれた。『前門の警官・後門の水谷豊』——どっちが正解だ?
俺をパトカーで追い抜いた賢い警官、俺を足で追ってきた若い警官……
「ヘヘッ♪ オラッ‼︎」
考える必要もなかった。ジジイに決まっている。中年警官に突撃した。
「無駄な抵抗はよせ‼︎」
ジジイが両手を広げて熊立ちして立ち塞がるが、それこそ無駄だ。
(蝶のように舞い、蜂のように刺す。華麗なステップで、加齢なお前をごぼう抜きぃ~♪ いえぃ~♪)
「フゥッ‼︎」
「⁉︎」
ジジイの四メートル手前で急加速した。
左側から抜くと見せかけて、急停止からの右への高速回転ステップ。
そして、体勢が崩れたジジイの右側を瞬足で一気にブチ抜く。
あとで泣きながら交番で始末書でも書くんだな♪
「ここから先は行かせん‼︎」
「——ッ‼︎」
このジジイ素早い‼︎ ブチ抜いたと思ったのに、スーツの腰裾を掴まれた。
このままだと偽領収書で手に入れた、二十万のイタリア製スーツが破かれる。
「このぉ……!」
後方に素早く反転すると、下から上に右拳を一気に振り上げた。
「離しやがれ‼︎」
「がぶう‼︎」
ジジイの顎下を右アッパーがブチ抜いた。
ジジイが俺のスーツから右手を離して、背中から地面に倒れ込んだ。
「巡査部長ぉー‼︎」
you win☆ ——じゃねぇよ‼︎
突き上げていた右腕を慌てて下ろした。
これはマズイ。これは非常にマズイでごわすよ。
「巡査部長、大丈夫ですか‼︎ 巡査部長ぉー‼︎」
「やべぇな……」
若い警官が痙攣しているジジイに駆け寄り、呼び掛けているが反応がない。
逃げる絶好のチャンスだが、警官を殴ったのは非常にマズイ。
この辺り一帯すぐに封鎖されてしまう。
早く逃げないと牢屋で弁当飯を食べる事になる。
「貴様ぁ~、そこを動くな‼︎ 動くと撃つぞ‼︎」
「なっ‼︎」
この水谷豊、やべえ‼︎
逃げようとしているだけなのに、拳銃抜いて、銃口を向けてきた。
向けるとしても、まずは上(威嚇射撃)でしょうがぁー‼︎
「ちょっ、ちょっ、落ち着けよ、お前⁉︎ 丸腰の人間撃つのは——」
飛び降り自殺寸前のヤバイ奴を宥めるように、両手を見せて説得しようとしたが駄目だった。
「う、動くなぁー‼︎」
やっぱり飛び降りた。銃弾が俺に向かって飛んできた。
「うおっ‼︎」
「避けたなぁー‼︎」
当たり前だ‼︎ 撃つと思っていたから、撃つ瞬間に右に跳んだ。
俺の左足を狙っていたっぽい銃弾が飛んでいった。
(ヤバイヤバイ! 男に逝かせられる!)
だが、次を避け切れる自信はない。今のはマグレだ。
残りの銃弾は多分五発。逃げたら撃たれる。
だったら捕まった方が百倍マシだ。
「分かった、分かったから! 自首するから! 撃つんじゃ——」
「死ねぇー‼︎」
……あっ、死んだわ。
必死に説得したのに、それとも必死に説得したからか三発も撃ってきた。
三発の銃弾が俺の胸に向かって、ゆっくり飛んでくる。
これが正真正銘の走馬灯というやつか。世界がスローモーションに見える。
意識はあるのに、身体がピクリとも動かない。
回避不能の死の弾丸が、俺を貫くのも時間の問題だ。
(嗚呼、光だ。これが死か……)
銃弾が俺を貫いたのか分からないが、温かい光が身体と視界を包み込んでいく。
何も見えない。痛みは何も感じない。これが死というやつらしい。
意識が世界に溶けていく……
♦︎
「な、な、き、消えた……?」
巡査部長を殴り倒した男が目の前から消えてしまった。
後ろを振り返ると巡査部長は倒れたままだ。夢ではない。
もしかすると幽霊と遭遇してしまったのだろうか?
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……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ?
※他サイトでも掲載しています。
※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
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