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魔王誕生編

最低最悪の男

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「あ~頭痛え~。仕事行きたくねえ~」

 二日酔いで頭がガンガンする。気分もハンドルも重過ぎる。
 早朝八時の晴れた空の下、行きたくもない目的地に車を走らせる。

 昨日の夜はキャバクラ嬢並みに飲んだ。
 こんな状態の人間に仕事させるなんて、俺の会社はブラックだ。
 そもそもキャバ嬢とほぼ同じ仕事内容なのに給料が安過ぎる。
 キャバ嬢なら年収三千万は貰っている。

 何だよ手取り二十二万って?
 こんな端た金で生活できる人間いんのかよ?
 あ~あ、俺はなんて不幸で可哀想な人間なんだ。
 こんな不幸な人間地球上に他にいないぞ。

「ははっ♪ まあ、大勢いるけどな♪」

 あ~あ、昨日の奈緒美の接待はマジキツかったぜ。
 会社の経費で高級寿司まで食わせたのに、ラブホに行かないなんてマジ最悪だ。
 ラブホは経費で落ちないから自腹だぞ。これだから育ちの悪い女は駄目なんだ。
 口開かずに股開けよ。これだから派遣受付女は駄目なんだよ。

 やっぱ狙うなら社長令嬢だな。苦労してないから絶対に馬鹿が多い。
 特に良いのがピチピチ女子高生、女子高生社長でも良いな。
 いやいや、女子高生なら誰でも良いっか♡

 ……って、馬鹿野郎。
 女子高生に手出したら犯罪だよ♪

「あ~あ、運転すんのもだるぅ~。運転手雇いてぃ~。近所の爺さんなら月三千円で雇えるんじゃねえ? アイツら徘徊はいかいが趣味だからちょうどいいじゃん♪」

 ……って、雇える訳ねえだろ。
 アイツらブレーキとアクセルも分かんねぇんだから♪

「あ~辞めてぇい。入社半年で辞めてぇい。心から辞めてぇいわ」

 何度も言うけど、まだ午前八時だ。俺の仕事は印刷関連の『営業』だ。
 ネットで調べただけの知らん会社に、会社のボロ車で向かっている。
 営業メールを手当たり次第に送って、返事があった会社だけに向かっている。

 まあ、実際は名刺とかの印刷はオマケで、営業で知り合った他の会社を紹介する手数料で稼いでいる。
 俺の会社の営業とは、取引先の商品を別の取引先に売り込む仲介業者だ。
 営業なんて車の運転と会話が出来れば、誰でも出来る楽な仕事だと思っていたのにマジ最悪だ。
 あ~あ、世の中に楽な仕事は存在しないのかよ。

 欲しい商品は普通に売れるが、欲しくない商品は売れない。
 誰も要らない物は買わないし、その不要品を別の誰かに高く売る自信もない。
 言うなれば、在庫品は『不幸の手紙』、トランプの『ババ抜き』の『ジョーカー』だ。

 そして、誰かが死神を引き取る犠牲者にならないといけない。
 俺は絶対に引き受けない。どんな手段を使ってでも、倉庫のゴミを押し付ける。

「ん? はぁっ⁉︎ てええ‼︎」

 白いガードレールを飛び越えて、馬鹿が道路に飛び出して来た。
 制服を着た男子高校生だ。野良猫じゃないんだから、キチンと左右見ろや‼︎

「へぇ? いやぁあああああ‼︎」

 野良馬鹿が処女女みたいに叫んでいるが、こっちはそんな余裕もない。
 道路は片側一車線の二車線。選べる追突先は右・対向車、左・ガードレール、正面・野良馬鹿だ。

「この野朗ぉー‼︎」

 ぶつかるなら物に決まっている。
 急ブレーキと急ハンドルで左を選んだ。

「どべえ‼︎」
 
 ガードレールに追突した衝撃で全身が激しく揺さぶら、破裂したエアバックに顔面を強打された。
 脳が激しく揺さぶられ、俺の意識が吹き飛んだ。

 ♦︎

『超痛いけど死ぬよりマシでしょ? この豚野朗ぉー‼︎』
『はひぃ~女王様♡ ありがとうございますぅ~♡』
『豚のくせに人間様の言葉喋るんじゃないわよ‼︎ このこのこのこのぉー‼︎』
『ブヒィ、ブヒィ♡ ブヒヒィ~♡ 最高だ、ブヒィ~♡』

 これが死ぬ前に見るという走馬灯というやつか?
 長い紫髪のポニーテール、眼鏡に白衣、黒のミニスカートに網タイツを履いた女が見える。
 その女に罵られながら、豚の丸焼きのように木に吊るされた、白パンツ一枚の俺が見える。
 俺は恍惚の表情で涎を垂らしながら、鞭で何度も叩かれまくっている。
 
 ♦︎

「ハァハァ、ハァハァ‼︎ 死ぬかと思った‼︎」

 そんな訳ない。ただの過去のSM倶楽部の気持ち良い思い出だ。
 天国からこの世に帰ってきた。もう少し居ても良かったが帰ってきた。

「ちくしょう、鼻血が出てるじゃねえか⁉︎ あのガキ、俺の爽やかな出勤を邪魔しやがって‼︎ ブッ殺す‼︎」

 右手の甲で鼻の下を拭ったら、ヌルッとした赤いのが付いた。
 高貴な俺様の血が流れるなんて許されない。

 野良馬鹿が女子高生なら股から血を流せば許してやるが、男は絶対駄目だ。
 車の修理代、俺の肉体的・精神的慰謝料、SM倶楽部『豚の丸焼き亭』の料金として、総額二億を要求する。
 もちろん分割払いだ。一度に通ったら身も心も持たない。分割で通うに決まっている。

「あっ⁉︎ このクソ餓鬼ぃー‼︎」

 俺が車から出ようとしたら、野良馬鹿がガードレールを飛び越えて逃げやがった。
 中学時代陸上部だったこの俺様から逃げようなんて、身の程知らずの野良馬鹿だ。
 捕まえてお尻パンパン♡ ——って、男の汚い尻でパンパンなんて出来るかぁー‼︎

「オラッ‼︎」

 ドアを勢いよく開けて外に飛び出すと、ガードレールを軽々飛び越え、馬鹿を追いかけた。
 場所は簡素な住宅街。地面はアスファルト。歩道の横幅は三メートル、直線五百メートル以上はある。
 コースとしては悪くない。お前、マジ終わったな♪

「遅いんだよ、ノロマが♪」

 馬鹿との距離がどんどん縮まっていく。
 陸上女子のエロユニフォームを間近で見る為に鍛えた瞬足だ。
 お前程度がこの俺様から逃げられる訳がないだろうが。

 高校時代は水泳部に所属して、競泳水着を堪能させてもらった。
 ついでにプールの中に俺の白き眷属を解放して、妊娠するかも実験した。
 実験は成功したが、多分俺の子じゃない。他所の子だ。

 そして、陸上・水泳、どちらも全国大会まで行った(自腹で)。
 見るなら都道府県四十七ヶ所、完全制覇に決まっている。

「ハァハァ、ハァハァ‼︎ ひいっ‼︎」
「終わりだ、雑魚♪」

 距離三メートル。馬鹿が恐怖で引き攣った顔で何度も振り返っている。
 その不細工な顔に向かって、悪魔の笑みを浮かべてやった。
 俺もまだまた二十三歳。高校生のイカ臭いガキに体力で負ける訳がない。
 現役バリバリ絶好調だ。

「はい、捕まえた♪」
「ぎゃああああ‼︎ ぎゃああああ‼︎」

 馬鹿の制服の襟首を右手で掴んで、グイッと引っ張った。
 両手を振り回して叫んでいるが「うるせい‼︎」と腹に一発ブチ込んでやった。

「ごぉふう‼︎ おぐぅ……おごぉぉ……」
「騒ぐんじゃねぇよ」

 馬鹿が膝から崩れ落ちて悶絶している。大学時代はボクシング部だ。
 この『パーフェクトヒューマン』に足でも腕でも何か一つでも敵うと思ったのか?
 笑わせんじゃねぇよ。

「オラッ、立てよ」
「あぐぐぐっ!」

 馬鹿の黒髪を掴んで立たせてやった。
 これから大人の階段を上らせて、いや、突き落としてやるよ。

「よーし、家庭訪問だ。家まで案内しろ。逃げたらもう一発ブチ込むからな」
「うぅぅ……」

 これで貧乏な母子家庭なら最悪だが、可愛い姉か妹がいればお前ラッキーだぞ。
 俺がたっぷりと養ってやるよ。だから、泣くんじゃねぇよ。
 俺のことは『義兄にいさん』と呼んでいいからな♪

「あっ……」

 だが、家庭訪問している場合じゃなくなった。
 俺達仲のいい義兄弟の前に白・黒・赤でカラーリングされた一台の車が停車した。
 中からよく知っている制服を着た、怖いお兄さんが二人出てきた。

「お巡りさん、助けてぇー‼︎ 殺される‼︎」
「——ッ‼︎」

 テメェー覚えていろよ‼︎ 馬鹿が助けを求めやがった。
 今捕まって検査されると色々マズイ。馬鹿の髪から手を離して、全力ダッシュした。

「き、君、待ちなさい‼︎」

 待てと言われて待つ馬鹿はいねえ。アルコールが抜けるまで逃げるに決まっている。
 パトカーで鈍りきっているお前らの体力で、俺を捕まえられると思うなよ。

「ヘヘッ♪ ——なっ⁉︎」

 余裕の笑みで背後を振り返ったら、サイレン鳴らさずにパトカーが追って来ていた。
 これ絶対に違法だ。絶対に始末書もんだ。反則だから間違いない。
 俺を軽々追い越し、パトカーが急停止すると、中から中年警官が飛び出してきた。

「止まれ‼︎ 逃げても無駄だ‼︎」
「はぁはぁ⁉︎ はぁはぁ⁉︎」
「もう逃げられませんよ。大人しくしなさぁーい‼︎」

 クソォ、挟まれた。『前門の警官・後門の水谷豊』——どっちが正解だ?
 俺をパトカーで追い抜いた賢い警官、俺を足で追ってきた若い警官……

「ヘヘッ♪ オラッ‼︎」

 考える必要もなかった。ジジイに決まっている。中年警官に突撃した。

「無駄な抵抗はよせ‼︎」

 ジジイが両手を広げて熊立ちして立ち塞がるが、それこそ無駄だ。

(蝶のように舞い、蜂のように刺す。華麗なステップで、加齢なお前をごぼう抜きぃ~♪ いえぃ~♪)

「フゥッ‼︎」
「⁉︎」

 ジジイの四メートル手前で急加速した。
 左側から抜くと見せかけて、急停止からの右への高速回転ステップ。
 そして、体勢が崩れたジジイの右側を瞬足で一気にブチ抜く。
 あとで泣きながら交番で始末書でも書くんだな♪

「ここから先は行かせん‼︎」
「——ッ‼︎」

 このジジイ素早い‼︎ ブチ抜いたと思ったのに、スーツの腰裾を掴まれた。
 このままだと偽領収書で手に入れた、二十万のイタリア製スーツが破かれる。

「このぉ……!」

 後方に素早く反転すると、下から上に右拳を一気に振り上げた。

「離しやがれ‼︎」
「がぶう‼︎」

 ジジイの顎下を右アッパーがブチ抜いた。
 ジジイが俺のスーツから右手を離して、背中から地面に倒れ込んだ。

「巡査部長ぉー‼︎」
 
 you win☆ ——じゃねぇよ‼︎ 
 突き上げていた右腕を慌てて下ろした。
 これはマズイ。これは非常にマズイでごわすよ。

「巡査部長、大丈夫ですか‼︎ 巡査部長ぉー‼︎」
「やべぇな……」

 若い警官が痙攣しているジジイに駆け寄り、呼び掛けているが反応がない。
 逃げる絶好のチャンスだが、警官を殴ったのは非常にマズイ。
 この辺り一帯すぐに封鎖されてしまう。
 早く逃げないと牢屋で弁当飯を食べる事になる。

「貴様ぁ~、そこを動くな‼︎ 動くと撃つぞ‼︎」
「なっ‼︎」

 この水谷豊、やべえ‼︎ 
 逃げようとしているだけなのに、拳銃抜いて、銃口を向けてきた。
 向けるとしても、まずは上(威嚇射撃)でしょうがぁー‼︎
 
「ちょっ、ちょっ、落ち着けよ、お前⁉︎ 丸腰の人間撃つのは——」

 飛び降り自殺寸前のヤバイ奴を宥めるように、両手を見せて説得しようとしたが駄目だった。

「う、動くなぁー‼︎」

 やっぱり飛び降りた。銃弾が俺に向かって飛んできた。

「うおっ‼︎」
「避けたなぁー‼︎」

 当たり前だ‼︎ 撃つと思っていたから、撃つ瞬間に右に跳んだ。
 俺の左足を狙っていたっぽい銃弾が飛んでいった。

(ヤバイヤバイ! 男に逝かせられる!)

 だが、次を避け切れる自信はない。今のはマグレだ。
 残りの銃弾は多分五発。逃げたら撃たれる。
 だったら捕まった方が百倍マシだ。

「分かった、分かったから! 自首するから! 撃つんじゃ——」
「死ねぇー‼︎」

 ……あっ、死んだわ。
 必死に説得したのに、それとも必死に説得したからか三発も撃ってきた。
 三発の銃弾が俺の胸に向かって、ゆっくり飛んでくる。
 これが正真正銘の走馬灯というやつか。世界がスローモーションに見える。
 意識はあるのに、身体がピクリとも動かない。
 回避不能の死の弾丸が、俺を貫くのも時間の問題だ。

(嗚呼、光だ。これが死か……)

 銃弾が俺を貫いたのか分からないが、温かい光が身体と視界を包み込んでいく。
 何も見えない。痛みは何も感じない。これが死というやつらしい。
 意識が世界に溶けていく……

 ♦︎

「な、な、き、消えた……?」

 巡査部長を殴り倒した男が目の前から消えてしまった。
 後ろを振り返ると巡査部長は倒れたままだ。夢ではない。
 もしかすると幽霊と遭遇してしまったのだろうか?

 ♢
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