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第2章

第42話⑤ピンチポイント①

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「よお。生きて帰れるとはやるじゃねえか」
「……えっ、誰あれ?」

 馬車に帰ると御者席に黒色のフードを被った、灰色の長袖上着、黒色の長ズボンを着た男が座っていた。

『ヒィヒヒン!』
「ヒィヒヒヒ。よしよし、いい子だ」

 それともう一人。俺の愛馬にニンジンを食べさせている気味の悪い男がいる。
 緑色の汚れたとんがり帽子、ボサボサの女みたいな長い金髪、ニヤけた顔には大きなギラつく目がある。
 正直、どっちもあまり良い印象を持てない。
 何だが……

「あんた達、盗賊? だとしたら、襲う相手を間違えたわね」

 そう、それだ。いかにもな盗賊と小汚い格好の落ちぶれ魔法使いだ。
 俺が思うよりも先にリラが言ってくれた。

「おいおい、酷いじゃないか。悲しいねえ。人を見た目で判断するなんて」

 それに対して、魔法使いの男がニヤけた笑みで返した。

「だったら何? 道にでも迷ったの?」
「ああ、そうかもしれねえなぁ。ずっと迷いっぱなしの人生だ。ああすればよかった。こうすればよかった。迷わねえ日は一日もねえ。なんで、俺の人生はこうなっちまったんだろうなぁ」
「知らないわよ。用がないなら消えて。目障りだから」

 酷い。俺ならこんな事言われたら、猛ダッシュで泣いて逃げ出す。

「用ならあるさ。ある高貴な方からの依頼だ。娘を穢した男の始末と、その男を庇う嘘吐き女の始末だ。心当たりはあるだろう?」
「うっ!」

 やっぱりお父さん、気付いていた。
 御者席に座っていた盗賊の男がそう言って、地面に飛び降りた。
 小汚い緑色のローブを着た魔法使いは逃げもせず、ローブから短い杖を取り出した。
 間違いない。お父さんが俺を殺す為に【刺客】を送ってきた。

「待って! 約束が違う! 一ヵ月の約束ですよね!」

 そろそろ俺もなんか喋りたい。殺される前に喋った。
 殺すなら一ヵ月後にしてほしい。それまでは幼馴染と静かに過ごしたい。
 一ヵ月待ってくれれば、馬車の中で気持ち良く死ねる自信がある。

「ああ、その通りだ。ヒィヒヒヒ。だけど、あんなエロい姿を見せられて我慢できるわけねえだろ。高貴なお方はお前達が逃げ出したり、駄目そうなら、一ヵ月待つ必要なく始末していいとおっしゃった。ずっと見ていたが、昨日も今日も下半身のLVアップばかりじゃねえか。どう見ても始末しても問題ねえよな?」

 違う、とはハッキリ言えない。ニヤけた顔の魔法使いに言い返せなかった。
 確かに下半身のLVアップもしていた。もちろんモンスター倒して、LVアップもしていた。
 まだ上級職になれてないけど、一ヵ月あればなれる可能性はある。

「この変態! 今すぐ、記憶から抹消させてやるから覚悟しなさい!」

 俺とは違い。リラはハッキリ言ってくれる。魔法使いの発言に激怒している。
 男をボコボコに殴って、頭の中から恥ずかしい姿を消すつもりだ。
 だけど、記憶を抹消される前に魔法使いが動いた。

「おっと、動くな! この馬の首掻っ切るぞ!」
『ヒィン……』
「や、やめてくれ!」

 ローブから今度は短剣を取り出して、俺の愛馬の首にくっ付けた。
馬質うまじち】だ。慌てて魔法使いを止めた。

 愛馬とは寒い日は一緒に寝て、妹に辛く当たられた日は背中に乗って地平線まで一緒に駆けた。
 俺の大切な親友だ。性別と生物を超えた強い絆がある。

「知るか!」

 駄目だった。リラにとってはただの馬だった。
 魔法使いの脅しを無視して、一歩も止まらずに殴りかかった。

「ヒィヒ。″パワーダウン〟——ぐふっ!」

 リラの右拳が鼻に叩き込まれた。
 魔法使いが一歩下がると、すぐに笑い出した。

「ヒィヒヒヒ。あー、やっぱりちょっとは痛えな」

 有り得ない。リラは手加減なんてしない。
 魔法使いが痒そうに鼻を掻いている。
 普通は鼻血が噴き出して、地面をのたうち回る一撃だ。

「チッ。オラッ!」
「″パワーダウン〟——」

 魔法使いの挑発にリラが二発目を放った。
 男はまた避けずに、杖をリラに向けた。
 リラの身体が赤く僅かに光って消えた。

「ぐふっ。痛くも痒くもねえな。これが本気か?」

 今度は下がりもしなかった。間違いない。
 あれは……

「な、何で……⁉︎」
「今度はこっちの番だ。おらよ!」
「かふぅ……!」

 動揺しているリラの顔を魔法使いが思いっきり殴って、地面に殴り倒した。
 やっぱり間違いない。【付与術師】だ。それも能力を上げるタイプじゃない。
 下げるタイプの付与術師だ。

「脳筋は馬鹿でいいねえ。【力】を奪ってしまえば、ただの女ってね。今度は俺がたっぷり可愛がってやるよ」
「くっ、汚い手で触るな!」
「……だから、痛くねえって」

 リラの髪を掴んで、魔法使いがニヤけた顔で言うと、リラがその顔に拳を叩き込んだ。
 でも、風でも当たったように痛がる素振りもしなかった。

「……おい、俺の女に触ってんじゃねえよ」

 だけど、そんな事はどうでもいい。俺の女に汚い手で触っている。
 そこが重要で重大で許されざる行為だ。

「はぁっ? 状況分かってんのか? 近づくとこの女の首切り裂くぞ」
「くっ、卑怯者が……」
「ばぁか。勝てばいいんだよ! ″パワーダウン〟″パワーダウン〟″パワーダウン〟」

 殴ろうと近づこうとしたら、リラの首に左手の短剣をくっ付けた。
 俺が立ち止まると、すかさず右手の杖を向けて唱えた。
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