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第2部 最終章 絶対絶命のF級冒険者

第74話 ウィルと秘密兵器

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 白神の合図で戦いは始まってしまった。ここまで来て、「ちょっと待ってください!」は通用しない。フェンリルはスゥ~~と息を吸い込むと、身体に氷の鎧と無数の氷柱を纏って向かって来た。その氷柱を背負った姿は針鼠ならぬ針狼だ。

(ふぅ~、ステータスは同じぐらいでも身体の大きさは全く違うな。鼠と馬だよ)

 さて文句を言っている暇はないぞ。素早さはほとんど同じぐらいで僕が唯一勝てるのは攻撃力だけだ。でもあの氷の氷柱の所為で迂闊には近づくことは出来ない。下手に近づいて氷柱が飛んで来たら避けきれない。

(まずは魔法攻撃で削りますか)

 バチバチと刀身に雷を蓄積させていく。危険な接近戦よりも中距離からの稲妻の矢で氷の鎧を破壊する。剣を両手で握り、右肩に担ぐように構えると、向かって来るフェンリルに一気に振り下ろした。

「オリャー‼︎」

 気合を込めた一振りによってビューっと突風が吹き荒れ、剣先からは九つの稲妻の矢が撃ち出されて真っ直ぐに飛んでいく。まずは挨拶代わりの一撃だ。ちょっと多めのね。

「【凍てつく六つ花の大盾。クリスタルシールド結晶の盾】」

 フェンリルを守るように六角形の綺麗な氷の結晶の盾が空中に四枚出現した。九つの稲妻の矢は盾に打つかると、全て撥ね飛ばされてしまった。

「まあ、そんなに簡単には行かないでしょうね」

 スピードをまったく落とさずにフェンリルは向かって来る。距離は六十メートルぐらい。まだ対処は出来る。

 デカ狼の魔法耐性が高いのは知っている。これは僕の魔法攻撃が有効でないことの確認なのだ。決してビビっている訳ではない。慎重に行動しているだけなのだ。

「(だったら勇気を出して剣で直接攻撃するしかありませんね)」
「(それが出来たら苦労はしない)」

 つまり僕には勇気がないのだ。氷の盾に鋭い氷柱の鎧。鋭い白銀の爪に沢山の牙。体長二十メートルのデカ狼さんに、刀身の長さ八十センチメートルの天地神明剣で戦うのは、僕の頭の中では近所の小母ちゃんが箒で狼を追い払おうとしているようなものだ。それを勇敢だとは誰も思わない。

 フェンリルとの距離は約十五メートル。もう逃げることは出来ない。しっかりと剣を構えて向かって来る敵に勇敢に立ち向かう時なのだ。

「ぐっふぅ‼︎」

 ドォーンと氷の盾でしっかりと頭部を守った状態で、フェンリルはタックルしてきた。鉄壁の防御と安全第一のその弱気なタックルが僕に通用する訳がない。その腰抜けタックルを刀身を水平に構えて楽々と受け止めた。攻撃力とはパワーだ。力比べならばフェンリルに負けるつもりはない。

「残念だったな、小僧。せっかく神の力を宿したというのにそれも僅かな時間だけ。だがそれだけでも大したものだ。十分に誇って死ねるぞ!」
「グッグググ……‼︎」

 おかしい。僕の方が攻撃力は上なのに押し返せない。むしろ互角というか負けている気もする。地面が凍ってツルツルしている所為か?

「クックククク。小僧、その氷に触れて平気だと思ったのか?」
「何だと? 嘘‼︎」

(手が凍っている⁉︎)

 慌てて氷の盾から剣と手を離そうとしたけど、凍った剣と指がくっ付いて離れない。こうなったら手の皮が剥がれる覚悟で力尽くで取るしかない。一気に引っ張ってバリバリと何とか引き剥がすことが出来た。

(くぅぅ~~、痛い!)

 とりあえず子供のように痛がっている時間はない。急いで後方にジャンプしてフェンリルとの距離を十メートルほど開けた。両手と剣が凍り付いて離れないけど、引き剥がす時に手の皮が取れなかっただけマシだと思うしかない。まずは雷での熱で両手の解凍を優先しないと。

「戦いでは一瞬の油断と判断ミスが勝敗を分けるのだ。数十年しか生きてはいない小僧如きが、我に勝てると本気で思ったのか? 身の程をしっかりと弁えろ。【突き刺さる氷槍の雨。アイシクルレイン氷柱の雨】」

 四十本近い氷柱がフェンリルの身体から一斉に発射されると、僕に向かって飛んで来た。

「お願いだから早く解凍して‼︎」
「あと三秒かかります。三…二…」
「そんなにゆっくり待てない!」

 両手に剣が水平にピッタリと張り付いているので剣は使えない。剣に雷を纏わせて急いで両手の氷を溶かそうとしたけど、三秒後には串刺しになって死んでいる。今は防御が最優先だった。

「【鉄より硬き黒岩の城壁。ストーンウォール】‼︎」
 
 即席で作った縦二メートル、横一メートル、厚さ三十センチメートルの黒岩の壁に、軽々と一本目の氷柱が突き刺さって、壁から六十センチメートル突き出して止まった。どう考えてもこんな即席の壁では三発も氷柱が刺されば破壊されてしまう。そう思うより先にドスドスと氷柱が岩壁を破壊してやって来た。

「くっ!」

 慌てて更に後方にジャンプして距離を開ける。強固な防壁を作るには時間が足りない。氷柱の軌道を読んで回避するしかない。意識を目の前の氷柱達に集中する。やれば出来る。出来なければ死ぬだけだ。よし来い。

(右! 左! 下! 【ストーンウォール】‼︎)

 二本目の氷柱を躱した瞬間に分かった。身体を小さく丸めた方が絶対に良い。その方が小さい面積を完璧に守り切れるはずだ。今度は縦横、厚さ一メートルの絶対に壊されない防壁を素早く完成させると、その陰に隠れた。今のうちに凍った両手を解凍しよう。

「愚か者め。中途半端な守りほど役に立たないものはないわ!」

(ヤバイ! 壁ドンして来るつもりだ!)

 見なくても気配で分かる。フェンリルが氷の盾を構えた状態で岩壁に突っ込んで来る。直撃すれば壁が破壊され僕の身体は宙を舞う。それは嫌だけど岩壁から飛び出して回避することは出来ない。飛び出して氷柱の串刺しになるか、このまま隠れてデカ狼に撥ねられるかを選ばないといけない。

「ごぉ…はぁっ‼︎」

 考えている時間はなかった。氷の盾に岩壁はドォーンと破壊され、僕はドンと撥ね飛ばされた。これでは壁ドンではなく僕ドンだ。

「(大丈夫ですか?)」
「(うぐっ…はふっ…死にそうだよ)」

 剣は狙い通り両手から離れて今は地面に転がっている。これで大丈夫なら最初から岩壁に隠れたりしない。頭と胸を強打されて骨も身も脳もボロボロで、もう動きたくもない。

「ここまでだな。氷漬けにされて粉砕されるか、そのまま寝っ転がって首を切断されるか。さあ、どちらがいい」
「………」

(これが僕が最後に見る光景なのか)

 不思議と痛みはない。頭から血が流れて、意識が朦朧としている。なんだか気持ちがいい。このまま死ぬのも悪くはないかもしれない。無駄な抵抗さえしなければ安らかな死が待っているのだ。

 でもだ。ここまで来て諦められるのか?
 コイツを倒せば薔薇色の新婚生活が待っているのに地面に転がって殺されるのを待つのか?
 それで本当に僕は幸せな人生だと思えるのか?

「思える訳がない」
「まだ立つか」

 頭がフラフラするし、ズキズキもする。どう考えても立ていられるのは、この一回だけだ。最後に一回だけでいい。僕にコイツを倒せる力を貸して欲しい。

「ぐぅ…当たり前だ。僕はお前と違って一人で戦っている訳じゃない。僕の帰りを待ってくれている人達がいるんだ。こんなところで死ねる訳がない。死ぬのは僕じゃない! お前だ! 剣よ来い‼︎」

 少し遠くの地面に転がっている天地神明剣に右手を伸ばして強く念じると、直ぐに剣が飛んで来た。

「(虫の息ですね。本当に戦えるんですか?)」
「(ハァハァ…当たり前だろ。どんな手段を使っても、アイツを倒してやる)」
「(そうですか。せいぜい頑張ってください)」
「(そのつもりだ)」

 剣を地面に突き刺すと巨大で強固な防壁を作り出した。これで僕の姿は完全に隠れた。あとは収納袋から透明マントと秘密兵器を二つ取り出すだけだ。絶対に勝って帰ってやる。

 

 

 



 

 

 

 







 
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