【完結】底辺冒険者の相続 〜昔、助けたお爺さんが、実はS級冒険者で、その遺言で七つの伝説級最強アイテムを相続しました〜

もう書かないって言ったよね?

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第2部 最終章 絶対絶命のF級冒険者

第70話 ウィルと一生のお願い

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「これはマズいですね。ここまで追って来たようです」
「えっ?」

 誰が? とは転移魔法陣を見なくても分かる。この独特の冷たくて暗い気配は振り返らなくても奴がいる。フェンリルだ。見つかる前に僕はコソコソと軍人達の中に隠れてみた。

「ここが貴様の世界か。我の世界で散々好き勝手暴れたのだ。我が多少暴れても文句は言わせんぞ」

 転移魔法陣から出て来たフェンリルが周囲を見回している。どうやら僕よりも周囲をグルッと囲んでいる軍人達の方に興味があるようだ。僕に向かって言っている訳じゃないはずだ。

「フェンリル‼︎ 誰の断りを得て我の世界にやって来た。さっさと自分の世界に戻れ! 神々が決めたルールに逆らうつもりか!」

(そうだ。さっさと帰れ)

 僕も神龍の意見と同じだ。ここはお前が来る世界ではない。さっさと地獄に帰るべきだ。それに今とってもいいところで、僕が侯爵を氷漬けにしたら戦いが終わるところなんだ。お願いだから帰ってください。

「その気配は神の使いか? それにしては随分と気配が小さいな。グッフフフ、先にルールを破って我の世界に干渉しておいて、自分の世界には干渉するな、か? だったら力尽くで地獄に帰らせればよい。ほれ、どうした? 神力があればそのぐらいは簡単に出来るだろう。さっさとやれ」
「ぐっぐぐぐ!」

 白くて太い尻尾を地面に叩きつけながら、フェンリルは待っている。でも神龍剣の刀身が震えるだけで何も起こらなかった。

(もしかして強制送還すること出来ないの?)

「何だ? 帰らなくていいのか? だったら少し遊ばせてもらおう。まずはゴミ掃除だ。【ブレスオブアイス氷の息】」

 スゥーとキラキラ輝く息を吸い込むと、一気に吐き出して周囲に撒き散らした。

「(避けた方がいいですよ)」
「分かっている。息に触れたら死ぬぞ! 回避しろ!」
「「「うわぁぁ~‼︎」」」

 いきなり言われても反応出来るのは僅かな人数しかいない。氷の粉雪が吹きかけられた前列の軍人達が一瞬で凍り付いていく。この攻撃から全員を守ることは出来ても、守り続けることは出来ない。

 上空に向かって素早く飛ぶと天地神明剣を使って、まずはアシュリーとエミリアを守る為に岩壁を作った。侯爵は左腕が生えているので自力でなんとかするだろう。

「何だこのゴミ共は? 息の一息で死ぬ程度の力で今までどうやって生きてきた?」

 完成した二百人弱の氷の彫像をフェンリルが見て呟いている。見るのに飽きたのか前脚や尻尾を叩きつけて次々と破壊している。生き残った軍人六百人程が銃口を一斉にフェンリルに向けて撃っているけど、あれでは砂をかけているのと同じだ。意味はない。

「軍人達では手も足も出ないだろう」

 まだフェンリルの注意は軍人達に向いている。上空の僕には興味がないようだ。さて神龍はフェンリルを地獄に送り帰すことは出来ないようだ。神龍とフェンリルの会話から、神龍に本来の力があれば強制的に送り帰すことも出来たようだけど、今は期待できない。あとフェンリルと同じぐらいの力を持つとしたら、一人しかいないけど。

「それも難しいでしょうね。弱体化させたと言っていました。天獄の神の使いを頼るのも難しいでしょうね」
「ああ、その通りだよ。でももう一人いる。お前ならばフェンリルをどうにか出来るんじゃないのか?」
「さあどうでしょう。私ならば瘴気で弱体化させられた天獄の神の使いから、瘴気を消す方が楽だとは思いますけどね」
「なるほどね。だとしたらガブリエルの居場所を教えてもらわないと困るな」

 とりあえず、「どっちなんだい‼︎」という僕の怒りは置いておいてもいい。結局はガブリエルを頼った方がいいということだ。

 チラッと侯爵を見ると果敢にも軍人達と一緒にフェンリルと戦っていた。流石は神龍殺しの英雄だ。でもその弱体化していない神狼は流石に倒せない。僕がやらなくて氷漬けになるのは時間の問題だろう。エミリアも勇敢に戦って死んだ父親を誇りに思うはずだし、僕も自分の手を汚さずに危険な芽を消すことが出来る。これはこれで助かる状況だ。

 素早く地上に降りるとアシュリーとエミリアを守っていた岩壁のドームをバラバラに破壊した。

「クッ! 下僕の分際で私に手を出すつもりじゃないでしょうね! 殺すわよ!」

 やっぱりアシュリーの性格が乱暴に戻っている。これなら容赦なく頭突きで気絶させられる。「オリャー!」と金髪を掴んで額に軽く頭突きする。思いっ切りやると頭蓋骨が粉々になりそうだ。

「ゴフッ⁉︎ この野朗!」

 残念。流石はS級冒険者だ。一撃で気絶させることは出来なかった。右手で殴ってきた。もう首を締めて失神させるしかない。右拳を軽く躱して右手首を掴んで捻ると、アシュリーの背後に回って左腕で細い首を締め上げる。柔らかな金色の髪からはいい匂いがした。

(くぅっ~~! これで性格が良かったら最高なのに)

 とりあえずドサクサに紛れて、アシュリーの匂いとお尻の感触を堪能しよう。失神させたら収納袋に放り込んで、あとで新世界の秘密基地で監禁してあげよう。いや監禁じゃなくて解放か。まあどっちも大した違いはない。

「ウィル様!」

 失神させたアシュリーを地面に寝かせて頭から収納袋を被せていると、心配そうな顔をしたエミリアが直ぐ目の前までやって来た。何か言いたいようだけど、言わなくてもそのぐらいは分かる。

「分かっているよ。人質を救出したら全員で新世界に移動する。あとは弱体化したガブリエルから瘴気を抜けば、フェンリルは新世界には来れない。それで問題解決だ。皆んなのことは僕が守るよ。もちろんエミリアのこともね」
「ウィル様」

 この世界の全員をフェンリルから助けることは出来ない。人質を救出した後に新世界に戻ったら、僕だけでもう一度この世界に戻って、ユンやクレアやミランダの家族を新世界に連れて行くつもりだ。大勢連れて行くのは駄目でもそのぐらいはガブリエルも許してくれるだろう。まあドワーフ十一人もいれたら二十人近いけど二桁ならば問題ない。
 
「さあ行くよ。人質の場所は何処かな?」

 エミリアが分からないのなら、軍人の死体の山に隠れて死んだフリをしているリチャード伯爵に聞けばいい。助けると言えば何でも話してくれるだろう。ついでにロリ巨乳メイドもアシュリーと一緒に秘密基地で監禁してあげよう。流石に侯爵家のご令嬢に一人もメイドを付けないのは失礼だろう。むふふ♡

「人質は伯爵の城にいます。その前にウィル様にお願いがあります。一生のお願いです。侯爵様を助けてください!」
「うっ、それはちょっと」

 エミリアのお願いは聞いてあげたいけど、僕としては侯爵にはここで英雄として死んでもらいたい。でも一生のお願いを断ったらどうなるか分からない。

「ウィル様の気持ちも分かります。それでも私の父なんです! それにあの白い巨狼を放って置いたらこの世界の人達が蹂躙させてしまいます。ウィル様、お願いです。父を助けて、あの巨狼を倒してください!」
「エミリア」
「(A.そんなの知ったことじゃないと嫌われてもいいから断る。分かった、俺に任せておけと言ってカッコよく死にに行く。どっちにしますか?)」

 教えてくれなくても勝てないのは分かっている。侯爵ぐらいは助けることは出来るかもしれないけど、フェンリルを倒すのは絶対に無理だ。でも神龍剣と力を合わせれば地獄世界に撃退出来る可能性はある。可能性に賭けるべきか、それとも侯爵と共闘して、侯爵に勝てないと分からせるべきか。

「エミリア、一生のお願いなんだよね?」
「はい」

 真剣な表情でエミリアは頷いた。嘘ではないようだ。はぁ、だったら仕方ない。その覚悟を試さないといけない。

「そう。だったらそのお願いを叶えたら僕の一生のお願いを何でも叶えて欲しい。それでいいのなら侯爵を助けて、フェンリルを倒す。僕のお願いも叶えてくれる?」
「ウィル様のお願いですか? それは何ですか?」
「それはまだ言えない。どんなお願いでも叶える覚悟がエミリアにあるのならば、わざわざ聞かなくてもいいはずだ。その程度の覚悟もないのならば僕も命を懸けて戦うつもりはないよ。その覚悟はあるのかい?」
「………」

 エミリアは考えている。けれども考え込んでいる時間はない。この間にも軍人は死に、侯爵の身体には傷が増えていく。僕としてはエミリアが答えを出す前に侯爵には倒れてもらいたい。

「決められないようならばここまでだよ。城に向かうよ。侯爵様がエミリアの為に時間稼ぎをしてくれている。そう思って行くのが親孝行だよ」
「っ! ウィル様、お願いします。何でもしますから父を助けてください! お願いします」
「(余計な一言でしたね)」
「(煩い。もう行くしかないだろう)」

 好きな女が涙を流して頼んでいるんだ。フェンリルに勝てないと分かっているからといって、剣を一振りもせずに逃げる訳にはいかない。脚の一本ぐらいは斬っていく。





 

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