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第2部 最終章 絶対絶命のF級冒険者

第66話 ウィルと二人の協力者

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「二人とも急いで袋の中に入って!」
「うっっ、ぐっす」
「ウィル、ユンとナナリーも捕まっているから助けて!」

 クレアとミランダの二人は服が破けてブルーとイエローの下着が見えていた。手足には抵抗しようとして出来た擦り傷が見える。クレアは泣きながら袋に入り、ミランダは残りの人質がいることを伝えてから入っていった。

(僕が我慢に我慢に重ねて二人には指一本も触れていないのに、あの腐れ外道共め!)

 ここから先は残虐な殺戮ショーだ。二人に鬼畜共の血と死体の海は見せたくない。でもその前にやることがある。地上から五十メートルの高さまで一気に飛ぶと、地上の軍人達を見渡す。皆殺しにする前に人質にされている知り合いがいないか確認する必要がある。

(他の人質は別の所に監禁しているのか)

 確認した範囲に人質がいなければ、人間サイズの稲妻の雨を容赦なく浴びせて殲滅した。あっちにもこっちにも、残り三人の姿は見えない。タイロン爺さんの孫娘もおそらくは一緒に別の場所に監禁されているのかもしれない。

 その場所は伯爵と数人の軍人を最後まで残しておいて、タップリと聞き出せばいい。もしも三人が乱暴された後だったり、死んでいた場合は考えつく限りの方法で苦しめて殺してやる。

(それにしても誰がここまで新世界の人達を連れて来たんだろうか?)

 神人の僕でさえ、ボロボロの全裸状態でこの世界にやって来た。神龍の説明通りならば、普通の人間が異世界への通路を通ったら死んでしまう。僕のように世界転移の魔法陣を使用したと考えるべきなのだろうが、その為には莫大な魔力とMPが必要になってくる。そんな力を持つ人間が間獄世界にいるとは思えない。だとしたら神龍か天使がやったとしか思えない。

(何の為に?)

「侯爵様! お助けください! 侯爵様!」
「んっ?」

 下の方でリチャード伯爵が喚いている。ガドガン侯爵家の誰かが来ているみたいだ。アシュリーの父親か母親が人質の誘拐に関わっているとしたら、娘を誘拐した僕に対する恨みが妥当な線だ。だとしたらまったくの勘違いだ。連れて行きたいならさっさと連れて行けばいい。僕は絶対に止めたりしない。小躍りしながら喜んで渡してやる。

「小僧! 気をつけろ! アイツが生きていた!」

 爺さんの声が真下から聞こえて来た。そういえばタイロンの爺さんをまだ回収していなかった。まあいいか。

「やれやれ大人しく天地創造剣を渡せば、誰も痛い思いをせずに済んだものを」
「あれは?」

 リチャード伯爵の背後から若い男が急に現れた。スベスベの白い肌に整った綺麗な顔に赤い瞳。真っ白なサラサラロングヘアーを首の後ろで結んで背中に垂れ流している。ゆったりとした白い長袖シャツに黒革のズボンを履いている。侯爵で領主の服装にしては地味過ぎる。何処かのイケメン貧乏冒険者にしか見えない。

【名前・ウィリアム・ガドガン 職業・領主 種族・神人(吸血鬼) 魔物ランク・S級 冒険者ランク・S級 レベル881 HP90024 MP6626 攻撃力4488 物理耐性4118 魔力9002 魔法耐性9636 敏捷4224 年齢73歳 身長182cm 体重70kg】

(あれで年齢が七十三歳だとしたら凄い童顔だ。どう見ても二十三歳ぐらいにしか見えない)

「会うのはこれで二回目か。お前の働きは期待通りで、期待以上で、期待以下だった。これ以上は何もしなくていい。我々は協力するべき選らばれし存在なのだ。この世界を神々の手から人間の手に一緒に取り戻そうじゃないか」

(ヤバいぞ。誰だか本当に分からない。でも台詞が黒幕っぽいから僕に関係している人なのは間違いない)

 僕が二、三歳の時に一度だけ会った程度の関係ならば思い出せなくても仕方ない。でも神人で名前がウィリアム・ガドガンだ。そして年齢と身長と雰囲気から想像すれば嫌な結論が出てしまう。

「何故、生きているんですか? 死んだはずですよね?」
「そんなに不思議か? なに簡単なことだ。人間をやめれば死なずに済む。君のようにな」

 男はそれが当たり前のように話している。僕が知っているガドガン侯爵本人で間違いないようだ。余命一年の僕が神龍の細胞を移植されて現在も生きているように、侯爵も神龍の細胞を身体に取り込んだのだろう。

 侯爵が死んでいないのと、死なずに済んだ方法は分かった。問題は何故、こんなことをしているのかだ。

「神々の手から世界を取り戻す? 何を言っているのか分からない。話を聞くぐらいはいいけど、まずは人質全員を解放してからだ。協力するか決めるのはその後にする」
「んんっ、ウィル君。私が人質を取っている意味が分からないのか? 君の気持ちはどうでもいいんだ。これは決定事項なんだよ。それに君の考えている人質の中に協力者もいる。全員を解放することは出来ないんだよ」
「協力者? そいつなら分かっている。アシュリーだろう?」

 侯爵の替え玉を用意するのにアシュリーが協力していたのは分かっている。協力者がいるとしたら、アシュリー以外に考えられない。

「ほう! 正解だ。ではもう一人の協力者が誰だか答えてもらおうか」
「もう一人…?」

 協力者が二人いる。普通に考えて協力者の一人がアシュリーならば、もう一人はエミリアの可能性が高い。侯爵が亡くなって寂しそうにしていたあれが演技だとしたら、もう女の嘘泣きを僕は見破る自信がない。でもスコットランド王国にいたエミリオも怪しいと言えば怪しい。まさかのナナリーやユンという可能性もあるけど、それは微妙だ。

 まさかというのならタイロンの爺さんも怪しい。世界転移の魔法陣を作ったのは爺さんだ。けれども前々から秘密基地の存在と資料を侯爵の協力者として見ていたのならば、苦戦するフリをしながら完成させることも出来る。

「答えられんか。まあいい。ちょうど答えがやって来たようだ。自分の目でしっかりと確認すればいい。先程の返事はその後でも私は構わない」

 侯爵が指差す方向から大きな物体が高速飛行で飛んで来た。何度も見たことがある船だ。見間違うはずがない。水色と薄緑色の船体の魔鳥船ブルーティットだ。

 目を凝らして船体に乗っている人物を確認した。薄紫色の髪と金色の髪がチラッと見えた。考えられる人間は金髪ならばアシュリー、ナナリー、シャノンの三人。薄紫色の髪はエミリアとエミリオの二人になる。速度を落とした魔鳥船がゆっくりと侯爵の前に下りていく。僕が浮かんでいる上空からは船体の中の乗組員がハッキリと見えた。

「エミリア」

 乗っていたのはエミリアとアシュリーの二人だった。エミリアに操縦された魔鳥船か地上に着陸すると、二人が中から飛び降りて来た。

 分かっていたことだ。心の何処かで侯爵から協力者が二人いると聞いた瞬間にエミリアとアシュリーの二人の顔が浮かんでしまった。父親に頼まれたのならエミリアも断り切れなかったんだろう。僕を騙して利用していたのならショックだけど、僕をギルド長ベルガーの攻撃から命懸けで助けてくれたのも事実だ。

「ウィル様…?」
「ほら、こっちに来なさい!」
「あぐっ!」
「エミリア‼︎」

 エミリアが僕の方を見上げて何かを言おうとした。けれども、それを後ろからやって来たアシュリーが乱暴に髪を引っ張って阻止すると、首筋に剣を押し当てて侯爵の方に連れて行った。

「感動のご対面だな。ウィル君。さあ天地創造剣から手を離して下に落とすんだ。君の好きなエミリアがもう一度死ぬことになるぞ」
「うぐっっ…がはっ…」

 演技だとしてもやり過ぎだ。アシュリーが左腕をエミリアに細い首に回すとギリギリと締め上げている。このまま窒息死させるつもりがなくても、エミリアが苦しがっているのは演技じゃない。見れば分かる。

「どういうつもりか知らないけど、エミリアはあんたの娘で協力者じゃないのか。もっと大事にしたらどうなんだ!」
「んっ? エミリアが協力者? 何か勘違いをしているようだ。協力者はエミリアではない。この子は人質だ。もう一人の協力者ならそこにいる」

 侯爵の左手が指す方向にいるのは首を絞められ首筋に剣を押し当てられているエミリアと、それをやっているアシュリーだけだ。でも僕の疑問は直ぐに解消されることになった。アシュリーが右手に握っている剣が喋り始めたのだ。
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